フリー魔導師瑠美 帰宅前夜
『ご主人様を助けて!』
ライケルの家のベッドに寝せられた血塗れの涼子。酷い容態だ。
ケルマが血まみれになりながら治療をしている。先進技術を駆使しても助かるかどうか解らない。ここでは道具が足りない。町内会の治療用具だけだ。
ケルマの傍らにはケルマを手伝う瑠美。
涼子の左腕は全壊。左胸も潰れて顔も傷だらけで青白い。右肩も壊れてる。他にも怪我が有りそうだ。
どうみても血が足りない。
息をしていない。
意識がない。
死ぬ。
だがギリギリのところで脳死は免れてる。
ほぼ仮死状態にしてケルマは次の治療の準備にかかる。
有能なケルマにも限界はある。もうすぐトーマスの手配した治療班が全装備してくる筈だ。
本来なら治療はしてもらえない。人間一人なら魔族は見捨てる。
『だからご主人様はクイーンだってば!』
ライケルの頭に必死に訴えたクロちゃん。
『クイーン』
この一言で全ては変わった!
クイーンとは、平和維持の為に姫剣を受け継いだ女性の呼び名。
ライケルもケルマも丸腰の涼子を、まさかクイーンだとは思わなかった。瑠美ですら知らなかった。瑠美はクイーンは優子だと思い込んでいた。
だが、クロちゃんがクイーンだと言った。クロちゃんが嘘を言うわけが無い。
「王の許可が出た! 北病院1号培養機の使用許可が出た! 向こうもスタンバイしてる! サンプルとって、ケルマ!」
「分かった。二ヶ所、いや四ヶ所から採取するから、ライケル直ぐ持っていって!」
涼子の身体から真っ赤なサンプルを採ったケルマ。それをライケルに渡す。
「ちびちゃん乗せて! 道案内するから走って!」
「にゃ!」
涼子の体から採取した細胞サンプルを鞄に入れ、巨大化クロちゃんに跨がるライケル。
超特急配達のために最高速で駆け出すクロちゃん!
目指すは魔界きっての治療機関。
細胞から身体を高速で作り出す細胞培養機が置かれている。
装置は高価で希少で、運用には費用と高エネルギーが要る。それはある種の魔力。
魔王の許可は早かった。
ケルマ名義の連絡をライケルが入れると、直ぐ返信が来た。施設の全面使用許可。
涼子はかつて絶滅危惧種のゴブリン親子を助けたという自然保護団体の記録が在る。実際に助けたのはクロちゃんだが、クロちゃんも涼子の一部。変わりはない。
公文書では、涼子は人間側の平和維持の現担当で、しかも人格者として記録されている。自然保護の功労者である。
これがなかったら施設の使用許可は降りなかったかもしれない。
ライケルとクロちゃんを見送ったケルマが瑠美に言う。
「まずいな。損傷が激しいし、これ以前の怪我もある。この人、ボロボロじゃないか。駄目なところを切除しよう」
「切除って!」
「状態が悪すぎる。出来るだけオリジナルを残したいが。今は血液が少ない、足りるようにするためにも無事な部分も諦めなければいけないかも知れない。それでも足りなければ・・・・」
それから先は人間界の瑠美には刺激が強すぎる話だ。
最悪、脳単体にしなければいけないかも知れない。
今のところは止まった心臓を隔離して右肺と頭だけ血液をポンプで回している。
代用血液がすぐ来れば循環させる体位を増やせるのだが、来るとは限らない。
長期戦を見据えて体温は下げた。後から来る治療班が足りない処置をして北病院へ安全に運んでくれるだろう。今はそれが最善だ。
「涼子は助かるのでしょうか」
「祈るしかない。全てが間に合うと、全てが上手くいくと。それでもあの猫の判断は正しかった。人間界で治療をしなくて、ここに連れてきたのは正解だ。運ぶ時間が延びても人間界よりこっちの方が助かる確率が高い。あの猫は頭が良い」
「クロちゃん・・・・」
「ああ、あの猫がまだ生きていると言うことはクイーンは生きてるということだ。主人が消えればあの猫も消える。まだ消えてない、希望は有る」
クロちゃんは涼子を助けようと必死だった。必死に考え最適解に向かって走った!
クロちゃんがここを知っていたのは運が良かった。 直感で直子さんの所では治せないと思った。
クロちゃんは頑張った。それは大事なご主人様の為、命と引き換えに守ってくれた沙羅の為に。
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翌朝。
【反逆者涼子 王を殺害し逃亡】
王都日報の一面には白黒の涼子の顔写真が貼られた。




