お爺さんの最期
しゅたたたたたたたた!
クロちゃん走る!
見た目が仔猫なのに速度は大人の猫!
クロちゃんの後を追う馬車はいっぱいいっぱいだ。
馬は本来速いが余計なものを引かされてるし、交差点の度に速度を落とす。丁寧にゆっくり行かなければ車体が倒れてしまう。それにここは街中だ。
そして、馬に引かれる馬車の中で四人がめちゃくちゃになっていた。それは魔導師瑠美と側近と厚志と直子社長。揺れというか振動が凄すぎて座っていられない。四人は半立ちで物に捕まっている。足が悪い厚志には相当辛い。
馬車の前に座る御者も後ろの惨状は想像していたが止まるわけにはいかない。速度を緩めただけで先導のクロちゃんを見失うかもしれない。御者はひたすらクロちゃんを追った。
クロちゃんはクロちゃんで、これ以上速度を落とすつもりはない、本当ならもっと飛ばせる。急げ! でなければ間に合わない!
クロちゃんが皆を連れてきたのは町の中でも貧民街のとある家。長屋で平屋だ。
場に似合わない高級馬車。
家より馬車の方が長い。
クロちゃん、うずうずと皆が馬車の中から出るのを待つ。
「ついたあ」
振動と馬車の倒れる恐怖から解放された直子社長が出てくる。
それを見て、クロちゃんは大急ぎで小さな家の壁をガリガリとのぼり、壁と屋根の隙間から中に入った。待っていられないと。
「ちょ、クロちゃん!」
直子社長は声をかけたがもう遅い。クロちゃんと一緒に入り口からキチンと入ろうと思ってたのに、置いていかれた。
「にゃーん」
中からクロちゃんの声がする。
「ごめんください」
恐る恐る戸を開ける直子社長。後ろには厚志と魔導師瑠美。
中はがらんとしている。
仕切りなんてない。
基本土間だが、一角が廃材を組んだ小上がりがある。
狭い。
そこにお爺さんが寝ている。この間の人だ。
クロちゃんは肩の辺りに陣取っている。そして、見知らぬ男も側に座っている。
「かっちゃん、来たよ」
お爺さんに声を掛ける男。
私達の到着を寝たきりのお爺さんに告げる男。
真冬でもないのに厚着して、肌が見えない。頭も布を器用に被ってあんまり見えない。
「かっちゃん、起きられるかい?」
その男はお爺さんに声をかけ、耳をお爺さんに近付けるが、
「わかった」
と、言って起こしはしなかった。
男が被り布を後ろにおろす。
見えたのは不自然に白い肌。
魔族。
「すまない。皆、かっちゃんの側に来てくれないか。かっちゃんはもう動けないんだ。さっきからどんどん弱ってる」
魔族は自分のことは言わず、お爺さんに寄るように皆に促す。
そろりそろりとお爺さんの周りに集まる。
「厚志くんは誰?」
ここに来た中で男は厚志しか居ないが聞いてきた。魔族の感覚では男女の見分けがつかないのだろうか?
「俺が厚志です」
魔族は厚志にもっとお爺さんに寄るように手招きをした。
「厚志くんが来たよ」
そう言った後、魔族はまたお爺さんに耳を近付ける。
「厚志くん、手を握ってやってくれないか」
言われたように手をとる厚志。おじいさんの手は細い。
自分も怪我人だが、それ以上にお爺さんは弱っている。
お爺さんを見ると自分の体が健康体に見えるくらいだ。
この人は死ぬ。
皆、そう悟った。
この前見たときよりも弱っている。いつか人は死ぬ。
この人は今日かもしれない。
声にならない声でお爺さんが喋る。
厚志が耳を近付けるが、何を言ってるのかさっぱり判らない。それを見て魔族が代わりに聞く。
「剣を頼むと言っている」
また魔族が耳をつける。
「心配ない大丈夫。ゆっくり休んで、かっちゃん」
魔族は横の棚から布包みを出し、中を開ける。
出てきたのは一縛りの髪の毛。それをお爺さんに持たせる。
静かだ。
とても静かだ。
暫くすると魔族はお爺さんの寝姿を整え出す。手には髪の毛を握らせたまま。
言わなくても判る。
魔族が口を開く。
「かっちゃんを見送ってくれて有り難う。かっちゃんもきっと喜んでいるよ」
三人は頭を下げる魔族に合わせて頭を下げた。
「思ったより人が多いな。まあ、ちびちゃんがいいと思ったならいいんだろう」
「貴方は?」
直子社長がみんなの疑問を声にする。
「どこから話そう。まず、僕はかっちゃんの友達だ。付き合いは50年にもなる」
魔族はそう言った。
50年。
見た感じは40歳位に見える。でもそれは人間の感覚だ。
「魔族・・ですよね」
「ああ。君達の言うところの魔族だ。久し振りにかっちゃんの様子を見に来たら驚いたよ。倒れてて動かないんだもん。でも良かった。なんとか厚志くんにも連絡取れたし。かっちゃんは厚志くんに剣を渡すまでは死ねないって言っていたんだ」
そう言って魔族はお爺さんの剣を棚から取り出した。
それは魔族から人間に渡された二本の剣のうちの片方。一本は優子が持っている。
剣を優しく厚志に渡す。
まだ体が本調子でない厚志には重い。ずっしりとくる。
「これでかっちゃんから頼まれた事の一つは終わりだね。全く、かっちゃんもみっちゃんも自分で渡せばいいのに、二人とも死んでから渡すんだから。似た者同士だね」
「あ、あの・・」
直子社長が魔族に恐る恐る声を掛ける。
直子社長に向く魔族。
少し悩んでいる。
「ええっと、僕はライケル。かっちゃんの友達だ。ここにいない人には内緒だよ、僕がこちら側に来てるのは内緒なんだ。来ちゃいけないことになってるし、仕事サボってきたし」
「ええと、二人の関係は?」
「同業者・・・・かな。平和維持が仕事。かっちゃんがこっち側で、僕があっち側。これが証拠」
そう言って魔族のライケルは剣を見せた。
ホルダーから外し、警戒もなく直子社長に渡した。
だが、直子社長には何がなんだかさっぱりで、ただの剣にしか見えない。
「聖剣・・・・」
見抜いたのは魔導師瑠美。
魔導師で勇者パーティー経験者の瑠美。
「そう。正確には聖剣のレプリカだけどね。僕の仕事道具。て、言っても仕事ないから畑仕事ばっかりだけどね」
聖剣を直子社長から奪いまじまじと見る魔導師瑠美。
「何故貴方がこんなものを持ってるの? もしかして魔王?」
「いや、僕は魔王じゃないよ。魔王は今誰だっけ? ケルマの後だからゲッツェかな? 後免、よく覚えてない。ゲッツェだと思う」
「思う? 随分曖昧ね。自分達のトップの事だというのに」
「そう? 政治には興味ないしなあ。最近任期が短いから変わるのが早いんだよ。10年任期だった頃は成り手が居なくて決まるまで大変だったから。体の調子が悪いからなれないとか、仕事が忙しいからなれないだとか、全然決まらないんだ。今は2年任期になって、各町内会から順番に出すようにしてから決まるのが早くなったんだ。ほら、2年ならあっという間じゃない。で、今の魔王は多分ゲッツェだと思う。順番通りなら次はヘッド」
どうやら、魔界で魔王という役職は押し付け合いで決まっているらしい。
世襲で王が決まる高崎王国の者からすると信じられない話だ。隣国の松本国でさえ人気投票で奪い合いだというのに。
「は、はあ」
魔導師瑠美は魔族の内情に拍子抜けしたようだ。
「いやでも良かったよ、有り難うちびちゃん。お陰で厚志くんに剣を渡せたし」
「にゃーん」
「この間なんて、かっちゃん『厚志が何処に行ったか判らない』って落ち込んでたし、見つかって良かったよ。偶然とはいえ、ちびちゃんのお陰だよ」
「にゃーん」
「ああ、そろそろ帰らないと。すまないけどかっちゃんのこと頼めないかな。僕じゃ葬式も出せないし。本当は葬式にも出たいけど自分の立場じゃ無理だろうしね」
ライケルは葬式や墓地のことをお願いして来た。
とりあえず葬式費用は直子社長が持つこと、先に死んだ妻の墓地の中の一番近い所を選ぶことを約束した。
だが、ライケルに話したいことはまだある。
魔族の事、お爺さんの『仕事』の事、剣の事、厚志のこれからの事。
他にも他にも聞きたい。でも、話し始めると何日もかかりそうだ。
そう言うとライケルは少し考えた。
「う〜ん、もう帰らないといけないし、次会うにも約束もできないし、結構遠いし。そうだ! ちびちゃん一緒においで。 ちびちゃん道覚えてよ。今から僕ん家行くから付いて来て」
「にゃ〜ん」
「よし、決まり。僕がこの国の中だと怪しまれるから、ウチに来てもらった方が楽だ。ウチ田舎だし。前もかっちゃんよく来たし。で、誰が来るの?」
『誰が来る?』
それは今日の事ではなくクロちゃんに連れて言って貰う時の事。
3人は顔を見合わせた。
3人とも興味を持っていた。しかも危険の香りがない。
厚志は迷った。深入りするとどんどん涼子より優子に身入れしそうだ。
直子社長は自分はそこまでの立場でないと思ったし、仕事も忙しい。
「私が行くわ」
魔導師留美が名乗りを上げた。
「ひっそりと内密に行かなきゃいけないんでしょ。大勢で押しかける訳には行かないのよね?」
「そうだけど、君は誰?」
「私は留美。 先日まで勇者パーティーに魔導師として雇われてたけど、退職した者よ。心配しないで。勇者とはもう関係ないし、勇者嫌いだから」
「勇者嫌いなの?」
「嫌いよ。随分裏切られたし、そこの厚志が怪我人になったのも勇者のせい。私も今後の為に色々知りたいわ」
「嫌いかあ。色々聞きたいけど長くなりそうだから今度にしよう。ちびちゃん、頼める?」
「にゃ〜ん!」
そして簡単な挨拶の後、ライケルは外に出る。
皆も。
「じゃ、あとは頼んだよ。ちびちゃん、今なら人目がないから乗せて! とても急ぐんだ」
すると巨大化するクロちゃん。
彼の言う通り通りに人は居ない。
唖然とする皆。
実は巨大化クロちゃんを誰も見たことがなかった。驚くしか無い。
直子社長もクロちゃんが只者ではないと知って居たがこの目で見たことはなかった。それは魔導師留美も。
厚志にとっては、クロちゃんはただの猫だと思ってたし。クロちゃんがそんな長い道のりを覚えられるんだろうかと思ってたくらいだ。
速そう、強そう、怖そう。
顔つきも猫ではなくヒョウだ。
「じゃ!」
そう言ってライケルを乗せたクロちゃんは音速で消えた。
音も無い。
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数日後、魔導師留美が消えた。
何人かは行き先を知って居たが、放浪してるのだろうとはぐらかした。




