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魔導師留美、勇者パーティー脱退

「今日はお別れの挨拶に来たわ」



 魔導師留美は厚志に向かってそう言った。

 留美は国を去る前に挨拶回りをしているところだ。

 なぜ、ここに厚志が居ることを知っていたのか?

 流石は大魔導師だ、自力で突き止めたという。


 厚志の部屋には留美さんと直子社長。

 直子社長は初めて間近で見る魔導師留美の存在感に圧倒されている。

 先日までの勇者パーティーの一員。

 強大な魔力と技術力を持つ女。

 魔力量だけなら今は優子の方が上だ。だけれどもこの人は優子の師匠。

 中年というと怒られるかもしれないが、年上なだけに威厳もある。

 それ以外に魔導師留美といえば、月刊勇者の恋愛相談コーナーで有名。いくつもの書籍も出している有名人。直子社長も何冊も読んで居る。社員にも読者はたくさんいた。一階二階で女性社員達が有名人に黄色い声を上げて騒がしかった。

 月刊勇者が廃刊になった時、人気があった魔導師留美が新刊を始めるのでは? と噂になったけれど、それは無かった。

 それどころか、魔導師留美は勇者パーティーを抜けることになった。王はひき止めたが、これ以上無給で引き留められる訳がない。


 勇者パーティーとは勇者の抱える戦力だが、予算、報酬は勇者から貰うことになっている。

 では、勇者の収入はといえば、勇者独法による各国からの補助金(高崎王国も同額)

 高崎王国で勇者を占有するので、高崎王国王族からも補助金を貰う。

 国からは、行事や仕事をした分だけ代金が支払われる、あくまで出来高払い。

 国からは代金は出るが、定額補助金は出ない。一国の戦力として保有しないからだ。勇者は高崎王国のものだけではない、世界のものだ。高崎王国としての戦力とするのは禁止されている。


 そして勇者さとるは頭が悪く、経済観念がない。

 さとる7億を超える浪費をした。予算オーバーどころじゃない! 借金のかなりを王族が肩代わりして、王族に涼子が資金援助をしてなんとか回っている。

 そして、魔導師留美も涼子も数年間報酬は支払われてはいない。

 魔導師留美は当然優秀で、民間や外国なら高額報酬で雇われる身。それを無駄にして来たのは勇者さとるだ。



 7億の無駄遣い。

 そのうち2億はよくある『頭の悪い無駄遣い』

 そして残り5億は『萌え』に消えた。



「厚志くん。貴方に謝らなければいけないわ。勇者さとるが良い奴なんて言ったことは間違いだったわ。とんだ子供、いえ、駄々っ子ね」


「いや、良い奴・・・・でもないか。悪い奴・・・というか、あれ、なんて言うんでしょうね。あ、いや、そうじゃなくて、留美さんは全然関わってないから俺に謝らなくても良いんですよ」


「でも、私も勇者パーティーの一員だったんだし、すまないと思っているわ」


「いや、いいんです。留美さんは悪くないんです」


「そう言って貰えると気が楽よ。でも、貴方にはすまないことをしたわ。これは勇者パーティーとしての謝罪よ。この償いは必ず私がするから。どうせさとるはしないだろうし」


「すいません」


「仕方ないわ。さとるは寝たきりで動けないし、涼子は幽閉されてるし。動ける私が謝って回るしかないの。さっきは先日殺された涼子の部下の所に行って来たわ」


「そう・・・ですか」


「遺族が怒るのも解る。あれはこたえたわ。犯人が最初から特権で無罪確定してるなんて酷い話よね。でも、私にはどうにもならない。ただ謝るしかなかったわ。女神はなんであんな奴を勇者にしたのかしら。流石に恨むわ」


「みんなさとるのせいなんですね」


「そうね。二人を殺したのはさとるで、涼子は部下を殺された被害者なのに賠償金を涼子が払うのよ。まあ、破産はないでしょうけれど、今年だけでも涼子はさとるのせいで幾ら使ったか分からないわ。それに厚志くんは殺される一歩手前だったし」


「涼子は・・・涼子は今どうしてますか」


「相当参って居るわね。さとるは婚約破棄してくれない、王様から求婚されてる。外には出してもらえない。財団とも連絡を交わせない」


「王から求婚!?」


「そうよ、あ、聞いてないか。実質この国で勇者を保有するのは限界よ。外国からも勇者を引き取ると話もきてるわ。でも、婚約破棄してないので勇者が引き取られれば涼子も自分の意思と関係なく連れていかれる。それを止められるのは国王との結婚だけ。国王との結婚なら国王の養子のさとるから涼子を奪えるの。そうすればこの国に残れる。国としても涼子が抜けると大打撃だし」


「『その方法』だけが涼子を取り戻せるんだね!」


「今の所はそうね。でも、涼子は拒否してるわ。このままで行けば勇者と一緒に外国行きね。一番可能性が高いのが松本国。どうやら内密に勇者を説得しに来てるらしいわ。さとるが行くと言うのも時間の問題かもよ。そうなれば涼子は松本国に連れていかれ、勇者独法に従って2年間投獄される。酷い話ね」


「投獄?」


「そうよ。婚約者だと言っても結婚してないわ。勇者に怪我を負わせたのは罪になる。それから厚志くん、勘違いしてない? 王様が涼子に求婚したのは国で確保する為だけじゃないわよ」


「まさか・・・」


「そう、王は本気で惚れてるわ。まあ美人だしね」


「・・・・・」


 厚志の顔が絶望の表情になる。

 王様からの求婚。形式上のことなら良いと思っていたことだろう。

 だが、王様は涼子に惚れて居る。

 それは今の厚志にはどうにもならないこと・・・

 怪我人で身分もなく財産もなく・・・


 以前の自分ならそれでも反発した。

 今は現実に押しつぶされ立ち上がる気力もない。


 しかも、先日優子の持つ姫剣のツガイの剣を託すと言われたばかりだ。


 勇者さとるはヤバい。

 世界には勇者さとるの抑止力が不可欠だ。

 自分がそれに選ばれた。

 流石に世界のためなら勇者と対峙するのも仕方ない。

 みんなに酷い目に逢って欲しくない。今、はっきりと立ち向かったのは涼子だけ。お陰で重症を負い、犯罪者扱い。しかも、王様と結婚しなければさとるの婚約者のままという酷い状況。




「瑠美さん。もしも、もしもですよ。さとるが・・・・その・・・・さとるが死んだらどうなりますか?」


「何を考えたの? 貴方には無理よ」


「もしもですよ」


「わからない。貴方が聞きたいのは何?

 次の勇者? いえ、涼子のことね?」


「どうしたら涼子は自由になれます? さとるが無き者になって、王とも結婚してなければ?」


「言いたいことは分かるけれど、私にはどうなるかわからないわ。もし、涼子が釈放される可能性があるとするならば、死んだ勇者さとるが極悪非道の犯罪者、それも全世界に対する犯罪者のときね。そうなれば勇者に剣を向けた者は罪に問われない。でも厚志くん、、そのためにはさとるを大犯罪者にする必要があるわ。この間の犯行だって、他の者に操られてた訳だし。涼子の為とはいえ、悪人を大悪人にする気?」


「言ってみただけです。できはしませんよ」


 厚志は『できはしない』と言った。『やらない』とは言ってない。

 もしも厚志に魔族の聖剣が手に入ったならば・・

 勇者さとるを倒すことは可能かもしれない。でも、勇者独法を越えて倒す理由がない。



「優子なら勇者にかてるけどね」




 直子社長の声に厚志が驚く!


「そうね。多分一撃で終るわね」


 瑠美まで。




「優子? え? 優子?」




「優子、勇者さとるが三人同時に掛かってきても平気とか言ってたわ」

「優子ってば嘘つきね。今なら勇者20人相手でも勝てるわ」


「そんなに!」

「鍛えたから。教えられることは全て教えたわ。だからこの国に私は必要無いの。はっきり言って勇者なんて要らないわ。あんな金食い虫で経営能力皆無で弱い勇者なんて要らないわ。優子は強いし自分で自分の生活費は稼ぐし『萌え』してないしね」

「まあ、優子は稼ぐ金額もデカイけれど借金もデカイしねえ」


 二人の会話についていけない厚志。

 魔導師瑠美の話す優子、直子社長の話す優子は自分の知ってる優子なんだろうか?

 厚志の知る優子は気が弱くて恥ずかしがり屋で弱い。魔法が使えると言ってもそんなでもなかった筈。

 混乱する厚志。






 たたん!




 窓にクロちゃんが来た。


 口に紙を咥えている。

 クロちゃんは窓から降り、椅子に座る厚志の膝に乗って厚志の顔を見上げる。


「俺に?」


 クロちゃんが、ぐっと紙をつき出す。

 読めと言うのだろう。

 厚志は紙を受けとり開く。





『はやくたのむ』




 たったそれだけ。

 しかも汚い字、いや力のない字。



 厚志は差出人を必死に考える。

 直子社長が紙をとり、魔導師瑠美と見る。


「厚志君、心当たりが有るでしょう」

 瑠美が聞いてきた。


「あ、いや、その、この間のお爺さんかなあって。でも、居場所判らないし」




「急いだ方がいいわ。この猫、涼子の猫よね」


「にゃーん」


「猫ちゃん、頭がいいのね。じゃあ案内しなさい。皆さん、下に私の馬車があるわ。急ぎましょう」


「いや、御迷惑では」




「いいのよ。涼子から貴方の事を宜しく頼むと言われてるのだから」

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