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クロちゃんと老人

 クロちゃん、屋根を行く。



 今日も日課の市内パトロール。怪しい奴は居ないか危険が迫ってないか。



 パトロールが終わると、今日はとある会社の周りの高い木の上に登る。

 ご主人様の囚われている城と厚志の居る建物が見える位置。

 たまにカラスが弱っちい仔猫だと思って攻撃を仕掛けてくるが、使い魔のクロちゃんは無敵。かといって無双してたら勝負をする(あそび)相手がいなくなるので、ほどほどな勝ちかたで終わらせている。強すぎると暇になる。



 ふと、見下ろす先に老人。

 芝に腰をおろしている。休憩だろうか。

 そして、老人はこちらを向き、樹上の自分に向かって手を振ってきた。黒猫の自分を呼ぶ人は少ない。




 やれやれ。




「やあ、チビちゃん」

「にゃーん」


『クロちゃん』でなく『チビちゃん』と呼ぶのは一人だ。あの日僕を炎の中に放り投げた人。


「随分と立派になったねえ。お勤め偉いねえ」


 そう言って頭を撫でてくる。

 自分の見た目は産まれた日と変わらない。手のひらサイズの黒猫。なろうと思えば大虎サイズにも一瞬でなれるけれど、普通の人には違いはわからない筈。大きさだけでなく強くなった。ご主人様の斬撃剣の加護が二本分あるし。

 それが判るとは、やはりこの人は特別だ。



「チビちゃん、厚志くんはどうだい?」


『どうだい?』と言われても困る。随分良くなったけれど、まだ骨折は治りきっていない。時間を掛ければ階段を降りることが出来る程度だ。


「クイーンを守りきれると思うかい?」


 クイーン?

 あ、ご主人様ね。それはちょっと無理。


「だろなあ」


 返事をしなくていいのは楽だ。心の中とはいえ、やけに言葉が通じるけど、この人が凄いの? それとも僕が進化した?

 厚志、怪我人だし心が折れてるし。


「そうかい。昔のような厚志になって欲しいねえ」


 昔を知らないよ。


「そうか、チビちゃんの生まれる前だしなあ。昔の厚志くんは自信家でね。絶対クイーンと結婚するって毎日騒いでたもんだ」


 へえ。

 今じゃ想像もつかないや。


「しかし、暫く目を離していたらすっかり(しぼ)んでしまったのう。チビちゃん、ワシも歳だ。厚志にワシの後継者になって欲しいのだが、どうじゃろう? それとも他に適任がいるかい?」


 老人の腰を見る。

 艶の無い中剣がある。これのことか。


 厚志。

 不安だ、弱すぎる。

 でも、他に居ない。

 優子が男だったら良かったのにと思う。

 もし、ご主人様に聞いたならご主人様はどうするだろう?


「どうするだろうねえ。なら、厚志くんに聞いたらどう答えるだろうねえ?」


 うーん。

 わからない。


「チビちゃんや。厚志くんに会うことにしよう。連れてってはくれんか。出来れば乗せてってくれ」


 困った。

 巨大化して目立ちたく無い。昼間は屋根の上ですら目立つ。町の人からはただのチビの黒猫でいたい。


「ああ、すまんすまん。じゃあ一緒に歩こう」



 ごめん。

 僕が牛か馬になれれば目立たないのに。せめて誤魔化しが上手い沙羅が居ればなあ。





 ーーーーーーーーーー





「武男さん、宜しく頼むわ」


「優子ちゃん、一人で大丈夫かい?」


 佐渡国の警察署の面会室。久し振りに『優子ちゃん』と呼ばれたわ。海上では『キャプテン』なんて呼ばれてたし。陸では『社長』


 相手が冒険者とはいえ、10人位重症にさせて、30人以上を葬ったら逮捕された。当たり前だ。


 きっと厚志や直子社長は私がこんな女だとは知らなかったと思う。武男さんは薄々勘づいていた。涼子は私の記憶の奥底を少しは見た筈。



 種部運送、いや克也率いる山賊ギルドは許せなかった。彼らは故郷の会津国の敵で仇。

 種部運送の下っぱから社長の名前が『克也』だと聞いたときは全身の毛が逆立った!

 その名前は忘れたことなど一度もない。


『種部運送』は潰したがギルド全体を潰した訳じゃない。同列のギルドも有るだろう。

 終わっては居ない。

 本当の泥仕合はこれからだ。




 だが今は勾留中の身。



 船と仕事は武男さんに任せよう。ちょっと出れそうにない。

 武男さんは荒事には関わって居ない。それどころか冒険者から恐喝を受けた。動じなかったけれど。そこは荷主の証言がある。

 武男さんはあっさり釈放されたので仕事には差し支えないだろう。荷物も取り戻した。それどころか、今回の事でこちらの有利にさせてもらう。弱く出てはいけない。


「すぐに戻るわ」

 この一言を荷主に掛けておいた。威圧になった筈。




 ごめん、涼子、厚志。

 暫く戻れない。




 武男さんが仕事に戻るために警察署を出ていった。

 直子社長宛の伝言も頼んだ。

 署員の見てる前だったから深い内容は言えない。でも、彼女は聡明だ。きっと大丈夫。




「お前が優子か」


 留置場に来たのは警察の制服を着ているがどう見てもカタギじゃない奴。一人だ。

 私の所業を知ってる筈なのに強気に向かってきた。それも一人でと言うことは自信があるんだろう。



「貴方は警官?」



「ああ」


「どう見ても()()()()ね」


 警察署もギルドの手先が居るのか・・

 それとも、警官も逆らえない? ならば、ここで騒動になっても警官の助けは来ないのか。

 今、姫剣と斬撃剣一本は署に取られている。

 三本の斬撃剣はカモフラージュして服に偲ばせてある。抜りはない。



「復讐するつもり?」


「死ぬだけだと思うなよ。地獄を見せてやる」




 男の両手に赤く光る玉が現れる。



 魔法使いか。

 それもハイスキルだ。






 受けてやろうじゃないの!

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