厚志と黒猫
数日安静に出来た。身体中が痛すぎてなにがなんだか判らない状態から、具体的に何処が重症なのか判るようになってきた。
打撲ぐらいは当たり前。
肩の脱臼にあばら骨数本と右の膝下に骨折。
殴られ過ぎて両耳が変な形。左の耳は聞こえが悪い、治るといいが。
左の瞼もいまいち開かない。
あの女は酷い奴だ。
もう絶対会いたくない。
そして早く健康体になりたい。
がりがりっ!
たんっ!
窓からクロちゃんと呼ばれてる黒猫が現れた。
ちっちゃい仔猫だがよちよち歩きなんてもんじゃなく、とんでもなく活動的で、窓から入って来た。
ここ三階だぞ。
この猫凄いな。
クロちゃんは白い花を一輪咥えてきた。
俺のお見舞い?
猫って花採るっけ?
俺の知ってる猫に花を摘む猫は居ない。
「待ってろよ」
俺はサイドテーブルのコップをひとつ取り、水を入れた。
クロちゃんはたんっと窓から降りて俺のベッドに乗ってど真ん中を歩いてきた。
つまり俺の上。
そして、俺の顔を見上げた。
「はい」
そう言ってクロちゃんの口から花を取ると、あっさりくれた。
誉めて欲しいのかな?
「ありがとうクロちゃん」
「にゃーん」
返事が来た。
通じたのかな?
花をコップに活けてからクロちゃんを撫でる。
クロちゃんをひょいっと寝かさせて足を摘まむ。
泥はついていないようだ。布団も汚れてない。
そして暫くクロちゃんは俺の上に寝ていた。
クロちゃん可愛いな。
餌をくれるわけでもない俺になんで懐くのか判らない。クロちゃんは夜はだいたい俺の上で寝ている。
クロちゃんが出入りするので、窓は締め切らない。
クロちゃんは廊下の戸も一生懸命引っ掻いて開けてしまう。
直子さん達にも迷惑を掛けてないようだし、良い子だ。
まえに直子さんが、
「この毛並みいいねえ」
と、言うとクロちゃんがぎょっとして毛が逆立った。意味が解るんだろうか。
仔猫だからコートの材料には無理だと思う。てか、直子さん、クロちゃんを裁いちゃ駄目だ。
昼間は皆仕事で忙しい。
食事時は直子さんや従業員の人と会うので寂しくないが、休み時間が終わると皆仕事場に行ってしまう。
クロちゃんが居るときは寂しくない。
話し相手にはならないけど居てくれるだけで嬉しい。
やることがないと色々考えてしまう。
成人の儀以来、涼子を追いかけて王都に出た。
あの時は自分の信念を疑わなかったし、成し遂げられると日々頑張った。
色んな人に会って色んな事に巻き込まれた。
数年経った。
今は無一文で寝たきりで看病されて匿われて居る身。
あの日の自分はこうなるなんて予想もして居なかった。
多少の苦しさや痛みは夢のためなら仕方ないと思って居た。
でも、今になって思うとこれで良かったんだろうか?
そもそも涼子は俺と結婚するなんて言ってないと言った。
二度も攫われた。
その度に涼子が痛い目をして居る。
今回は大怪我だそうだ。責任を感じる。
涼子にとって俺は幼馴染だ。
ピンチになったら涼子はやはり放ってはおけないだろう。
その度に危険な目にあってる。
俺が涼子の周りをうろつくから面倒ごとになってるんだろうか?
涼子に商売敵とかも居るだろう。
でも、田舎の家族が巻き込まれたとかない。
俺だけだ。
俺が余計なことをして涼子を困らせてるんじゃ?
俺が田舎に留まって、何もしなければ?
俺が王都に出てきて目立つことをしなければ、勇者も荒れなかった?
婚約者のいる女にまとわりつくなんてどうかしてる。
勇者パーティーやら王族やら政財界やら、明らかに俺とは違う世界に生きる涼子。
初恋は実らないと誰かが言ったっけ。
「なあ、クロちゃん。俺は涼子とは結ばれないのかな。このままだときっとまた涼子に迷惑をかけるよ。あいつのこと諦めるなんて死ぬほど嫌だけど、仕方ないのかな・・・ビッグになって涼子を取り戻すなんて言ってたけど、このざまだよ。俺のせいで涼子酷い事になってるし」
手元のクロちゃんの背中を撫でる。
クロちゃんはずっと俺の顔を見てる。
「田舎に帰った方がいいのかな・・」




