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厚志 目を醒ます

 どこだ・・・・




 低い天井。


 割と綺麗な天井。


 知らない天井。


 傾斜のない天井。



 ここは安全?

 殴る蹴るされないだろうか?

 下手に喋るとまた殴られるかもしれない。


 恐る恐る右を見ると布張りの壁。

 左を向くと同じ壁だが出入口がある。

 椅子や机や棚があり、物が色々有るけれども、誰も居ない。


 部屋は明るい。

 昼間の光だ。

 足の方から光が来る。

 窓?

 見たいけれども体を起こせない。できる筈の動作が困難で出来ない。


 いたたたた。


 体を横に回して体を丸めることは出来た。

 漸く光の入る方向を見ればカーテンが開かれた窓がある。


 臭くはないし、山の匂いではない。砂漠の匂いでもない。


 起き上がりたい。

 でも、関節が硬いし痛いし力が入らない。健康体の俺の体はどこにいってしまったのだろう。



 飲みたい。



 ただただそう思った。

 腹がへったとか水が飲みたいといったはっきりとした物ではなく、漠然と飲みたいと思った。なにをということはない。


 さっき見たごちゃつい所を見れば、水が入っていそうな陶器。



 遠い・・・・



 誰かそれをくれ。

 取れないんだ。




 ガラッ!

「あ」


 戸が開いて、知らない女の人が俺を見て、驚いたように出ていった。

 危険人物には見えない。

『いいから、水くれ!』

 と、叫びたいが唇も口の中も喉もカラカラで声が出ない。


 さっきの人が、ひとまず危険人物に見えなかったのは良かった。


 ドタドタと音が近付いてくる。今度は数人だ。

 そして入ってきた。



「大丈夫? 私が判る?」



 涼子・・・・じゃない。

 似ているが、直子さんだ。


 ああ、知り合いに会えた・・・・

 きっとここは安心だ・・



「厚志君大丈夫? 痛いところは? 苦しくない?」


 顔が近い。


「ひぃずがはしい・・」


 水が欲しいと言ったつもりなのに、上手く喋れない。

 直子さんが超近くに顔をもってくる。


「何、もう一度」


「ひぃず・・」






「水ね!」


「うう」



「水とって!」


 直子さんがさっきの知らない人に言うと、水がカップに注がれた。やはりあの陶器は水入れ。


 直子さんは迷わず俺のベッドに乗ると俺の上半身を起こし、自分を背もたれにして俺を座らせた。子供扱いだ。

 美女に体を乗せるという贅沢な状態なのに、いまいち感触がわからない。感覚の痺れ、感触を打ち消す怪我の痛みのほうが強い。

 背後から回された直子さんの左手にカップが手渡される。

 右手は俺の頭を支えていたが、辛うじて首が座ったので、手拭きに持ち変えてカップの下に構えられた。


「飲める?溢してもいいわよ」



 久し振りの水だ・・・・


 自分でカップを持ちたいが手が上がらない。

 腕の痛みで改めて怪我だらけなのを実感した。





 生きてて良かった・・・・




 助かったんだ・・





 ーーーーーーーー





 30日振りの自由。

 いや、もっとだったっけ?

 昼も夜もわからない期間も長くあった。


 目が覚めて二日目。

 俺はまだ歩けないが喋れるようになった。腕は動くが、力は無い。そして身体中が痛い。深呼吸すると胸が痛い。




「厚志!」



 久し振りの声。

 病人なのも構わずに抱きついてくる女性。


 以前より逞しく、

 以前より声に張りがあり、

 以前より上品になり、

 以前より綺麗になった。



「優子?」


「まさか私が判らないの?」


「いや、立派になって驚いたよ。別人みたいだ」


「変わってないわよ!私は私よ」


「いや、綺麗になった」


 良い生地の服を着て髪も整えられて、力強く凛とした動作。

 一緒に冒険者していたのが信じられない。


「会いたかった厚志! 何処にいたのよ・・・・」

 でもやっぱり優子だ。



 それから俺はここ数年の事を話した。

 それを直子さんと優子と直子さんの部下が聞いていた。たまに廊下と部屋を黒猫が行き来する。


 涼子は居ない。




 優子と別行動をしはじめて、俺は加治屋で働き出した。でも、勇者さとるに嫌われて悪目立ちしたのが災いして、加治屋をクビになり、その後何処で面接しても勇者に嫌われてる人間だと知れ渡っていて雇って貰えなかった。

 評判の悪い俺が入り込めたのは、遠く離れた石炭鉱山の人夫。

 好景気の煽りで深刻な人手不足。仕事は辛く単調で体を壊す事もちょくちょく。山奥で世間から隔離され、娯楽も無い。しかもヤバい奴だらけで物がよく失くなる。

 力仕事が主だけれども、体は丈夫にならなかった。寝込むことも多かったから。それは他の奴等もそうだった。

 でも、町では仕事につけない俺には唯一の仕事。


 そろそろほとぼりが冷めただろうと山を降りて町に帰って来た。

 最後に貰った鉱山の報酬は驚くほど少なかった。衣食住と治療費で相殺され殆んど消えていた。


 町で書籍の配達関連の面接に行ったら、何故か縛られて監禁された。


 満足に水も食い物も貰えず、毎日殴る蹴るをされ続けた。

 俺をいたぶる奴はいつも同じ女。

 俺と同じくらいの年で部下の男を沢山連れてた。



 そして、長い間気を失って・・・・

 気が付いたらここに居た。




「俺はどうしてここに?」

 優子に聞く。


「涼子がたった一人で戦って助け出したのよ」


 ?


「涼子が? あの女から?」


「あの女から? いえ、勇者さとると戦ったのよ。涼子は勇者さとるを倒してあなたを取り戻したのよ」



 驚いた!


 勇者さとるは涼子の婚約者だぞ! 無敵の存在だぞ!

 戦ったらただじゃ済まない!

 ハイスキル持ちとは言え勇者相手に戦うのは無謀すぎる!

 俺の為に?

 婚約者を敵に?

 相手は次期王だぞ!



 涼子!


「涼子は!涼子は今何処に!?」



 直子さんが話始める。

「涼子は今、王宮に居るわ。相当酷い怪我らしいわ。むしろ勇者相手によく生きてたと思う。そして今、一切の面会が禁止されてるの。恐らくは勇者さとると戦ったせいで反逆者として勾留されてるんだわ。一応勇者が生きているので勇者の証言待ちなのかも」


「俺の為に・・」


「それだけじゃないわ。勇者はその他に涼子の部下二人殺してるの。涼子は被害者よ。寝ているところを焼き殺されそうになってたし」


「え? 殺し? 焼き殺す? どういうこと? 勇者が?」


「私達もよく判らないの。なんでそこに厚志が放り込まれたかも」


 訳がわからない。

 なんで勇者と涼子が敵対?

 婚約者より俺を選んだのは何故?

 そこまで強くないはすの涼子が勇者に何故勝てる? 頭脳戦だったのか?





 なんで俺を?





 優子が俺の手をとる。

 そして、

「厚志、今はゆっくり体を治して。直子社長の言うことよく聞いて。それから、外に出ちゃ駄目よ。あなたが此処にいるのは秘密なんだから。私も仕事があってたまにしか来れないけど見に来るから」


 ああ、皆働いてるんだな。

 見た感じ、優子は良い仕事についたんだろう。


「優子、仕事って?」


 言われた優子が止まった。

 少し直子さんを見て、言いにくそうな顔になっている。


「その・・」

「優子はね、貿易船の会社社長よ。年間売上は私より上よ。借金持ちだけどね」


「社長?」


「その・・うん」


「貿易って、国と国の事?」


「うん・・驚くよ・・ね・・」



「はは・・」



 どんどん皆変わって行ってる。直子さんが商売してるのは判るけど、なんか予想より規模がでかいし。涼子はまあ今更・・

 なんか俺だけ置いてきぼりだな・・

 みんな立派になったんだ・・


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