勇者 対 涼子
越えてはならない一線を越えたな、勇者さとる。
この旅館には二人の護衛が居た筈。恐らくは・・・・
私は滅多に使わない『女王様』を発動する。
寝間着は消えて黒光りするぴったりとした痴女のような衣装に変わる。その上から、寝るときに脱いでいた普段の衣装を身につける。この痴女衣装はちょっと嫌なのだ。
廊下からもうもうと煙が来ているが慌てない。冷静に髪をまとめて靴を履く。
斬撃剣はクロちゃんに授けた。
手元には姫剣だけ。
私もこれから一線を越えなければいけないかもしれない。
「ボス!」
部屋に沙羅が来る!
「危ないわ沙羅、逃げなさい。クロちゃんが貴方達を守ってくれる筈。それから私は火を着けた勇者を叩きのめしにいくから。私に加勢しては駄目よ。ひょっとしたら後で問題になるわ。王族の勇者と戦うんだから。大丈夫、負けないから。兎に角ここから離れて。面倒事に巻き込みたくないの」
「ボス、負けないならなんで!」
「王族は厄介だから。貴方は皆の安全を確保して。クロちゃん頼んだわよ」
「にゃーん」
クロちゃんの記憶では皆たたき起こして逃がしたらしい。沙羅はわざわざ私の様子を見に来たのだろう。私は大丈夫なのに・・・・
「沙羅避難して。クロちゃん沙羅を頼むわ。重要な書類はクロちゃんに回収させて。じゃ!」
「ボス!」
「にゃーん!」
私は窓から飛び降りた。
スキルによる身体強化で平気だ。
通りに降りて勇者達を見る。仁王立ちの三人。
そして、旅館の入り口を見れば護衛が血を流して横たわっている。二人居た筈だ。恐らくはもう・・・・
さとる、お前が殺したのか。
「お前が殺したのか?」
「俺を邪魔するからだ」
「火をつけたのもお前らか?」
「正義の為だ」
「正義とは?」
「この国の悪のお前を葬る為だ。お前の手下もな」
「私は悪ではないが?」
「どの口が! この国に大不況と混乱を巻き起こしておいて今更!」
「身に覚えが無い」
「しらばっくれても無駄だ。王都日報や週刊オリハルコンにちゃんと書いてある! 証拠は揃ってる!」
「あんなものを信じるとはな」
「新聞に間違いは無い!」
「下らない・・
火をつけたのは何故だ? 旅館主も憎かったのか? それとも私を直接斬るのが怖かったか? 護衛は殺したのに」
「うるさい うるさい うるさい!
うるさい うるさい うるさい!」
勇者さとるってこんな奴だったっけなあ。
初めて見たときは馬鹿だがマトモな奴に見えたんだが、私に見る目がなかったんだな。
犯罪犯したオタ友達を次々と特権使って無罪にして、借金しまくってそれでも足りなくて王宮に強盗に入って。
遂に殺人もしたか。
そこまで狂ったかさとるよ。
そして私にとっては厚志を路頭に迷わせた憎いさとる。
「私を殺せば満足か?さとる」
「俺はこの国に平和を取り戻さなくてはいけない。それに・・」
「それに?」
「なんでもない!」
「何を言いかけた?」
「うるさーい!」
勇者さとるは腰から勇者の証である聖剣を抜き振り上げ、私に向かって走り出した。折れることが無く、魔力障害にも強いとされ、よく切れる聖剣。
脇の二人は立ち尽くしたまま。素人丸出しだ。
私は左手に持っていたホルダーから剣を抜く。
あのお爺さんから渡された姫剣。魔族から与えられた対勇者用の剣。人間と魔族の休戦を勇者が破ろうとした時の為の兵器。
こんな事の為に抜くことになろうとは。
「おおおおお!」
馬鹿正直に上段から来るさとる!
左からさとるの聖剣を打ち上げ、反動で姿勢を下げさとるの足を蹴り払う!
バランス崩したさとるの聖剣を今度は右からもう一発!
ガラン!
地面に転がる聖剣。
遂に立てなくなって地面に転ぶさとる。
尻餅をついたさとるが驚いている。
信じられないものを見たような顔をするさとる。
自分より弱いと思い込んでいた相手に手も足も出ないのは不思議か?
ダンジョンで勝ったから自分の方が強いとタカをくくってたか?
ああ、昔ならそうだったろう。だけれども、私だって無能じゃない。忙しい合間にも体作りと訓練をして自分を追い込んでいたんだ。警察の訓練、軍の訓練にも参加し続けた。なんで貴方が?と言われるがもしものために自分を鍛えた。
お前はどうだ?
毎日公務も訓練もせず、オタサーにこもってただけだろう。
今でこそ剣だけは互角だ。肉体は勇者スキル持ちのほうが上だ。しかも私は女だぞ。私のスキルは協力者を強化するスキルで自分自身はあまり強くならない。
それを努力で強化した。
さとるが這って地面に転がった聖剣を掴む。そもそも、態勢が狂っただけで剣を落とすとは情けない。
「わああああああ!」
そしてまた私に斬りかかる。だが、剣は振るが腰が引けている。
キィン!
ぺろんと横に払われる聖剣。それだけ腰が引けてれば体軸もへったくれもない。
また足払い。
またさとるが倒れる。
学習しないのか?
全く同じ足払いだぞ。
倒れたさとるの太腿を左右とも蹴る。これで動かす度に激痛が出てマトモに走れない筈。
「情けない奴」
「うるさーい!」
さとるは威勢よく言っているが声が裏返っている。
さとるに姫剣を向ける。
残りの二人に視線を送ればガタガタと震えている。
そして二人は足が縺れながらも走って逃げた。
まあ、そうだろうな。
さとるが聖剣を振りかぶろうとする。その右手を蹴りあげる。たまらず落ちた聖剣を遠くへ蹴り飛ばす。
弱い・・・・
勇者って、必要なのか?
情けない。
「さとる、降伏しろ」
地面に仰向けのさとるに姫剣を向け降伏を求める。相手は勇者で王族だ。殺すのはマズい。完全降伏させるのが最善だ、出来れば殺したくない。
「うるさい! お前なんか嫌いだ!」
遂に名前も呼ばれなくなったか。
「悪者に負けるもんか!」
お前の方が大悪人だろう。
そして、喋り方が子供。
「俺がミンミンを助けるんだ!」
ミンミン?
誰?
名前からしてこの国の人間ではない。響きからして女?
ミンミンを助ける為に?
さっきの『それに』とはミンミン?
何が起きている?
確かにさとるはどうしようもない奴だ。
でも、人殺し出来るような奴じゃなかった。全てはミンミンとやらの為に?
婚約者牧子がミンミン?
いや、牧子は牧子だ。ミンミンじゃないだろう。
「降伏するのはお前だ! 涼子!」
遠くからひょろい声がする。
さとるに注意をしながらも、声の方を見る。
さとると声の主を交互に見ながら、声の主の様子を少しずつ確かめる。
そこに居たのは、さっき走り去ったさとるの頼りない付き添い二人。
一人はひょろい。
一人は動けないでぶ。
私を恐れてるのか、腰が引けてるが、台詞だけは強気だ。
そして、そいつらの足元には手足を縛られた男。
服はズタボロで怪我だらけで服も血だらけで意識がない。両手を縛った紐が延びていてそれを持って地面を引きずってそこまで来たらしい。
辛うじて生きてる・・・・ようだ。
厚志!




