勇者さとるの夜襲
やや郊外の倉庫。
今日は倉庫業、運送業、農園主代表と私の財団で会合を開いた。
農業分野で広域管理団体を立ち上げようとしている。
生産、管理、運送、販売、貯蓄管理、市場を生産に反映。
今までもそういう団体は何度か出来かけた。
だが、その度に失敗している。
原因は様々だ。相手は農業だ、毎年状況は変わる。
出来過ぎなこともあれば。凶作のこともある。地域ごとに違うこともある。
取引のタイミングで値段が三分の一に下がって、問屋は儲かったが、農家が破産したとかも聞いたことがある。一ヶ所価格が狂うと市場が大混乱する。
一番求められるものは安定だ。
農村と王都の間にある比較的おっとりとした地域に穀物倉庫がある。そこで会合を開いた。
この国も暑い地方と涼しい地方があり、両方に穀物倉庫街がある。
冬の気象、夏の気象、どの地方が保存に適してるかはその年によって違う。いくつかの地域に分けて保存するのはリスク分散の為だ。
農園に倉庫を作れば地代と人件費が安く上がるが、治安が心配だ。
かと言って都会に倉庫を作るとコストが掛かりすぎる。
そして、何箇所も倉庫を構えるのはコストが嵩むが、失うよりはリスク分散の方が大事だ。
折角、充分な収穫が有ったのに、保存の失敗の為に食糧難とかは笑えない。
一方、野菜の場合はちょっと勝手が違う。
保存がきく物もあれば、スピード勝負の物もある。
地域が穀物とダブる物もある。
どのように保存して運送するか、いかに売りぬけるかは経験が必要だ。
会合は終わった。
会議は『今後5年掛けて新体制に移行』ということになった。
今日はさつきさんの父親の佐吉さんも参加して居る。
佐吉さんは主に農作物を扱う個人問屋。
クロちゃんを授かって以来の再会だ。
「お久しぶりです。おかげさまでクロちゃんも元気に毎日過ごしております」
「にゃーん」
「おお、クロちゃん元気だね。涼子様、私のような者に声をかけてくださるとは大変有り難く思います。贔屓してもらったようで・・・」
「いえ、私としては情報を持って居て、信頼できる人物としてお願いしたまでです。贔屓はありますが、先日のクロちゃんのお礼でもありますわ。それにこの事業が上手くいくか、そうでは無いかはまだ分かりません。礼を言うのは早すぎますよ」
「確かに、まだ早すぎますね。先ずは収入が下がる者達の反発が凄いでしょうね」
「佐吉さんも身を以て感じて居るでしょうが、生産者はうまくいった時の感覚で生きて居ます。たった1年の不作で身を滅ぼす者が多すぎます。天引きをして、災害の時の保証に蓄えると言っても文句が出るでしょうね。実際に不作の年が来ないと実感は出来ないでしょうね」
「涼子様、全くです。今までどれ程それに悩まされたことか。不作の次の年に天候が元に戻ってるのに作付け出来ないで居る者は沢山居ましたから。次の植え付け分も食べてしまったとか売ってしまったとか、そんなことはザラでしたから。それに、涼子様の管理団体の範囲の広さで、流通に幅ができ販売店で奪い合いなんてことも減るでしょう。売り買いの醍醐味は減りますが、胃が痛いなんてことは減るので気が楽です」
「そうですね。今までのように業者が睨み合ってると、値段が上がるときは天井知らずになる癖に、最終的に売り抜けられず廃棄なんてことも無くなるでしょう。
「まあ、今までのような毎日が戦争のような売り買いから解放されるのは、ほっとするような寂しいような」
「あら、きっと何割かの者はあ管理団体に参加せずに独自路線を行くと思いますわ。世の中そう簡単に染まりきりはしません。それに、そういう一匹狼やギャンブラーが居た方が楽しいじゃないですか」
「楽しい?」
「そうですよ」
「私としては孫に会いに行く余裕ができて嬉しいです。今までは油断も隙も無い売り買いの毎日でしたから」
「お孫さん可愛いですか?」
「ええ、しかも双子ですから、お土産も2倍です」
「それはそれは」
「では、私はこれで。次の予定がありますので」
「はい。来月の会合でまたお会いしましょう」
「にゃーん」
「クロちゃんも」
佐吉さんは和らい挨拶をして去って行った。
私達は今日はここで泊まりだ。
明日は別の村に行ってまた
似たような会合をしなければいけない。
今日の宿は倉庫の近くの旅館。
財団職員と護衛達と夕食を済ませ、明日の準備をして眠ることになした。
王宮や財団の寝室に比べれば質素な部屋だが気にはならない。
私と厚志は街道宿の村の出身。
部屋は違えど、故郷の家と似たり寄ったりだ。
私の両親は宿を営んで居た。厚志の母親はウチに働きに来て居て、子供の頃から厚志とよく遊んで居た。
私はいつも旅人の話に夢中だった。商売の話、名物の話、田舎の話、都会の話。
都会で生きて行くには頭の良さが大事だと聞いた。情報の大事さを聞いた。商売には勝機が存在することも聞いた。
大物になると色恋すら商売の道具だと聞いた。
いつか、都会に行きたいと思った。
厚志のことは見て居なかった。
あの日、まさか厚志が追いかけてくるなんて。
離れたままそれっきりになると思い込んで居たのに。
厚志、どこに行ったんだろう・・・
厚志の代わりにクロちゃんを抱いて寝た。
・・・・何だろう
・・・・この不快
・・・・煙い・・・
・・・・眠いのに
「にゃ!にゃ!にゃ!」
『にゃ!にゃ!にゃ!』
クロちゃんが煩い・・・寝かせて・・・
ごふっ!
クロちゃんに顔を思い切り踏んづけられた!
「なに!」
煙い!
煙?
火事か!
「火事? クロちゃん、火事?」
「にゃ!」
まずい!
窓の外から炎の光が見える。でもこの部屋はまだ燃えてない!
逃げれば助かる!
でも!
「クロちゃん、みんなを叩き起こして! そして外に逃して!」
「にゃ!」
そう行って斬撃剣をクロちゃんに吸わせると、シュッとクロちゃんは犬ほどの大きさになり、ドアを蹴破って廊下に飛び出した。しばらくすると「げげっ!」と、廊下越しに沙羅の声がした。どうやら起きたようだ。
その調子で他の人も頼むわクロちゃん!
窓から外を見る。
そこから見えたのは松明を持った男が3人。
この旅館を消火もせず救助活動もせず見て居る。
あいつらか・・・・
3人の男。
割と良い服をだらしなく着て居る色白でひょろひょろな男。
どうやったらそこまで太れるんだといったデブの男。
真ん中の一人、よく知った顔だ。
世間ではイケメンと言われる顔立ち。
高級な衣服。
王の養子で権力を使って借金をしまくる男。
勇者さとる・・・・




