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勇者さとるが動き出す

 ここは牧子の所有する巨大なオタサー館。

 最上階は牧子専用。

 最上階の半分は完全防音で牧子専用のプライベートルームになっている。

 生活もできるし、たまにデリバリーホストと狂うときにも使う。階下のオタ達は自分の姫が処女だと信じているが、そんなものはとうの昔になくなった。オタ達の持ち込んだ金の何割かは牧子の財産になり、男を買って抱く為に消えて居る。


 その隣は、秘密の会議に使う部屋。

 こちらも完全防音だ。

 そして最上階の入り口には常に番人が居る。


 会議室にはオタサーのトップであり、これから起こす悪事を考えた牧子。

 裏ギルドのギルマスでギルドの仕事(悪事)をする時の責任者ケン。

 勇者さとる。

 勇者さとるの親友で、さとるからの絶大な信頼があり、冒険者活動もする鉄哉。

 そしてケンの部下の冒険者2人がテーブルを囲んで座って居る。


 今、牧子は勇者に向かって最大限の魅惑スキルをかけている。

 牧子のスキルはそれほど強く無いが、条件が揃えば効果は出る。



 今がその時だ。



「これが条件よ、さとる」


 牧子の長い説明を聞いた勇者さとる。

 勇者は考えて居た。

 牧子の依頼をするべきだろうか?

 ()()は勇者としての行動では無い。勿論、真っ当な人間のする事でもない。

 だが、牧子の用意した()()は今一番欲しいものだ。

 そして、それを用意できるのも牧子だけだろう。

 そして、それは今しか手に入らない。

 時間が経てば駄目だろう。



 牧子の願いを叶えれば、自分の願いも叶えてくれる。

 交換条件だ。

 だが、やることは犯罪。

 だが、そこに牧子のスキルが後押しした。



 そして、勇者さとるは牧子の垂らした蜘蛛の糸を掴んだ。






 話は終わった。


 勇者さとるは鉄哉と共に階下に降りて行った。

 残されたのは牧子とケンと冒険者二人。


「牧子、本当にあいつが出来ると思うか?」

「お父さん、大丈夫よ。完全にかかったわ。スキルの反応で間違いない」

「かといって、あいつは涼子に勝てるのか? 確かに勇者の方が涼子より強い筈だが、この数ヶ月勇者は運動らしいことしてないぞ。本読んで紙芝居見て食って寝てるだけだぞ」

「解ってるわ。だから今回()()を使うんじゃ無いの。偶然とは言え、手に入ってよかったわ」

「牧子、終わった後はどうするつもりだ?」

「国外逃亡ね。流石にここには居られないわ。それに他の国にもオタは居るし、オタサーくらい何度でも作れるわ」

「それが妥当だろう」


「それにね、この機会を逃したら勇者さとるをコントロール下に置く機会は当分来ないわ。もっとデカいことしたかったけど、今はこれが精一杯ね」

「そうみたいだな。俺には全く理解できないが」

「あら、私だって理解できないし、理解したくもないわ」




 ケンは安堵して居た。


 牧子の本来の目的は国を破壊し尽くす事だった。

 一人残らず殺すわけではないが、国中をスラムにする事だ。


 それは単に涼子に対する当てつけ。


 涼子の活躍のおかげで国が好景気になった。

 代わりに闇産業のギルドと冒険者は大不況。

 ケンも路頭に迷った。



 牧子は父親であるケンを救い、仕返しをすると息巻いた。


 だが、牧子とケンは血は繋がってない。

 牧子の母親はギルドの奴隷女で冒険者への報酬の代わりに身体を差し出して居た。毎回では無いが。

 牧子は母親を抱いた冒険者のうちの一人がケンだから、ケンがお父さんということも有り得ると思って居た。

 そして、願望は根拠の無い確信となり、ケンを勝手にお父さんと呼ぶようになった。



 だが、ケンは牧子の母親を抱いたことなどない。



 大して美人でもなく、既に手垢だらけだった牧子の母親に触ろうとも思わなかった。

 ケンは顔が良かったので、女には苦労してなかったし。


 牧子にそんなこと言えなかった。




 この国をめちゃくちゃにする。

 出来ないことは無いかもしれない。

 ただ、やっていればいつかは軍や警察と全面衝突は避けられない。

 マズいに決まってる。

 捕まったら死罪は間違いない。

 それどころか、オタはともかく冒険者は逃げ出すだろう。逃げるに決まってる。冒険者はオタに忠誠心など持ってないし、牧子にもだ。

 相手が悪すぎるし、なにより皆そんなことはしたくない。ケンもだ。


 ケンも冒険者もこの国が好きだ。

 国の破壊者になんてなりたく無い。


 普段、街の人間や役人の文句を言ったりして居るが、心の底から嫌いというわけじゃ無い。

 他国の人間にこの国をバカにされれば怒るし喧嘩になる。祖国を背負って殴りつける。

『俺の国をバカにするな!』

 と。



 ケンと冒険者は安堵した。

 今回の作戦は国全体をターゲットにすることを諦め、ターゲットを涼子ひとりに絞ったのだ。


 ケンは部下に言った。

『最悪、いつでも逃げられるようにして置け。当然牧子には内緒だ。資産も牧子の知らない所に移せ』

 ケンは牧子にいつまでも付き合って居られない。

 牧子は馬鹿すぎる。


 今回の作戦で勇者を失うだろう。

 勇者は一度しか使えない。きっと全て終われば生きて居ても呪縛が解けてマズいことになる。

 そしてきっとオタサー(アジト)も失う。

 それでも牧子はなんとかなると思ってる。

 牧子は勘違いしている。それは冒険者の陰の力が有ってこそだ。

 真の意味で牧子は姫ではないのだ。オタには姫かもしれないが、冒険者の姫では無い。ケンあっての闇ギルド。

 牧子はケンを信頼して居るが、ケンは牧子を信頼していない。ただの腰掛けパトロンだ。



 ただ、ケンも冒険者達も涼子の苦しむ様は見たいと思って居る。

 成功者の顔が痛みに歪むのはなによりのご馳走だ。

 金持ちにザマァしたいのは冒険者の願望の一つだ。






 そして、牧子の勇者が動き出した。

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