クロちゃん山に行く
この日の仕事を財団の剛士君に全て押し付けて、今日は休息日にした。私の財団は規模が大きくて人材豊富だ。突然の欠員が出ても大丈夫。だから私も休みがとれる。まあ、そこまで人材を集めるには資本力が必要なのだが。
朝から王都日報のせいで仕事をする気にならない。
西川製材所の放火犯は勇者さとるの特権で無罪確定。
逃げ遅れた専務さんを助けた私が(実際に助けたのはクロちゃんだが)何故か警察に謝罪するという事をしなければならなかった。全部クソ勇者のせいだ。
あいつは自分の友達の味方をする。お友達の言い分を全く疑わない。お陰でどうみても有罪なのに特権で無罪にされたのは昨日の犯人だけではない。ひょっとしたら、私が関係してない所でもやらかしてるのだろうか?
ありえる。
勇者を『好い人』と言う人は多い。優しくて友達思いで力持ち。
だが、無能な善人は悪害にもなる。力を得れば尚更だ。
ふう。
郊外の山上で下界を見下ろす。
独占したくなる程美しい景色。木々が繁る山々。
獲物を求めて空中を旋回する鷹も遥か眼下。
街はもう見えない。
そう、私はクロちゃんに乗ってここまで来た。あっという間だった。
今まで優子のユニコーンを羨ましいと思って居たが、思わぬクロちゃんの能力拡大で私にも機動力が手に入り、嬉しい限りだ。
「お疲れ様。クロちゃん、遊んでてもいいわよ」
私は巨大化したクロちゃんから降りて、クロちゃんの肩をぽんとする。
クロちゃんは嬉しそうにぴょーんと駆け出した。クロちゃん、はしゃいでいる。
人気の無いここならクロちゃん遊び放題だろう。
巨大化したクロちゃんについていくつか分かった。
クロちゃんには私の斬撃剣を与えっぱなしにすることができる。するとクロちゃんは大きさが変えられる。大きくなると顔や体格が豹のようになる。体格に見合った骨格なんだろう。
元のクロちゃんサイズから私が楽々乗れる大きさまで変化できる。虎や豹より大きくなることも出来る。私が乗って駆けるのはなんの問題もない。それどころか鞍がなくでも平気だ。クロちゃんと私はぴったりとくっついて、振り落とされる事がない。それどころか、逆さになっても落ちない。
乗った感じは優子のユニコーンの方が圧倒的に速い。まあ、優子のユニコーンは別格だし。でも、そこら辺の早馬よりはクロちゃんは速い。
速さでユニコーンに負けてるから劣っているか? いや、そうでもない。クロちゃんは縦移動が出来る。木も登るし、崖もひょいひょい登る。小回りや急制動も得意。
そしてクロちゃんは足音を消せる。やはりそういうところは猫なのだ。しかも、森などで小さくなってしまえば、誰にも見つける事は出来ないだろう。私は小さくなれないが。
もし、クロちゃんが人語を喋れれば諜報活動出来そうなのだけれど、クロちゃんの声は「にゃー」で、頭の中に来る声も『にゃー』なのだ。猫だしね。
ひょっとして、優子の頭に響くユニコーンの声は『ひひーん』なんだろうか?
クロちゃんがユニコーンと大きく違うところ。それは沙羅が乗れるという事。
それは出掛ける前に沙羅に乗って貰って確認した。
子猫の時は可愛がる癖に巨大化するとビビりまくる沙羅を無理矢理クロちゃんに乗せてみた。ユニコーンと違って非処女オッケーだ。
男の人はまだ試して無いし、今のところ乗せる気もない。
ただ、沙羅は乗っけてもらえただけで、体は固定されなかった。クロちゃんが本気で走り出すと振り落とされるかもしれない。沙羅を乗せてスピードを出す時は私と沙羅を縛った方が良さそうだ。クロちゃんに咥えて貰うという手もあるが。
そして、クロちゃんは暖かい。寝るときに巨大化したクロちゃんのお腹の辺りに陣取れば、きっと冬も寒さ知らず。でもやっぱりちっちゃいクロちゃんを抱いて居る方が可愛いので、そっちがいい。
山頂に座り、沙羅に無理矢理用意させたお弁当を食べる。
沙羅の味付けはしょっぱい、そして雑。
嫁に行く気はないらしい。
文句は言うまい。
眼下の林の中をガサガサと何かが走って居る。
灰色のものと黒いものが走る。
右に行ったり、左に行ったり。
よく見ればキングトマトウルフをクロちゃんが追いかけ回して居る。
キングトマトウルフは危険な肉食獣で人を食べることもある。
一方で、仕留めれば肉は美味しいし、毛皮も取れる。直子社長が見たならば狂喜してるに違いない。
全速力で走って逃げるキングトマトウルフを追いかけるクロちゃん。
クロちゃんはあのキングトマトウルフより速い。
絶対に遊んでるわ。
ワザと追いつかないようにして追いかけっこを楽しんでる。クロちゃんに掛かったら凶悪なキングトマトウルフも猫じゃらしか。
ここでキングトマトウルフを仕留めたら直子社長には良いお土産になるに違いない。
でも、あんな大きなキングトマトウルフを持って帰る方法が無い。クロちゃんに背負わせたら私の乗る場所がない。
キングトマトウルフをクロちゃんのご飯にすると言う手もあるが、そのあとで『でっかい○んこ』が出ちゃうわ。それは困る。お家に帰ってから出されたらたまったもんじゃ無い!
ぱんぱん!
「クロちゃーん! おいでー!」
手を叩いてクロちゃんを呼ぶ。
キングトマトウルフは直子社長に自力で狩ってもらおう。
「あおーーーんっ! ぐるるるるっ」
クロちゃんが帰って来た。
キングトマトウルフは必死に逃げてどこか遠くに行ってしまった。
大きくなった時のクロちゃんの声はやっぱり豹みたいだ。
喉が太くなったのに、猫のままの鳴き方をしようとして変になっているけれども、それも可愛い。
クロちゃんの顔をぽんぽんする。
「遊びは終わり。帰りましょ」
そう言ったら、クロちゃんは足を折って背中を下げてくれる。
私はクロちゃんの背中に乗ると、クロちゃんはゆっくり立って歩き始める。
『急がなくていいからゆっくり』
と念じればその通りに歩いてくれる。
滅多に来ることがない森をゆっくり進む。
不意にクロちゃんが立ち止まる。
クロちゃんの意識が何かに向いている。
私もその方向を見る。
何か居る。
人?
いや、二足歩行してるようだが、人では無い。
体毛がなく緑色の肌に尖った耳。丸い背中。
あまり美しいとは言えない何か。
それが3匹。
大きさと寄り添い方でそれが親子だと分かる。
子供の方は親にしがみついている。私たちを恐れてるのかもしれない。
ゴブリン・・・・
初めて見た。
魔界のゴブリンが迷い込んで住み着いたんだろう。
ゴブリンはとても珍しく、謎が多い。
凶悪凶暴だとか女を襲うだとか魔法で攻撃して来るだとか。
だが、実際には誰も見たことがない。
私は古い本で読んで少し知って居た。
このゴブリンの第一印象は『弱そう』だ。
きっと猿の群れに出会ったら負けるに違いない。
見た感じ足も速くなさそうで、馬鹿力もなさそう。
そして私たちを見てぷるぷると震えて居る。
「行こうクロちゃん」
私たちはゴブリンをそのままに山を降りた。
ゴブリンの事を誰かに言う気はない。
駆除するような脅威に見えなかったから。
下手に誰かに知られて狩られたら可哀想だ。
そして静かに1日を終えた。
三日後、私の元に手紙が届いた。
封筒に名前は無い、誰だろう?
【クイーン殿へ】
先日は貴重種のゴブリンを凶暴な狼から守ってくださり大変感謝しております。
絶滅危惧種の貴重なゴブリンの危機を貴殿が使い魔を使って払ってくれたおかげで、ゴブリンの親子も無事です。
ゴブリンの保護活動にご協力頂きありがとうございます。
なに?
え?
クロちゃんが山でキングトマトウルフ追いかけ回してた事でゴブリンの危機を救ったことになったの?
あれって、クロちゃん遊んでただけだよ?
私、全然知らなかったし!
てか、ゴブリンって、絶滅危惧種だったんだ。それすら知らなかったよ。
てか、私を何故クイーンと呼ぶ?
そしてクイーン殿って書くと変だ。呼称がおかしい。
そして、手紙は続く。
つきましては、クイーン殿にはいずれ機会を見てお礼を致したいと思います。
現在は多忙にて直接挨拶できないのが残念です。
心優しきクイーン殿へ。
【魔王より】
!!!!!!
!!魔王!!
!!!!!!
魔王から感謝状貰っちゃったわ・・・・・・・
そのうち魔王がご挨拶に来るのかしら・・・
私は頭を抱えた。




