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クロちゃんがんばれ

 私のクロちゃんマジ天使!



「うりゃうりゃうりゃ~」

「にゃっにゃっ!」


 今日の予定は全て終了して、夜の自由時間だ。

 以前なら書類や資料に手を出して居たが、今はもっぱらクロちゃんタイム!

 財団内にある私の部屋の中でクロちゃんがロング猫じゃらしを追いかけて右に左に。



「クロちゃん、いぇーい!」

「にゃーん」



 私の使い魔クロちゃんの感情が私に流れ込んでくる。多分クロちゃんにも私の感情が流れているに違いない。きっとこれは主と使い魔ならでわ。優子とユニコーンも同じような事になっているんだろう。

 心が通じあっているというか同調してるというかそんな感じ。クロちゃんが何を思っているかは分かるのだけれど細かくは分からない。


 だって猫語なんて知らないもん。


 クロちゃんはお利口だから将来、人の言葉を解するかもしれない。でも、発声器官の違いせいで喋れない。

 実際、人間の単語は理解しつつあるようだ。

『沙羅に猫パンチして』といえば猫パンチするし、『じっとしてて』といえば大人しくなる。

 人間の子供程度の知能は既に有るみたい。


 今猫じゃらしを追うクロちゃんの感情は無邪気に遊んでるといった感じで伝わってくる。楽しくてしょうがないらしい。見たまんまなんだけどね。

 ちなみにクロちゃんの心の声は『にゃ~』『ふご~』『み~み~』である。

 私からは人語で返している。

 でも、何日か過ぎて猫語がなんとなく分かるというか聞き分けられるようになってきた気がする。でも、偶然出会う他の猫の声はさっぱり理解できない。これは私とクロちゃんの関係だからだろう。また、クロちゃんの脳内言語に人間の使う単語らしきものが混ざり始めてる。やはりクロちゃんは優秀なのだ。


 クロちゃんは物を食べない。

 いや、正確には食べなくても問題ない。私から活動エネルギーを得ている。食べようとすれば食べることも出来るし栄養にも出来る。だがその場合はおしっこや糞がでる。そう、魔力で活動してる限りトイレは必要無い。部屋に一応猫トイレ用意してあるけど。

 そう考えると優子は凄い。

 あんな大きくて立派なユニコーンを更に強化させて魔力で活動させているのだから。昔は気付かなかったが、優子の魔力の器はとんでもない大きさだ。勇者さとるや魔導師瑠美より大きいのかも。いや、間違いなく大きい。体も鍛えられて、勇者パーティーが一丸になって戦ってもきっと優子の足元にも及ばない。

 優子が居れば魔王と対立しても、勇者は必要無いかもしれない。

 いや、そもそも魔国産の姫剣を受け継いだ時に得た情報では魔国は人間界に攻める気が無い。


「クロちゃんじゃーんぷ!」

「にゃっ!」









「火事だーーー!」


 財団の外で騒ぎが起こっている。


 私は窓に駆け寄り外を見ると夜の闇の中で燃える建物が見える。もうかなり延焼していて消火できないのは目に見えて明らかだ。消火よりは被害を抑えるしかないレベル。人は巻き込まれてはいないだろうか? 心配だ。


「沙羅!」

 隣のメイド部屋の沙羅を部屋に呼ぶ。


「ボス、火事です」


 沙羅の部屋の窓から見たのだろう。既に知っていた。


「あそこは西川製材所かしら」

「そうですね、湊屋の左だからそうですね。どうしますか?」

「行くわ! ついてきて」

「わかりました、ボス」


 私は沙羅を連れて火事現場に向かった。肩にクロちゃんが飛び乗る。

 本来なら男の護衛をつけるべきだが、私と沙羅に護衛は必要無い。私は強いし、沙羅はスキルの応用でステルスが出来る。護衛が居るとかえって目立つ。

 私と沙羅は走った。




 私の目の前で西川製材所が燃えている。

 西川製材所は住宅十件ぶんはある大きい木造建築で燃えやすい。

 火事現場は人でごった返していた。夜空が照らされ火の粉が舞い、近隣の燃えてない建物の持ち主は燃え移らないように火の粉を払ったり水を撒いたりしている。

 西川製材所の人達は消火は諦めて、まだ燃えてない物を中から運び出している。

 建物から運び出された物が所狭しと積み上げられているが、大半はまだ中だろう。


 既に警察消火班も20名程到着していて、延焼を抑える為に活動を始めている。

 私は警察消火班隊長を発見して駆け寄った。隊長の顔は訓練に参加した時に会っているので一目で分かった。

 忙しそうに次々と隊員に指示を出す隊長に近寄ると、彼は私に気付いた。


「涼子様」

「現状を」


「酷いです。西川製材所の工場は絶望です。営業時間外の火事なので人が居なかったのが幸いですが、まだ判りません。混乱していて誰が無事なのか誰が居ないのかも掴めてません。従業員達は運びだしに入りたがっているが、もう止めさせました。もう無理です。隊員を二つに分けて立ち入り規制と延焼抑止にあたらせてます」


 そこへ隊員が伝令に来た。


「隊長! 西川製材所社長によると、専務の姿が見えない様です。専務も運びだしをしていたので、もしや・・・・」

「分かった。外に専務が居たらすぐ知らせてくれ。中でなければ良いが」

「はっ!」


 そうして伝令は走り出した。

 私はもう一度火事現場を見る。更にでかくなった炎。これはもう入れない。

 建物が大きくて高いので上から水は掛けられない。

 もう、燃えきってくれるのを待つしかない。

 専務さんは何処に?

 中に居ないでくれ。確認取れて無いだけで外に居ることを切に願う。


「逃げてくれていると良いのだが」


 隊長が呟く。

 もう、中に居ることが確認できても救助には行けない。行けば死ぬ。

 こういうときに私はなんて無力なんだろう。多少強くても炎の中から人を救う事が出来ない。


 そこに社長が走ってきた。

「専務はこちらにいませんか!」


 まずい状況だ。

 隊長の顔が曇る。

「いや、居ない。そうか・・・・」


 益々拡がる炎。

 社長は専務が居ないと聞いて、建物の周りを2周もしたらしい。そして、対策本部のここにも専務は居ない。


 絶望的だ。




『にゃーん!』


 不意に頭の中にクロちゃんの声が響く。何かを訴えたいらしい。

 クロちゃんをみると、肩の上のクロちゃんがトンと地面に降り走り始める!


「クロちゃん待って!」


 私と沙羅は慌ててクロちゃんを追う。私の頭の中にはクロちゃんの感情が流れ込んできた。

 クロちゃんは急いでいる。

 そして私についてこいと訴えている。


 走った先には老人男性。


「あ!」


 あの人は墓地で会った人だ!

 私に奥さんの姫剣を渡してくれたお爺さん!

 どうしてここに?

 会いたかった!

 色々聞きたいことがあるし、出来れば連絡先も知りたい。

 魔王は?

 私は何をすればいいの?

 そしてクロちゃんは何故貴方に気付いたの?



 クロちゃんはお爺さんの足元でにゃんと鳴いてお爺さんを見上げた。


「おや、ちびちゃん。クイーンを連れて来てくれたのかい」


 私をクイーンと呼ぶのは一人だけ。

 遅れてきて私の後ろについた沙羅が『クイーン』という呼び名に首を傾げる。


「やっと会えた!お爺さん、聞きたいことが!」


「クイーンよ、話をしている暇は無さそうだ。あの火の中に人がおる。急がねばならん」


 は?


 私は燃えてる製材所をばっと見た!

 あの中に人が?

 やはり専務さんはあの中に!

 どうして分かるの?


「急がねばならん。ちびちゃん頼むぞ」



 そう言ってお爺さんはクロちゃんをひょいと右手で持って、火の中にクロちゃんを投げ込んだ!

 クロちゃんは、投げられた玉ように放物線をえがきながら炎の中に消えた。


「ええっ!クロちゃん!」


 ごうごうと燃える火の中にクロちゃん投げるなんてなに考えてるの!

 クロちゃん死んじゃう!

 沙羅は口を手で押さえて呆然としている。


「なにするのよ!」


「ちびちゃんは燃えはせん。使い魔はあのくらいでは死にはせん。クイーンよ、ちびちゃんに念じるのだ。逃げ遅れを探すように」


「え?」


 どうしてお爺さんはクロちゃんが使い魔だと判ったの? 見ただけで判るの?

 いや、それより、クロちゃんだ!

 私は炎の中にクロちゃんの意識を探した。

 直ぐに分かった。

 居る。クロちゃんは健在で苦痛や危機感が無いのが伝わってくる。


 本当だ・・


 クロちゃんは炎の中でも平気なんだ。

 私はクロちゃんに『大丈夫?』と、送ると『にゃーん』と元気そうな声が返ってきた。良かった・・


 そこへ後ろから声がかかる。


「急ぎなさいクイーン」


「はい!」


『クロちゃん、逃げ遅れた人を見つけてお願い!』


『にゃーん』


 クロちゃんが炎の中を走り回っているのが感じられる。たまに燃えてない場所も走る。

 凄いクロちゃん!


『にゃーん!』


「居た! クロちゃんが見つけた!」


 確かにクロちゃんからの声がする。今クロちゃんは倒れてる人の側に居る! それが分かる!


「見つけたのか?」

「ええ! でも、どうしたら・・」


「ならば、ちびちゃんに剣を投げなさい。私が渡したものではなく、クイーンの剣を。そしてクロちゃんに頑張るようにお願いしなさい」


 お爺さんを信じるしかない。疑問は山のようにあるけれど、今は火中の専務さんだ。

 私は斬撃剣を球形に変形させてクロちゃんの意識がする方向へ力一杯投げ込んだ!

 クロちゃんに届いて!

 そして精一杯クロちゃんにお願いした。


『お願い、その人を助けて!』






『にゃっ!』






 両手を組んでクロちゃんの居る方向に祈りを捧げる!

 お願い!無事でいて!

 燃える建物の柱がボロボロと燃え落ちる。

 もう相当脆くなっている。



「あれを見て!」

 叫ぶ沙羅。


 沙羅の指す方向、炎の中から何かが歩いて出てくる。

 炎を背にしてこちらに歩く何か。大きい。

 黒くて巨大な何かが意識の無い男の人を咥えてぶら下げて歩いてる。




 クロちゃん・・・・




 間違いない、目の前の黒色の巨大な何かは、いや、巨大な黒豹。牛や馬ほどの大きい黒豹。

 明らかに他の豹よりより大きい、そして力強いのが見ただけで分かる。

 真っ黒ながらつやつやの体毛は全く燃えて居ない。髭もピンとしている。



『にゃーん!』


 でも私に送ってくる声はクロちゃんだ! 嬉しそうなクロちゃんの感情が私に入り込んでくる。言われたことをやり遂げた嬉しさが伝わってくる。きっと炎の中で専務さんを探し回ったに違いない。見つけた後は専務さんを安全そうな経路から運んだのだろう。燃えて崩れそうな所も有っただろうし、自身の体重で壊さないように動くのも容易では無い筈だ。

 凄いよクロちゃん・・・



「専務!」


 見ていた人がいたらしい、二人男の人がこっちに駆け寄ってくる。諦めていた専務さんが居るのに驚いて駆け寄ってくる。

 早く専務さんに手当てを!


「専務さんを手当てして!」

「はい!」


 クロちゃんは専務さんを優しく地面に下ろす。

 あま咬みだったので、専務さんに牙の怪我はない。それとも魔力で掴んで居たのだろうか?


 男の人が、専務さんの顔や胸に耳を当てる。

 そして、


「生きてるぞー!」

 高らかに良い放った!


 そして、巨大な黒豹に驚きながらも専務さんを運ぶ男の人達。これから治療をするためにどこかの部屋に入れるらしい。

 助かって欲しい。心からそう思いながら専務さんを見送った。



 私の前にはクロちゃん。

 不思議な気分だ。

 私とクロちゃんの目線の高さににそれほど差がない。さっきまで手のひらサイズだったのに。

 流石に馬よりは肩は低いが大きい! 見た目は黒豹なのに私の中に聞こえる声は相変わらず『にゃーん』だ。

 後ろでは沙羅がヒビっている。

 そうか、クロちゃんは私の斬撃剣を吸収して大きく強くなったのね。

 優子が斬撃剣を受けて強くなったように。


「クロちゃん、大変良くできました!」


 そう言って私はクロちゃんの顔を両手で抱き締めた。

 誉められた事に喜ぶクロちゃんの感情が私に流れ込んでくる。

 わしゃわしゃとクロちゃんの頭を撫でる。

「ぐるるるる〜」

 と、巨大獣特有の喉の鳴らし方。

 でも、私の頭に入ってくるクロちゃんんの声は相変わらず『にゃ〜ん』だ。


「こ、これ、クロちゃんなんですか? ボス」

「そうよ。間違いなくクロちゃんよ」

「私、美味しく無いですよ!」

「あはははは。心配しないで! ()()は食べないから」

「ほ、ほんと?食べないでね・・・クロちゃん、私よ、分かる? 食べないでね・・・」


「沙羅、どうしようかしら。こんなに大きくなっちゃって。クロちゃん部屋に入れないわ」

「困りましたね」

「クロちゃん、元に戻れる?」


 私はクロちゃんにお願いしてみた。


「ぐるるるる」

 クロちゃんが唸ったと思ったらぽわんと目の前が霞んで、からんと音がした。

 霞が消えると、そこにはいつものちっちゃいクロちゃん。そして斬撃剣。


「にゃーん!」


「元に戻った!」

 私と沙羅は顔を見合わせてホッとした。

 大きいクロちゃんは頼り甲斐があるけれど、部屋には入れないし、なにより元のクロちゃんの可愛さが大好きだ!


 私はクロちゃんと斬撃剣を拾い、クロちゃんに頬ずりした。


「にゃーん」

「クロちゃん、ありがとう」



 そういえば!

 私は周りを見渡した。

 あのお爺さんが居ない!

 どこに行ったの? 話がしたい!



「沙羅、お爺さんはどこ?」



「あの・・・・生八つ橋買いに来ただけだから、もう帰ると言って行っちゃいました。引き止めようとしたんだけれど、しゅぱって、消えるように居なくなりました」

「ええ・・・・・」


 なんで八つ橋・・・

 色々聞けるチャンスだったのに・・・

 お爺さんなのに、しゅぱって去るのはやはり只者では無い。


 私と沙羅は隊長さんや社長さんの居たところに向かった。

 専務さんの無事を知らせなければならない。いや、もう伝わっただろうか?

 しばらく行くと隊長さんが居る。

 なんだか様子が変だ。

 社長さんもうなだれて居る。


 何があったの?




「隊長。専務さんが救出されました」

「ああ、救護班から聞いたよ。涼子様、感謝する。その・・黒豹はどこに?」


 専務さんは救護班に引き渡されたらしい。良かった。

 専務さんを救出した黒豹が私と関係あるのは悟ったらしいが、その後を見てないので黒豹がクロちゃんだとは分からないようだ。まさかこの手のひらサイズの子猫があの巨大黒豹だとは思わないだろう。


「黒豹は山に行ったようです。私たちに協力してくれた聖なる豹ですわ」

「そうか、私も見たかった。神々しい豹と聞いた」


 私は適当にでっち上げた。

 バレてないならそのままにしておこう。


「いずれまた見れます」

「何故ですか?」

「なんとなく」

「そうですか」


「それより、どうされたのですか? 随分と落ち込んで」



「・・・・・犯人を奪われたのだ・・・・」


「犯人? 放火ということですか?」

「そうだ。火をつけた犯人は社長の次男だ。それを勇者さとるに奪われた」


「どういうことです!詳しく!」


「今日、社長の次男は働かずに部屋に引きこもってばかり居るのを社長に叱られたらしい。もう、25歳だぞ? 毎日変な小説と絵ばかり見て部屋から出ないのだそうだ。たまに家を出るときは勇者のいるサークルに入り浸っていたらしい。

 そして、社長に『働け』と本を取り上げられたことを逆恨みして工場に放火したらしい。『俺の大事なものを奪ったんだからお前の大事なものを奪う』と」


「なんてこと・・・それで、どうして勇者さとるが?」


「勇者は騒ぎを誰かに聞いたらしい。しかも、義男(よしお)、つまり、社長の次男の放火した男を連れて行ってしまった。『義男は放火なんてしない!』ってな。さっきまで堂々として放火をしたと言って居た義男は急に『俺は放火なんてしてない。助けて勇者!』なんてほざきやがった」




 またか・・・・


 あんのやろう!

 クソ勇者!










 翌日、王都日報では、

『西川製材所が火の不始末で全焼。火に巻かれた専務を勇者さとるが救出』

 とデカデカと書かれて居た。

『警察消火班の無能』

 だと書き殴られ、記事の最後はいつものように、


『ーーーーーー涼子政治を許さない!』


 で締めくくられて居た。

 新聞を読み終えて、私は力なく窓から火災現場を眺めて居た。

 クロちゃん、疲れたよ。



「にゃー」


 クロちゃんが私を慰めてくれた。

専務さんが生きて居たのが唯一の救いだ。






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