放火?
ヤブワカメ刈りで疲れきった私は下宿に戻るなり泥のように眠った。
そして、目覚めた朝。下宿の中は無人で静かなのに外がガヤガヤする。
通りが、いや海のほうが騒がしい。
どうしようかと思っていると下宿のおかみさんが外から帰って来た。
「何かあったんですか?」
「ああ優子ちゃん、火事だよ、船が燃えてダメになったんだよ」
「え?火事? 船って燃えるの? ダメって」
「ほら、康夫さんちの貨物船、修理で浜にあげてたじゃない。あれが燃えちゃったのよ。見てきたけどあれはもう直せないわ」
「うそ! 折角浜にあげたのに!」
そう、私が初めてこの村に来たときに武男さんと応急措置した康夫さんの貨物船。
応急措置の状態で水を汲み出し、港に戻って荷を下ろし、満潮を狙って港近くの砂浜に押し上げた。
そして砂浜で本修理している所だった。穴塞ぐだけだから簡単かと思ったが、なるべく長い材料と交換しないと強度が出ないのだそうで、穴は一ヶ所なのに何メートルも板を交換するのだそうだ。そしてその場所の上側も隙間を詰めるために交換こそしないが打ち直している。
が、燃えてダメになった。
私と帰って来たおかみさんで朝食を食べる。
食べながら色々おかみさんが話してくれた。船は漁船ではなくて貨物船なのだけど、内陸部から請け負う荷物を運ぶのだそうだ。半分は外国向けだと。
そして、
「康夫さん、心配だわ。変な気起こさなきゃいいけど・・」
「変な気って?」
「暫く目が離せないわね。自殺なんかしなきゃいいけどってこと。康夫さん、先月も船失ったばっかりなのよ。船乗りも三人行方不明のまんま。康夫さん、持ち船三艘の内これで二艘失くなったからねえ。大事な仲間も失ったし、前回の船が行方不明のせいで相当借金抱えてるしねえ。この村としても康夫さんは稼ぎ頭で、結構康夫さんに頼ってるから村にとっても痛手よ」
「それは心配ですね・・」
聞いていて苦しくなった。
痛みなら耐えれる。
だが、借金はそう簡単にどうにかなるもんじゃない。
しかも、返済の為に働こうとしてた矢先にこれだ。
心は折れているかもしれない。
気になって仕方ない私は燃えた船を見に行った。
港の隣の浜。
それは、船だったと分かるが船じゃなくなっていた。
舟を囲んで立ちすくむ人達の中に武男さんを見つける。
「武男さん」
「優子君。優子君は夜中なにかしら見たり聞いたりいてないか?」
「いえ、寝てて気付きませんでした」
「そうだよな・・俺もだ・・」
「どうして火事なんかに・・」
「放火かも知れない。昨日は焚き火はしてなかった筈だし、夜作業もしないから灯りも使ってない、そうなるとな・・・放火だろう」
「なんのために!誰が!」
「分からない。でも、船は結構湿気ってた筈だし燃やすのは相当大変な筈だ。干し草や木や油を使ってじっくり燃やさないと火事にまで持ち込めないと思うぞ」
「それって」
「子供のイタズラのレベルじゃない。燃やそうとして燃やしたんだ、誰かが」
この間武男さんが塞いだ穴は綺麗に新しい木で張り倒されている。でも、その上側は燃えて骨しか残ってない。
湿気ってる。
そりゃそうだ、今でも船尾は水の中だ。でかくて船全体は陸上げ出来ない。
火の気は無かった。
昨日のヤブワカメは曇り空で乾きが悪くて燃やさなかった。ヤブワカメは今も空き地に積んである。
あれが康夫さんだろうか?
中年の男の人が色んな人に話しかけられて居る。奥さんらしき人も倣って挨拶している。これからどうなるんだろう? 心配だ。
「誰がやったんでしょう?」
「判らない。放火というのも我々の想像だし、、、いや、まず放火だろう。そもそも、あの穴が開いたのもおかしいんだ。乗ってたやつは岩にぶつけた感触も無かったと言ってるし、そんな薄い板じゃない。流木に当たった位じゃあんな穴は開かないし、乗ってれば衝撃でわかる。誰かに壊されたのかも」
「じゃあ乗ってた人が?」
「いや、あいつらはそんな事しない。やってもすぐバレるし、理由がない。考え付くのは、誰かが夜の内に、空荷の内に板を大ハンマーで軽く壊して、形だけ欠片を調えておくとかだな。荷物積んで舟が下がって水圧掛かってしばらくしたら割れるようにするとかな」
「それだと出来ますね。でも、結構大変な犯行工作ですね」
「まあ、それも推測なんだがな。でも、そうだったら康夫の船、いや康夫が狙われているってことだな」
「狙われてる・・何のために・・」
「わからん。貨物船壊して得するヤツって誰だよ。わかんねえ。盗むんなら分かるが」
どういう事だろう?
何故康夫さんの船を狙う?
狙ったのは康夫さん?それとも船?或いは荷物?
「武男さん、荷物は?」
「ああ、出荷出来なかった分は大事に保管してる。見張りもしてる。今のところ大丈夫だ。下手すりゃ荷物の方が大事だからな」
「そうですか」
何が何だか判らない。
あの時、船に穴?
荷物は燃やされてなくて船が燃やされた。
以前行方不明になった船の事は流石に判らない。
もし、犯罪なら何が狙い?
どうしたらいい?
疑えばキリがなく、犯行を頭で組み上げようとしても組上がらない。
私じゃ駄目だ。
頼れるのは彼女だけだ!
私は小声で話しかけた。
「武男さん、秘密の応援を呼びます。待ってて下さい」
私は村外れに走り、シロを呼んだ。




