海の男
「君が優子君か。手紙は読んだ、待っていたよ」
黒光りの身体、剃られた頭、逆三角形の筋肉ボディ。
彼の名は武男、海の男だ。
次の優子の修行先は海。
武男は西港きっての海の男。
彼は漁師ではない。港湾作業員でもない。海のフリーターである。
夏は海水浴場の救助員もするし、ビーチフラッグス6連覇中。女子からの人気は高く、未婚だが既に子供が何人も居ると言われる。
事前に情報を貰っていた優子は穴は絶対守ると心に誓った。生涯処女を守ると誓う自分。例外は涼子の許可を貰った場合の厚志だけ。
「御指導宜しくお願い致します」
礼をして顔を上げると、眩しい笑顔とつるつる頭。わりと顔がよい。
そして筋肉。
直子社長が居たらきっとイチコロだわ。優子は思った。
「なかなかいい女だ」
武男の言葉に優子はびびった。こんなマッチョに抱きつかれたらそのまま逃げられずヤられてしまうかもしれない。いくら普段鍛えてるといっても、変身無しではこの男の腕力には敵わない。いざとなったら変身してシロに乗って逃げようと身構えた。そしてこの男は貧乳地味子も狙うのか!
「いい筋肉だ」
「へ?」
「きっと君は普段から頑張っているんだね」
「え、ええ、まあ」
「そしてその体型は泳ぐのに有利だ」
「ん?」
あ、今日は薄着で『すとーん』としてるのが丸分かりだ! 思わず前を腕で隠す!
くっ、変身すれば胸くらい・・と、思ったがやめておいた。ホントに襲われたら洒落にならん。
「はっはっは。心配しなくていい。僕は愛の無いセックスはしない!」
未婚の子沢山男が白い歯を魅せて笑う。
くっ、無駄にイケメンだ。
「こ、子供が居ると聞きましたが、結婚はなさらないのですか?」
「はっはっは。どうせいつ死ぬかも分からないしね。生きてる間は村の為に全力で生きる。危険な事なら任せとけ! 俺が何とかする。俺の仲間達も孫の顔を見るまで長生きしたやつはひとりも居ないよ。これが俺達の生き方さ」
「そんな・・」
いつか海で帰らぬ人になる。
そのために結婚するのを諦めている。だが女と子供の居る村そのものを守る。それが彼の生き方。
「はっはっは。良かったら将来君もこの村に住まないか。空き家なら一杯あるよ」
もっこりムキムキがそう言って笑った。
その時、
「おーい! 武男ー! 助けてくれ!」
港から男が駆けてきた!
相当慌てている。
「どうした!」
「康夫の船に穴が開いた! ヤバいぞ! 荷物が重すぎてどんどん前側が下がってる! 今、空の船向かわせてるけど仮で修理しないと荷物の積み移しが間に合わん!」
「分かった! すぐいく! 優子君、ついてこい!」
「はい!」
武男は自身の小舟に組板を数枚積み込み、更に工具とロープを積み、康夫の貨物船に向かって漕ぎ出した。
物凄い勢いで進む小舟。
武男の使うオールは長い!
オールが水を掴む度に船はぐわんと進む!幅広の小舟は漕いでない時の減速抵抗が大きい。怪力で漕いでそのあと凄い水の抵抗が来て凄い揺れだ。改めてシロの乗り心地が抜群だとわかる。
「随分沈んでるな」
貨物船を見た武男が呟いた。貨物船は前側の甲板がもう水面に近い!
男達が荷物の移しに取りかかってるが、大きい荷物は移せない。運び出せる小さい荷物を出来るだけ移し、下ろせない大荷物は船の後ろ側に懸命に引っ張っている! 甲板は登り坂で辛そうだ。
船首付近に到着すると武男は迷わず海に飛び込んだ! 穴を見に行くらしい。
再び顔を出すと叫んだ!
「ロープ!」
「はい!」
優子はさっき積んだロープを武男に渡す。
「釘、ハンマー!」
優子は言われた通りに物を渡す。
武男は船首の左側にロープの端を玉にして釘で打ち付け、ロープやらをもったまま水に潜った。
暫くすると船の反対側でまた釘を打つ音が聞こえた。
ざばっ!
再び水面に顔を出す武男。
今度は小舟に上がり、腰ベルトをする武男。ベルトには袋やフックがついていて、ハンマーやら釘やら砂袋やらをぶら下げる。そして最後に組板を持って、
「行ってくるわ」
といって水の中に消えた。
外から板を当てて穴を塞ぐ。板は組板といって、継ぎ目が凸凹になっていて嵌め込みで隙間が出ない構造。恐らく最初に設置したロープは作業中に水中で浮き上がろうとする身体を抑える為だろう。
しかし、長い。
武男が潜ってもう5分になる。
飛び込む前に息を調える時間も取らなかった。
大丈夫だろうか?
優子は心配になってきた。
まだ上がってこない。
どうしよう?
助けるべきか?
まだ戻らない。
武男は海の男。
でも心配になる。
もうちょっと待って帰らなかったら飛び込もう。優子はそう思い、服を脱ぎ始めた。自分だって少しは泳げる!
ざばあっ!
「武男さん!」
「失敗した・・いってえ・・・・」
「失敗? 何か大変な事に!」
苦悩の表情を浮かべたまま武男はゆっくり小舟に上がる。揺れる小舟。
座った武男が優子に左手を向ける。
「指叩いちまった」
青くなってる左手人差し指。失敗ってそれか。
「ふ、船は?」
「ああ、だいたい漏れは止まった筈だ。あとは陸に上げてから本作業だな」
「心配したんですよ! 待っても待っても浮かんで来ないし。上がってくれば痛いとか言うし!」
「大丈夫、大丈夫、指痛いけど。優子君心配し過ぎ」
「もう!」
あははと笑う黒光り武男。
武男は甲板に向かって叫ぶ。
「穴塞ぎおわったぞー!」
「おー! 武男かー! あんがとー!」
返事来た。
男のやり取りいいなあ。
いいヤツだよ武男。
モテるのわかる。
その時、師匠瑠美の言葉が頭によぎる。『心配させる男には気を付けろ、堕ちるぞ』
ああ、成る程。優子は納得した。危なく堕ちるところだった。何しに来たか思い出せ、修行だ修行!
何に堕ちる?
恋だよ。




