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木登り

「いちいち枝を掴まない!」



「くっ!」

 ぎゅっと手を握りしめ足に意識を込める。



「踏み切れ! 二度踏みすんな!」


「っ・・・・」

 上手くいかない、怒鳴られる。



「だから手に頼るな! そんなちっさい手に何ができる!」





 優子は山で特訓をしていた。当然、素の状態での訓練。強化した体でやっても意味はない。

 優子も随分強くなった。

 涼子の加護を受ける優子は強い。だが鍛える。

 どんな苦難があるかも判らない。最後に頼れるのは自分の体だけだ。

 加護をくれる涼子が倒れることも有るかもしれない。それでも目の前に守りたいものがあるなら踞ってる訳にはいかない。だから鍛える。


 優子はさつきさんから暇さえあれば特訓を受けて居る。

 そしてさつきさんからの特訓メニューに見たこともない項目が増えた。

 杉林で杉の幹から幹へ移動する練習。

 木から木へ跳び移る、枝から枝に飛び移る事を予想していた優子は師の実技に言葉を失った。


 跳び移るのだが、殆んど空中を走るのだ。枝は使わず幹を蹴る。手は使わない。

 強力な蹴りで進む為に細い枝は踏まずに幹を踏む。

 物凄い速度で宙を走る女。

 彼女の名は、




 さよちゃん。




 さよちゃんは耕平さんちの隣の信二んちの娘さん。優子より少し年上。

 畑と納屋を荒らす猿を追い立てるのを仕事にしている。

 この辺の猿はだいたい手長桃猿。畑を荒らす害獣のお約束だが、繁殖力が強い。

 しかも樹上に居ることが多いので狼や熊からも狙われない。年老いて体の自由がなくなって漸く狼に捕まる程度。増える一方だ。

 猿は地面を歩くし、木の上を移動することも出来る。

 畑を荒らされた農家が追いかけると奴らは木の上に登る。こうなると人間には分が悪い。


 だけれども、そんな手長桃猿を恐怖のどん底に叩き落とす女が居た。それがさよちゃん。

 手長桃猿にとって本来なら安全圏の樹上にもさよちゃんは現れる。しかも速い!

 猿を越える速度で宙を走るさよちゃん。

 幹を地面代わりに駆け抜け、狙った猿の更に上に抜け、上からやや短い棒を猿に縦にど突く、それが彼女の戦術。そして狙うは群れを束ねるボス猿。

 猿の群れ全てを一人で相手に出来ない、多すぎる。狙うはボス猿だ!

 強い奴から順に仕留めていけば群れは次第に諦めて山に逃げていく。


 猿追いのさよちゃんは村から頼りにされている。村には強いガチムチは沢山居る。だが、彼等が苦手とする害獣か猿。強い奴は何人も居るが、身軽で強いのは彼女しか居ない。

 さよちゃんは重宝されていた。だけれども、彼女に倣って猿追いをしようという者はなかなか居ない。



 何故か。


 猿は売れないから。




 猿は人間に似てる。

 やはり猿肉は誰も食わない。ついでに猿の皮も売れない。猿皮の代用品はいくらでもあるし、たいして綺麗ではない。村人から謝礼は貰うが貧乏人の農民がくれる金額などたいした額じゃない。野菜なんか貰っても嬉しく無い。彼女の家も農家だし。


 さよちゃんの口癖は、


「猿追いなんてやめてやる! 」




 だけれどもまあ、村人になだめられて今でもやっているが。





「ああっ、もう! 上手くいかない!」


「踏んだ木を見すぎてるからよ、だから体がまるまるの。地面走る時は地面いちいち見ないでしょ」


「そうはいっても」


「なら、気にならなくなるまで走り込むのね。まだもう一往復出来るわ」

 さよちゃんは山頂を指差した。よりによって山か!

 水平移動と違って山はキツい!

 登りは筋力が要るし、下りは感覚が狂うし、速すぎて難易度が高い。下りでも加速動作を入れるさよちゃんの様な真似は出来ない。頭おかしいとさよちゃんのことを思った。だが、実際にやっているのだから、ぐうの音も出ない。


「よおし、晩御飯までもう一往復!」

 地面から起きる優子。兎に角走ろう!


「頑張ってね、私帰る。私これからデートだから」


「!」


 そう言ってさよちゃんは走って去っていった。

 走りが軽い、嬉しそうだ。

 優子にとって今日最大のダメージだった。





 ーーーーーーーー





 一方、涼子も訓練を重ねていた。

 走り込みから筋トレを終えて今日は新人警察官と体術と突入形式の訓練。

 鍛え始めるのが人より遅いことも有って涼子は弱い。スキルに頼れば強いが、圧倒的と言うほどではない。自分の最大戦力は優子だ。だが、優子がいつも居るとは限らない。優子が倒れることも有るかもしれない。最後に頼れるのは自分の体だけ。今からさつきさんや優子程の強さは手に入らないかもしれない。始めるのが遅すぎた。

 だけれども、自分には恵まれているものもある。

 それは軍や警察に顔が利くということ。ならば、それを最大限使おう。

 日々の通常業務に公務。

 その上、トレーニングと訓練。キツい毎日だ。


 だけれども、じっとしてはいられない。

 この国で何かまずいことが起きている。警察の捜査は進められているが、嫌な予感がする。

 軍と警察は強力だ。

 しかし、公務故の足枷が多い。彼等は事が起こってからしか行動出来ない。こればかりはどうにもならない。

 本来なら超法規的行動を許される勇者の出番だ。王族故の特権もある。



 だが、その勇者が使い物にならない。それどころか・・・・







 突入!



 小隊長が声でなく手信号で合図を出す。

 ドアを抜け、涼子は左二番の位置に着いた。




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