虎縞熊のマント
本当に私は忙しい。
任せていい管理職を雇わないと死んでしまいそうだ。
飛び込みで来た人の面会はなるべくしないことにしているが、会う人もいる。
「こちらへ」
秘書が客を招き入れる。
「久しぶり」
「久しぶり元気だった?って、聞くまでも無いわね。そんなに日焼けして」
「黒いのは手と顔だけ。みっともなくて水着にはなれないわ」
「私なんて真っ白よ。死人みたい」
執務室に来たのは直子さん。
田舎に引っ越して少し逞しくなったみたい。
以前、あまりにも疲れた時に直子さんに私の影武者をして欲しいと本当に考えたことがあった。彼女は私によく似てる。でも今は無理だ。少し筋肉質になって真っ黒に日焼けして私と違いすぎる。
「どうせ忙しいのよね? 簡潔に済ませましょう」
「気を使ってもらってすまないわね」
「涼子さんに私のコートを着て欲しいの。今、虎縞熊の皮があるの。それで最高の品を作るから着て欲しいの。 私にとっては最高の宣伝になるし」
私は有名人だ。
容姿も申し分無いと思うと自覚してる。何度も雑誌の写真も撮っている。
彼女が用意した虎縞熊が最高級毛皮なのは知っている。これは見本を作って注文をとるという商売はできない。直子さんにすればフラッグシップとして扱い、実際に注目される人に着てもらい、その製品というよりブランドを
宣伝して欲しいのだろう。多分それで合ってる。
だが、
「う〜ん、ヤメたほうがいいわね。今、私のバッシングブームだから。直子さんまで煽りをくらうわよ」
「あら、私は涼子さんの味方よ。あんな雑誌なんて気にしないわ」
「はああ、嬉しいわ。私今優しい言葉に飢えてるの。ほんと嬉しい」
「じゃあ、オッケーね?」
「いえ、ヤメておきましょう。今の私の炎上っぷりは半端じゃ無いから。どうやったらあんな些細なことまで大問題にできるのかしら。不思議だわ」
「でも私は構わないわ。涼子さんほど最高のマネキンは居ないと思ってるから」
「あはは、マネキンとは言ってくれるわね。でも、本当に今は酷い状況。その代わりいい人材が居るわ。彼女のために作って頂戴、目立つわよ。秋には間に合うわよね?」
「大丈夫だけど、誰?」
「それは会ってのお楽しみ。私より背が高いから皮も無駄が少ないだろうし。明日には直子さんの所に行けると思うわ」
「ウチ知ってるの?」
「ええ」
「誰よ?」
「なーいしょ」
「教えてよ!」
「見て驚きなさい! 彼女は今年の碧邪魔学院特設ダンジョンで話題を作るから、絶対目立つわよ」
「だから誰よ〜!」
無論これは優子のことだ。
コンコン。
「ちょっといいかしら?」
ドアを開けた後でノックするこの女は魔導師留美。
勇者パーティー最年長で私には遠慮なんてしない。割と暇人だ。
「涼子、手紙」
「あ、はい」
そう言って封筒もない折った手紙を私に差し出す。
中を見たのだろうか?
「ちゃんと渡したわよ。貰ってないなんて言わないでね」
「大丈夫、受け取ったわ」
「それと、花を買って行きなさい」
「花?」
「じゃ」
そう言って魔導師留美は出て言った。
なんだろう。
手紙を開く。
手紙の内容はいまいち説明不足だった。
明日の朝、西山公園にて待ち合わせ。
差出人は書いてない。
だが、冒頭に『クイーンへ』と書いてある。
クイーンと名乗ったのは1日だけだ! あの日、人生が大きく動いた!
そしてもう一度会いたいと思う人がいる!
あのおばあさん!
私のスキルの使い方を教えてくれた人!
他には居ない!
冒険者たかしと戦った時以外は屋根の上に居て誰とも会話してない!
会話したのは冒険者たかしとあのおばあさんだけだ。
手紙を留美さんが私に取り次いだのは偶然?
いや、『花を買っていきなさい』と言っていた。
手紙にはそんなことは書いてない。なんの意味が?
「何が書いてあるの?」
私は手紙を直子さんに見せる。
隠すほどの文面じゃない。内容は重要なのかもしれないが。
「どういう意味があるのかしら。しかも花?」
「たぶん・・」
「たぶん?」
「ここ、共同墓地があるとこの近くよ」
ならば、花というのも頷ける。留美さん読んだのか。
それで、誰の墓? いや、そうと決まった訳じゃない。でも花は用意しておこう。
翌朝、無理に時間を作って西山公園に行った。
用心棒として優子について来て貰った。私の知り合いで優子以上に頼りになる人は居ない。
優子はこの後何もなければ直子さんの工房兼自宅に行ってくれるという。
西山公園に着くと、よぼよぼのおじいさんが待って居た。
おじいさんは私達を見つけると、深々と頭を下げた。
誰だっけ?
優子も知らないらしい。
「おはよう。来てくれてありがとう。妻に会ってくれんか」
「おはようございます。奥さんは?」
おじいさんはその言葉を聞いて私達を案内した。
やはり墓地に。
行き着いた先は集団無縁墓。
貧しい人、身元不明、引受人の居ない人達の亡骸をまとめて埋めるだけの墓。
墓標には名前も刻まれない。数字が書いてあるだけ。
奥さんが入っているのか。
「このなかに妻もおります。以前屋根の上から声をかけたのは妻じゃ」
そういっておじいさんは墓に祈りを捧げた。
私達も持って来た花を添え、祈りを捧げる。やはりあの人だ。もう一回会いたかった・・
「今になってすまなんだ。妻ももっと早く会うべきだったんだろうが、のんびりしてたら朝冷たくなってしもうた。前の日まで何ともなかったのに朝になったらのう。寝てるうちに死ねたんだから幸せかもしれん」
「御愁傷様です」
ふたりでおじいさんに頭を下げる。
そうか、安らかな眠りでよかった、彼女は恩人だ。
「さて、長話は年寄りには辛い。お嬢さん、この剣を引き継いではくれんか。妻が使ってた剣じゃ」
おじいさんはただならぬ気配のする剣を出した。
「この剣は?」
「何と説明してよいかのう。聖剣?いや、代表の剣? わしらは『姫剣』と呼んで居た」
「姫剣? 剣姫ではなくて?」
「姫剣じゃ。これはお嬢ちゃんに相当な力を与えてくれる筈じゃ。間違いない」
私と優子は顔を見合わせた。
これは探し求めてた勇者に由来しない聖剣なんじゃないだろうか?
「あの、これって大昔の聖剣では?」
「そう解釈できないこともないが、ちょっと違うのう。持ってる力は聖剣といっていいが、持つ意味は違う。不戦の剣だからのう」
「不戦?戦わない?」
「そう。もう、200年前にもなるが当時の人間が魔王と休戦協定した時に作られた剣じゃ。とてつもない力を持っているが、目的は休戦状態を維持するためじゃ。休戦状態を破ろうとする人間を斬るための剣。魔国にも同じ目的の剣がある。あちらもあちらでちゃんと休戦状態を守っておる。ただ人間はあちらさんより寿命が短い、すぐ忘れおる。心配だ」
「つまりこれは・・」
「そう、人間に対して無敵の存在。人を斬るための剣じゃ人間の特性をよく考えて作ってある。だから誰にでも渡せる代物じゃない。アホウなんぞには渡せない。今の勇者のような奴なんぞ絶対に使わせられん。
そして魔族には魔族をよく斬ることのできる剣が伝わっている」
「ひょっとしてこれは!」
「察しがいいのう、頭のいい子だ。そう、これは『魔族の聖剣』のレプリカじゃよ。だから人間相手に無敵じゃ。無論勇者にもな。そしてあちらには『人間の聖剣』のレプリカが行っておる」
「妻はお嬢ちゃんを選んだ。ただ、妻が死ぬまでは妻のものだからやはり死ぬまでは渡せなかったがの」
「その、会いたかったです」
「ああ、妻も会いたがって居たよ。年寄りでのんびりしすぎて失敗したがの、はっはっは。それで妻はお前さんに決めた。だからこれはお前さんしか受け取れん。そうした。他の者が握っても使い物にならん」
「私を信用したんですか? 一度会ったっきりですよ?」
「ああ。妻はもうお嬢ちゃんの心の中まで眺めたからのう」
そうか!
あの時心の中まで見られて居たのか・・
「妻が言っておった。あの子を大事にしろと何度も言っておった」
「厚志のこと?」
「さあ、わしゃ名前は知らん。でも、お嬢ちゃんがそう思うならそうだろう」
厚志・・・
今の私には酷な言葉だ。
優子も私を見つめる。
「要件は済んだ。まだわしには用事がある。じゃあの」
「え?まだ色々と・・・」
言いかけたが、おじいさんは煙のように消え去って居なかった。
手元にはその『姫剣』
「涼子・・」
「私たちが求めてたのってきっとこれのことよね・・」
「多分。まさか魔族の聖剣だなんて」
「そして人間を止めるために生まれた剣・・」
「まさか勇者パーティーの私がこんな代物を受け継ぐなんて。これは勇者
の抑止力の剣ということ?」
「涼子、持ってみてよ」
優子に促されて鞘から剣を抜く。
どうするのが正解かは知らないが、唱えてみる。文言が正しいかどうかなんて気にしない。
「私は涼子。この剣を引き継ぐ」
音も光も現れない。
なんか違うのかな? それとも別の方法?
と思ったら、突然目の前に異変が起きた!
がしゃがしゃがしゃ!
「・・・・・」
「・・・・・」
優子に私が預けた筈の斬撃剣と同じ剣が五本も現れた。
「優子、全部あげる・・・・・」
「涼子、一本ぐらい持ってなさいよ・・・」




