鍛冶屋でバイト
俺は厚志。
涼子の幸せを願う男だ。
今、鍛冶屋でバイトをしている。
20日経った。
珍しくギルドにマトモな職がきた。
まあ、現実はヘローワークにもギルドにも求人を出していた。
この仕事は皆長続きしないのでよく求人が出るらしい。
従業員募集と一緒に短期バイト募集が出ていた。とにかく人が欲しかったようだ。
やってみて分かったが、熱い。
熱いし暑い。
鉄を焼くための釜がとにかく熱い。
かといって冷やすわけにはいかない。風を扇ぐわけにもいかない。
避けるわけにもいかない。待ってはくれない。
原材料の鉄の棒を作るときは更に熱い。
焼くのとは違う。溶かすのだ。
更に温度が高い!
なかなか目標の温度になってくれず、とにかく火を炊き続ける。温度を下げない、温度を上げるためだったらなんでもやる。
時間もかかる。休めない。油断すれば温度が下がる。
大変な作業で力仕事だが、先輩二人は鶏ガラのような体をしていた。
とにかく飯が食えない、食欲が無くなる。
熱にやられて体調をヤラれる。
やはり俺も細くなった。
新人が来ても直ぐ居なくなるという。
夏ならば希望者すら来ない。
冬に頑張れば?
ダメだそうだ。
冬は温度が上がりにくいし、燃料や薪が高騰する。
それにやはり暑い。
そしてこの仕事は常に人手不足で冬だけ仕事しても間に合わないという。
この鍛冶屋は俺を入れて4人。
じい様が店番。
倅と従業員。
そしてバイトの俺。
夜、釜とか炉の火を落としたくないときは交代で番をする。じい様もでる。
以前は孫が居たんだそうだが、出て言ったという。
気持ちは分かる。
夕方、仕事終わりに外に出た。
まだ明るい。
これから夏に向かって行くのか。
辛いわ。
でも、工場にいる間は涼子のことを考えないで済む。
自分が足手まといと自覚していろいろ変わった。
最近は優子とも疎遠になって来た。
思えば優子も今やハイスキル持ちか。あの日見た優子は強かった。
冒険者たかしを手玉にとる強さ。涼子より強そうだ。
俺と一緒にトマトウルフにすら手こずっていたとは想像もできない。
涼子は優子より弱いが商売の才覚がある。それは国を動かすほど。
勇者はやはり勇者だし強い。
みんな勇者を馬鹿だというけれど俺も馬鹿なんだよなあ。
同じ馬鹿なら強い王族の方がマシか。
「出る幕ないなあ」
今更ながら呟いた。
会いたくない奴ほど会うもんだ。
勇者さとるが居やがった。
疲れてて隠れたりする気にもならない。
なにやってんだ、この人・・・・
勇者さとるはおっさん二人に抵抗していた。
いや、正確には勇者さとると少年。
そして牛がいるよ・・
ぼーっと、見ていて状況は分かった。
おっさんのうち一人は少年の父親。
もうひとりのおっさんは精肉業者。
少年は可愛がってた牛が売られてしまい、追いかけて来て追いついた。
そこに偶然いた勇者さとるが少年に同調して騒ぎになった。
勇者さとるのお付きは一人しか居ないが見てるだけだ。
おそらく少年の家は肉牛を育てているのだろう。
少年よ、その辛さを乗り越えなければ牛飼いとして未来は無いぞ。
解るよ。その心は大切だ。
多分ひいきの牛なんだろうな。分かるよその辛さ。
さとるよ。
お前まで少年と一緒になってダダをこねてどうする!
ずっと引きこもりで、こういうのは初体験か?
可愛がっていたペットが死んだとかいうのも無かったのか?
まさか借金持ちのくせに『この牛を俺が代わりに買う(飼う)』とか言わないだろな?
まさか城で牛飼うのか?
お前はそれで満足か?
誰が世話をするんだよ、どうせ自分はしないだろ。
そしてこの牛が来ないと肉屋も困るんだよ。主婦の皆さんも困るんだよ。
まさかお前は肉を食わないのか?
菜食主義者だったら面倒だ。
てえか、さとるよ。
皆んなに見られてるぞ。
俺は騒動の主に向かって歩いた。
「勇者様」
「ええと、確か君は厚志くん」
「ええ、厚志です。先日はありがとうございました」
「なんだい?今取り込んでるんだ」
「以前、おっしゃられましたよね。困ったことがあったら協力すると。実はこの業者は私の知り合いでして、彼は今非常に困っています。引き下がってはいただけないでしょうか」
「確かに協力するとか言ったけど、これとそれとは!」
「無理を承知で言います。協力してください」
「し、しかし! 君には血も涙も無いのか!」
ははは。
涙は枯れそうだよ。
過ぎたことだけど。
そして俺は勇者に
耳打ちした。
「お気持ちは分かります。ですが、その子の家の商売です、解っているでしょう。その子が通る道です。勇者様、貴方はその子と一緒に泣いてあげてください。その子の味方になった貴方にしか出来ないことです」
勇者さとるは怒りの目を俺にむけて来た。
凄い目だ。
勇者に憎まれるって怖いな。
「人でなし!」
俺は精肉屋と一緒に牛の手綱を引いた。
勇者さとるは止めなかった。
頼みの綱の勇者の敗北に大泣きする少年。抱きしめる勇者さとる。
少年が俺や大人たちを大声で罵る!罵る!罵る!
少年の視界から消えても罵る声はまだ聞こえた・・
場は収まった。
後味悪いな。
『勇者の協力』をこんな所で使っちゃったよ。
恨まれたしな。あの様子じゃ俺は敵認定だな。
精肉屋さんには感謝された。
こういう子供がらみの事は商売上有る事だが、今回は勇者の存在が問題だった。
俺がいて本当に助かったと。
何度も頭を下げられて、そして別れた。
今日は疲れた。
本当に疲れた。
三日が経った。
鍛冶屋の爺さんに頭を下げられた。
「厚志くんには感謝している。何も聞かんで出て行ってはくれないか」
ちょっと日が開いて安心して来た所でのことだった。
理由は想像出来る。あのことか。
あの勇者には話は通じないな。
ああ、きっとこの町には居られない。
俺はそのまま支度をまとめて旅に出ることにした。
依頼達成の手形はじい様が出してくれると。
何度も謝るじい様。
もうギルドにも行きたく無い。
今日子さんにも合わせる顔がない。知り合いに会いたくない。
皆んなと離れた方が良さそうだ。楽しかったんだがな。
俺はその日のうちに町を出た。




