春の梅祭り
俺は厚志。
日々地道に生きている。
最近は優子と一緒に出来る仕事がない。
優子は農村の皆とも涼子とも上手くやっているようだ。ユニコーン乗りは機動力があり、呼ばれれば直ぐに駆けつけられる。手伝い、配達と重宝されている。
俺はといえば、先週はレンガ問屋の短期の人夫、今日は王都の南区の梅祭りに来ている。
寒い冬もそろそろ終わりで梅の花の名所での春祭り。催し物や屋台で賑わう。これが終われば本格的な春で世の中は一層動き出す。農家などは本格的なシーズンインだろう。
俺はといえば、屋台で焼きそばを焼いている。
「ご苦労さん」
そう言ってジュースを俺に渡す今日子さん。
そう、ギルドが収入無さすぎて今日子さんは祭りで屋台を出していた。祭会場での場所とりはギルドのコネで簡単に取れたという。
ギルドはギルドマスターが居れば大丈夫だろうと。と、いうよりどうせ誰も来ないと。
で、同じく仕事の無い俺が今日子さんに駆り出された。
客の波も落ち着き、作りおきもある。
座ってジュースを飲む。
隣には客寄せのために胸を強調した服の今日子さんが同じようにジュースを飲む。今日は普段よりケバくはなくて普通の美人。ケバくするのはギルド向けの化粧? 卒業写真は超清楚だったし、女って化粧で変わるんだとつくづく思い知らされる。
「厚志くん、最近静かね」
「そう?」
「静かよ。いっつも『俺は!』って大声出してたじゃない」
「そうそう『涼子と!』ってね。やめたんですよ、そういうの」
「諦めちゃったの?」
「無理だったんですよ、涼子と一緒になるなんて」
「・・・・そう。辛い?」
「ええ」
「失恋は初めて?」
「ええ。物心ついたときから涼子一筋でしたから」
「まだ諦めなくてもいいと思うんだけどね」
「受け入れる覚悟は出来ました」
「そう」
「今日子さんはなんでギルドに?」
「あー、厚志君は知らないんだっけ。借金よ借金」
「借金?」
「そう。昔の男がギルドの金持ち逃げしたの。しかも発覚したの結婚式の次の日よ。お陰で損害賠償は全部私。あの日はパニックだったわ。朝起きたら新婚の旦那は居ない、部屋の金目の物は無い、ギルマスは怒鳴り混んでくるし。あの日からギルドの奴隷よ。もう二度と結婚なんてしないし、もう出来るような綺麗な身体じゃ無いしね」
「その・・その人は?」
「さあ。少なくても王都周辺には居ないわね。最初は旦那が悪い事するはずないって思ったけど、そう言えば結婚式はしないし、あまり荷物は無いし、家族も変だったわ。あれは家族のふりした他人ね」
「そんなことが・・」
「ひょっとしたらギルマスも一枚噛んでるかもね。その前から私を見る目がエロかったし」
「それって調べて訴えれば!」
「無駄よ。今こそ倒産寸前で弱いけど、その頃のギルドなんて絶対に逆らえない存在よ。正論なんて役に立たないし真実も証拠も武器にはならないわ」
「・・・・」
「君の幼馴染には期待してるわ。いっそギルドなんて潰れてくれって思ってるから。これは皆には内緒よ」
「言いませんよ」
「厚志くんや優子ちゃんが羨ましいわ。助けて貰えたんだから。私なんてなーんもない。上から下まで食われちゃたわよ」
「そんな・・・・」
「もう終わった事よ。戻れないんだから。落ち込んで死にたくなったら私の事思い出しなさい。汚れきった私に比べればなんてことないわよ!」
「汚れてなんて・・」
「汚れてるわよ。身体も汚れたし、ろくでもないことの片棒担がせられたしね。昔に帰りたいわ。全部無かったことにならないかなーーーーー無理か」
「はは・・ほんと、昔に帰りたいです」
ふたりでしんみり。
ほんと昔に帰りたい。だからってどうにもならないけど。
しかし今日子さんの嫌な話を聞いてしまった。
世の中辛すぎる。
田舎にいたからギルドがどんなとこかって全然知らなかった。馬鹿だな俺。でも、そのおかげていろんな事が人に知り合えたか。
視界の隅で荷物を積んだ台車が傾く。
あー、車輪が外れてる。ストッパーが壊れたか落ちたかだな。持ち主達があーだこーだと言っている。
ありゃ荷物を全部下ろしてから持ち上げて車輪つけ直ししないと。それでもう一度積み直し。こりゃ大変だ。
そこにとあるグループが現れる。
グループのなかの一人が台車の人達と何か話している。
すると、その人はしゃがんで手をかけると台車を持ち上げてしまった! 凄い力持ち。
台車の人達は慌てて転がっていた車輪を取り付けて、ストッパーを応急措置。
全てが終ると台車の人達は全員でその人に頭を下げて感謝している。軽く手をふって歩き去るグループ。
グループのなかの一人の女性がちらっとこっちを見たがまた前を向いて行ってしまった。
ほんの数分の出来事。
ただ俺は見守るだけだった。
「厚志くん、行かなくていいの?」
「あそこに俺の居場所はありませんよ」
「そう」
「実際見ると、勇者ってイイ人だよな。イケメンだし優しいし。涼子と並ぶと絵になるよ」
「厚志君だって悪くないわよ?」
「嘘だあ。持ち上げ過ぎ!」
「あら、馬鹿っぽいこと喋らなきゃ中々よ」
「馬鹿っぽい! はは。今日子さんも美人ですよ」
「誉められてる! じゃあ、今の私達もきっと絵になってるんじゃない?」
「喋らなければ?」
「そう、それと見た目だけなら」
「あはは」
ちょっとだけ盛り上がった。
ああして勇者の横に居ると涼子は勇者の婚約者なんだと想い知らされる。
勇者もイケメンで強くていい奴なんて反則だろ。
ろくでもない奴かと思ったら、勇者って政治に口出さなければなんの問題も無いんだよな。議会じゃなくて現場のほうで頑張ればなんの問題も無いんだよな。まあ多少はトチ狂った事するかもだけど。あ、俺もか。
「さてと。値下げしてラストスパートかけようか厚志くん」
またお客の流れが来た。向きはさっきと逆が多い。終盤近いし。
帰りの荷物を減らしたいから半値近くまで下げて焼いて売りまくる。
序盤の勢いには届かないけど結構売れる。そして焼きそばは完売した、いや、させた。最期は半値以下で売り切った。
食材を見るとキャベツが結構余った。保存のきかない肉が残るよりマシか。
撤収に取りかかる。
「厚志君だよね?」
「あ、はい」
前を見るとさっきのグループの力持ちのイケメン。
その後ろには先日一緒に酒を飲んだ人。それともう一人よく知った顔。相変わらず美人だ。それに部下らしき人達。
イケメンと向かい合う。
「なんでしょう」
「その・・・・」
「その?」
「ええと」
「なんでしょう」
「す、す、す、すまなかった!」
謝った?
俺に?
次期王様であろう方が深々と焼きそば売りに頭をさげる!
「いやその・・」
「厚志君から涼子を奪ってしまって申し訳ない! 許してほしい! 知らなかったんだ! 君の存在を!」
「え! いや、その、謝る必要なんて無いですから。ほら、その、僕は婚約者でも恋人でも無いんです。ただの村人だから。つまり、その・・」
「いや、噂を聞いちゃって凄い悪い事をしたと落ち着かなくって、絶対に謝らないといけないって! すまなかった!」
また頭を下げるイケメン。
そうすると嫌でも後ろの者が見える。酒豪さんは場を観察して、女神は・・無言で俯いて居た。少し震えている? そう見えるだけだ。
無言でよかった。
何か聞かされたら泣いてしまうかもしれない。
イケメンは頭をあげ俺の手をとった。ソースも油も気にせず手を握る。
「今日はこれだけ言いたかったんだ。もし困ったことがあったなら力になるから言ってくれ。では」
そう言って勇者グループは去っていった。
終われば人の環が出来ていた。相当目立ったんだ。
泣きたくない。
「片付け急ごう」
今日子さんの声に俺は無言で頷いた。
喋ると泣きそうだ。
今日子さんは無言で居てくれた。優しいな。




