魔導師瑠美
「厚志くん、お客さんだよ!」
下宿のおかみさんが下で怒鳴る。
部屋を出るとそこには二人の女性。
「邪魔されずに話せる所は有るかしら?厚志君」
微笑まない女。
魔導師瑠美。
俺が相談の手紙を送った人。
今、おかみさんに食堂を借りて使わせて貰っている。
流石に俺の部屋はマズい。男の部屋に引き込む訳にもいかないし、散らかっている。
食堂のテーブルに三人でつく。瑠美さんが連れてきたのはメイドらしいが実務服を着ている。
瑠美さんは白を基調にした服。一見神殿衣装に見えるが、別に神殿職員ではないから関係は無いのかもしれない。年齢は二十代後半だろうか?案外二十代前半かも。特段美人ではないが悪くもない、普通という感じ。綺麗な衣装なので少し美人に見えるかも。
魔法使いと魔導師はどう違うんだろう?俺にはよく分からない。
「ご存知とは思いますが勇者パーティーの瑠美です。これを読ませて頂きました」
そう言って封筒を見せる。
今朝、俺が月刊勇者の恋愛相談コーナー宛に送った物。もう着いたのか。
「これは私しか読んでません。厚志さん、こういうものは実名で送ってはいけません。内容は解りましたから」
そう言って瑠美さんは手紙を掌で炎も使わず灰にした。
「内容的に他人に読ませられる物では有りませんから」
「すいません」
想いは苦しく答は無く、どうしていいか判らずに恋愛相談に手紙を出した。
涼子を好きでしょうがないこと。いままで諦めきれずいたこと。二人の道が違いすぎ、世界が違いすぎたのを知ったこと。
今の涼子の迷惑な存在になってしまい、絶望したこと。
勇者さとるの事は嫌いだが今の俺よりは相応しい存在だと思ったこと。
現実的に王族の婚約者には太刀打ちできないこと。
俺は結局諦めるのが正解なんだろうか?
そんなことを書いた。涼子の名前は書かなかったが差出人の名前で全部察したようだ。
思えばネガティブな内容だ。恋愛相談役はこんな手紙ばかり読むのだから大変だ。
「瑠美さん。すっぱり諦めて別の町に行こうかと思ってます。俺は涼子を愛してます。涼子にとって今は大事な時期です。俺の存在は涼子にとって足枷です。この国の未来にとっても邪魔になりそうだからでしゃばるのは止めます。本当は答えなんて判ってるんですよ、こんな所までわざわざ来ていただいて有り難うございます」
「噂で聞いていた勢いが全然無いわね。貴方、今日は仕事?」
「いえ、今は休んでます」
「なら付き合いなさい」
そう言うとお付きが鞄からワインを二本出してドンと置いた。鞄の中にはまだありそうだ。
そしてお付きがおかみさんからグラスを借りて来た、ちょっと大きめだ。
「飲みながら話しましょう。うちの田舎の梨のワインよ」
瑠美さんは乾杯とか無しで普通に水のように自然に飲み始めた。
俺も飲んでみる、思ったより甘い。
「美味しいです」
「遠慮は要らないわ。毎年大量に貰う奴だからタダよ」
飲みながら瑠美さんは俺の身の上とかを色々聞いていた。この間の誘拐の事は流石に話さない。
なんだかんだで随分飲んでしまった。喋ると口が渇くから。
お付きは梨のワインでなく赤ワインを飲んでいる。自由だな。
「厚志君、最初に言うけど私は答えなんて知らないわよ。自分で考えなさい」
本では色々答えまくってるのに俺には答は出ないのか、なんだよ。
「じゃあ、諦めるしかない」
「どうかしらね。確かに涼子と厚志君の可能性は絶望的ね。でも別の方向から考えてみない?」
「別の?」
「涼子とさとるが結婚するとして恐らくは三年後から六年後。するとどうなると思う?」
「え?どうなるって、結婚する、それで子供ができる、それと・・」
「不正解。答は大不況がくるわ」
「なんで!」
「さとるはどうにもならない馬鹿よ。殆んど学校にも行かずニートしてたわ。なのに今は勇者スキルなのを良いことに目立ちたがり」
「噂で聞きました」
「なら話しは早いわね。おっとここからは」
瑠美さんは空いた梨ワインのビンを掌にのせて力を込めた。途端に輝くビン。
それをテーブルの真ん中に乗せる。
「結界完了!」
驚いた!
空ビンが結界の道具に使えるなんて! それと、飲むのが早い!
「何?結界初めてみたの?簡単よこんなの。
話の続き。
さとるは絶対涼子を政治・経済から引退させるわ。涼子が数年後頑張った後で引退させられたら財政の落ち幅凄いわよ。あの子は本当の天才、この半年で国の資産は1割増えたわ、凄いわよね。まあ、元が酷かったから簡単に上がった分もあるのだけどね。このまま数年後にはもっと上がるわ」
「それはあちこちから聞いてます。さとるをなんとか政治・経済に参加させないように悩んでるって」
「私もそれには賛成。でもさとるだからねえ。
さとるはこの間『お金を刷って国民全員に配る!』なんて吠えてたし、『この国内のあらゆる全ての借金をチャラにする!』なんてことも言ってたしね。経済がメチャクチャになるわよ。あの頭の悪さには呆れるわ」
「は、はあ」
正直、それがどうして不景気に繋がるのかよく分からないが何か理由が有るのだろう。俺も説明出来ないけどメチャクチャだと思う。他にもいくつかさとるの迷言集を披露された。笑い話級の話だが未来の国王さとるの事だと思うと笑えない、寒気すらする。
「それでね、ここからが問題なの。さとるを葬りたい人達が居るわ」
「あ、まあ、そうですね」
「それと、涼子を葬りたい人も居るわ。いえ、人達ね」
「!」
なんで!
国にとっては涼子は有能な人材なはず!
瑠美さんは空いたグラスに自分で注ぐ。手酌派らしい。それより・・
「ひとつは大恐慌に成るくらいなら景気を上げないでおこうって考える人達。
もうひとつは赤字になりつつある外国。他にも命を狙う人達がいるかもね」
「そんな・・」
「思い当たることが有るんじゃない? 私もある程度の情報網は有るのよ。情報網使わないのはさとるくらいね」
バレてる?
どこまで?
いや、黙っていよう。
「俺はどうすれば・・」
「言ったでしょ、答えなんて知らないって。いざとなったら私は国外に逃げるわ。あとは貴方達が考えなさい」
「本当にどうしたらいいんだ!」
「知らないわ。もう少し考えたら? 色んな道が有るわよ。それと、元々の恋愛相談だけど、それももっとゆっくり考えた方がいいわ」
「それはなんでです?」
「そうね、なんていうのかな。涼子は頭は良いけど恋愛については三才児並みの能力しかないわね。まず、涼子自身が心のなかで答が出てないわ。ガキだからね」
「涼子がガキか。意外だな」
「全てに優れた人なんて居ないわ。みんな何処かに欠点持ってるわ」
「それもそうですね」
更に飲む瑠美さん、ザルか。
俺も負けずにもう一杯。
少し意地悪な目付きで笑う瑠美さん。そんな顔で笑うんだ。
「少し困る事を教えてあげるわ。さとるはね、無能だけどいい奴なのよ。はっきり言って善人よ、無能だけど」
酔ったかな?
さとるが誉められてるように聞こえる。できるならば叩きのめしたいのにいい奴なんて聞かされると困る・・
少し眠い・・・・
寝そうだ・・
「頑張りな少年・・・・・・」
なにかその後も言っていた様だけど、俺の意識は切れた。




