サンドラ、彫る!掘る!
「シロ・・」
『優子の岩』の上に立つユニコーン。
痩せてあばら骨がくっきりとしてて、顔の肉が落ちて目がぎょろりとしている。
美しかった毛並みは乱れ、禿げの部分もある。
地域民に聞いても白い馬の情報は無かった。確かにユニコーンは人に懐かないし姿を現さない。隠れて行動するだろう。
だが、ここにいる。
シロが生きていると言うことは優子も生きている!
「シロ、私に会いに来たのね」
シロにサンドラはどう見えているのだろう。
遺伝子は同じ。
だが、二十代から十代前半になり、髪も短髪。ほぼ同一人物と分からない筈。もっと言えば性格も違うし、サンドラは自分は涼子ではないと公言している。
でもシロにとってはやはり涼子なのか。
人前に現れないシロが涼子の前に現れた。
「おいで」
サンドラがシロに手を向けると、シロは岩を三段降りで浜に降りた。涼子の記憶のシロなら一発で飛び降りる筈。相当弱っている。かつては鳥よりも遥かに速く、家数件を軽々飛び越すユニコーン。今なら借り物の馬の方が速いだろう。
会津ギルドとの戦争の時にシロは目撃されてない。シロはひとりだったのだろうか?
ここまでどうやって?
本土から海を渡った? 泳いで?
サンドラはシロの顔から首を撫でる。シロは逃げない。体が以前より小さい。
シロの感情のような物がサンドラに流れる。
かつてのクロちゃんのように斬撃剣を取り込んでる訳ではないので意思の完全疎通は出来ない。だが、シロの感情が流れ込んでくる。それはシロが必死にサンドラに流し込んでいるのだ。伝えたい事が有る、何よりも伝えなければならないこと、その為に今日まで生きてきたのだ。死ぬわけにはいかない、漸く目の前に涼子が来た! すがる相手はこの人しか居ない!
シロは必死に念を送った。
「こ の 中 に !」
シロの想いは伝わった!
この三年はこの人に救ってもらう為に生きた。自分だけではどうにもならない。
記憶にある、強い味方はこの人しか居ない!
シロにとっては一筋の希望が見えた瞬間だった。
シロの願い。
主を助けて!
『優子の岩』を見つめるサンドラ。
岩肌に触れる。
土ではない。
粘土でもない。
岩だ、これ全部で一つの岩。
岩の周りをぐるりと歩く。
立ち止まる。
「ここが正面・・」
サンドラの後をシロが遅れてついていた。
二人は見上げる。
「よりによって岩使うなんて・・」
それは巨大な人形ゴーレムだったもの。
恐らく立ち上がれば18メートル位だったろう。今は正座に近い座り方をして、ゴーレム化が解除されて形が曖昧になって固まっている。
恐らくは熾烈な戦闘の為に、大量の魔力をつぎ込んで作った乗り込み型のゴーレム。材料は岩。
無敵のボディと攻撃力を持ち、無敵だったに違いない。刀も弓も効かない、重量級の腕を振り回すだけで破壊力は抜群だったはず。表面の岩を分離して弾にしたかもしれない。ゴーレムの製作と扱いは瑠美さんから教わって知っていた。だが、この使い方は瑠美さんも知らない。そんな大魔力を使ったことが無いからだ。
乗り込み型ゴーレムは優子のオリジナル技。こんなことをしたのは世界でも優子だけだろう。
斬撃剣が四本有れば可能だったろう。
だが、運の悪いことに乗り込み型ゴーレム発動中に涼子が死んだ。その瞬間乗り込み型ゴーレムは活動を止めて岩に戻った・・・・
そして姫剣も一緒に岩の中に。
優子のスキルは『カッコいい魔法使い』と言っていた。
違う。
(E)魔法使いだ。
スキルとは魔法が下手な人間という種族に天才が備え付けた自動法式。
スキルは星の数ほど種類が有ったが『(E)魔法使い』は特殊なスキル。
(E)の意味。
最期のとか非常用とか最高とか限界を越えるとか色んな意味が有る。
ネーミングには諸説有るが、当時開発されたスキルのなかで最強の可能性を秘めた魔法使い。リミッターが存在しない魔法使い。
だが、器の割には優子は凡人の魔力発生量しか持ち合わせなかった。
しかし、涼子との出会いで全てが変わった。それは強烈過ぎた。
生まれる時代が悪ければ優子は魔界からの抹殺対象だったろう。
斬撃剣四本を吸収発動出来るなんて優子だけだ。
クロちゃんも二本吸収したが、発動出来たのは一本分だけ。優子の器のデカさは異常なのだ。
思えばヒントは有った。
使い魔の卵からナイトユニコーンを産んだ事。
涼子が黒猫を産んだのは小さかった訳でなく、そちらが普通なのだ。
通常使い魔は、猫、カラス、鳩、良くて犬。
自身の体重の十倍以上ある伝説のナイトユニコーンを産み出すのは優子だけだ。
「頑張ったわね。あと少しよシロ食べなさい。兎に角食べなさい。優子に魔力を贈るのよ、もう少しだから!」
そう、優子は岩に閉じ込められている。およそ三年間も。
生きている。
暗闇の岩のなかで生きている。
空気も食料も水も無いのに生き長らえたのは魔法使いだからだけではない。ナイトユニコーンのシロが魔力の逆流という苦行をし続けたから。本来なら主から使い魔に生命力代わりに魔力を流すのだけれど、シロはその逆をやったのだ。この世でそんな離れ業をしたのはシロのみ。
逆流なんてことを受け入れられたのも(E)魔法使いのスキルのお蔭かもしれない。だがそれはシロの体を蝕んだ。本来無理なことをしたのだから。
「い く わ !」
姫剣の気配が強く感じる方、それはゴーレムの正面の胸の辺り。強く感じると言うことはそこの岩が一番薄い! 狙うはそこ!
サンドラは魔法で砂の柱を立てる。今日は砂だが、土か砂かは問題ではない。
いつもなら、一つの柱から二十発の弾丸を作るのだが、たった二発にして撃ち込んだ!
どおん!
どおん!
と、岩に力任せに撃ち込んだ。周囲に鳴り響く打撃音!
哲哉にもこれ程のものは撃ち込まなかった。
だが・・
「硬い・・・・」
ほんの少ししか削れない・・・・
ーーーーーーーーー
ゴーレムに閉じ込められてどのくらいたったのかしら。
昼も夜も無い暗闇。
身体中が岩に閉じ込められている。魔法による生命維持も限界が近い。
外にシロが居る。
たまにシロが来る。
時間も日数も判らないが、定期的にシロが来る。
少し体力が戻る。
魔力の逆流?
どこでそんなこと覚えたのシロ。
どうして急に魔力が切れたの?本来の自分の魔力は有る。涼子の魔力が無い。
まさか涼子・・
涼子は死んだのだろうか?
私の少ない友達。同士。
ここを出なければ確認出来ない。
斬撃剣の力が消えたと言うことはあり得る。
もうひとつ確認する方法がある。姫剣を引き継いでみること。涼子が死んだのなら私が引き継げる筈。そうすれば魔力がまた増えて、ここを脱出するだけの力が得られるかもしれない。いや、乗り込み型ゴーレムを再起動出来るかも知れない。
なんてこった。
姫剣は直接触れられる所に無い。握っておけばよかった。
子供の頃にあったギルド乗っ取り事件。私の家族か皆殺しにされた事件。
私を匿って逃がしてくれた人は言った。
「全てを忘れて生きるんだ。復讐なんて考えたらいけない。島に戻っては駄目だ。見たくないものを見る。聞きたくないことを聞く。それはきっとお前を狂わせる。
忘れるんだ。前だけを見ろ。過去は過去だ、戻りはしない。高崎に行きなさい。あそこは会津の人間が少ないし平和だ。新たな人生をいきなさい。新しい家族をつくって子供を生んで幸せになるんだよ」
優しい言葉だった。
結局私は何も守らなかった。
報われない恋を拗らせ、舞い戻って怒りに任せて会津で暴れた。
そしてこの様だ。
一体どのくらい経った?
何日?
何ヵ月?
何年?
シロが来た回数を数えていたが、もうわからなくなった。シロがいなければ死んでいた。ありがとうシロ。
発狂しないようにすることだけが私の仕事。
あとは岩のせいで指一本動かせない。
少し指や足が動いた。
ゴーレムに変化が?
いや違う。
私の体が痩せたんだ。隙間が出来た。
あれだけ鍛えた筋肉も少ないながらも有った胸も失くなったらしい。
岩に振動が走るようになった。
地震ではない。
人為的な打撃だ。
誰?
涼子は死んだのかもしれないし、どのみち魔力は持ってない筈。
勇者? だったら最悪だ。
ギルド? それも最悪だ。
厚志? 厚志には無理だ。
さつきさん? さつきさんでも無理だ。
そもそもここに来るとは言ってない。
武男さんには会社を任せたし、借金返済で私を探す余裕は無い筈。借金額が多すぎる、悪いことしたかも。
また岩に振動が走り始めた。何度目だろう、何日目だろう。
冷静に考える、振動してるのにシロが来る。つまりシロが認める相手、味方だ。
味方だ。
きっと味方だ!
助けてお願い!
もうここは嫌だよ!
暗闇は嫌だよ!
会いたいよ!
誰かに会いたいよ!
空をみたいよ!
皆に会いたいよ!
ギルドはどうなった?
涼子は?
厚志は?
直子さんは?
会社の皆は?
出して!
ここから出して!
また振動。
シロもいる。
誰かが岩を叩いてる。
助けて。
早く!
お願い!
ドゴッ!
何かが変わった!
ひゃっ!
お腹に何かが!
自分からは何が起こってるのか見えない!
手だ!
これは手だ!
忘れかけていた人の手の感触がお腹に!
誰かが漸く!
早く!
早く全部割って!
だが手はもぞもぞと私の腹をまさぐる。そもそも誰の手?
岩と体の隙間に手を差し込んできた!
そこは!そこはーーっ!
光だ・・・・
待ち焦がれた光・・・・
眩しすぎて目が開けられない。
まぶた越しでも眩しい。
でも感じる。目の前にシロが居る。でもシロは岩を掘れない。他に誰かが居る。
「待たせたわね優子。六日も掘ったわ」
この声は。
久し振りに聞く涼子の声。
涼子生きてた・・
私も生きて出れた・・
目の前に涼子とシロが居る。ゆっくり光に逆らって瞼を開く。
ただの光から景色に変わるまで随分掛かった。
あれ、誰?
「初めまして。それとも久し振り? 私はサンドラ。貴方を随分探したわ」




