1カートリッジ
「物信、僕はお前だけは許さない」
少年は銀色に輝くオートマグを手にし、対峙する少年にと駆け寄りながら銃を構えた。彼の名はジュン、彼は父の為に自ら銃を手にして一人の少女の命を奪った。
「ふざけんな!俺の大事な者を奪っておきながら、自分勝手なこと言いやがって。俺はお前をぜってぇに許さねぇ」
ジュンへと対峙するこの少年の名は鎖條物信、彼もまた大切な者の為に銃を手に共に戦った。その大切な仲間を彼に殺されたのだ。そのため物信の心にあるのはただのジュンへの憎しみと復讐心であった。大切な者が殺された今、物信が戦う理由はほとんど消えた。それでも彼は戦う理由があった。それは目の前にいる敵を倒すとの単純且つ明確な理由が。
戦いはどちらも共に負けを譲らぬものであり、ジュンが押していたと思いきや次は物信が押していたり、そうかと思ったらジュンが押したりの繰り返しであった。しかし戦いには終わりが付き物であり、その時は死刑宣告をするかのように訪れた。
それはたった一つの過ちから起こった。その過ちはリロードの見誤り、勝ち急いだための過ちであった。物信はあまりにも勝ち急いだためリロードのタイミングを逃してしまったのだ。そのため次の引き金を引く時には弾丸が装填されておらず、空の薬莢がリボルバー残されていた。しまった、と思った頃には遅く、既に対峙しているジュンがこちらにと銃口を構え、的確に物信の顔にと狙いを定めていた。
彼はつい最近まで友であった物信に対して何の感情に浸ることなく、無表情に、冷たい眼差しを向けて言った。
「さようなら、物信君」
そう言うと一発の弾丸が物信の顔にと放たれた。物信は何の抵抗もできずにただジュンを見つめながら倒れるだけであった。
地面にと倒れた物信を見てジュンは何を思うでもなくただそこにあるものを見つめた。不思議と罪悪の感情は無く、あるのは虚ろとした感情であった。終わってみれば実に呆気の無い物であった。
これは本来であれば語られず、誰の記憶にも残らず去って行くだけの物語だ。勝負などどうでも良く、ただ自分の成すべきことに従った者の物語である。
夏が始まる少し前の時期、それはつまり梅雨の頃であり、雨の日が連続的に続く時期であった。そのためか、その日はいつもに増して酷く強い雨が突然と襲った。それは例え路地裏や、光ある繁華街の裏にある闇、ダストストリートでも変わらず強い雨が建物の間から降り注いでいた。
まだ十歳にも満たない少年は酷く虚ろ目で雨が降る暗い雲がある空を見つめていた。今にも倒れそうなほどに少年は痩せ細り、目にはクマができており身体的にも脆弱しきっていた。
そんな弱りはてた少年を見つけたのは一人の少女であった。少女は少年と同じくらいの歳なのか、酷く彼のことを心配して言った。
「だいじょうぶ?」
彼女はかつての父、離婚して今では別居している久々の父との外出で繁華街にと遊びに来たのだが迷子になってしまいダストストリートに迷い込んでしまった。そんなダストストリートではじめて会ったのが彼であり、ダストストリートのことについていまいちと理解していない彼女にとってその光景は異常で衝撃的なものであった。そしてそれは、同時に少女は彼を救ってあげたいとの思いとなった。
「ここにいたか、ちよこ」
「お父さん、ごめんなさい。迷子になっちゃって」
彼女は声の主が自分の父親だと理解し、こちらにと近づいて来る父の姿を見つめて言った。少女の父だと思われる男は少女の頭の上に手を乗せ、撫でるようにして言った。
「ここはな、ダストストリートと言って彼のように行き場を無くした者や捨てられた者たちが集まる場所だ。それこそ彼みたいな者も大勢いる、それでも彼を救いたいか?」
少女はゆっくりと頷いて少年の方を向いた。彼女の父もまた彼女と同じように少年の姿を見た。少年の目はうっすらとではあるが、しっかりと彼の顔を見つめていた。少年のその眼差しを見て彼女のかつての父、黒鵜はかつての過去を思い出す。その思い出はとても良いものでは無かった。人が平然のように息絶え、飢えに苦しむ風景、一昔前まではそれがダストストリートでは当たり前であった。そして自分もまたその一人であった、一人の男が現れるまでは。その男に救われ今の黒鵜はいる、ならば自分もあの男のようになろうと心に決めていた。そうであれば今こそその時なのかもしれない。そう思い黒鵜は少年の下にと近付き少年を背負った。
「ちよこ、私はこのダストストリートで育った。だからこそ分かる物がある、ダストストリートなんて所は要らない。だから私はダストストリートを無くそうと考えている。いや、世間に認めさせようとな」
「だから、だから母さんと離婚したの?母さんはお父さんがダストストリートとか言う所で育ったってことを知ったから離婚したの?」
「それは違う。母さんと離婚したのはちよこ、お前たちを巻き込みたくないからだ。私は成すべきことをするために危険な橋を渡らなければいけない、その橋にお前たちを巻き込ませたくない。さあ、帰るぞ」
そう言い黒鵜は片方の手をちよこにと指し伸ばした。ちよこは黒鵜の手を握り、背負われている少年を見て微笑むようにして言った。
「もうだいじょうぶだからね」
何が大丈夫かも分からないままちよこは思ったままの言葉を少年にと声を掛けた。その言葉を聞き少年は安心しきったのか、それとも力んでいた力が抜けたのか、目を閉じた。そして少年は今日初めての温もりを味わったのであった。
そして黒鵜が少年を引き取り、養子として迎えて約一週間が経った。初めは言葉すら喋ることもままならなかったが、一週間もすれば自然と日常会話に問題が無いくらいには喋ることができた。更には段々と顔色も良くなり、身体的な意味でも回復していることも見られた。そして何よりも驚いたことに彼は自ら黒鵜にと名前を名乗った事であった。少年の名はジュンと言うらしく、姓は分からなくてもしっかりと名前はあるらしい。
「ジュン、そう言えば今日は暇だったよな」
「はい、父さん。それがどうかしたんですか?」
「だったらいい。今日ちよこの奴が家に来るからな、あいつに色々と教われ。日常会話については大丈夫だがダストストリートの外については知らないだろ」
「分かりました。それより、ちよこさんとはどのような方ですか?」
その言葉に黒鵜は絶句したかのように大きなため息を吐き、髪の毛をクシャっとかいて言った。
「お前の命を救った恩人だ。お前を引き取ったのは私だがお前をあの場から救おうと思ったのはちよこだ。丁度お前と同い年だから友達だと思って接してやってくれ。最近、あいつ何分と学校でいじめられてるそうだからよ」
そう黒鵜から聞かされるとジュンはその者が自分の事を救ってくれた者だと理解し、慌てて思い出したかのようにして「そうでした」と訂正するようにして言った。
「僕はちよこさんと父さんに救われたんですよね、この恩は絶対に返します。それで、いつ頃ちよこさんは来るんですか?」
黒鵜は腕時計を見て「そうだな」と言ったその時だった。扉を開ける音がし、元気よく「こんにちは」と声がした。ジュンはそれがちよこだと思ったのか、声のした玄関の方にと小走りでそちらの方にと向かった。
ジュンが玄関の方にと行くと、そこには自分と同じくらいの歳の少女がカバンを持って立っていた。ジュンはすぐに彼女のことがちよこだと分かった。頭の中の記憶には無いが顔を見ればすぐに彼女のことだと分かった。すぐにでも何かを言いたかったがこの時ジュンは不思議と言葉が出てこなかった。そのためか、先に言葉にしたのはちよこのほうであった。
「君がジュンくんでいいんだよね?」
「う、うん。ちよこさん、僕を助けてくれてありがとう。お父さんから聞きました」
「そんなにかしこまらなくてもいいのに。それに、さん付けじゃなくて呼び捨てでいいよ、同い年なんだから」
ちよこは満面の笑みを浮かべてそう言った。ジュンは未だに緊張が抜けず、顔をこわばらせて「は、はい」と頷いた。
「大丈夫か、えらい緊張しているが?」
するといつの間にか黒鵜がジュンの後ろにと立っており、ジュンの肩をほぐしながらちよこの方を見て言った。突然と肩を掴まれ、ほぐされたことに驚いたジュンは反射的に「大丈夫です」と裏返った声で言った。その様子が面白がる風にしてちよこは笑いをこめて言った。
「お父さん、そこまでにして。さあ、行こうジュンくん」
そう言いちよこは彼の手を引っ張り、一角の部屋にと連れ込んだ。その部屋の内装はあまりにも簡素なものであり、机と本棚、そしてベッドがあるだけの殺風景極まりないと言われても文句の言いようがない部屋であった。
「私がここに住んでいた頃の私の部屋。今はジュンくんの部屋ってことになるから好きに使っていいからね。それと、ジュンくんって歳いくつ?」
ベッドにと座るちよこを前にしてジュンはポカーンとした表情で彼女の顔を見た。すると彼女は「こっち来て」とベッドを手で叩き言った。ジュンはたどたどしい様子でちよこの隣にと座った。
「歳は、十歳。たぶんそうだと思います」
「そっか、じゃあ私と同じだね。それと、私と話す時は敬語はなし。敬語で話しかけられたら私も喋りにくいからさ」
「で、でも。僕にとってちよこさんは命の恩人です、そんな人の前で溜口はできません」
命の恩人には敬意を払え、恩を返せ。それがかつての自分を救ってくれたハードと言う男性からの言葉であった。その言葉と共に生きてきたジュンにとってはちよこの言葉には無理があった。そのためジュンは手を振り慌てた表情と素振りで言った。それでもちよこは何としてでも敬語で喋るジュンを止めたいのか、ちよこはジュンの口に指を当てて言った。
「それでも、ダメ。私はジュンと同じ立ち位置で仲良くなりたいの、ジュンの初めての友達として。ダメかな?」
彼女は少し困ったような顔をしてジュンの瞳を見つめた。その瞳があまりにも純粋で、心に訴えてくるものがあったのかジュンは彼女の瞳に押されて「はい」と渋々に、諦めたかのように言った。
「ありがとう。それじゃあ、早速だけどジュンって呼んで言い?私のことも呼び捨てでいいからさ」
「・・・分かりました、好きに呼んでください。本当にちよこさんではなくちよこって呼んでいいんですか?」
するとちよこはにっこりとジュンへと微笑み「それでいいの」と言った。
いきなりの距離の接近によりジュンは、少しばかりの困惑を抱いた。
「それじゃあさ、ジュン。ジュンの過去について教えてよ、例えばダストストリートでのこととか」
「べつにいいけど、あまり良いものじゃないよ?」
ジュンは苦い顔でちよこにと訴えた。それほどジュンはダストストリートについてちよこに知られてほしく無いのだ。なぜなら、もしも彼女がダストストリートについて深く知ってしまえばいつも通りの日常に戻れないかもしれないと思ったからだ。それでもちよこは何一つ表情を変えずに「いいよ」と言った。ジュンは仕方なく、ある程度オブラートに隠してダストストリートにいた頃の話を始めた。
「まず、僕は気付いたころにダストストリートに捨てられていた。そして左右も分からない僕に彼は僕に手を差し伸べてくれた」
「彼?それってどんな人なの?」
「ハードって人、名前は外国とかそっち系だけど僕らと同じ日本人。その人が僕に言葉や漢字とか生きて行くためのすべを教えてくれた。その後のことは色々とお姉ちゃんが教えてくれた」
ジュンは拳に力を込めて言った。それは罪悪に蝕まれた結果の苦しみを耐えるべく為のやせ我慢であった。
「ジュンの言うお姉ちゃんってどう言う人?」
「歳は僕と同じだけどダストストリートでの暮らしでは僕よりも手慣れていた。多分今もあそこにいるんだと思う。血も繋がっていないのに僕のことを本当の弟のように可愛がってくれた、だから僕にとって彼女はお姉ちゃんなんだ」
その罪悪感は姉である彼女を黙って置いて行ってしまったことへの罪に対するものであった。そして罪悪感と同時にジュンの心には大切な姉と離れ離れになってしまったことによる悲しみがあった。
「ちよこ、僕にはやりたいことがあるんだ。お姉ちゃんを、メイお姉ちゃんをあそこから救い出したい。だけどそれは、ちよこや父さんに迷惑をかけることだって分かっている、それでも僕は助けたい」
「そっか、それは辛いよね。誰か大切な人と離れ離れになることは辛い、私もお父さんと離れ離れになった時は辛かった。だけどそれは私たちの為だって言っていた」
ちよこにはジュンの言う大切な誰かと離れ離れとなることの辛さが痛いほどに分かった。自分にとって大切な存在、温もりである実の父と離れ離れになることは酷く辛いことであった。しかし今はそうは思わない。なぜなら父は自分や母の為のことを想って自ら距離を取ったのだ。そしてその行動はジュンの為にもなることでもあった。
「お父さんは、ダストストリートを無くそうと考えているんだって。正確にはこれ以上ダストストリートで苦しむ人を出さないようにって。お父さんもダストストリートって言う所で生まれたから多分ジュンのことが痛いほどに分かるんだと思うよ」
ジュンは驚いたあまりに「黒鵜さんが!?」と裏返った声で言った。するとちよこは何を話すでもなくただただ静かに頷いた。
この時ジュンは再び黒鵜とちよこに拾われたことに感謝した。自分は黒鵜のやろうとしていることを手助けするために彼、彼女に出会ったのだとすらも思えるほどに心が躍り、決意の火が灯った。
一度は思ったことはあった、ダストストリートで苦しむ子供たちを救おう。しかしそれを成すには一人では無理だと、できないと思っていた。しかし黒鵜はやろうとしているのだ。ならば答えは一つだけであった、自分は黒鵜の右手として、それが無理でも黒鵜の為にこの身を尽くそうとジュンの脳裏には密かにそのことが浸食していた。