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Angel Bullet  作者: 司馬田アンデルセン
勇気ある邂逅
21/32

十四発目

 物信とジュンが戦い合い始める少し前、ジュンは物信との戦いのため倉庫にと出向いき平屋は黒鵜の一人のはずであった。そんな平屋にと侵入した少女がいた。

 少女はかつてキャロルが狙い、しくじった相手をせめてもの償いの為に殺そうと心に決めていた。ここしばらくは戦いから身を置いていた、正確には争いごと自体が苦手で逃げていた。しかしキャロルが死んだ今メルベルはこれから一人で生きなければならなかった。いつまでも甘えてはいられない、そのためにもメルベルはキャロルが残した情報と自分の情報でキャロルが殺し損ねた黒鵜を自分の手で殺そうと決意した。

 扉の奥には黒鵜が居ると思われる部屋まで来るとメルベルは腰に下げていたガンホルダーから銃を引き抜き、扉目掛けて一発、二発、三発、四発と連続して撃ち、装弾されていた六発分全て扉を貫通させ部屋の中にと弾丸を放った。

 しばらくして部屋から何の反応が無いことを確認するとメルベルを銃のシリンダーをスイングアウトし、シリンダーにと残された薬莢を床にと落としポケットに入れていた弾丸を再装しゆっくりと扉を開けた。部屋の中にと足を運ばせたメルベルはすかさずに黒鵜の姿を捜した。しかし部屋内には黒鵜の姿は見えず、あるのは床に広がる血だけであった。

 床に広がる血から推測するにこの跡はつい最近のものだと分かる。血の量からして逃げることはまずできないだろう。仮にできたとしてもどこかで力尽きて倒れているはずだ。しかしここに来るまでメルベルは黒鵜、或いは他の誰かの死体は見ていない。だとしたら後の可能性は、そう思いメルベルはこの部屋にある人が一人入れるくらいの洋服タンスに目を向けた。そしてゆっくりと近づき、洋服タンスの引き戸を引いた。するとそこには既に息をしておらず、変わり果てた黒鵜であった身体がそこにはあった。

「よお、探し物は見つかったか?嬢ちゃん」

 いつの間に、そう思い振り向いた頃には遅く「カチリ」とハンマーが起こされる音がした。

 メルベルはその男を知っている、キャロルが追っていたそいつを知っている。自分とキャロルが唯一勝てなかった、それは今でも変わらず彼は、正明は自分にと銃口を突き付けている。

「榎枝正明ッ、これはあなたの仕業!?」

「まあな。もうこいつには用は無いからな、だから殺した。一度俺に殺された奴だ、別に変わりないだろう」

「私もキャロルもあなたも過去の亡霊よ。もう私たちのエンジェルバレットは終わっているわ、これ以上何をしようって言うの!?」

「キャロルと共にエンジェルバレットで今までお金を稼いでいた奴の言う言葉じゃないな。だが教えてやるよ、俺がしようとしてるのは罪滅ぼしと言う名の復讐だ」

「そんなにも憎いの?鎖條連汰(さじょうれんた)が。あなただって分かっていたはずよ、あれは命懸けの戦いだって」

 正明は銃口を下し、昔を懐かしむかのように思い出に耽り憎しみと哀しみの感情で淡々と物語って言った。

「確かにな。だけどあいつには未来があった、夢があった。そんなあいつを殺した鎖條連汰がゆるせねぇ、勝手に死んでいった鎖條連汰が憎い。だから決めた、あいつの大事な息子である物信を絶望に陥れてあいつがしたように未来を奪う、ってな」

 正明の言うそれは逆恨みのようで逆恨みでは無かった。あくまで正明の狙いは連汰がしたことと同じように正明も又連汰の大事な者の未来を奪うと言うことであった。そのためにも正明は物信を養子として迎え入れ、優しさを与えたのだ。そして正明の言う絶望とは優しさを与えられ、父のように慕っていた相手に裏切られ殺されると言う絶望だ。ここまでのことを考え正明は今まで物信の前で仮面を、皮を被っていたのだ。

 メルベルはそんな正明を前に怯えるでもなく怒号を発するでもなく向けるのは無表情で虚ろな目であった。こうなるのだろうと分かっていた。彼はそうでなければ戦えなかった、過去の正明がそうであったように彼は一度として自分の為以外に戦ったことなど無かった。

「じゃあ最後の頼みだ、メルベル。俺の写真を今からここに来る奏莓とか言う奴に見せて俺が物信を殺そうとしていることを言え。共に戦ってきた者として頼りにしてるぞ」

「キャロルが死んだ今あなたの言う事に従うと思ってるの?キャロルに手を出さないって言っていたから手伝って来た。キャロルが死んだ今私が手伝うとも?」

「あぁ、思うさ。お前とキャロルは俺を殺したい、だがそれは無理だ。それに、俺のことを教えるのは奏莓の為にもなる。あいつは俺を凌ぐほどの力と可能性がある」

 正明には確信があった。もしも奏莓が本気で戦えば自分を超えるかもしれないと言うその可能性を自ら認め、正明はメルベルにとその事を教えた。

 メルベルはキャロルの妹、奏莓にはキャロルの彼女と言う設定になっているがどちらでも構わなかった。ただキャロルと接点を持っているだけで奏莓と正明を戦わせることは容易であった。それどころか正明自身が奏莓と戦うことを望んでいる。もしも奏莓が正明を殺せばメリットしかない、殺せなくともメルベル自身にはなんの損害はない。つまるところはメルベルには得しかなかった、それが腑に落ちなかったのだ。基本的に正明は人を利用するタイプだ。そのためメルベルはこれも何らかしらの作戦か何かと疑ってしょうがなかった。

 それでも決意をしたメルベルは正明を睨み、貫くような瞳を向け言った。

「いいわ、伝えておくわ。だけど、勝つのは奏莓さんよ。だって彼女は、最強のクウェール・ペンネの弟子なんだから」

 その言葉に正明は鼻で笑い「そうだといいな」と言い、部屋から去って行ってしまった。

 メルベルは奏莓のことについては知らない。ただただキャロルの弟子として、エンジェルバレットの生き方をキャロルが教えていたと言う事だけであった。そのため実戦がどれほどのものかは知らない、それでもメルベルは信じたかった。キャロルが育て、正明が自身を凌ぐ可能性を持つ彼女を。直感と言う曖昧な言葉を信用する気などは無い。そのため自分が信用するのは奏莓の力、キャロルの弟子である彼女の力である。

 黒鵜が居ると思われる平屋に突入することは驚くほどに簡単であった。ちよこの言った通り自宅なためなのか警備をしている者はおらず、それどころか誰も居ないほどに静かであった。

 その静かさが奏莓にとっては不気味なほどであり、かつてないほどのものであった。一時は既に黒鵜はここにはおらず、あるいは既に誰かの手によって殺されて処分されてしまったのかと思うほどであった。そしてそれを確かめるべくして黒鵜の部屋だと思われるひときわ立派な扉を見つけた。

 扉を開こうとドアノブにと手を掛けた時だった。その扉に違和感を抱いたのか、奏莓は扉をよくよくと見て何がおかしいのかが分かった。扉には六発、弾丸が打ち抜かれた跡があったのだ。

 奏莓はその形跡が争った跡、あるいは突入した跡に見え、黒鵜は既にこの場には居ないと判断し扉をおもいきり開けて部屋内にと銃を向けた。すると部屋内には黒鵜らしき男はおらず、代わりに金髪の外国人だと思われる女が居た。

「黒鵜はどこ、それともあなたが殺したの?」

 奏莓はすかさず女にと銃口を向けた。銃口を向けられた女は慌てる素振りは一切せず、それどころか「奏莓さんね」とまるで自分を知っているかのような口振りでゆっくりと奏莓の下にと近づいてきた。その素振りがあまりにも呆気に取られたのか、奏莓は銃を下げて「あなたは?」と名の知れぬ彼女を訪ねた。

「私はメルベル、キャロルにはメルって言われてたわ。キャロルから私のことは?」

「それって確か、キャロルの彼女の・・・」

 メルベルはやっぱりか、と内心で頭を抱えた。それでも内心の想いを表面には出さず、落ち着いた素振りを見せて言った。

「パーシェ、本名は榎枝正明。その人は物信の命を狙っている、自分の復讐を果たすために。この写真を見れば分かるんじゃないの?」

 そう言いメルベルは一枚の写真を奏莓にと差し出した。一方的に話を進めるため奏莓は、メルベルにと問いただそうとした時だった。その写真は瞬間目を疑うような物であり、同時に背筋に悪感と寒気が奔った。そしてその悪感と寒気は手に伝わり震えだした。その写真には物信がオヤジと呼び、父のように慕っている者の顔が写真に写されていた。

 一体なぜ、なぜ物信を育てた彼が、正明が物信を殺そうとしているのかが理解できず「どう言うこと?」と復唱するかのように何度も呟くとメルベルがその答えを言うかのようにして言葉にした。

「物信の父、鎖條連汰が正明の連れを殺したからよ。その連れはエンジェルバレットには参加しておらずただ正明のサポートをしていたの、そして彼はとても若かった。未来があったとも言ってもいいわ、そんな未来ある者を殺したの」

「そんなの、そんなのただの逆恨みじゃない!?物信には関係無い」

「そうね、そうかもしれない。だけど彼の狙いは物信を殺すとこには無いの」

 メルベルの言わんとすることがいまいちと掴めず、どう言うことなのかが早く知りたい奏莓は「どう言うこと」と急かすようにして言った。するとメルベルは今一度決意を固め、彼女の力を信じ言った。

「正明の目的は鎖條連汰が残した息子の未来を奪うこと。それもただ奪うだけでなく父に等しい者からの手によって殺される絶望を与えた上で未来を奪うの――きっと物信さんは手元が震えて引き金どころか銃を構えることはできないわ、あなたが彼を殺すしか無いの。私やキャロルができなかったことをあなたにお願いしたいの」

 するとメルベルは奏莓にと頭を下げて言った。どうやら彼女は本気で自分にとお願いしている。本来であれば他人の厄介ごとには巻き込まれたくない。だが今回は違う、今回の件は自分の恋人である物信、自分の師であるキャロル、そしてキャロルの彼女からのお願いだ。断る道理など無い。

「お願いです、もう正明に勝てる人はあなたしかいません。最強のキャロルの弟子であるあなたしか・・・」

「一つだけ聞かせて、その男が使っている銃はM19?」

 そう奏莓は彼が使っているだと思う銃の名を聞いた。すると予想通りだったのかメルベルは静かに頭を縦に振った。

 これで彼女が言っていた「私やキャロルができなかったこと」の意味が分かった。キャロルが居た頃に聞かされたM19を使う者、キャロルを完膚なきまでに負かした者。これも因果なのかそれとも運命なのか分からないがまさかその者と対峙することになるとは。しかしそんな想いとは別に好奇心に心が躍っていた。その者と戦うことに対して不思議と恐怖は無かった、心にあるのはキャロルを負かした者、キャロルよりも強い者と戦えると言う好奇心に似た武者震いであった。

「いいわ、勝ってみせるわ。そいつに勝つことができれば私はきっとキャロルの横を、それよりも前を歩けるかもしれないから」

 奏莓は恐怖を鼻で笑い飛ばした。奏莓は部屋から出るとすぐに平屋を後にして正明が居ると思われる喫茶店を目的地として走り出した。



 できることであれば物信が返ってくるまでに決着を付けたい、彼を傷つけないためにも。その想いで奏莓は夜の街並みを駆けた。そしてあの場所にとやって来た。物信に連れられて訪れた喫茶店、そしてとても美味しかったカレーを食べた場所。奏莓はゆっくりと扉を開き中にと足を踏み入れて行った。

「よお、その様子だと聞かされたようだな」

 正明はテーブルの上にと座っており、奏莓を睨むでもなく嘲笑するでもなくただ面白そうに見ていた。その様子があまりにも気に入らず奏莓は正明にと銃を向けて鋭く静かな声で言った。

 見渡す限りでは物信はまだ帰って来ておらず、照明がポツンと一つだけ正明をスポットライトで照らすように光が当たっていた。

「今でも信じられないわ、物信を息子のように思っているように見えたあなたが物信を殺すほどに物信の父を憎んでいるなんて」

「そこまで教えてもらったか。いいか、俺は一度としてあいつを息子として見たことなんてない。ましてや人間だなんて見たことも無い、あいつは俺の復讐を果たすためだけの道具だ。そしてお前もその舞台装置にしか過ぎないんだよ」

 そう言うと正明は腰に下げていたガンホルダーから銃を引き抜くと同時にハンマーを起こし、奏莓にと向けて引き金を引き発砲したのであった。すかさずに奏莓は右にと転がり避け、すぐに体制を整えて膝を付き銃口を正明の居る方にと向け発砲した。その動作に正明は合わせるようにさっきまで座っていたテーブルの後ろにと跳び、跳んだと同時にテーブルを蹴り飛ばし奏莓が放った弾丸にと当てて弾道を僅かに逸らした。

「それとだ、いいことを教えてやる。黒鵜を手伝っている奴に元SASが居るとあいつは言っていたがそれは俺だ。そして、黒鵜を殺したのも俺だ」

 それを聞き奏莓は耳を疑った。正明の言う、あいつが誰かは分からないがそれは別にどうでも良かった。問題は手伝っておりながら彼が殺したことであった。すぐさまに奏莓は「なぜ殺した」とこちらに向かって放たれた弾丸を避けて言った。

「もう必要無かったからだ。ジュンに銃を渡し、物信と戦い合わせたところであいつらの必要性は無かったからな」

「必要性が無い、あなたはジュンを使ってまでして物信殺したかったの!?」

 奏莓は怒りに似た怒号を正明にと吐き、引き金を引き正明にと目掛けて発砲した。しかしそれも読んでいたかのように正明は奏莓が引き金を引くよりも前に右にと避け、しかも正明は余裕を見せるように淡々と話をし始めたのだ。

「元々はお前らを強くして戦い合わせて自滅させようと思ったんだがな、ジュンが物信と友達になったらしくてな。それだったら物信とジュンを戦い合わせたほうが面白いだろ」

「用意周到ね、あなたは。だけどあなたは一つだけ間違いを起こしたわ、それは私と言う存在を軽視し過ぎたと言う事よ」

 奏莓はまるで正明が次にどのような行動を執るのかが分かるように、汲み取るようにして正明の動作に弾道を重ねて引き金を引いた。弾丸はまるで正明の居る方にと吸い付くように正明の左肩にと命中した。そして奏莓はその流れに乗るかのように続けざまに二発目を放ち、正明の左足首にと当たった。

 左足首にと当たった正明は左足を庇うように地面にと膝を突いた。しかしそれでも終わらないのが正明であった。正明は膝を突いたことによって隙が生まれたのだと奏莓に思わせ、奏莓が一瞬の気の緩みを作った瞬間に銃を奏莓にと向けて引き金を引いた。正明が引き金を引いたと同タイミングに奏莓もまた引き金を引き、正明にと向けて弾丸を発した。奏莓の弾丸は正明の頬をかすめ、正明の弾丸は奏莓の銃にと当たり、奏莓が手にしていたルガーGP100は遠くへと飛んで行ってしまった。奏莓は飛ばされた自分の銃を横目で追い、自分にと突き付けられている正明の銃口を見た。

「どう言う、ことだよ・・・」

 その声は突然であった。奏莓と正明は声の方に振り向くとそこには物信がいた。

 正明はこのことを予想していたかのように余裕の笑みを浮かべ、銃口は奏莓にと向けたまま笑みを物信にと向けて言った。

「見ての通りだ、俺が元SASで黒鵜を手伝っていた奴だ。そして、お前と奏莓を殺す者だ」

「なに、なに言ってんだよオヤジ。殺すって、いったい何を言ってるか分からないよ」

 未だに状況が掴み取ることができない物信はきょどりながら正明を見て言った。

 一方の正明は、予想していた通りの表情、反応に高笑いをして言った。

「教えてやるよ、お前とジュンを戦わせようと仕向けたのは実のとことは俺だ。黒鵜を勝ち急がせてジュンと物信を戦わせようと思っていたが、ジュンが勝手にお前を憎んで自ら戦うことを望んだ。そしてお前はジュンに勝つ。そして俺はお前の大事な人を殺してそれに絶望するお前を殺す。良いシナリオだろ?」

 自分の父とも言える者の裏切り。底知れぬ絶望が物信を襲う、父として慕っていた者による裏切りはとても辛く、真実だと思いたくないことであった。しかしそれと同時に怒りが沸いた。その怒りを吐き出すためにも物信は今一度確認するためにも絶望を噛みしめ、悲しみを捨てて立ち続けて言った。

「だったら、俺への愛情は、優しさは全て嘘だったのか?」

「あぁ、そうだ。俺の復讐を果たすための舞台装置を完成させるためのな」

 自分に向けられていた感情が全て嘘だと分かった瞬間、物信の中から正明、自分が父として慕っていた者は崩れ去った。今あの場にいるのは自分に、自分や奏莓に害をなす敵の姿だ。物信は心にある絶望と悲しみと憎しみ、全ての感情を噛み殺し怒りの感情を顕わにしてゆっくりと自分が手にしている(シングル)(アクション)(アーミー)のハンマーを起こし言った。

「言えれる立場じゃないとは分かっているが言わせてもらう。ジュンの気持ちは、俺に対しての憎しみは大切な誰かを想っての憎しみと結果だ。何も分からないあんたなんかが軽々しく言っていいことじゃない。誰かに利用されることは俺が一番分かっている。オヤジ、俺はあんたを父のように慕っていた、だけどそれは違う。俺のオヤジは、誰かを利用するような人なんかじゃない」

 物信は的確に目標にと照準を合わせて銃を構えた。そして弾丸は正明にと向けて放たれた。しかし一方の正明も遅れずに銃を物信のいる方にと向けて引き金を引き、チャンバーにと入っている残り全ての弾丸を物信にと向けて放った。

 弾丸はすれ違うかのように互いの体にと当たり、物信の弾丸は正明の心臓部にと的確にと当たり、奏莓がある程度弱らせていたためか即死にと至った。そして正明の放った弾丸は確実にと物信の心臓部付近に二発と肺に一発当たった。物信はその場に倒れ込むように身を崩した。

 奏莓は直ぐさまに物信の下にと近付き、彼を抱え込むようにして抱きかかえた。奏莓は自然と涙を流し、物信の弱り切った顔を見つめ「物信」と彼の名前を口にした。一方の物信は目を薄め、必死に奏莓の顔を見ようとして、今にも遠のく意識を必死に保っていた。

「なんでこんな無茶を、一緒にいてくれるって約束したくせに」

 奏莓の問い掛けに物信は弱り切り、脆弱な身体から声を絞り出した。

「それでも、いや、だったんだ。か、なめがしぬのが。おやじに、ころされるくらい、にさ」

「後悔は無いの?父同然に慕っていた人を殺したんのよ」

 物信は意識だけを保つだけでもやっとのなか思考し、奏莓の顔に手を指し伸ばして言った。

「たしょうは、だけどくちにはださないよ。だって、すべてをやりきったからさ。おれにとってかなめがすべてだからさ」

「もういい、もういいわ物信、喋らないで。今なら助かる」

 奏莓は助からないと分かっていても「助かる」と言う奇跡に等しい希望を言った。

 物信の意識は既に遠のいているに等しく、段々と口も動かなくなっていった。そんななか物信はポケットから、自分がガブリエルから渡された、正式にエンジェルバレットの参加者として認められた証であるシルバーバレットを取り出した。物信がシルバーバレットを持っていたことを知る由もなかった奏莓は目を疑った。しかし今はそんな事は関係なかった、今にも死にそうな物信を目の前に奏莓は必死に彼の名前を呼び続けた。しかしその声に物信は答えなかった、なぜなら彼の目からは既に光は失われ命の暖かさを失い、息を絶えたからだ。

 ゆっくりと奏莓は物信が出したシルバーバレットを手に取り、ポケットに入っている自分が集めたシルバーバレットを合わせた。これでシルバーバレットは五発になった。そして奏莓はもう一つの死体にと近付きその者のポケットや懐を漁った。すると正明の懐からは四発のシルバーバレットが出てきた。彼もまた天使となり、その力を使おうとしていたのかは謎だがこれで十分な数のシルバーバレットは集まった。

 奏莓は自分の銃を拾い、黙々とチャンバーから五発の火薬の無い薬莢とまだ放たれていない一発の弾丸を取り除き、そこにシルバーバレットを詰めた。

「おめでとう、奏莓。今回のエンジェルバレットはどうやら君の勝ちのようだね」

 すると何処からともなくその者の姿は現れた。その者はガブリエルのように突然と姿を現す点では同じだがガブリエルとは違う点があった、その者は一見は幼い少年にも見えるが人には幼い少女にも見えた。そして、その者は明らかに人間ではない。ガブリエルの場合は人間臭いような仕草や言葉、はたまたは雰囲気があったがこの者はそう言ったものが一つたりとも無かった。そのため奏莓は今まで以上に警戒心を強めた。

「そう警戒しないでよ。僕はエンジェルバレット運営側、または考案者、あるいは制作した者だ。名前は無いけど人間さんたちからしたら神様みたいなものだよ」

 このゲーム、エンジェルバレットを作った者が目の前に居る、奏莓の前に立っているのだ。それどころかこの者は自分のことを「神様」と言った。言っていること全てが馬鹿馬鹿しく聞こえたが、きっとこの者が言っていることは全て正しい。だから奏莓はそこに立っている神様が苛立たしく思えて仕方なかった。

「それで、君は天使としての力を手に入れてどうするつもりだい?天使の力はまさしく人の理解を超えた力だ、何をするのも自由。それどころか代償さえあれば僕と同等程度には力を行使できるよ」

 どうやらこの神様は奏莓の気持ちなど考えずお構いなしに呑気に、面白そうに今後のことを聞いてきた。本来であれば殴るのが的確なのかもしれない。しかし今の奏莓にはとある男の者のことだけであった。もしかしたらこの力を使えば彼を蘇らせることができるかもしれない、死んだと言う事実を変えられるかもしれない。本来であれば自分の父の為に使うはずであった力の筈が今では彼の為に使う力にと考えが変わっていた。

「だったら、私は望むわ。私は彼の為に天使の力を行使する」

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