十三発目
夜の倉庫。普段から使われていない倉庫であれば当然人も寄り付かない。ただ一人青年を除いて倉庫内は伽藍としており、青年は今か今かとばかりに辺りに注意を光らせていた。その青年の目的はただ一つ、ジュンと言う友人との一騎打ちだ。あちらの方が未だに自分の事を友人だと思っているかは分からないが青年は、物信は今でも友人だと思っていた。
「ちゃんと来てくれればいいんだがな」
物信は自身が持つM360PDをスイングアウトし、シリンダーを回しながらそう呟いた。
そうやって物信がシリンダーを回して遊んでいると、待ち人が来たのか倉庫の入り口の方から足音が聞こえてきた。物信はそれがジュンだと思ったのか、スイングアウトしていたシリンダーを戻し足音のする方にと声を投げた。
「一人で来たか?ジュン。それとも外には客人かお前の部下でも居るのか?」
「物信君、まさか君がこんなことをするとはね。知っていたのか、僕が黒鵜の部下だってことを?」
少しずつこちらにと近づいているのかジュンの声はそれほど遠くからは聞こえず、しばらくすると物信からジュンの顔が見える距離にとなっていた。物信はジュンの質問に対して気の抜けた声で返した。
「まさか。ちよこから教えてもらわなきゃ知らずに終わってただろう。それで、俺に恨みを持ったお前は俺をどうするんだい?」
「そこまで知っているならこれ以上の会話は不要だ。お前は罪を犯した、僕の友を泣かしたと言う罪を。友人だからと言って容赦する気は無い」
そう言葉を吐ききるとジュンは懐にと隠していた銃を抜き取り、銃を両手で構えて銀色にと光るオートマチックの銃口を物信にと狙いを付けて引き金を引いた。
物信は銃口がこちらにと向けられた瞬間、瞬時的に右側にとある鉄骨の柱にと身を隠した。弾丸は自分がさっきまで立っていた位置から少し奥の所にと当たった。ジュンは間違いなく物信の心臓部を狙った、それはつまり最初から遊びつもりなど無く速攻でケリを付けるつもりらしい。ならばこちらもその手に乗るようにすぐに身を柱の影から出し、狙いをジュンにと定め引き金を引いた。
ジュンは物信の対応に対して右側にと避けるように転がり、すぐさまに姿勢を正し、膝を地面にと付けて物信にと再び狙いを定めて引き金を引いた。しかし、その動きに合わせるように物信は再び柱の影にと隠れてしまい弾丸は物信には当たらなかった。
「なんでだ、なぜ君はそこまでして戦う」
ジュンは柱にと隠れている物信にと話しかけるように問いかけた。
「あぁ?恨みを勝手に持って友人を泣かしただけで引き金を引く奴が何を言う」
「黙れ、何も分からないお前に何が分かる。ちよこは居場所のない俺を助けてくれた、そして黒鵜は、僕の父さんは居場所を与えてくれた。僕は、父さんやちよこを傷つける奴は誰であろうと許さない。そして父さんの敵は僕にとっても敵だ」
ジュンの目の前にあることは物信を倒すとの事だけであった。物信はちよこを泣かした、それ以外にも彼は父である黒鵜の敵であった。パーシェと言う男は言った。「物信という男はエンジェルバレットの参加者だ」と言ったのだ、それはつまり黒鵜の敵だ。当然ながら黒鵜の敵はジュンにとっても敵なのだ。
「そうかよ。俺が戦う理由なんて簡単だ、俺は奏莓の為に戦う。それが今の俺にとってやりたいことだ。そのためなら俺はお前の願いや決意なんて踏みにじれる」
叫びあげるかのように物信は大声でそう吠えると物信は柱から姿を現し、ジュンの方にと目掛け走り出した。その動作に合わせるようにジュンは狙いを走り寄ってくる物信にと標準を合わせて引き金を引いた。物信は銃口が向けられているのにも構わず、避けようとはせずまっすぐにとジュンの下へと走り寄った。
弾丸は物信の頬にとかすったが物信が止まることは無かった。至近距離まで近づいた物信は左の拳をジュンの顔にと叩き付けた。ジュンは身を守ることができず、もろに受けたパンチの衝撃でジュンは一歩後ずさりし、銃を再び構えようとした時だった。両手でジュンが銃を構えようとしたその時、物信がジュンの左手の甲をピンポイントで狙い撃ったのであった。それでも止まらないジュンは片手で狙いを定め、物信にと向け引き金を引いた。大口径の弾丸を取り扱うオートマグを片手で撃った、ジュンはその反動を上手く抑えきることができず上にと銃が上がり、狙い通りとはいかなかったが弾丸は物信の左肩にと当たった。
左肩を撃たれたことにより物信に激しい苦痛が体を伝って脳にと伝播する。それでも物信は退く事は無くジュンへと狙いを定めた。しかしそれよりも先に構えていたジュンの方が一手早く、先に引き金を引いたのはジュンであった。ジュンの弾丸は物信のM360PDにと当たりM360PDは遠くにと飛ばされてしまった。
「物信ウゥゥー」
そう雄叫びを上げるようにジュンは叫び引き金を引く。しかし銃口からは弾丸は発せられな。答えは簡単だった、ジャムだ。弾丸がしっかりと排莢口から排出されておらず詰まらせたのだ。
「パーシェ、騙したな」
パーシェははっきりと「今現代の加工技術で作った」と言った。しかし現にジュンの使う、パーシェから渡されたその銃はジャムった。例えそれが偶然なることであったとしてもジュンはその場で騙されたと言う結果に至った。
それでもまだ優位はあった。物信の銃は今さっきジュンが確かに弾丸で弾いた。そのためジュンはまだ焦る時ではないと判断していた。そう、次の瞬間までは。
なぜならば、物信の右手にはいつの間にか新しい銃が手にあり、既にその銃はしっかりとジュンへと狙いが定まっていた。あまりのことにジュンはその事に理解はできてはいたが頭が回らなかった。ただ分かることはある、自分は負けたのだ。彼の方が一手上手であったことだ。ただそれだけのことだ。
倉庫内には酷く重い銃声が鳴り渡った。それは夏の雨が降り出した夜のことだった。
「悪いな、ちよこ。約束、守れなかった」
物信は静かにそう呟き、倒れたかつての友人へと憐れみの目を向けて言った。
ジュンとの待ち合わせまで二時間程があった。待ち合わせの倉庫は歩いて行くにはそれほど時間が掛からず、下見で行った時は十五分もあれば充分であった。それでも先手をジュンに取られてはいけないためしばらくしたら物信は倉庫にと向かう予定であった。
「まあ、そろそろしたら頃合いだよな」
机にある置時計の針を見ながら椅子にと座る物信は独り言をぼやいた。今から二時間後には友人であるジュンと戦うのだ。それもただの戦いではなく、銃を使った正真正銘の命のやり取りである。気を抜けば死ぬ、死との隣あわせの状態での戦いだ。これまでは奏莓がいたが今回ばかりは一人での一騎打ちだ。
「本来であれば、身震いや恐怖が襲うんだろうけど不思議と何も感じないな。なんでだろ?」
誰に聞くでもなく、独り言のつもりで言った言葉に反応するかのように「知りたいのか?」と聞き覚えのある男の声が聞こえた。
ガブリエルは相変わらず浮かれたアロハシャツを着ており、呑気に物信のベッドに座り物信を見つめていた。
「いいか、人を一人でも殺せばその先誰を殺そうとしたって同じだ。お前はもう引き返せない所まで来たってことだ」
「相変わらずどこからともなくと現れるな。――なあ、俺は勝てると思うか?」
物信は聞いた。殺せるか、ではなく勝てるかを。殺すのと勝つは一見同じように思えるが物信の中では違った。ちよことの約束、正確には約束ではないのだが物信の中ではいつの間にか約束にと改変されていた。そのこともあり物信はジュンを殺すのではなく殺さず勝つ、戦闘不能の状態にまで追い詰めるか、気絶させて勝たなければいけなかった。それが物信にとっての勝利であり、殺すことは二の次、三の次であった。
「どうだろうな、実力ではジュンの方が上だ。才能でお前が勝ったとしても覚悟ではどうだかな」
「才能だと?俺には才能があるとでも言いたいのか?」
するとさっきまでベッドにと座っていたガブリエルが急に物信の隣にと現れた。あまりのことに物信は座っていた椅子から立ち上がり、後ずさりをした。
「お前自身は知らないかもしれないがお前のその才能は間違いなく凄いものだぞ。ひょっとしたら奏莓とやりあえるものかもしれない。だが、それだけじゃ足りない。ハートだ、言い方を変えればガッツだ」
ガブリエルは物信の心臓部を指さして言った。あまりのことに物信は「はぁ」と強気の無い声で言った。それでもお構いなしにガブリエルは話を続けた。
「強い覚悟を持て、強靭な心を持て、誰にも負けない想いを持て。そうすれば自ずと分かるはずだ、真の強さがな。そして真の強さを手に入れた時お前は強くなり覚醒する、その覚悟があるか?」
ガブリエルの言う真の強さが何なのかは分からない。しかし物信に迷いはない、ただ自分の想いを言うだけであった。その想いを言うだけで自分の器が完成する。自分は何の為に戦い、何を望み戦うのか。望みはない、あるのは決意だけであった。
「俺の覚悟、そんなの簡単だ。俺は既に覚悟を決めてる、奏莓の為に俺は戦う。そのためならどんな奴だって殺すしどんな願いだって踏みにじる、それが決意であっても変わらない。それに、俺はもう見たくないんだ、奏莓が苦しむ姿を」
「矛盾だらけだな。誰にも利用されたくない、それでいて奏莓の為に戦う、か。それが例え人としての自由を失ってもか?」
「あぁ。それに、あいつが人としての自由を奪うような真似はしないよ。俺が保証する。誰にも優しくできないのが俺だった、だからせめてでも俺は奏莓には優しくしようと思うよ」
「ではもう一つ聞こう。お前は何故そこまで奏莓のことを想う?何故お前は奏莓のことが好きになった?共に戦ってはいるがそれは短期間だぞ」
何故奏莓を想う?何故奏莓が好きになった?その答えは物信の胸の奥にある気持ちが教えてくれる。言葉にはできないが奏莓を想う気持ち、奏莓が好きだと言う気持ちに嘘や偽りはない。その想いを口にするだけであった。
「言葉にはできない。だが、俺は奏莓のことが好きなんだ。それに、奏莓とはずっと前にどこかで会った気がする。それが気のせいだとしても俺の気持ちは変わらない」
そのことを聞くとガブリエルは物信にと目掛けて一つの箱を投げた。慌てて物信はその箱を受け取ろうとするとその箱は想像よりも少し重く、鉄の塊でも入っているかのようだった。ガブリエルは物信にと開けるようにと促した。正体不明の箱を恐る恐る慎重に開けるとそこには一丁の古臭くも真新しいリボルバーと銀色に輝くバレット、シルバーバレットが入っていた。
「どこかで会った気がするか、そうかもしれないな。古臭いかもしれないがお前にはその銃がお似合いだ」
ガブリエルの言う古臭くも真新しいリボルバーの名を物信は知っている。SAA、西部劇などでは必ずと言っていいほど見ることがある銃だ。その名の通りSAAはシングルアクションであり、今物信が使っているM360PDのように自動拳銃ではなく撃つたびにそのつどハンマーを起こさなければならない。はっきり言えば性能はM360PDの方が上であり、SAAは化石、骨董品である。
「既にお前は使い慣れた銃を持っているが、その銃がエンジェルバレットの参加者としての本来の証だ」
「なるほどね。これが俺の銃か、とても戦闘向きとは言えないが持っておくよ。それと、シルバーバレットも貰っておいていいのか?」
物信は銃と共に鎮座されてあるシルバーバレットを取り出し言った。ガブリエルは何の躊躇無しに「構わない」と言った。それどころかガブリエルは去り際に物信にとアドバイスを残して行った。
「アドバイスにしちゃあ上出来過ぎだ。SAAは最後の最後の隠し玉かよ」
ガブリエルの残したアドバイスはアドバイスとは言いにくいものであった。何故ならばそれは勝ち方に近いものであった。「M360PDを相手に印象付けろ、そして手からM360PDが離れた時こそ相手の最大の隙だ」それが意味することが分かる物信は不本意ながらもSAAのハンマーを起こし懐にと納めた。