十一発目
~エンジェルバレット~
銃を使った簡単なゲーム。プレイヤーは一つのシルバーバレットとリボルバーが渡されます。渡された銃を使って他のプレイヤーが持っているシルバーバレットを手に入れましょう。渡されたリボルバーのシリンダーに総弾数分のシルバーバレットを入れれば勝利となります。
・参加するには、この紙の下の方の名前の記入欄に名前を書いてください。
・銃弾の初期の手持ちは百二十発となります。一日たつことによって弾丸は十発補充されます。
・参加賞として一千万円が貰えます。
・シルバーバレットを一つ手に入れることで百万円手に入ります。また、シルバーバレットは一発五十万で換金できます。
・途中でゲームを放棄することはできません。
・勝利者は天使となることができ、天使としての力を行使できます。
基本的に朝方の時間の喫茶店はお客が少なく、殆どいない状態である。そもそも元からお客が少ないこの喫茶店では朝方にお客が来ること自体が珍しい。
お客が少ない、来ることが珍しいこの時間帯に物信一人で店の番をしていた。なんでも正明は重要な用事ができたと言う理由で「昼までには帰ってくる」と言い物信に店の番を任したのだ。正明が物信一人に店番をするようになったのは今に始まった事ではなく、度々重要な用事ができたと言い店番を物信に任せることがあった。それに、基本的店の番を任せる時は人の出入りが少ない朝の時間帯のためそこまで大変ではない。
「やっぱり朝の時間帯は誰も来ないなー。だからと言って怠けられないんだが」
そう言い、物信は伽藍としている店の周りを見渡した。今店に居るのは物信一人だけ、こういう状況には度々慣れてはいるが自分が働いている店、育ててもらっているオヤジの店だと考えると少し残念、何とかしたい、どうにかしたい気持ちが物信にはあった。とは言っても普段からの客の出入りが少ないことは確かだ。
客の出入りに嘆いていたその時だった、誰かが扉を開けて入ってくることを知らせるベルの音が鳴った。物信はいつもの反射的行動で「いらっしゃいませ」と言っていた。その客は奏莓であったのだ。
「おはよう、物信。こんな朝早くからバイトなの?」
「おお、奏莓か。まあな、とは言っても土日は殆ど丸一日がバイトだぞ。それ以外は家から帰って来てからだけどな。ここに来たってことは客としてでいいんだよな?」
昨日の事はあまり考えず、物信は至って平常心を保って言った。それに、奏莓には断られたわけではない。それに家宝は寝て待てと言う、奏莓の返事を気長に待つことを物信は選んだ。
一方の奏莓は、そこまで気にしていないのか普段とは変わった様子は見えず、カウンターの席にと座り「えぇ」と言いメニューを取った。メニューを取った奏莓に合わせるように物信はコップに水を入れて奏莓の前に置いた。
「とりあえずコーヒーを貰うわ」
物信はその注文に「分かった」と言い、コーヒーを用意するためにミルにコーヒー豆を入れてミルのハンドルを回し始めた。その様子が奏莓には不思議そうにして見えたのか、或いは疑問に思ったのか謎を聞くかのように奏莓は物信に聞いていた。
「ねえ、どうしてミルでやるの?機械でやった方が早いんじゃない?」
「ん?ああ、これな。オヤジからの教えと言うかこの店のやり方でな、朝方は人が少ないからミルでコーヒー豆を砕くんだよ。まあ、オヤジなりのこだわりなんだろう」
「ふぅーん、そうなんだ」
そう言い、奏莓は物信が回すミルを眺めた。その様子が物信には普段の奏莓とはどこか違う、孤独に浸っているように見えた。しかし物信はどう口を出せばいいか分からなかった。あの時のちよこのように知らずと、何気ない言葉が奏莓を傷つけてしまうかもしれないと思い、怖くなったのだ。しかしそれも束の間、奏莓はぽつんと何かを呟いた。それがよく聞き取れず物信は「どうした?」と少し心配そうにして言った。
「倒したの、師匠を。これであなたのを合わせてシルバーバレットは四発よ」
「ど、どう言うことだよ?だって師匠ってキャロルさんのことだろ?それに、倒したって?」
急な奏莓の倒したと言う宣言に回していたミルのハンドルから手を離し困惑する物信は頭が追い付かず、様々な疑問を奏莓にとぶつけて言った。
「師匠はしくじった、って言ってた。それで死ぬ前に私と戦いたいって言ったから戦った。それで私が勝った、それだけのこと」
奏莓はただ静かに言った。その静かさが何よりも哀しさを語っていた。物信には奏莓の哀しさをどうにかできるとは思っていない、それでも物信はどうにかしてあげたかった。その想いが物信を突き動かしたのか言葉にするよりも行動に移しており、物信は走って奏莓の下にと駆け寄り、優しく奏莓を抱きしめていた。
「いいんだ、悲しいなら泣いていい。今は俺とお前しかいない、誰もお前の事をとやかく言う人なんていない」
その言葉に甘えるように奏莓は物信の腕の中で泣き、涙を流した。そして奏莓は涙の混じった声で自分の本心を、心の内に秘めたる自分の弱さを物信にと解き明かすように物語った。
「本当は、本当は嫌だった。誰かが、私の周りの人がどんどんと消えていくのが。一人が嫌だって、師匠が、キャロルが教えてくれた。なのに、なのに勝手に何処かに行って、何処か遠くに行って、勝手にいなくなって」
奏莓のシルバーバレットを六発集める、その気持ちに揺らぎは無く、あるのは硬く固められた決意であった。それでも自分の心を打ち解けられる相手がいると再びあの時の悲しみを思い出させ、その気持ちを話して楽になりたかったのだ。
物信は優しく奏莓の背を撫で「大丈夫」との言葉を掛ける。その言葉がその場しのぎの言葉でも奏莓には、一人ではないと言う安心できる心の安らぎ、心地の良いものであった。
「一人が怖いなら、俺が一緒にいる。例え、エンジェルバレットが終わってもお前が望むのなら一緒にいてやる」
奏莓は言葉の答えの代わりに物信にと唇を差し出した。それに応えるように物信は奏莓の唇に自分の唇を重ねた。
エンジェルバレットだけの仲で終わるはずがお互いは知らぬうちにお互いを求めるようになっていた。本来であれば互いに会話をすることも顔を合わせることも無かっただろう、しかしこのエンジェルバレットを通してお互いはお互いの事を知り、お互いを求め合う関係にとなったのだ。
「私は、物信と一緒にいたい。物信は?」
すっかりと奏莓は涙を枯らし、自分が物信を求めていることを示唆して言った。
「俺もだ、奏莓との関係をエンジェルバレットだけの仲で終わらせたくない。だから・・・」
そう続きの言葉を語ろうとした時だった、奏莓が物信の口の前に人差し指を立てて続きの言葉を語ろうとする物信の口を閉ざさせて言った。
「分かってる。あの時の返事を言わせて。いいよ、物信が望むなら今からでもいい」
「あぁ、俺も構わない。お前が望むなら」
その返事を聞き、奏莓は涙が枯れ、それでも潤んでいる瞳を拭い、立ち上がった。そして奏莓は揺るぎない決意を宣言するために凛々しい声で言った。
「もう私は、迷わない。私は他者の願いを踏みにじってエンジェルバレットの勝者になる。これは私の為の願い、誰かの為でもない。それでも物信は付いて来てくれる?」
奏莓は物信にと手を差し伸べ、共に付いて来てくれるかを聞いた。物信の想いは一つ、彼女の役に立つことだ。ならば答えは決まっている、物信は手を差し伸べる彼女の手を握り、同じ目線を見るように奏莓を見つめて言った。
「愚問だ、前に言ったろ?俺はお前の役に立ちたい、俺はお前にだったら利用されても良い」
「ありがとう、でも少し違う。私はあなたを利用したいんじゃない、共に戦って欲しい、一緒にいて欲しいの」
「そうだったな、わりぃ。だけど、もしもの時は俺を利用してもいいからな」
そう物信は苦笑を浮かべて言った。それに誘われるように奏莓は笑みを浮かべて共に笑い合った。
この日二人は、共に戦い合う仲から彼女と彼氏との関係になったのだ。もう誰にも利用されないと心に決め、人間不信にと陥り掛けていた少年と一人を好み、一人で戦い続けた少女は結ばれたのであった。一見結ばれるには程遠い者同士ではあるが、結ばれたと言う形がそのことを否定するには充分であった。
「キャロル、私は願いを見つけた。誰か愛する人を見つけた。だからさ、今度は一緒に戦ってくれるよね」
もうこの世界にはいないキャロルにかつての約束を果たした事を表するように呟いた。キャロルが求めたのは自分の為の願い、夢であった。それでも今の奏莓には分かる、きっとその先に彼女が求める物は誰かを愛することだと。なぜなら、彼女が歌ったあの歌の歌詞がそうであったからだ。心に描く夢もなくて愛する人もいない、今でも奏莓には曲名の分からないままの歌の一フレーズが心に刻んでいた。その歌詞がどう言う意味のものかは未だに分からない。だけど分かることはある、奏莓は確かに誰かと共に居たい。自分は一人を好んでいるのではなくその逆だと、はっきりとそう感じたのだ。
「ねえ、物信。前に英語とか得意って言ってたわよね」
奏莓はカウンター越しの物信を見つめて言った。
「ん?まあな。読みと喋る程度にな、だけど現地に行っての会話は分からん。やっぱりなまりとかあるからな」
「だったらさ、洋楽とかは聞いたりする?」
洋楽、物信としてはたしなむ程度には聞いているが歌手とかは知らない。それどころか物信の場合は正明の影響を受けたのか今時の洋楽よりも一昔前の歌ばかりであり、チョイスが古臭いと言われても仕方のないものであった。それでも物信は奏莓の力になりたく「まあ、ある程度は」と出し遅れていたコーヒーを出して言った。
「心に描く夢もなくて愛する人もいない、そんな感じの和訳だったはずなんだけど、この歌知ってる?」
「それなら知ってるぞ。お前もいい趣味してるじゃないか」
「キャロルが教えてくれたの。あなたは自分の夢を持ちなさい、って。それで、なんて言う歌なの?」
「そうか、キャロルさんが教えてくれたのか。BlueMoonか、また古い歌をチョイスしたな。今時の高校生が知っているかどうかも怪しいぞ」
BlueMoon、歌が書かれたのは1934年。物信の言う通り今時の高校生が知っているかは怪しい。それでも洋楽を知っている、興味のある人が耳にすることが無いと言われればそうでも無い。なぜなら、1934年に書かれた今でもこの歌は数多くの人に歌われており日本人でも歌っている人がいるほどだからだ。
物信は自分用のコーヒーを用意しながら歌詞の意味を思い出しながら、思い浮かべながら言った。
「そうだな、歌詞の意味として今のお前にピッタリなんじゃないか?BlueMoonってラブソングみたいなものでもあるし心を癒してくれる曲でもあるからな。特に、歌詞の後半の自分に好きな者、愛する者ができて月が変わったとあるんだがな、月が変わったんじゃなくて自分が変わって見えるものも変わったんじゃないかって考えるとお前にピッタリだと思うぞ」
「そうだったんだ。でも、それだったらキャロルは私に愛する者を作れって言えば良かったのになんで自分の願いを持てって言ったんだろう」
確かにそうだった、もしもそこまで考えていたのなら率直にそう言えば良かったのになぜキャロルは「自分の願いを持ちなさい」と言ったのだろう。不意に落ちない奏莓は自然とそう口にしていた。
「心配だったんじゃないか?今まで一人を好んでいたのに誰かを好きになれって難しいだろ?だから少し遠回り、考え方を変えて自分の願いを持てって言ったんじゃないか?」
そう言われるとそうかもしれなかった。確かにあの時の自分は自ら一人になることを進んで選んでいた。きっとキャロルはそんな自分を気遣いそう言ってくれたのだろう。最後の最後まで自分はキャロルには敵わなかったのだと奏莓は確信して笑みをこぼした。それと同時にそんなことが見抜けなかった自分が惨めに思えた。
「でも、本当に変わったよな奏莓は。前までは口数少なかったし、それどころ誰かと接点を持とうとはしなかっただろ?」
「それを言ったらあなたもそうでしょ。話によると前まではほとんど他人のことなど気にしてなかったのでしょ?」
「そう言われると言い返せないな。確かにな、俺も変わったんだと思う。あの時、お前に会って変わったんだろう。そして変わった今だから分かる、俺はお前に一目惚れしたんだよ」
物信は自分のあの頃の想いを思い出しながら頬を掻きながら言った。改めてこうして好き、だと言うことを面として言うとこそばゆいものがあった。
「まあ、お前に出会って変わったのは確かだよ。変わったおかげで俺は新しい友達とも出会えたんだからさ」
「友達?あれから新しい友達ができたの物信?」
「そう言えばそうだったな、奏莓には言ってなかったのか。奏莓がゲーセンに俺を連れて行ったことあるだろ?」
奏莓に言っていなかったことを思い出し、物信はあの日の事、ジュンと出会ったことを思い出しながら語った。そしてジュンが奏莓の次にあのガンシューティングが得意だと言う事を。
「へぇー、そうなんだ。それってつまり私と匹敵する可能性があるってことよね?」
「まあ、多分な。でも得点ではお前の方が上だったからお前の方が上じゃないのか?」
一般的に考えればそうであった。しかし、奏莓が考えている点はそこでは無かった。ジュンと言う男は度々奏莓の得点を更新していたと言う事である。そうとなるともしかしたら自分を超えうる可能性を持っているかもしれないと言う事だ。
「そうかもしれないけどもしかしたら私を超えうる可能性を持っているわ。でも、エンジェルバレットとは関係しているとは思えないから今は心配する必要は無いと思うわ」
今の段階では彼がエンジェルバレットには関わっていない。それに、そんな彼と友達である物信がいるのであれば容易に戦いは挑まないだろう。それに、もしかしたら自分たちの味方、そうでなくともこちらに手を出すことはそうそう考えられない。そのため今の段階では心配する必要は無いと奏莓は判断した。
「そうだな。俺もジュンがエンジェルバレットに参加しているとは思えないしな」
普通に考えればそうであった。自分の身近な人、しかも学生がエンジェルバレットに参加していると言う事は考えられなかった。そのため物信も自然的にジュンがエンジェルバレットには参加してないと言う結果に至った。
「さて、エンジェルバレットで思い出したがどうする?未だに情報は掴めていないんだろ、黒鵜だとか言う奴の」
突如と思い出したかのように物信は奏莓にと黒鵜のことについての疑問を投げかけた。今分かっているのはエンジェルバレットの参加者だと思われる黒鵜と言う名前だけであり、何処に居るかは分からなかった。完全に行き当たりばったりの状態に頭を悩ませていた。例え名前が分かっていたとしても居場所が分からなければ意味が無いのだ。
「そうね、分かっているのは名前だけ。ここら辺か繁華街の方に居場所があるとは思うけど物信はどう思う?」
「俺もそうだと思う。そうじゃないとわざわざ俺たちを狙わないだろ。それに――」
そう物信が次の言葉を言おうとした時だった、誰かが扉を開け店にと入ってくることを知らせる鈴の音が鳴った。すぐに物信は会話を中止しそちらの方に注意を向けた。しかし、その注意を向けた相手は意外な相手であり、ちよこであった。
「お、おはようございます。奏莓さんに物信さんもいたんですね」
「あぁ、今日は朝番だからな。それで、注文は?」
奏莓の隣にと座るちよこにメニューを渡し、ちよこは「どうも」と言い物信が差し出したメニューを受け取った。その様子を見て奏莓は不思議そうに見てふとした疑問を投げかけるようにして物信に聞いた。
「ねえ、彼女って物信の知り合い?それとも新たなお友達?」
「いや、奏莓覚えてないのか?ほら、俺たちのことを仲いいんだなとか聞いて来た奴だよ。忘れたか?」
そう言われればそうだった気がするのか奏莓は首を傾げて「そうだったかも」と曖昧ながらも思い出したかのように言った。
そんな様子をちよこは苦笑を浮かべ「あははは」と作り笑いを浮かべた。そしてちよこは覚悟を決めたように受け取ったメニューをテーブルにと置き真剣な眼差しで言った。
「お二人に大事な話があります。物信さん、他言無用のため店を一時的に閉じてもらえませんか?」