ファーストバレット4
買い足しにと向かったキャロルの行先はコンビニでもホームセンターでも無ければそこはただの廃墟であった。とても買い足し目的には程遠い場所であった。
「まったくだ、家までつけてくるとは良い趣味じゃないぞ」
その一言で今まで姿を隠し、キャロルの後をつけていたと思われる男性が姿を現した。その者の顔に見覚えはあったが名前が思い出せない。必死に思い出そうとしているキャロルのことなどお構いなしに男は陽気そうにキャロルにと話しかけた。
「久しぶりだな、クウェール。何年振りだ?」
「その名前を知っているってことは、古参プレイヤー?今は生憎キャロル・クイーンを名乗っていてね。あなたは?」
過去の名前、今ではほとんどその名前を知っている者は少なく、数えられる程度でありその名を知っている者もある程度の見当がつく。そのためこの男のこともある程度は見当が付いた。
「そうか、今はキャロルか。お前風に言うのなら、今の俺はパーシェだ。この銃を見せればお前も分かるんじゃないか?」
そう言いパーシェと名乗る男は銃を見せびらかすようにして見せた。彼が見せびらかすように見せる銃はすぐに分かった。その銃を見ただけでキャロルが忘れるものかと心に刻んだあの記憶が鮮明に浮かび上がる。彼が持つその銃は、S&WのM19であったのだ。それが分かるだけでも自分が今相手している者が自分よりも強く、自分の勝率が薄いことが分かった。それでもやることはただ一つ、自分も銃を抜き、少しでも勝率を上げることであった。
「そんな警戒するなよ。いいか、俺はいつでもお前を殺せる。お前がどれだけ自分の勝率を上げたところで所詮お前の勝率はゼロのままなんだよ」
「言うじゃない。生憎だけど最強の銃を手に入れた今の私には負ける気がしないけどね」
そう言うとキャロルは一寸の迷いもなく銃口をパーシェの方にと向けて引き金を引いていた。しかし、そのことなどお見通しなのかパーシェは右の柱の陰にと転がり避けながらキャロルにと向かって引き金を引き銃弾を撃ったのだ。その銃弾はキャロルには当たらず、代わりにキャロルの後ろにある柱にと当たった。
「最強か、確かに44マグナムは最強と言っても過言ではない。しかしそれは過去だ、今の現状では454カスール弾の方が威力では勝っている」
「確かにね。だけど私としてはこの銃が最強だと思うわよ。それに、いまだにホローポイントを使っているあなたも中々の悪趣味ね」
ホローポイント弾、パーシェが外し地面にと落ちた弾丸を見てキャンサーは苦笑を浮かべて言った。
ホローポイント弾は通常の弾丸とは違い、先端に空洞になっている。先端が空洞になっているため人体などに当たると膨張炸裂するため当たれば非常に大きなダメージを与える。一発でも当たれば今後の戦闘面にも影響が出るため迂闊には当たれない。だからと言ってジリ貧な状態になれば明らかに負ける。キャロルにとっては早く決着をつける、もしくは戦闘中止にしたいところであった。
「チッ、私の趣ではないがここはすぐにでもケリを付けるかな」
そう悪態を吐くと、キャロルはパーシェが居ると思われる柱の陰の方にと走り駆けた。そして柱の陰にと来るとそこには、パーシェの姿は無かった。しまったと思った頃には遅く、背後に何らかの気配をしっかりと感じ取れた、パーシェはいつの間にかキャロルの背後にと周り引き金に手を掛けていた。
「夢からは醒めたかい?じゃあな」
「バカ、覚めるのはお前の方だよ」
背後を取られたキャロルは、はらりと舞うようにパーシェのいる方にと振り向き狙いを定めた。その次の瞬間、お互いの銃からは銃弾の放たれる音と火薬のにおいが辺りを充満させた。パーシェの弾丸はキャロルの右肩にと当たり、キャロルの弾丸はパーシェの左のわき腹にと当たりそれぞれは引かずと再び二発目を狙いに定め引き金を引いた。しかし、その弾丸はお互いに狙ったところには当たらず弾丸はただすれ違い暗いどこかにと当たり音だけがこの廃墟に反響した。
「強くなったじゃねえか。昔と比べたら大違いだ、嬢ちゃん」
「私を、嬢ちゃんと呼ぶんじゃない。これだから嫌いなんだよ、ホローポイント弾は」
互いは互いの顔をにらみ合い、次の一手をどうするかと考えながら相手を牽制していた。
そして、パーシェの銃から放たれたホローポイント弾は確実に身体に効いていた。ホローポイント弾の厄介な所は貫通しにくいところにあり、今のキャロルの現状では肩を動かすだけで体内にとあるホローポイント弾が当たり痛い。
「なあ、知ってるかい?リボルバーでのアクションは基本的にスリーアクション。銃を抜いて、構えて、引き金を引くだ。この場合での最低限のアクションはツーアクション、構えて引き金を引く」
キャロルは自信ありげな笑みをパーシェにと向けて呟いた。「それがどうした」とパーシェはキャロルの笑みが理解できず銃を構えて警戒した。しかし、その警戒も虚しく、キャロルの行動はパーシェが思いもしない行動を執った。その行動は、身を低くし、パーシェの下にと近付き、パーシェの腹部にと膝蹴りを喰らわせたのだ。
膝蹴りが腹部にと当たったパーシェは体制を崩し、足を一歩後ろにと下げた。それでもすぐにと体制を整えようとするも、キャロルはその隙を与えんとするように回し蹴りをパーシェの足にと当ててその場に倒した。
「どうだ?一度勝った相手に負ける気分は。私としては今の気分は最高だ」
キャロルは倒れているパーシェにと銃口を向けて勝ち誇った笑みを浮かべた。完全に打ち負かされたパーシェは敗北とは程遠い笑みと笑いの混じった声で言った。
「そうだな、笑えるよ。勝っていないのに勝ったと誇るお前の笑みが笑えるぜ」
「どう言うことだ!?」
意味の分からない言葉にキャロルは銃口を更に突き刺した。その時だった、何かが地面に落ちる、正確には転がる音がした。その音はパーシェの手の近くから鳴り、円柱の形をしたそれは手榴弾かなにかを暗示させるような物がパーシェの手からすり落ちたのだ。
キャロルは本能的にも、不味いと思いすぐさま自分の顔を守るように手で顔を隠した。すると円柱のそれからは眩しい閃光が辺りを瞬間的に照らしキャロルとパーシェの視界を光で包み奪ったのだ。
さっきまで暗い廃墟で戦っていたのだ、突然光に包まれれば光に慣れていない目は一時的に資格を失う。それでも目以外は充分なほどに機能する。キャロルはパーシェを逃がさんとの思いで「待て」と口にした。しかし、その返答には無音であった。しばらくして段々と目も慣れていき、当たりの状況が見えてきた。そして理解した、今回もどうやらあの男の方が一枚上手だったことが。
「何が、夢から醒めたかい?だ。私の夢は未だに夢の中さ」
伽藍とする廃墟に一人、キャロルは廃墟にと光指す月を仰ぎ見て呟いた。
「いやー、メルが寝泊まりしているホテルが近くにあって良かったよ」
ビジネスホテルの一室、キャロルはメルベルの応急処置的な治療を受け、笑いながら言った。まったくの緊張感もないキャロルに対してメルベルは慎重に、丁寧にキャロルの肩に入っている弾丸をピンセットで取り安堵の声を漏らして言った。
「はあ、これで終わり。無茶するのは勝手だけど死なないでよお姉ちゃん」
「大丈夫よ。それに、今の私は最強の銃を手に入れたんだから」
そう言いキャロルはM29を取り出し自慢するようにして言った。当然のようにメルベルは驚き、同時に少し怒り気味に言った。
「どうしたのそれ?ブラックホークは?まさか無くしたんじゃないよね?」
「落ち着けって。壊れた、壊されたんだよ。それで新しくM29を貰った」
「壊されたって、噓でしょ。分かるもん、お姉ちゃんどうせメンテさぼったんでしょ?」
メルベルの声は鋭利な刃物のように尖っており、静かにキャロルを責めていた。その責めにキャロルは苦笑いを浮かべた。そしてその苦笑いを消し去るようにメルベルは机を「ドン」と殴りキャロルの首元を掴み激しく怒号に混じった悲しみの声で責めた。
「お姉ちゃん、アレは私とお姉ちゃんとの関係そのものなんだよ。私はレッドホーク、お姉ちゃんはブラックホーク。それに初代のエンジェルバレットを物語る物でもあるの、なのに・・・」
「なあ、ブラックホークとレッドホークの違いって知ってる?」
悲しみと怒号に対してキャロルの返答はただ静かな質問であった、銃の違いだ。その問いにメルベルはどのような意図なのかが分からず「え?」と答えた。
「ブラックホークとレッドホークは名前だけなんだよ、共通点は。実際は別系統なんだよ。レッドホークはブラックホークよりも近代的なんだよ。私たちの関係そのものって言ったよね、メル」
キャロルの言いたいこと、意図することが分かった。それが何を意味するのかが分かったメルベルは自分が取り返しのつかない事を言ったことに気付き、口に手を当てて静かに「ごめんなさい」と繰り返し言った。そんなメルベルを見てキャロルはただ静かに、落ち着かせるように優しくメルベルを抱きしめ、メルベルの背中を撫でた。
「大丈夫だ、私はお前の姉だ。お前が何と言おうとそれは変わりない。ただ銃が詳しくないんだよな、私もいじわるして悪かった」
「でも、私は、またお姉ちゃんに酷いことしちゃった。ごめん、ごめん」
「寂しかったんだろ、しばらく顔を会わせなかったんだ。でも大丈夫だ、お姉ちゃんはここに居る。落ち着いて、ゆっくり深呼吸だ」
そうキャロルに言われた通りにメルベルは深呼吸をし「落ち着いたから」と大丈夫だと自己申告をキャロルにし、自分のおでこをキャロルのおでこにと当てて言った。
「ごめん、お姉ちゃん。いけないことだと分かってはいるけど頂戴。お姉ちゃんの愛が欲しいの」
「まったく、相手がいた人に対して言う言葉かよ。いけない子だな、メルは」
「いけない子でいいもん。だって、いけない子だもん。お姉ちゃんが誰かと結婚するって聞いた時私はどうすればいいか分からなかったんだよ。素直に喜んでいいのかすらも分からなかったんだよ」
メルベルがキャロルに対しての度の過ぎた、一線を越えてしまった姉妹愛を示すようになったきっかけは自分の責任である。そうキャロルは自分に責任があるのだと責めている。彼女が、自分の妹が悪いのではない、自立するように促さなかった自分に咎めがあるのだ。今までの過保護過ぎた行為がこの結果を生んだのだ。だからこれは愛などではなく、メルベルが愛と思っているだけのただの共依存だ。
「ダメだ。前にも言ったろ、それは共依存なんだよ。私の甘やかしでこうなった結果なんだ。私たちはただの姉妹、それが本来あるべき形なんだよ」
「・・・分かった、分かったから。明日からは姉妹、それでいいからキスだけでもしてよ」
ここまで来ると、この後に来るのは泣きじゃくるメルベルだ。そう思うとキャロルも断るに断れず、返事の代わりに自分の唇をメルベルの唇にと重ねた。そしてメルベルは舌をキャロルの舌を絡めるようにと舌を差し出した。キャロルはまさかそこまでするとは内心驚きはしてはいたものの予測はしていた。だから驚いた素振りなどせず、自然的に自分もメルベルの舌を絡めとるように舌を交わらせた。そうして二人は互いの舌を味わいしばらくしてキャロルは絡めていた舌をほどき、重ねていた唇に別れを告げるように離した。
「ここまでだ。そんな物欲しそうな目をしてもダメだぞ」
物欲しそうな目をするメルベルをたしなめるように優しい声で言い、メルベルは渋々と「分かった」と言いキャロルから顔を離した。
「お姉ちゃんはさ、共依存とか難しいこと言うけどさ、私はお姉ちゃんのことが好きだよ。だからさ、姉妹でもいいから私のこと離さないでね」
「まったく、欲しがりだな。じゃあ、私からもメルに一つお願いしていいかな?」
そう言いキャロルは自分のスマホ取り出し、とある銃の画像を検索しメルベルにと見せた。メルベルは「これは?」とキャロルに問いかけた。
「M19、私たちが参加した一番最初のエンジェルバレットの参加者でこれを使っていた奴のことを探ってくれ。名前を忘れちゃってね、メルならある程度のことは覚えていると思ってね」
するとメルベルはため息を吐き、キャロルが自分にと見せているスマホを手で押し返し、呆れた声で言った。
「M19を使っていた人って、確か榎枝正明って人だよね?」
キャロルは目をぱちくりし、思い出したかのように「そうだ」と言った。随分とあっさりと名前が分かりどこか腑に落ちない気分でありながら、やっと思い出したとの感情が混ざり複雑な気分であった。もしかしたら他にも知っていることがあるのではないかと思い「他には」と期待の混じった声で自分が思い出す前にキャロルは聞いていた。
「そうだね、確かS.A.Sの人だった気がするよ、今はどうか知らないけど。もしかして、もしかしなくともそうだよね?」
「まあね。居場所はどこか分かる?分からなかったら自分で探すけど」
メルベルは答えの代わりに静かに首を振った。当然の結果であったかのようにキャロルは虚しく、無感情に「そうか」と言い帰る、又は外に出かける身支度をし始めた。その様子を心配そうに見るメルベルは彼女を止めるように「どうする気?」と静かに聞いた。
「どうするって?正明を追うんだよ。移動手段としてバイクはこっちで用意するから金をありったけ用意してくれ」
「待ってよ、それじゃあ奏莓ちゃんはどうするの?彼女まだ子供じゃない、面倒見るんでしょ?」
「あの子はもう少しで高校生だ。それまでは一緒にいてあげるさ、ストロベリーが高校生になったら本格に探し出すだけのこと」
最後まで面倒を見ると決めた矢先にこれである。約束事は守る性ではあるがこればかりは少しばかり破ってでもケリを付けたいものであった。キャロルの性分はやられたらやり返す、またはそれ相応の報いを与えなければ気が済まない、それ以前に正明に対しては底知れぬ恨みと憎悪があった。それに、彼は既にキャロルが拠点としている場所が奏莓の家であることがバレてしまっている。どっちにしても放っておける状態では無くなったのだ。奏莓の為にも正明の対処、ケリを今からでも付けたいのが今のキャロルの心情であった。
「まあ、心配するな。私は最強のクウェール・ペンネだぞ、正明だかパーシェなんぞすぐにケリを付けるさ。そん時はさ、お前と私、それにストロベリーを誘って一緒に飯でも食べに行きましょう」
キャロルは笑顔でそう言った、それが終ぞ叶わぬ願いになることを知らずに。