ファーストバレット3
「ただいまー。まだ起きてたのか、ストロベリー」
キャロルはリビングの扉を開け、ソファーにと座っている奏莓を横目に見て冷蔵庫から缶ビールを取り出して言った。一方奏莓はキャロルを直視せず、テレビを見ながら「おかえり」とだけ呟いた。
するとキャロルはずけずけと奏莓の座っているソファーの隣にと座り、何を思ったのかポケットからシルバーバレットを取り出し奏莓の前にと置いた。奏莓はそのシルバーバレットを前に何も驚くことなく「それで」と無愛想にキャロルに問いかけた。
奏莓は始めからキャロルのことを信じていた、正確には勝つことが当たり前だと分かっていた。そのため別段驚くこともなく、当たり前のことのように思えた。
「そんなにギスギスしないの。それ、あなたにあげるわ。ただし、条件がある」
「条件?別に貰えるなら貰うけど」
奏莓はオウム返しするように聞き、それでも条件など気にせず貰う気ではあった。その態度にキャロルは苦笑いを浮かべた。
「あなたは独り立ちしても上手くいく方ね。私なんて人生ろくなことだらけで成功した試しも無いわよ」
「ふーん、そんなに強いのに成功してないの、なんで?」
条件などそっちのけで奏莓はキャロルの言う人生談に興味があった。あんなに強いのにろくなことが無い、失敗していると言うキャロルの人生が気になったのだ。もしかしたらその人生談を聞ければ何かキャロルの弱点が分かるかもしれないと思ったからだ。とは言っても失敗だらけの人生なのだ、彼女はきっと話したがらないだろうと同時に奏莓は思った。
しかし、それとは裏腹にキャロルはニヤニヤと笑みを浮かべて「聞きたいの?」と奏莓に言った。聞けるのであれば聞くと始めから決めていた奏莓は顔を頷かせた。
「そうね、まずは何から話そうかしら。エンジェルバレットに参加したことかしら、謎の招待状が届いてね。あなたにぴったりの舞台を用意したとか書いてあったからね、それで行こうとしたら妹も行くとか言い出して、それで一緒に行ったわけ」
キャロルはもの懐かし気に言い、缶ビールを一口、二口飲むと再び続きを語りだした。
「相手はね、私と妹以外はジャップが多かったわね。まあ、日本での開催だったし当たり前よね」
「ジャップってなに?何かを指してるのは分かるけどなに?」
奏莓の素朴な質問にキャロルはしまったという顔をして頭に手を当てて言った。
「すまん、叔父の癖がうつったようだ。つまりは日本人だ。叔父は日本人嫌いでね、そう言って馬鹿にするんだよ。同じ人間なのにね、おかしいものよね」
キャロルの説明で奏莓はある程度は予測できた。どうやらジャップと言うのは日本人のことを指し、それが馬鹿にしている、軽蔑するように使うものだと理解した。しかし奏莓はあまりそう言ったことなど気にせず「へぇー」とだけ呟きキャロルの話の続きを待った。
「まず初めに戦った相手は、とにかく甘い奴でね。人を殺さずにシルバーバレットを取ろうとしたのよ。その時はまだ私も若かったし経験も浅かったから負けて逃げた、いや逃がして貰えたわ。しかもシルバーバレットを取らずにね」
「その人、馬鹿なの?それともルールを知らないの?」
流石の奏莓も呆れてため息を吐いてキャロルにと聞いた。しかしキャロルもその真意は分からない、そのためただ「どうかしら」とだけ返した。
エンジェルバレットは殺し合いのゲームだ。相手のシルバーバレットを取り合う、そのためには相手の命を奪うのが当たり前なのだ。それなのに、キャロルの言うその者は殺さずにシルバーバレットを取ろうとしたのだ。しかも、キャロルの言い分では勝ったのだ。そして勝ったのにも拘わらず殺さず、ましてはシルバーバレットを取らずに逃したのだ。奏莓ならば絶対にそのような事をしない。そのような事をすればまた敵として来るだけだろう。最悪は強くなり復讐に来るかもしれないのだ。
「まあ、その後が問題なんだけどね。その後なんやかんやで妹と協力しながらシルバーバレットを手に入れてったんだけど妹が捕まってね。そいつがシルバーバレットと私の愛銃を要求してきたんだっけ?詳しい取引は忘れたけどそんな感じだったわ」
「それで、キャロルはどうしたの?渡しちゃったの?」
奏莓は続きを急かすようにして聞いた。その反応にキャロルは大笑いをして「まさか」と言い続きを語りだした。
「最初に言った奴に手伝ってもらってね、それで妹を助けた。今思い出しても皮肉よね、逃がしてもらった相手に助けてもらうなんて」
しんみりとした声で、呟くように言い缶ビールを口にと流し込んだ。キャロルの目は悔しそうでどこか嬉しげな気持ちがこもっていた。
「まあ、私としてはそいつに借りができたからね。ある程度の手伝いはしてあげようと思ってしばらくは裏であいつに手を貸してたわけ。だけどね、その後もやらかしたわ。特に、アレは才能って言うのかしらね?産まれながら殺しの才能を持った男と言ったところかしら」
その言葉は心からの称賛であった。あのキャロルが心から称賛をするとは奏莓も思っておらず、身を乗り出してその男が一体どのような人物だったのか知りたく聞いていた。その様子をキャロルは制するように両手を出して「待て待て」と言った。
「結構昔だったからね、名前はまた調べてみるけど分かることと言ったらアレね。使っていた銃がM19だったわね、マグナム弾が使えるから会ったとしても安易にちょっかい出すんじゃないよ」
「分かってるわよ、師匠がそこまで言うほどなんだからヤバいんでしょ」
「そうそう、分かればいい。って!?今師匠って言ったわよね。さらっと言ったから気付かないところだったわよ」
奏莓が気付かないように言った、師匠と言う言葉にキャロルは聞き逃すことなく、正確にはギリギリのところで気付いたのだがキャロルはお構いなしに肘を突いた。それを嫌そうな顔で奏莓は舌打ちをし、顔を逸らした。その様子を見てキャロルは何を思ったのか、奏莓の頭の上に手を乗せて優しく頭を撫でた。
「奏莓はさ、私が嘘をついてたら許さない?それとも許してくれる?」
「な、なんなの急に。確かに嘘をついていたら許さないけど、それが誰かを傷つける噓なら許さない。父さんが、優しい嘘もあるって言ってたから」
急に頭を撫でられた奏莓は少し焦りながら、嫌ではないがどこか心がかゆく、むずむずするものがあった。その気持ちを必死に抑え、隠しながら奏莓の父、功成の言葉を思い出してそう言った。
「私は、キャロルの、師匠のことについては知らない。それに師匠が仮に嘘をついていたとしても私には関係の無いことだと思う」
「そっか、変に気をまわしちゃって損したじゃない。さて、さっきの話の続きだけどね。とにかく私はそいつに負けたんだよ、しかも相手は鼻歌をするほどの余裕があったらしくてね、私との戦闘中ずっと鼻歌を歌ってたのよ」
「そんなに、でも師匠は生きてるのよね?負けたのなら死んでいる方が正しいんじゃないの?」
率直な問い掛けにキャロルは思わず苦笑を漏らした。
「そうね、確かに死んだよ。でも、それは私が生きようと足掻いていなかったらの話。昔の話なのかボケが始まったのかは分からないけどその時のことは詳しく覚えていなくてね。唯一覚えているのが、生きたいって想いだけよ」
その時の事はキャロル自身も本当に覚えていなかった。昔の話と言いども生と死の瀬戸際だったのだ、とてもではないが正確に覚えているものでは無かった。曖昧な記憶を辿るのがめんどうくさいキャロルにとっては「覚えていない」の一言で終わらせるのが楽であった。
「負けてばかりなのね、師匠って。てっきり昔から最強だって思ってた」
少し残念そうな声で奏莓は呟いた。今の話に自分が残念がる要素などどこにも無い筈なのに、ただ一つ残念だと言う感情が奏莓の心にはぽっつりと浮かび上がった。
「最強ね。ストロベリーにとって私はそう見えていたのかしら?だとしたら間違いよ、私はただ勝てる相手と戦って勝ってただけ。あなただってその一人よ」
「つまり、始めから勝ち戦だけをしてただけ?」
奏莓の問いにキャロルは少し考えてから立ち上がり言った。
「勝ち戦、ちょっと違うわね。相手との勝率を高めて私が勝てると思った相手としか戦ってない。勝ち戦しかしてないって言われたらそうかもしれないけどね」
キャロルの言い分の前半は否定しながらも、最終的には受け入れて言った。
そのことがどのように違うのかがいまいち分からない奏莓は首を傾げて考えた。それでも分からないことには変わりなかった。しばらく考えても分からなかった奏莓は立ち上がったキャロルの方を向いて「どう言うこと」と聞こうと振り向いた時だった、目の前には黒く輝く銃口が奏莓にと向けられていた。それが何を指しているのかが理解できて、理解できない奏莓は固唾を飲み込んでその銃口を見ていた。
「はい、今の話をしてあなたが考えてくれたおかげで私の勝率はここまで上がった、こう言うことよ。常日頃から会話で勝率を上げることを考えなさい。そうすればあなただって私みたいに強くなれるかもしれないわよ」
そう言うとキャロルは銃を内ポケットにと仕舞い込んだ。その様子を奏莓は不機嫌な様子で見つめた。不機嫌そうな様子を見て「なによ」とキャロルは平然な態度で言った。しかし、その平然とした態度が癪に当たったのか奏莓は「別に」と言って顔を背けた。
「そう言えば、アレのこと聞いてなかった。シルバーバレットをくれる条件。守るかどうかは別として聞いておく」
ふと何を思い出したかと思えばシルバーバレットのことであった。すっかり自分語りで忘れかけていたキャロルは「そう言えばそうね」と言い、自分も思い出すかのようにして言った。
「あなたが死ぬ前に私と戦いなさい、本気で。もしもそれで私に勝てたらそのシルバーバレットは好きに使いなさい。更に言えば何か一つ命令を聞いても良いわよ」
「命令って、なんでもいいの?」
「ええ、良いわよ。だけど、どうせ勝つのは私だろうけどね。買い足しに行くけど何か買ってきて欲しいものある?」
キャロルは自分が勝つことが前提の上で言い、奏莓に「買い足しに行く」と宣言した。別段欲しいものが無かった奏莓は「別に」と言い、何もないことを示した。キャロルは奏莓の「別に」の言葉に「ふぅーん」とだけ呟き買い足しにと向かってしまった。
再び家には奏莓だけの空間ができた。父が入院してから一人になることには慣れていた。それよりも常日頃から誰かといることの方が少なかった。むしろ最近までは一人の方が生きやすく、誰の指図もされずに楽だとも思えるようになった。
だが、キャロルとの生活はそこまで悪いものではなかった。むしろ誰かといることが心地よい、それは言い過ぎかもしれないが誰かと共にいることの有難みを感じた。




