ファーストバレット2
キャロルが奏莓の家に居座るようになって五日が経った。キャロルは宣言通り奏莓にある程の戦闘技術とエンジェルバレットでの注意点をしっかりと指導していた。
元からある程度の射撃能力はあったが、問題となったのは戦闘の面であった。奏莓の戦闘のスタイルはそこまで精鋭されたものではあらず、キャロルの目からは動きの一つ一つが無駄のある動きに見えた。そのためそれを重点に置いて訓練をさせていた。そして今日も特訓をするためにキャロルは奏莓を廃ビルにと連れ込んでいた。
「はい、これで負け。やっぱり無駄が多いわよ、ストロベリー」
キャロルは膝を付いている奏莓にと銃口を向け、打ち取ったと言わんばかりに自信に満ちた笑みで言った。それに対して奏莓は何に怒るでもなく舌打ちをした。
「そんなに悔しい?ただの模擬戦だよ。それに、ストロベリーの動きは単純かつ隙が出やすいわよ」
「隙が出やすいって、どうしろって言うの?」
キャロルは膝を付いている奏莓にと手を差し伸ばした。奏莓はキャロルの手を掴み立ち上がり答えを待つかのようにキャロルを眺めた。
隙が出やすいとは言ったがそれは簡単に直せるものでは無かった。奏莓の動きに生じる隙の多くは深読みしすぎるために生まれるものがほとんどであったのだ。もちろんそのことはキャロルにはお見通しであった、しかし先も述べたように直すのが難しいのだ。何故なら、最終的に深読みすることを戦略的に戦いに組み合わせるかどうかは個人の趣向とも言えるほどの勝手であった。そしてキャロルの場合は、深読みすることがめんどくさいため動きの殆どが思い切りと突拍子のばかりの行動が多い。そのため野性的とも言える行動が多々あるのもそれである。
「そうね、まずは戦闘に勝つことだけを考えなさい。ストロベリーの場合は深読みしすぎて攻撃に迷いが生じるのよ。まずは考えるんじゃなくて体を動かしなさいってこと」
「・・・分かった。それと、なんで私のことをストロベリーって言うの?」
素朴な質問であった。なぜ自分の事を奏莓では無くあだ名で呼ぶのかと言う。
キャロルが奏莓の事を奏莓では無く、ストロベリーと言い始めたのはつい昨日の事であった。初めはキャロルの知人か誰かと思ったがキャロルに言われてそれが自分だと言う事が分かった。別にこのあだ名が嫌いなわけでは無かったが、同時になぜストロベリーなのかを奏莓は知りたかった。
「そうね、あなたの名前が奏莓だから。ほら、最後の方の漢字がいちごの漢字でしょ、だからストロベリー」
「そう言うこと。じゃあ、前から気になっていたことだけど、名前教えて。なんて呼べばいいか分からな」
その質問にキャロルを鳩が豆鉄砲を食ったよう目を丸くして奏莓を見た。どうやら自分は彼女に名乗らせておきながら自分の名前を言ってなかったようだ。その迂闊さにキャロルは自分の頭を掻いて申し訳なさそうにして言った。
「あぁ、私の名前はキャロル・クイーンだ。キャロルでいい、と言いたいところだがここでは先生か師匠とか敬意をもって接しなさい」
キャロルは自信気に腕を組んで奏莓を見下ろすようにして言った。その様子が奏莓はなぜキャロルのことを先生、師匠など敬意をもって接しなければいけないのか分からず、首を傾げて「どうして」と言った。
「まず言っておくけど、あなたは私に色々と教えてもらってるでしょ?例えば、一括りするなら、そう。エンジェルバレットでの生き方。本来であったら誰も教えてくれないけど私が教えてあげてる。だから、先生か師匠。アンダスタン?」
その理由に奏莓は半場呆れて「はいはい」とどうでも良さげに言った。その反応がキャロルには求めていた通りの反応では無かったのか、肘で奏莓を突き「なんだよー」と残念ながらも笑いながら言った。
「さて、そろそろ帰るか。さっさと身支度して帰る準備しなさい」
「帰るって、私の家なんだけど。それにしても、今日はいつもより帰りが早いわよ。何かあるの?」
身支度をしろと言われても何も準備する物が無い奏莓は棒立ちのままキャロルを見て言った。奏莓のその問いにキャロルは若干迷いながらも口ごもることなく率直に言った。
「殺し合い、意味わかるでしょ?ただの戦闘よ、私も行くとか言わないでね。あなたに死なれたら困るんだから」
奏莓が言おうとしたであろう言葉を言うと、その通りだったのか奏莓は苛立ちの目でキャロルを睨んだ。
その苛立ちは自分の強さを理解していない、理解しようとしていないキャロルに対しての苛立ちであった。確かにキャロルとの戦いは完敗であった。しかし、キャロルと戦う前までは奏莓は勝利を勝ち取っていた。その勝利が奏莓にとっては自信の源であり、今の自分が強いと胸を張って言える。しかしキャロルはそれを否定したのだ。これにはいつも静かで口数の少ない奏莓もむきになりキャロルにと近づいて強く、力んだ声を投げるようにして言った。
「死なれたらって、私だって戦える。それに、今までだって戦ってきた。あなただってそれは分かるはず。それに、父さんを救うにも普段の生活をするにもお金が必要なの」
淡々に強い声で喋る奏莓に対しキャロルは全くもって気にしておらず、平静とした態度で奏莓を見つめていた。
するとキャロルは奏莓の気を落ち着かせるためか、何やら歌の一部フレーズを歌い奏莓に問いただした。
「心に描く夢もなくて愛する人もいない、この歌知ってる?とは言っても英語の歌を日本語に訳したやつなんだけどね」
「洋楽なんて興味ないし知らない。何が言いたいの?今の話に関係ある?」
突拍子なキャロルの問いに少しは奏莓も落ち着いたのか、少し気を緩めて問い返した。それでもむきなのは変わりないのか、顔を背けてキャロルを横目で見るようにしていた。
「関係あるにはある。その歌の最初らへんの方が確かそんな感じなのよ。そして最後の方は・・・自分で調べなさい。あなたの場合は何か夢を持ちなさい、それも自分の為のね。そうすればあなたは強くなれるんだから。それまで私はあなたとは一緒に戦わない――そもそも今更あなたと共に戦えるとは思ってないけどね」
最後の一言だけ奏莓は聞き取ることができず「そもそも、なに?」と問い返した。しかしキャロルは聞こえないふりをするように奏莓の事など気にせず「行くわよ」と言い歩き出してしまった。奏莓は仕方なく、身勝手なキャロルを呆れたような目で見ながら後を追うかのように歩き出した。
今考えても不思議であった。こうして誰かと共に行動することが奏莓には初めてであった。しかもその相手は一度自分を負かした相手だ。本来であれば殺されることが運命的、必然的であるのがこのゲーム。そこに例外は無かった、今まで戦いがそうであった。奏莓がキャロルと会うまでに戦ってきた相手は自分よりも年上で、ある時はお金目当てのチンピラ、ある時はただの通り魔、ある時はセールスマンを装った者。十人十色と言っていいほどの者たちでありそこに例外は無く、死んでいった、殺していった。それなのにキャロルは自分のことを育ててくれた。育てると言ってもそれはエンジェルバレット、ゲームでの生き方を鍛えると言った意味でのそれであった。
なぜキャロルが自分を育ててくれるのかは奏莓には分からないがこれだけは分かった。キャロルは何故だか奏莓に真心をもって接していると。どう言った真心なのかは奏莓には分からないが間違いなくその名の意味通り真剣に向き合っているのだ。その真心に奏莓の良心は少なくともそれなりには向き合わなければいけないとは思っている。思ってはいるのだが、やはりあの性格では向き合うにも時間が掛かりそうであった。
しかし、時間が掛かる理由は性格以外にもう一つあった。それは自分が彼女に負け、生かされていると言う紛れもない事実であった。その敗北の味を噛みながら自分は彼女に生かされているのだ。その事実が奏莓には何分くるものがあった。それは、彼女に対しての劣等感と勝った者に生かされると言う屈辱的なものであった。今までのようであれば奏莓はきっと、特に気にしないで入れたが彼女のような能天気、陽気な彼女に負けて生かされるとなると精神的にも屈辱的であり、この程度のものだった、そんな者に自分の夢を壊されたのだと思えば思うほど気が苛立った。
彼女を今、背後から撃つことはとても容易だろう。しかし、それでは自分は所詮闇討ちをしなければ勝てない者と称されるだろう。誰に称される訳でもなく奏莓は自然とそう思い込むようになったのだ。それは奏莓にとって初めてのプライドと言えるものであった。
「はーあ。まったくもって最悪だ、ルガーを壊す羽目になるし。あんただったらどうする?」
地面に広がる血の上に横たわるように転がっている死体を見ながら壊れたキャロルの愛銃のルガー・ブラックホークを片手にキャロルは愚痴をこぼして暗闇で明かり一つもない影の方に言葉を投げた。
状況はとても良いものでは無かった。夜遅いこの時間にキャロルはシルバーバレットを持っていた男を殺し、同時に愛銃を壊してしまったのだ。そして、言葉を投げた先には誰かが居るのだ。愛銃が壊れ、武器一つ持たない現状で誰かが襲い掛かって来たらキャロルはまともに太刀打ちできない、そのためこの状況はとても良いものでは無かった。
「そう警戒しなくていいぞ。お前は俺のことを知っているはずだ、クウェール」
影の奥から足音共に現れた男は、この殺伐とした空間には似つかわしいスーツ姿でキャロルの前にと現れた。その男に対してキャロルは悪態の表情で「あぁ」と睨み付けて言った。
「久しぶりだな、久遠。いや、今はガブリエルか。どうだ?参加者から主催者になった気分は」
「悪くはない。前回のエンジェルバレットで勝って手に入れた地位だ、上手く使わせてもらうさ」
ガブリエルはポケットから一丁の銃を取り出しキャロルにと狙いを定め、その銃のハンマーを起こした。その一連の動作にキャロルは避けようとも防御しようともせずただガブリエルの顔を見ていた。
銃弾を放つ予備動作をゆっくりとするガブリエルを前にキャロルはいくらでも逃げる時間はあった。しかしキャロルは逃げるや身を守るような仕草をする必要が無いと判断したのだ。何故ならば彼は絶対的に自分に攻撃をすることができないとキャロルは判断したのだ。するとその判断通りなのか、ガブリエルは構えていた銃を下しため息を吐いて言った。
「なぜ、そうした?」
「忘れたか?ガブリエル。主催者である者はエンジェルバレットに参加していながら人を殺すことができない。私たちが参加した、初めのエンジェルバレットのルールだ」
「だから何もしないか。頭の回転ではお前には勝てないな」
そう言うとガブリエルは頭を掻き、さも困ったことを装う顔を浮かべた。その様子をキャロルは相かわらず張り詰めた悪態の顔でガブリエルのことを睨みつけていた。
彼女がガブリエルを睨んでいる原因は彼の行動にあった。ガブリエルが幼い奏莓にエンジェルバレットの参加者としての資格を与えたことにあった。
キャロルの知り得る記憶ではガブリエル、久遠であった頃の彼の性格はとても正義心が強く、言うなれば漫画やアニメなどの主人公のような性格であった。そんな彼が幼い少女を命を懸けた戦いに巻き込んだと考えると、かつて戦った相手、強者として認めたキャロルにはとても心の良いものでは無かった。
「そう睨むな。俺はただただ彼女に救いの一手となり得るものを与えただけだ。それを判断したのは彼女だ、彼女の尊重も認めるべきでもあるぞ。お前のそれはただの自己満足なんだよ、人を救った気でいる自分勝手な自己満足なんだよ」
ガブリエルはキャロルを追い詰めるように指を指し言った。キャロルはガブリエルの言葉を振り払うように右腕で振り払い、いつもに増して感情的な声を上げた。
「黙れ、確かに自己満足かもしれない。だけど、だけどそれと同時に思ったさ、私はまだ弱いってさ。もっと早くに気付いていればこうにもならなかったもね。だから私はこれから守る、今まで守れなかった分を今からね」
「それがお前の答えか?そこに嘘偽りはないんだな?」
ガブリエルは再確認するように問いただした。キャロルからは言葉では無く、熱く、熱情的な瞳が返ってきた。その瞳は決意に満ちた魔晶のような輝きであった。その輝きにガブリエルは満足げな笑みを浮かべて一丁の銃をキャロルにと投げ渡した。
キャロルは手にしていたルガー・ブラックホークを投げ、代わりにガブリエルが投げた銃を受け取った。キャロルはまじまじと銃を見ると、そこにはS&Wと会社名のロゴと、M29とCherubimと銃身に彫られていた。
「どうだ?お前好みの銃だと思うんだがな。長距離での場合も考え6.5インチにしてあるぞ。守るんであれば世界最強を誇る物がいいだろ」
「ホント、良い趣味してるよ。分かったよ、そこまでするんだったら守ってやるよ。私の命が尽きるまで奏莓を守ってみせるさ」
挑戦的な態度を取り、声をガブリエルにと放ち、新しく手に入れたM29の銃口をガブリエルの顔にと向けた。一方のガブリエルは彼女の挑戦的な態度に満足げな笑みをこぼし「じゃあな」と手を振りガブリエルは霧が晴れるように消えていってしまった。
どうやら彼は完全にこの場所から去って行ったようだ。それでもキャロルは目の前にガブリエルがいるように見えるのか、さっきまで彼がいた場所を見定めて言った。
「願わくば、彼女が勝つまで生きてたいものね」