第三章 33 魔女と箒で空の旅
「空を飛ぶって……」
呆れた様子のユーリに、わたしは胸を張る。
「もちろん、ユーリの力も貸してもらわないと飛べないから協力してほしい」
「いや、協力してもいいけどさ……突拍子なさすぎじゃねえの?」
ユーリは空を仰ぐ。兵士長は一旦わたし達を放っておくことにしたらしく、兵士たちに指示を飛ばし始めた。
「それに風魔で叩き落すなんて出来るのか? 仮にも竜だろあいつら。そこまでの力が……」
「ユーリ」
わたしは静かにユーリの名前を呼んだ。笑みを浮かべてじっとユーリを見つめる。ユーリは流し目でわたしを見たのち、諦めたかのようにガシガシと頭を掻いた。
「わかった。やろう」
「ナイス。ユーリなら乗ってくれると思ってたよ」
「ほぼ脅しみたいなもんだけどな」
ユーリはわたしの跨っている箒を見て「それで」と眉をひそめる。
「それをどうすればいいんだ? 浮かせればいいの?」
「うん。わたしは風魔使いたいから、操縦はユーリに任せたい。だから、一緒に乗ってよ」
わたしはするすると後ろに下がり、前を空けた。そこそこ長い竹箒だ。二人乗りくらい余裕だろう。
「…………」
ユーリは嫌そうな表情を見せてから、覚悟を決めたようにわたしの前に乗る。柄を掴んで前傾姿勢になったユーリは、首をこっちへ向けてわたしを見た。
「これで合ってる?」
「合ってる合ってる」
そもそも箒の乗り方に正解不正解があるわけでもないとは思うけど。それにしても、ガチの姿勢だ。箒レースの一位をマジで狙いに行く顔をしてる。フルフェイスヘルメット被せてゴツいバイクに乗らせた方がいいくらいの迫力あるよコイツ。
「ビックリするほどファンタジーじゃないなあ……」
思わず零したわたしの呟きは聞こえたのか聞こえなかったのか。その真偽はわからないけど、ユーリはまた顔を前に向けて言った。
「魔女の本気見せてやるよ」
「ひぃぃ、怖」
わたしはきゅっとユーリの腰に抱き着くと、兵士長を振り返った。
「すいません、わたし達空に行ってくるので移動しておいてもらえますか。可能な限りでいいんですけど」
「ああ。どこへ動けばいい?」
「魔法陣より前に行くつもりで。確かそこは結構広いスペースがあったはずなので」
そう伝えると同時に、箒がふわりと浮き上がった。わたしは上を見上げる。
わたしの能力にはブレがある。そもそもの実力が足りないのもあるんだけど、それにしても波がありすぎる。これは、ある程度わたしの精神状態に左右されているんじゃないのか、と推測をつけたわたしは、少し勝負に出ることにした。
ぐんぐんと上昇するユーリに、わたしは声をかける。
「飛ばしすぎじゃない? 大丈夫?」
「ここで出し惜しみしてても仕方ないだろ。あー、高い。高い高い。落ちたら死ぬかな……」
ユーリが下を見て何か呟いている。そういえばユーリって高いところ苦手だったっけ。なんか申し訳ない気がしてきた。もう戻れないけど。
「今更なんだけど、あんまり高い位置で風魔使っても叩き落せないと思うんだよね」
わたしはユーリの背中に向かって声をかけた。そもそも、どれだけ上手くいこうが所詮はコピー。本家を超えられない時点で、たかが知れている。
「それで?」
「それなりに下の方まで引き付けてから落としたい。そっちの方が確実だと思うんだ」
「……つまり?」
ユーリの声のトーンが沈んでいる。わたしが何を言いたいか予想がついたのだろう。
わたしは胸を張ってこたえる。
「適当に箒を操縦して、ある程度の高さまで誘導してほしい。もちろん、わたしもサポートするから! ってか、ユーリには高度を維持してもらってわたしが動かすってのもアリだし」
「ねえよ、そんなのお前に任せたらロクなことにならないだろ! 二人して振り落とされるのがオチだ」
はあ、とユーリがため息をついたのが聞こえた。少し無言の間があいて、それからユーリがわたしを振り返った。
「今から動くから、絶対振り落とされるなよ。落ちたら回収できないからな」
「ユーリ様最高!!」
わたしが叫ぶと同時に、箒が一気に上昇した。ほとんど箒が縦になってるような状況。なんだか、ジェットコースターが落ちる前にぐんぐん昇ってくのを彷彿とさせる感じだ。
わたしはユーリにしがみつきながら空を見上げた。風を切る音が気持ちいい。
空を昇る箒は、竜の群れの前でぴたりと停止した。わたしとユーリは、竜の群れと数秒見つめあう。何とも言えない、両者無言の時間が続いたのち、
箒が急降下した。
ジェットコースターだ、と落ちながら思った。どんどん昇って行って一瞬止まってすぐに滅茶苦茶なスピードで落ちるのも同じ。それならやらなければならないことは、ただ一つ。
「うわああああああああっ!」
わたしは大声で叫んだ。ジェットコースターに乗ったらやるべきことは絶叫することだろう。絶叫系のアトラクションだもんね。
「グギャアアアッ」
ついでに後ろからは竜の大群がついてきているという、スリルも満点だ。全力で叫ぶわたしに、操縦しているユーリが叫び返してくる。
「うるせえ! 叫びたいのはこっちだ! こんなの死ぬって!!」
叫びながらも声が震えているところから、マジで怖いのだろう。それでもわたしのために操縦を頑張ってくれているのだから、わたしも頑張らないといけない。
遊園地気分から、ちゃんと戦闘モードに切り替える。風魔を使う右手へと意識を集中させる。
周りの音が、少し遠のいたような気がした。
箒はスピードを上げながら、空を縦横無尽に飛び回る。ほとんどの竜がわたし達を認識し、わたし達の後をついてきているような状況。
「うわっ!」
わたし達のすぐ横を、火の玉がかすめた。箒が慌てて右に逸れる。わたしは背後を振り返って、竜の様子を窺った。
わたし達という目の先のターゲットに、しっかりと引っかかってくれている。これ以上引っ張って総攻撃を食らっても嫌だし、もうそろそろいいだろう。
わたしはユーリに向かって叫んだ。
「降下して!」
その指示と同時に、また箒が降下した。竜たちもわたし達を追いかけて、ぐんぐんと降下してくる。わたしはすぐに呪文の詠唱に入る。
「『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ、転移』!」
転移先は、今よりも少し上空!
わたし達は転移した。足元には、わたし達を追いかけていた竜の大群がいる。
「よっしゃハマった!!」
わたしは満を持して、右手を突き出した。今なら、成功する気しかしない。わたしは高らかに叫ぶ。
「『風魔』っ!!」
ゴウッと暴風が吹き荒れた。急降下してスピードが乗っていた竜たちは、風に乗せられてより一層速いスピードで地面へと落ちていく。この風量なら這い上がってくることもないだろう。
「ばっ、合図くらいしろよ!」
箒まで暴風にあおられ、ユーリが焦ったように持ち直す。ぐらぐらと揺れる不安定な箒の上で、わたしは落ちていく竜たちを見下ろしていた。
「兵士長たち、後はよろしく!」
わたしに出来るのはここまでだ。あとは地上組に仕事をしてもらうだけ。
「彩、もう終わりでいいか……?」
「ごめんごめん。もう戻ろっか。マジでありがとね、ユーリ」
弱り切ったユーリの問いかけに、さすがに申し訳なくなってきた。わたしはポンポンとユーリの背中を叩く。
「いいよ。ただ、もう二度とやらない。じゃあ戻るぞ……」
ぐったりとした様子でユーリが箒の柄を握り直した。やっぱりユーリは魔女じゃないな、と思った。だってこんなにも箒が似合わない。
「よし、しゅっぱー…………」
つ、と元気よく手を突き上げるつもりだった。しかし、その直前に聞こえたジュッという何かが燃えるような音と、焦げ臭いにおいに何か嫌な予感がして、途中で言葉が途切れてしまった。
「え…………?」
わたしは恐る恐る振り返った。わたし達の上には、さらに別の竜の群れ。さらに、わたしのすぐ後ろ、箒の穂先には。
真っ赤な火が灯っていた。




