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第三章 32 援軍

「ありがと、助かった。行ってくるよ」


 私が魔法陣に戻ると、ちょうどユーリがここを離れようとしているところだった。一瞬ユーリと目が合って、すぐにすれ違う。わざわざ挨拶を交わすほどの間柄でもないとお互いに認識しているのだろう。


 「お待たせ」と二人に声をかけると、リンが眼鏡を上げて微笑んだ。


「気にしなくていいよ。お疲れ様。それじゃあ始めようか」

「ええ」

「はいっ」


 セイは緊張しているのか、どこか上ずった声で返事をした。いや、緊張しているのは私も同じだろう。握った手が汗ばんでいるのが自分でもわかる。


 私は預かっていた結晶を取り出して、魔法陣の中心に置いた。


「よし、後はこのエネルギーとやらを使って魔法陣を発動させるだけだ。みんな、全力で魔力を解放して」

「魔力の解放?」

「そう。まあとにかく、魔法陣を発動させるために集中すればいいってことだよ」

「なーんだ、簡単ですね」


 セイが明るく笑った。セイの笑顔にはまだ馴染めないから、私は曖昧に微笑み返すだけだ。気まずくてすぐに魔法陣に向かって手を伸ばした。


「せーので始めるよ。準備はいいかい?」


 リンの背後、上空には竜の群れが迫ってきているのが見えた。奴らに邪魔される前に、完全に魔法陣を発動させないと……。


「せーの!」


 リンの掛け声と同時に、私は全神経を魔法陣に集中させた。結晶がふわりと宙に浮き、淡く魔法陣が青色に発光する。


「魔法陣の光をもっと強めるんだ! 眩しくて目も開けられないほどに!」


 リンの声が聞こえる。竜が迫ってきているのを感じながら、それでも落ち着いていられる自分がいることに気が付く。

 竜のことは彩たちに任せて、自分たちは魔法陣に集中する。それがなんだか心地いい。


「わかった!」


 私は声を張り上げて、より一層魔法陣へと魔力を注ぎ込んだ。



***********************



「『幻惑』!」


 わたしは遠くに見える魔法陣に向かって唱える。『幻惑』で魔法陣がまるでこっちにあるかのように仕掛けた。これで、幻惑に引っかかった竜たちがこっちへ来てくれるはずだ。引っかからない竜もいるだろうし、全部引き付けられるわけじゃないけど、それでも少しは役に立てるはず。


 竜の群れは、わたしに向かってまっすぐに向かってくる。近くに来ると余計に思うけど、どう考えたってわたし一人の手に余る。下手したら死ぬというか確実に死ぬ。ユーリ、ユーリはどこだ!?


「いや、誰かに頼ってる暇なんてないか。意識さえ繋ぎ止めれば治癒で生き延びられるんだ。能力耐性の雑魚っぷりを逆手にとれ吉田彩」


 逃げ腰になる自分に喝を入れ、わたしは竜に向き直る。


「『風魔』」


 鋭く、奴らを切り裂くような風の刃を!


 放たれた風の刃は、イメージ通りにカーブを描いて竜に直撃する。セイの戦い方を見ていて思ったけど、竜は馬鹿正直に一匹一匹とどめを刺していかないといけないわけじゃない。地に落としてしまえば割とこっちのものだろう。


「だから翼を狙っていく! 『風魔』!」


 接近戦になる前に、なるべく数を減らしておきたい。全力で風魔を使い続ける。


「ギギィッ!」

「っと、『風魔』!」


 いつの間にか背後に回ってきていた竜に、すんでのところで気づいて風魔で吹き飛ばす。転がった竜に、すかさず水の魔法と氷魔の重ね掛け。ガチンと凍り付いた竜を見て満足していると、またすぐ近くから竜の鳴き声が聞こえた。


「『風――」


 駄目だ、間に合わない……っ!

 振り返りざまに唱えたものの、今度は発動が間に合わないことを直感した。流石に使用までの間隔が短すぎる。


「――っ!!」


 思わず目を瞑ってしまった。襲い掛かってくる痛みはどれくらいのものなんだろうか、なんて諦めの感情だ。どうかそこまで痛くありませんように……!



「…………?」


 しかし、予想していた痛みは襲ってこなかった。恐る恐る目を開けたわたしは、目の前に一人の獣人が立っていることに気づいた。


 剣を構えたその人の足元には、斬り捨てられた竜が何匹か落ちている。振り返った瞬間に逆光に照らされたのは、間違えるはずもない、トラの兵士長の顔。


「ひっ!?」

「悲鳴を上げるな腰を抜かすな! 大体、目を閉じて攻撃を受けるのを待つなど言語道断だ!」

「ひいぃっ!」


 思わず後ろにひっくり返ったわたしに、怒声が浴びせられる。存在がトラウマなのに、そんな人に怒鳴られたら結構な精神的ダメージを食らう。「すいません……」と震える声で謝った。


「謝る暇があれば立て」

「は、はいっ。えっと、助けてくれたんですか……?」

「別に俺はお前たちを認めたわけじゃない」


 また兵士長に突き放すように言われ、うっと言葉が詰まる。今すぐ逃げ出したいこっちの気持ちもわかってほしい。


「だが、我らがライオネス王は、お前たちを信じると仰った。主の命には従うしかない。というわけで、だ」


 ギギ、と何かを引っ張る音がした。ハッとして音のした方を振り向くと、大勢の兵士たちが弓を構えるところだった。


「射貫け!」


 兵士長の合図と同時に矢が放たれた。矢は風を切って、曲線を描きながら飛んでいく。矢がわたしの視界いっぱいの空を覆いつくし、竜を次々と撃ち落としていく。


 ぽかん、とその様子を見つめるわたしに、トラの兵士長は言った。格好いい紋章の入ったマントが、風ではためいた。


「お前らだけに任せるほど、俺たちは腑抜けじゃない。援軍だ」

「兵士長っ!」


 わたしは感激のあまりに叫んだ。

 この人の存在が、トラウマから怖い救世主に転換するという劇的瞬間。兵士長は鬱陶しそうにわたしを見下ろした。


「俺にはわからんが、ここまで生き残っているのならお前にもそれなりに戦う力があるのだろう。それなら早く立って戦え」

「はい!」


 わたしは元気よく返事をして立ち上がった。とは言っても、ここから届く範囲の竜たちはほとんど弓部隊が相手をしていて、わたしの出る幕はなさそうだ。


 やっぱり魔法陣の方にもこの人たちを誘導するべきだろう。そう考えて、「兵士長さん」と声をかける。


「まだ人いますよね。あっちでわたしの仲間が魔法陣を発動させてる途中なんです。その付近を護衛してもらえると助かります」


 わたしがこっちにいたのは、少人数で相手をするには見通しがいい場所じゃないといけなかったからで、これだけ人数がいるならバラけた方が効率がいいだろう。


 兵士長はわたしを見ると、悩まし気に唸った。


「人数がいることにはいるんだが、残りは剣を持っている奴らばかりでな。さっきのように降下してくれたら斬れるんだが、ああも空を飛ばれると敵わない」

「なんで連れてきたんですか」

「もちろん遠距離攻撃が得意な奴らを多く連れてきたが、そもそも洗脳が解けていない奴もいる。だから弓部隊だけでは人数がまかなえず、こうして剣を使うやつらを連れてきたんだ」


 そういえば、洗脳が解けている人はどれくらいの人数がいるんだろう。確かにその問題が片付いていないのなら、むしろこの人数かき集めてきてくれたことに感謝しなきゃいけないほどだ。

 

 ありがとうございます、と改めて頭を下げたとき、「彩!」と名前を呼ばれた。


「ユーリ?」


 間違いない、ユーリの声だ。振り向くと、ユーリがこっちへ向かって走ってきているところだった。

 ユーリはわたしの近くまで来ると、兵士長とわたしを交互に見て眉根を寄せた。


「……とりあえず、平和そうで良かったよ」

「ユーリ、どこ行ってたの? 怪我は?」

「魔法陣の近くで、彩が取りこぼした竜を片付けてた。そしたら急に矢が飛んできてさ。慌てて退避してきたってわけ」


 ユーリはトントンと靴の先で地面をたたく。わたしはユーリに「ありがと」と言うと、空を見上げた。向こうの方からまた、次の竜の群れが近づいてくるのが見える。


 あいつらの相手を出来るのは、弓部隊とわたし達。剣の人たちはどうやっても届かないだろう。大体剣の舞台って地上だし……。


 そこまで考えたところで、わたしはハッとした。


「兵士長さん、下降してきたら竜なんて目じゃないって言ってましたよね」

「そこまでは言ってないが」

「じゃあ、試してみるか」


 わたしは近くの建物に立てかけてあった、古い竹ぼうきを手に取った。ユーリが少し引き攣ったような笑みを浮かべる。


「彩、何考えてるんだ?」

「知ってる? 人間界の魔女って、こういう箒に乗って空を飛ぶんだよ。そういえばどっかの本物の魔女も乗ってたような気がするんだけど」


 わたしは竹箒にまたがって、ぴょんぴょんと跳ねて見せた。兵士長はわたしの気楽な態度に腹を立てたのか、「何を考えてる」と苛立ったように声をかけてきた。


 わたしは笑う。


「今から空を飛んで、空の竜を地面にたたき落とすんですよ」

 

 無理やりにフィールドを変えてやる。それが、わたしの作戦だ。



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