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第三章 31 地上へ

 立ち上がったわたしは、すぐにユーリへと駆け寄った。ばしゃ、と踏んだ血が跳ねる。


「ユーリ、大丈夫!?」

「ああ。別にこの程度じゃ死なないよ。ってか死ねないから、大丈夫」


 ユーリは笑う。お腹や腕の辺りが特に裂けていて、そこから血がどろどろと流れている。どう考えても重傷で、そもそも不死だから大丈夫とかそんな話じゃないんだ。

 「『治癒』」と唱えようとしたところで、ユーリに制止された。


「それは、また後でリンにやってもらえばいい。彩の体力を余計なことに割きたくないしな。肩貸してくれればそれでいいから」

「……でも」

「お前が無理したらここから出られないだろ。そしたら作戦は全部破綻だ。仲間のことを考えるのなら言うことを聞け」


 正論で殴られ、わたしはうっと言葉を詰まらせた。自分の気持ちにセーブをかけるように深呼吸をして、それからユーリの肩に腕を回す。


「そっちこそ無理しないでよ」

「無理してないよ。魔女をなめるな」


 ユーリの体は軽い。どこからどう見ても痩せすぎだろってなるくらい不健康な痩せ方してるから、軽いのは予想できてたんだけど、それでも少し驚いた。


「ユーリ、一つ聞いてもいい?」

「いいよ」

「クロスの言ってた、我が主って誰?」


 ユーリがふっと息を吐きだす。横顔が青白い。


「当時の、空の守護者の姫。アイツが仕えてた。忠実なしもべだったらしい」

「お姫様に? それなのに、クロスは空の守護者を滅ぼしたの?」

「ああ。まあ、いろいろあるんだろうな。知らないけど」


 いろいろ。そのいろいろって何なんだ。あのときのクロスの様子は、確かに今までの禍々しいものとは違っていたように思える。


「クロス、強かっただろ」

「うん」

「あれで本気じゃないからな。お前が相手にしてるのは、そういうやつだ。計り知れない。今のままじゃ到底敵わない。今のは油断していたクロスの、ほんの僅かな足止めに過ぎない」

「うん」


 今のは本当に小さな抵抗だったのだろう。辛うじて退けたレベルだったのだろう。それはわたしにもわかった。

 

 「彩」と、俯いたわたしをユーリが呼ぶ。顔を上げるとユーリの青い目があった。真っすぐな青い瞳。


「でも、幸運なことに、お前にはクロスに対抗する力があるかもしれない。もちろん上手くいけばの話だけど。それでも、きっとお前はクロスに近いところにいる」

 

 ユーリの言葉に、わたしはぎゅっと手を握る力を強めた。


「上手くいけばって、具体的にはどんな?」

「そこまでは知らない。でも、多分知ってるやつはいるんじゃないか。……例えば、リンとか」

「リンが?」


 確かにリンは妖精図書館の館長で、知らないことをいろいろ知ってるけど。


 そんなことを話しながら、わたしとユーリはゆっくりと歩く。どうしてコイツ歩けるんだろうな、とぼんやり考えていると、ようやく大きな瓶の前に辿り着いた。

 わたしは瓶に触れた。ひんやりと冷たい。


「ユーリ、いい?」

「どうぞ」


 すぅっと息を吸った。ここで、ようやく研究所での役目が終わるのだと考えると、少しだけほっとした。


「『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。われらが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移』」


 わたし達を光が包み込む。わたしは目を閉じた。



 地上に戻ってきたわたしは、隣のユーリを支えながら顔を上げた。それと同時に、視界に飛び込んできたのは竜。咄嗟に「『風魔』!」と叫んだ。


 竜を後ろに弾き返し、わたしはユーリを見る。転移直後だからか、頭がとてつもなく重くてぐらぐらする。


「ユーリ、立てる!?」

「立てる立てる。ありがと」


 ひとまずユーリを支えて立ち上がり、わたしは周りを見回した。少し離れたところで戦っている人影が見える。きっとあれがナオたちだろう。


 周りには竜が大量にいた。わたし達が到着したところは魔法陣の上。エネルギーもあるから、奪われないように死守しないといけない。その間にナオたちを呼ばないといけないし……。


「『風魔』、蹴散らせ!!」


 邪魔してくる竜を振り払うように、わたしは風魔を使い続ける。と、一気に周りの竜にナイフが刺さった。わたしはハッとしてユーリを見る。


「ユーリ、能力使ったら……」

「別に好きにさせろよ。この程度心配しなくていいよ」


 また、目の前に降りてきた竜の頭にナイフが刺さった。隣でユーリが、苦しそうに呼吸している。大丈夫なわけないんだけどな、と思ったけど、それはぐっと飲みこんで叫んだ。


「ナオ! セイ! リン! わたし達だよ、迎えに来て!! 『風魔』!!」

 

 連続して使っているからか、風魔の威力も落ちてきた。伝い落ちた汗を拭い、急降下してきた竜を迎撃しようと顔を上げたとき、


 突然、竜の翼に穴が開いた。続けざまに胴体も撃たれた竜は、口を開けたままボトリと地面に落ちる。


「二人とも、大丈夫ですか!?」

「セイ!」


 わたし達の前に現れたのは、エドワルドさんから貰った銃を構えるセイだった。わたしは救世主を呼ぶかのような気持ちでセイの名を叫ぶ。

 セイはにっこりと元気な笑顔を見せたのち、ユーリを見てぎょっとした。


「え、ユーリ。どうしたんですか、生きてるんですか!?」

「生きてるよ。勝手に殺すな」

「今すぐリン呼んでもらえるかな。ちなみにわたしは無傷だから、安心して」

「それなら良かった、といいますか……。いやよくないんですけど。リンにも声をかけてきたので、もうすぐ来ると思います」


 セイは微妙な顔をしていたけど、すぐに銃を構えた。


「この波は大分片付きましたね。ここは狙われやすいので、彩先輩も援護お願いします」

「それはもちろん。竜はいつから現れ始めた?」

「少し前ですよ。ただ、あたしたち三人じゃ厳しいものがあったので、二人が戻ってきてくれて良かったです」


 竜を撃ち沈めたセイが、わたしを振り返って心底ほっとしたような笑みを向けてくる。わたしもあいまいに笑い返したところで、「お待たせ!」という声が聞こえてきた。


「リン!」

 

 こっちへ向かってくるリンの姿は、すごく久しぶりに見るみたいで、なんだか緊張の糸が緩んでしまった気がした。

 リンはわたし達の様子を見ただけで、大体の状況を察知したらしい。すぐにユーリのもとへ飛んでいく。


「どうしてこんな傷……研究所がそんなに危険だってわかっていたら、ボクもついていったのに……」


 ユーリを見て悔しそうな表情になるリンに、ユーリが「違う」と短く答えた。


「クロスだよ。クロスを呼び出す術を持ってる奴がいた」

「……それ、本当かい」

「本当。これからは、そういう術があることも頭に入れておいたほうがいいかもな」


 そんな話をしている間にも、みるみるうちにユーリの傷が癒えていっている。その様子を確認したわたしは、そっとユーリから離れて立ち上がった。


「じゃあ、わたしはもう一人に会ってくるよ」


 まだ姿を見せていないあの子に会いに行かないといけない。事情を伝えるのならやっぱりナオだろう。


 わたしはこの場を三人に任せ、走り出した。少し走った先の建物の角を曲がろうとしたところで、危うく向こうから曲がってきた人と正面衝突しそうになる。


「ごめんっ……なさいって、彩?」

「ナオじゃん」


 ナオはきょとんとした顔でわたしを見ている。危ない、ぶつかってたら命はなかったかもしれない。

 

 わたしはナオと向かい合うと、今来た方向を指さした。


「エネルギーはちゃんと持ってきた。魔法陣のところにちゃんとあるから、あとは頼んだよ」

「ありがとう、お疲れ様。こっちも大体の竜は片づけたけど、すぐにまた来ると思うわ」

「すごいな。じゃ、わたしは今から全力で竜片付けてくるよ。ナオたちの邪魔はさせないから」


 わたしがそう言うと、ナオはおかしそうにふき出した。それから、ピッとわたしの胸元に指をつきつけてくる。


「ありがとう。でも、無理は禁物よ」

「わかってるわかってる。じゃあね、ナオ。頑張って」


 パチンとハイタッチを交わして、わたし達は反対方向へと走り出した。


 この辺りは、城下町内でもかなり何もない場所なので、見通しがいい。空を見上げると、向こうから黒々とした雲のようなものが近づいてくるのが見えた。

 あの雲の正体は、間違いなく竜だろう。


 風が吹き抜ける。不自然な静かさだ。一人になると、どうしてもクロスのことを考えてしまう。

 仇を目の前にして何もできなかった自分の不甲斐なさが、心の中で強まっていく。ごめん、一人呟いた。


 みんな、ごめん。わたしはどうしようもないくらい弱くて、昔の人間界を取り戻すにはまだ遠すぎる場所にいる。

 でも、生き残ったから、生き残ってしまったから、わたしはめげずに頑張らないといけない。


 わたしは顔を上げると、迫ってくる竜の群れに向かって叫んだ。


「いくらでもかかってこい! まとめてわたしが相手してやる!!」


 本当にたどり着けるかもわからない、とてつもなく遠い目標。今のちっぽけなわたしに出来ることは、目の前の壁に向かって全力でぶつかっていくことだけだ。



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