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第三章 29 研究所B3

「『風魔』」


 ふっ、と、どこかお腹が冷えるような浮遊感の中で、わたしはそう唱えた。床すれすれのところで、少しだけ体が舞い上がってすぐに落ちる。ユーリも能力を使って何とか無事に着地したらしい。


「うんっ、二人とも来たね!!」


 そして、先に落ちていたミィは無傷でピンピンしていた。そういえばネコって高いところから飛び降りても平気だったような……と思い出す。


 地下三階は光もなく真っ暗で、ただぼんやりとお互いの顔が、ミィの小爆発や火花によって照らされるだけだ。


「彩、こいつは?」

「ミィ。なんか感情が昂ると爆発が起きるらしい」

「ミィも爆発したくて爆発してるわけじゃないんだあ。ごめん」

「いや、それは別にいいんだけどさ」


 わたしは服をパタパタと払いながら、周りを見回した。特別夜目が利くわけでもないので、わたしには何も見えない。


「あのね、今のは秘密の抜け道なんだよ。だからちょっとだけ違う場所に出ちゃったの。青リボンたちはホカンシツに行きたいんでしょ?」

「そうそう。そこにさえ辿りつければいいんだけど」


 そこで転移さえできれば、こっちのものだ。

 わたしが頷くと、ミィはふんすと胸を張った。


「ミィ知ってるから案内するよ。青リボンたち迷わずについてきてね」

「ありがと。ところで、わたしの名前は彩。青リボンじゃない。で、こっちはユーリ」

「青リボンは彩。髪長いのはユーリ。うん、覚えた!」


 ミィはどこか嬉しそうに頷くと、先頭を切って走り出した。それでも気を遣っているのか、足音はさせていない。わたしとユーリは慎重にミィの後を追いかける。


「ミィはさ、外に出なくてよかったの?」

「絶対出るよ。でも、ミィも悔しくて怖かったから。ここに閉じ込められたこと」


 パチパチと火花が燻っている。火花に照らされたミィの横顔は、幼さを感じさせないほど真剣なものだった。


「ミィも家族とか友達に会いたいけど、それはまだ我慢なの。ミィはリーダーの作戦のお手伝いをするの」

「リーダーって、あのおじさんのこと?」

「そう! リーダーは意外と頼りになる。ミィも助けてもらった」


 そうしてミィと話していると、ふと、わたしの頭にある少女がよぎった。直感のようなものだ。浮かんだ小さな疑問をミィに聞いてみる。


「ミィ。ルーナって子、知ってる?」


 その瞬間、ババババンッと続けて爆発が起こった。わたしよりミィの近くにいたユーリが「うわっ!?」と小さく声を上げる。ミィはそんなユーリの様子など気に留めず、キラキラした目をわたしに向けてきた。


「知ってる! ルーナはミィの友達!!」

「やっぱり? なんとなくそんな気がしたんだよね」

「ルーナ元気?」

「うん、元気だよ。わたしもルーナと友達だから」

「良かった……」


 ミィはほっと息をついた。それから、どこか寂しそうな表情をする。


「あのね、ミィはこの能力を持ってから、まだ全然経ってないんだ。だからどうしたら爆発しないで済むのかわかんないの。それでルーナにも迷惑をかけちゃって、ケンキュージョの奴らに見つかって、ここに連れてこられちゃった。ミィがケンキュージョに連れていかれるとき、ルーナ泣いてたから。元気なら嬉しい」


 こんな小さな子に、こんな表情をさせるなんて。それが許せなくて、やるせなくて、わたしは唇を噛んだ。ミィの頭をぽんぽんと優しく叩く。


「じゃあ、早く脱出してルーナに会いに行かないとね」

「うん!」


 満面の笑みで、ミィは頷いた。そして、トタタッと走って行ってしまう。あんまり離れられてしまったらわたしは暗闇を彷徨うしかないんだけど、不安に思ったけど、ミィはすぐに立ち止まってわたし達を振り返った。


「ここを曲がったら、すぐに入り口があるはずだよ!」


 意外と早い到着だ。隣でユーリが「思ったより近いんだな」と呟いた。どうやら同じようなことを考えているようだ。


「うん! じゃあ、この角を曲がって――」


 ミィの後に続いて角を曲がろうとした瞬間、ジッと嫌な音が聞こえた。耳にこびりつくような嫌な音。そして、


「い゛っ……!?」


 右腕に焼き付くような痛みが走った。わたしは思わずその場に膝をつく。


「彩!?」


 隣にいるはずのユーリの声が、壁を隔てているかのように遠く聞こえる。わたしはギリッと歯が削れるくらいに強く噛んで、後ろを振り返った。


 今まで暗くてよく見えなかった周りの空間が、赤色の光で照らされていた。壁に取り付けられた機械が、その赤色の光を放っている。どうやら、わたしのこの右腕は、あの赤い光線を受けたらしい……なんて、冷静に考えていられるのもここまで。


「二人とも、逃げるよ!!」


 わたしは叫んで、立ち上がった。ユーリがミィを抱えて走り出す。

 このままだと、あの光線にやられて全滅する。その前に逃げないと……!

 

 そしてわたしの読み通り、辺りの壁一面に取り付けられている機械から光線が放たれた。わたし達が通り過ぎた後を、ほんの僅かに遅れて光線が直撃する。少しでも走るスピードが落ちたら、わたし達はあの光線に焼かれておしまいだろう。冗談じゃない。


「彩、腕大丈夫なのか?」

「大丈夫、じゃない。まっじで痛い。でも正直走るしかない!」


 ユーリの問いかけに、わたしは叫び返した。走ってるから息は苦しいし、腕は痛いし、そもそも大規模転移魔法の反動を食らってる身だ。無事な訳はない。


 ユーリは「そうだな」と疲れたように呟いた後、ちらりと周りを見回した。


「ただ、これを止める装置はどこかにないのか? あるはずだろ、流石に」

「遠隔操作じゃない? さすがに見える場所にはないだろうし」


 もしあるのだとしたら、それを探すのが最優先かもしれない。そう考えながら角を曲がると、思いっきりおでこを何か硬いものにぶつけた。ごっ、と鈍い音がして、わたしは額を押さえながらよろよろと後ずさる。


「は、ははは! かかったぞ!!」


 震えた笑い声が聞こえて目を開けると、わたし達の前には五人ほどの白衣を着た人たちが立っていた。反射的に掴みかかろうとするも、見えない壁に阻まれて進めない。


 五人のうちの一人、一番偉そうなおじいさんが、わたし達の前にリモコンを突きつけてきた。これを奪ってしまえばこっちのものだろう。


「今の光線は、ちょっとした動作確認じゃ。これで身動きがもう取れんじゃろう」


 ゴンゴン、と目の前にある壁を叩く。多分、即興でつくられたものだろう。今の一瞬のうちに、わたし達を足止めするために作られた。


 至近距離でバチバチと火花の散る音が聞こえ、わたしはハッとミィの方を見た。ミィは今までに見たこともないような怒りの形相で五人の研究者たちを見つめている。


 わたしは痛む右腕を突き出して、叫んだ。


「ミィ、全力で吹き飛ばせ! わたし達ごと爆破する勢いで!!」

「わかった!」

「な、何を……」


 壁を隔てた向こうで、研究者たちが少しだけ焦ったような表情になる。逃げるか逃げないか迷っているようなそぶりだ。わたしはミィと目を合わせて、唱える。


「『反射』!」


 そして、今までとは比べ物にならないほどの爆発が起こった。熱風が巻き起こり、息が出来なくなる。それでも多分ミィは制御してくれたんだろう。わたしの能力耐性が弱いだけで。


 バキン、と間違いなく壁が割れたような音がして、わたしは壁に向かって手を伸ばした。『風魔』で辺りの煙を払うと、壁にギリギリわたし一人潜り抜けられるような大きさの穴が空いているのが見えた。


 わたしはその中に体を滑り込ませると、逃げようとしていた老人の腕をガッと掴んだ。


「ひっ!?」

「どうも。自分たちだけ逃げようだなんてずるいこと考えないでくださいよ。一緒にレーザーで焼き殺されましょう」

「お、お前ら、助けてくれ! 悪魔だ、悪魔が居る!!」

「悪魔なんて人聞きの悪いこと言わないでくださいよ! わたしは人間です!」


 と、背後からガシャンと壁が崩れ落ちる音がした。振り返ると、ユーリとミィが悠々とこちらへ入ってきている。


「命が惜しければ、くだらないことはやめて、それを投げ捨てることだな。そうしたら全員助かる。だろ?」

「捨てないんなら全員もろとも死ぬしかないよね」


 リモコンを奪ってこっちで壊してしまおうかとも思ったんだけど、やっぱり操作方法とかがわからないから、下手すれば全レーザー同時発射とかになりかねない。そんなことになったら悲劇通り越して喜劇レベルなので、専門家に任せることにした。


「わ、わかった! わかったから!! やめるから、どうか、命だけは助けてくれ!!」


 泣き叫ぶような悲痛な声で命を乞ったその老人は、震える手でリモコンのボタンを押した。ブン、と音がして辺りがまた暗闇に閉ざされる。


「よし。そのリモコン、渡してもらえますか」

「どうしてそこまでしなければ……!」

「ミィの爆発、直撃したら間違いなく命はないだろうな」

「わ、渡せばいいんじゃろう!!」


 わたしの手に、ぐいぐいとリモコンがぶつけられている。わたしはそれを掴んでポケットに仕舞うと、老人に「つかぬことをお伺いしますが」と言った。


「結構地位が上ですか? 研究所でも大事にされている、みたいな」

「当たり前じゃろう! 儂は技師として現場に立ち会いに来て……」

「なるほど。じゃあ一緒についてきてください」

「はあ!?」


 この人がすぐ傍にいれば、向こう側も下手に攻撃は出来ないだろう。

 

 こうして、地下三階の旅には、研究所の偉い(?)おじいさんが加わった。



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