第三章 27 研究所B1 抽出室
「侵入者……?」
部屋が再びざわめきで満ちる。ただ、一階の人たちと違うのは、一瞬で戦闘態勢に入るところだ。
下手に話すこともできないわたしは、縋るような気持ちでユーリを見る。ユーリはただじっと奥の扉を見つめていた。
「ああ。コイツと同じタイミングで入って来た。残念ながら、他の奴がうるさすぎてハッキリと内容までは聞き取ることが出来なかったんだけどな」
「なるほど。可能性としては二つか」
マツさんと話していたマスク男が顎に手を当てる。
「一つ。あなたは侵入者たちに利用されている。二つ。あなたが侵入者たちを誘導した」
「そんなまさか」
「ありえないことはないでしょう。あまりに都合が良すぎる」
ぎゅっと強く手を握りしめた。このままじゃマツさんが危ない。その前に何かアクションを起こさないと……いや、わたしが下手に能力を使うと、さっきの二の舞だ。幻惑が解けて余計に大事になる可能性が高い。わたしは扉へと視線を向ける。
ここから扉への距離はあまりない。ただ、扉の前を十人ほどが固めているから、突破は難しいだろう。せめてあの中から数人を動かせられたら、強行突破できるのに……。
そう考えながらまたユーリに視線を戻すと、ユーリがいつぞやのナイフを手にしているところだった。わたしの視線に気づいたユーリが、口を動かす。
「は・し・れ」
口の動きだけだったけど、そう言ったような気がする。この状況から考えても多分合っているだろう。
こくり、と頷いてみせると、ユーリが手に持っていたナイフを投げた。
能力を使ったのだろう、カランと金属音を立てて、ナイフが扉から少しずれたところに落ちる。
「そこか!」
その瞬間、一斉に視線がナイフへと向いた。ナイフの周辺を囲むように、じりじりと人が集まっていく。扉の前に立っていた人たちも、数人がナイフの方へと寄っていった。
「!」
今しかない、と、わたしとユーリは走り出した。人の隙間を縫って、ほとんど体当たりのような勢いで扉を押し開ける。
意外と軽かった扉は、あっけなく開いた。全体重と勢いを乗せて体当たりしたわたしは、バランスを崩したまま扉の外へと飛び出した。
「ここかよ!?」
扉の異変に気付いたマスクマンの一人が、こっちに向かって手を伸ばす。その手はギリギリわたしの背中の上で空を切り、転びかけるわたしの腕を、ユーリが掴んで引っ張り上げた。
体勢を整えて顔を上げると、わたしの目の前には大きな機械がずらりと並んでいた。どうやって使うのかもわからない。ただ、ここで能力者たちからエネルギーを抽出しているはずだから……。
この機械は階段には関係ないだろう。わたしは部屋全体へと視線を巡らせた。
「確実に奴らは中へ入った! この扉を閉めて閉じ込めろ! 地下への階段を守れ!!」
ほとんど怒鳴り声のような指示が飛び、雄たけびを上げながらマスクマンたちがこっちへと飛び込んできた。
焦りながら、また部屋を見回す。見つけた、階段。ここからそう遠くない。
「行こう!」
マスクマンたちも、階段の警備のために走りだそうとしていた。それに負けないように、わたしも思いっきり床を蹴る。
どちらが先に階段に到達するか。マスクマンたちとの競り合いになりかけた、その時。
ボフン、と何かがはじける音がして、視界が真っ白に染まった。粉だ、と直感する。
「おい誰だ! 煙幕を使ったら誰もわからないだろう!?」
怒号が聞こえる。ここまで白いと、呼吸だけで喉が粉っぽくなる。けほっ、と咳をしたとき、
「それが、わかるんだなあ!!」
「彩!!」
後ろから腕を引っ張られ、わたしは数歩後ろに下がった。至近距離で、ガキンと何かが刺さる音がする。
「この辺りから咳き込む声が聞こえた。近くにいるんだろ? 逃がさねえよ!」
次の瞬間、わたしの頬を何かが掠めた。連続攻撃。わたしは後ろに下がりながら、今の状況を分析する。
ほとんどの人がこの部屋に入って来たけど、煙幕のおかげで、わたし達も向こうも身動きが取れずにいる。ただ例外が一人だけ。それが、今わたし達に襲いかかってきている奴で、さっきわたし達の存在に気付いたやつだ。とにかく厄介。
「咳……そうか、マスクか」
腕で口元を覆いながら、ユーリがハッとしたように呟いた。わたしもその呟きで、ようやく理解する。
他の人たちはマスクをしているから粉を吸い込むこともなく、咳をすることもない。だからバレた。たぶん、そういうことだろう。
ヒュンッとまた空を切る音がして、わたしは思考から引きずり出された。見れば、わたし達めがけて飛んできているのは、ブーメランのようなものだった。
「うわっ!?」
ギリギリのところで避けたものの、相手はブーメラン。また方向転換をしてこっちへ向かってくる。今度は余裕をもって、しゃがんで避けたところで、ユーリの声が響いた。
「上だ!!」
咄嗟に、わたしは横に飛びのいた。しゃがみ込んだままの体勢だったために、床を転がってから、手をついて起き上がる。
さっきまでわたしが居た場所には、ナタのような刃物を持ったマスク男が立っていた。片手にブーメラン、片手にナタ。ちょっとまとまりがなさすぎだ、と背筋が凍る。
いやいや、あんなの食らってたら、間違いなく死んでたでしょ……。
男はグワッとわたしの方を向き、「そこか」と今度はナタを掲げた。逃げるが勝ち。わたしは迷わず逃げだす。
だいぶ煙幕が晴れてきた。前の方に黒い大きな影が見えるから、たぶんあれがさっき見えた機械だろう。
ぐるりと機械の周辺を回り込むようにして逃げ回るわたし。そこへ、身体強化魔法をかけているのにも関わらず、マスク男が追いついてきた。
「ちょこまか逃げやがって!!」
後ろから聞こえてきた叫び声に振り返ると、男がちょうどブーメランを投げるところだった。向かってくるブーメラン。わたしは短く息を吸って叫んだ。
「『風魔』!!」
風がブーメランを押し返し、男が機械の方へと飛びのく。飛びのいた男は、機械を背にしてこちらを向いた。
その瞬間、男の周りに数本のナイフが突き立った。
「相手を一人だと思うなよ」
わたしの後ろから聞こえた声。もちろん、この働きはユーリだ。
「なんだこの程度、口ほどにもね……え?」
一瞬硬直した男は、ナイフが刺さっていないからか、すぐに余裕の笑みに戻って体勢を立て直そうとした。そこで違和感に気付いたのか、怪訝そうな表情に変わる。
確かに、男にはナイフは刺さっていなかった。ただ男の服の裾にはナイフが刺さっていて、男は機械に縫い止められるような形で動きを封じられていたのだった。
「神業じゃん……」
「まあな……と言いたいところだけど、正直自分でも成功すると思ってなかった」
隣まで走って来たユーリが、もがいている男を見て信じられなさそうに首をひねる。
「長くは持たないだろうし、走ろう。『風魔』!」
「おい、待て! お前ら、階段へ急げ、早く!!」
わたしは風魔で周りの粉を払った。運が良いことに、ここからまっすぐに走れば階段に辿りつきそうだ。迷わずに走り出した。
ただ、元々粉が晴れてきていたこと、それに今わたしが粉を払ったこともあって、階段の周りには人が集まりつつあった。もう幻惑を使う必要もない。わたしは叫んだ。
「『ウォータリウス、水出よ』! からの『氷魔』!」
地面に水をぶっかけた後に、足元を凍らせる。マスクマンたちが足元に気を取られた隙を狙って、わたしはさっき拾っておいたブーメランを投げた。
ブーメランなんてもちろん使ったことがないけど、とりあえずフリスビーの要領でやってみる。あとはどうにかなることを祈るしかない。
わたしの願いが伝わったのか、ブーメランは綺麗な曲線を描いて対策課の人たちに向かって飛んでいった。上下からの攻撃で怯んだ隙をついて人の間を潜り抜け、わたしは階段への扉へと手を伸ばした。
「いっ、けぇぇ!!」
扉を開き、わたしとユーリはギリギリ中に転がり込む。扉を閉めたはいいものの、すぐに扉に体当たりしてくる音や振動が伝わって来た。慌てて二人で扉を押し返す。
「彩、下降りろ。ここは能力で押さえておくから」
二人がかりで扉を押さえていると、ユーリがそう言ってきた。
「出来る?」
「やるしかないだろ。ただ、少しの間しか持たないだろうから、急いでくれると助かる」
「わかった。急ぐよ」
どうせわたしには、扉を押さえ続ける腕力はないわけだし。
わたしは頷いて立ち上がり、階段を下りようと一段目に足をかける。そこでもう一度ユーリを振り返った。
「ヤバそうだったらすぐ逃げてきてよ」
「ああ、わかってるよ。そっちこそ」
ユーリが少しだけ、こっちを振り返って笑う。わたしも笑顔を返して、すぐに階段を駆け下りた。




