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第三章 24 パニックを引き起こせ

 ナオたちと別れたわたし、リン、ユーリは、いつぞやの商店街の近くまで来ていた。近くの建物の二階から、わたし達は行き交う人々を見下ろす。


「わたしの体感では、ここが一番人が多いところ。研究所からもそう遠くないから、頑張れば走って研究所に助けを呼びに行ける距離だと思う」

「なるほど。じゃあ行くか」


 わたしは『幻惑』を解き、ユーリはフードを外す。リンはわたしの肩に乗ってスタンバイだ。

 ユーリは少し辺りを見回した後、何を見つけたのか、ニヤリと笑って右手を挙げた。


「始め」


 その瞬間、辺りにボールの雨が降り注いだ。子供が使うような、派手な色のボール。多分……近くの店から拝借したものだろう。お店の人、申し訳ない。


 大人の不思議がる声と、子供のはしゃぐ声。何が起きたんだと人々がざわめき始める。ユーリの能力のおかげで、ボールは落ちることなく辺りを飛び回っている。どう考えても異常な状態。そして、


「キャアァァアア!!!」


 女の人の悲鳴が、ざわめきを引き裂いた。


「あ、あそこ……!!」


 ザッ、と音がしそうなくらいに、人々が一斉にわたし達の方を見た。ここまで来たら腹をくくれ、と自分に言い聞かせ、わたしはニッコリ笑顔で手を振った。それから、「『風魔』」と唱えて風を起こす。


「アヤ君、もちろん威力は抑えてあるんだろうね?」

「結構真剣にやってるけど、それでも人が怪我するほどの威力は出ないから。安心して」


 言ってて悲しくなる情けなさ。ただ、混乱を助長させるにはちょうどいいくらいだろう。道路の方から、叫び声が聞こえてくる。


「まっ、魔女が出たぞ!!」

「魔女はもういなくなったんじゃなかったの!?」

「それに、随分前に出た人間も一緒だったぞ!!」

「誰か、早く研究所に知らせてぇ!!」


 ……ここまで来ると、本当にわたしは何をやっているんだろうという気持ちになってくる。これ、下手するとまたライオネルの信頼を失いかねないな?


「いや、でも言い出しっぺはわたし。自分の選択に自信を持て吉田彩。『幻惑』」


 幻惑でいくつかのボールを果物に変えたところで、わたしは自分に身体能力アップの魔法をかける。


「よし……っと。ユーリ、降りるよ!」

「了解」


 わたし達がいるのは二階。もちろん高さはある。ただ、もう怖がってる暇はない!

 わたしは柵を飛び越えて、地面へ飛び降りた。


「『風魔』!!」


 もちろん、馬鹿正直に落ちるわけじゃない。ある程度風魔でやわらげてからの着地だ。それでも足がまだジーンとするけど、それは気にしないように周りを見回す。

 わたし達が城にいる間に少し雨が降ったのか、地面が濡れているところがあった。


「ユーリ、わたしの後はついてこない方がいいかもしれない」

「なんで?」

「滑るから」


 そうとだけ答えて、わたしは走り出した。濡れた地面に向かって手を広げて叫ぶ。


「『氷魔』!」


 走りながら、地面をうっすらと凍らせていく。わたしの後に続くのは氷の道だ。これで、みんな簡単にわたしに近づくことは出来ないだろう。

 少し得意げなわたしに、リンがそっとささやいてきた。

 

「もうそろそろじゃないかな」

「じゃあ、飛ばしてもらえる?」

「了解」


 リンが呪文を唱え、わたしは混乱した商店街を離脱する。あとはユーリにお任せだ。正直、ここからが本番でもある。


 研究所の近くに降り立ったわたし達は、すぐ近くに研究所の門番が立っていることに気付いた。ちょうど、ギリギリこっちが死角になっていて見えていないみたいだ。どうするかな、とわたしが腕を組む。


「あの人を気絶させるか何かできれば、あとはうまく行くんだけど……肝心な気絶させる方法がわからない。殴りかかってもあの鎧じゃ厳しいだろうしなあ……」


 下手すると助けを呼ばれて大変なことになる。それだけは絶対に避けたい。


 わたしが悩んでいると、リンがわたしの肩からふわりと飛び上がった。わたしの前をくるりと回って「僕に任せてくれないかい?」と自信満々に微笑む。


「良い手があるのなら、断る理由なんてないよ。ちょうど今行き詰ってるし」

「わかった。じゃあ、少し待ってて」


 ぱちん、とウィンクをして、リンは門番の方へ飛んで行った。それから声が聞こえて、続けてバタンと何かが倒れる音。すぐに戻って来たリンは、得意げな顔をしていた。


「これでいいはずだよ。アヤ君、ついてきてくれるかい?」

「うん……?」


 リンについていった先では、壁にもたれかかるようにして、ゴツい門番が倒れていた。わたしは思わず顔をしかめて、リンを見上げる。


「あんまり手荒な真似はしてほしくないんだけど……」

「いやいや、勘違いしないでほしいな。ボクはその人を眠らせただけだよ。ナオ君に教わった魔法でね?」

「なんだ、寝てるだけか」


 それなら良かった。わたしはリンに向かって「ナイス」と親指を立てる。リンも状態異常系の魔法が使えるとは、なかなかすごいな。


 わたしはその場にしゃがみこみ、門番の様子を観察した。この人が着てる鎧は顔まで隠れるタイプだから、わざわざ姿までコピーしなくて済みそうだ。ちょうどいいね。


「『幻惑』」


 まずは幻を纏い、その次に鎧に触れて『コピー』していく。今までは写真でやってたけど、実物でも出来るかどうか……。


「リン、どう?」


 一通りコピーし終えて、わたしはリンに向かって両手を広げた。リンはじっとわたしを見つめてから、「まあまあかな」と答える。


「少しぼやけてる感じはするけど、勢いで行けば何とかなる程度だと思う。早く突撃した方が良いんじゃないかな」

「マジか、ぼやけてる!?」


 やっぱりいつもと違うから精度が落ちてるみたいだ。わたしは慌てて立ち上がり、リンを振り返る。


「じゃあリン。テレパシー飛ばすから、その時にユーリを研究所前に連れてきてもらえる?」

「わかったよ。すべてはアヤ君にかかってるからね」

「うぇぇ、プレッシャー」


 大袈裟に顔をしかめてから、わたしはすぐに笑顔を返す。


「よし、じゃあ行ってくるよ」


 走り出したわたしは、研究所の門へと急いだ。さっきよりも人数が少なくなっている。門の周りに何人か人がいたけど、気にすることなく突っ切った。このスピードで走ってきたら、流石にみんな只事じゃないと察するだろう。


 研究所の入り口まで来たとき、入口の見張りをしていた人に「おい」と止められた。


「そんなに急いで、一体どうしたんだ。お前は研究所前の見張りだろう?」


 ここからは、会話を避けられそうにない。声出したらバレるんだけどなあ、でも話さないとまずいし……。

 少し考えた後、腹をくくって答える。


「魔女が出た。それと、人間も一緒だ。研究所前に人が押し寄せている。……この声も、魔女の魔法だ」

「なんだと!? 大丈夫なのか!?」

「あ、ああ。それより今は奴等だ。早くしないと乗り込んでくるだろう」


 ギリギリでねじ込んだ苦し紛れの言い訳で、この人は納得してくれたらしい。しかめ面をして考え込む。


「しかし、研究所には誰も入れるなと言われているだろうが。どうして今日に限って出てきやがるんだ奴らは……!」

「迷っている場合ではない。きっと、研究所内も通報で混乱しているだろう。中の様子を見てきたいのだが、入れてもらえるか?」

「お前は担当場所が違うだろう。お前が入ったらややこしいことになる。俺が入って聞いてきてやるから、お前は代わりにここを見張っていてくれ」

「ああ、わかった――」


 入口の見張りの人がわたしに背を向け、扉に手をかけた。見るからに重そうな扉が、ゆっくりと開かれていく。


『今!』


 その直後、ユーリがわたしの隣に現れた。ユーリはちらりとわたしを見た後、すぐに前を向いてしまう。ここまでユーリを送ってきてくれたリンも、すぐに姿を消してしまった。きっと、ナオたちのところへ転移したのだろう。

 わたしは意識を扉へと引き戻す。扉がゆっくり、ゆっくりと開かれていき――。


「いくよ!」


 わたし達がギリギリ通れそうな隙間が空いたところで、わたしは地面を蹴った。隙間に体を滑り込ませ、研究所の中に転がり込む。


「お前、何を――!?」

「『ウォータリウス、水出よ』」


 反応しきれていない様子の見張り役の人が、呆気にとられたようにこっちを見ている。それに被せるように呪文を唱えると、指先からほんの少しの水が流れ、足元の扉を濡らした。


 同じく侵入に成功したユーリが、能力を使って扉を強引に閉める。ゴウン、と重い音を立てて扉が完全に閉まると同時に、わたしは『氷魔』を使って扉の周りを凍らせた。凍り付いた扉は、そう簡単に開いたりしないだろう。そう信じたい。


「早く行くぞ。突破されるのも時間の問題だ」

「うん!」


 先に立ち上がったユーリが、わたしに向かって手を差し伸べてくれる。わたしはその手を掴んで立ち上がると、研究所の内部へと走り出した。


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