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第三章 20 オーガからの頼み事

 獣人界に着いたわたしとナオとリン(ユーリとセイは留守番)は、手早く魔法陣の場所を決めた。というのも、既にリンが候補地を絞っていて、あとはその場所に行ってみるだけだったからだ。その場所も城下町内だったから、行くのにも時間がかからなかったし。


「場所も決まったし、あとはどうしよっか」


 この前オーガと会った公園に集合したところで、わたしはそうみんなを見回した。ここの周りは人が少ないことはもう知っていたから、うってつけの集合場所だ。


「城下町でこの後も何かするなら、帰らずにこのまま……」

「アヤ君、あれ見て」


 腕を組んで悩むわたしに、リンが城の方を指さした。その指の方を追うように視線を向けると、城の窓から誰かが覗いているようだった。


「……ごめん、わたしそこまで視力が良いわけじゃないんだ。誰が覗いてる?」

「ルーナよ。今すごく身振り手振りしてる。あ、どこかへ行った。こっちに来るかもしれないわね」

「え、じゃあ待つ?」


 ってか、妖精視力ヤバすぎでしょ。わたしも眼鏡かけなくてもいいレベルには目がいいはずなんだけど。やっぱ種族の差には勝てないな。


 そんなこんなで公園でルーナを待っていると、ナオの言った通り息を切らしたルーナが駆け込んできた。


「はあ、はあ……っ。やっぱりアヤちゃんたちだったぁ。走ってきて良かったー……」

「よく私達ってわかったわね、ルーナ。何か用事でもあった?」


 胸に手を当てて息を整えていたルーナが、ナオの質問に大きく頷く。


「うん。あのね、オーガ王子が『やっぱり一つ頼みごとをしよう』って言いだしたんだー。それで二人に伝えるように言われてたんだけど、連絡手段がなかったから……」

「確かに。それで、頼み事って言うのは?」

「うん。なんかね、『ツキシズクの花』っていうのを摘んできてほしいんだって。どこに咲いているかもハッキリわからないみたいだから、多分摘んでこれなくても大丈夫だとは思うけど……」

「安心して、ルーナ」


 心配そうに話すルーナに、ナオが自信ありげに微笑んで言った。


「必ずその花を摘んでくるわ。ルーナは何時まで仕事なの?」

「今日は四時までかなー。でも、五時までならなんとか粘れると思う」

「そう。じゃあ、それまでに花を届けに行くわ。またここに戻ってくるから」


 うん、やっぱり自信満々だ。こっちはそのツキシズクの花が何なのかもわかってないっていうのに。わたしは後ろに隠れているリンに声をひそめて話しかける。


「リン、ツキシズクの花が何なのか知ってたりする?」

「いや、知らないね。ボクも今記憶を探ってるところなんだけど、なんとも……」


 リンが首を振る。さらに深まるナオに漲る自信の謎。首を傾げていると、二人の会話は終わり、ルーナが城に戻っていくところだった。


「あ、ルーナ、わざわざありがと! 多分届けるから!」


 遠ざかっていく背中に手を振りながらそう叫ぶと、ルーナは笑って手を振り返してくれた。

 ウサギ耳が見えなくなった頃、わたしはナオに向き直って聞いた。


「で、大口叩いたナオさん。そのツキシズクの花はどうするんですか」

「簡単よ、摘みに行くの。幸いなことに、私はツキシズクの花を知っているから」

「へえ、どこに咲いているんだい?」

「奈落の谷」


 その答えに、わたしは不意を突かれたような気がして言葉を失った。奈落の谷って……ナオとセイの生まれ故郷だよね。わたしには、そこに花が咲いていた記憶はないけど……。

 わたし達の反応に、ナオは少しだけ笑う。


「って言っても、奈落の谷全域に咲いているわけじゃないわよ。奈落の谷の近くに小川があるんだけど、そのほとりにしか咲いていない。母さんの好きな花だったから、よく摘みに行ったの。昔の話だから、今も咲いているのかはわからないんだけど」


 ナオは少し遠い目をして、息を吐き出す。わたしはそのナオの手を握った。


「ナイス、ナオ! 正直またハッタリかましてると思ってた! 本当に知ってるんなら善は急げだよ。リン!」

「はいはいっと。『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移』!」


 待ってましたとばかりに、リンがピッタリのタイミングで呪文を唱える。視界が眩んだかと思えば、いつの間にかわたし達はいつぞやの森に立っていた。奈落の谷を見下ろせる、少し高い場所だ。

 わたしは「ナイス」とリンに向かって親指を立てる。


「どうもありがとう。ナオ君、ツキシズクの花の群生地はここから遠いかい?」

「うん……あまりにも昔のことだから、私の記憶も不安なんだけど……ちょっと待ってて」


 ナオは谷のいろんな場所を指さしながら、「あそこが家で……」と呟いている。少し経って指さし確認が終わったナオは、少し難しそうな顔をしながら、わたし達を振り返った。


「多分、ここからずっと向こうの方へ進めば良いはず。ついてきてもらえる?」

「もちろん。ただ、めっちゃ寒いからそれをどうにかしたい。このままじゃわたし凍死する」


 前来たときは夜中だったから、あの時ほどは寒くないと思うけど、でも今回は普通に普段着だから震える。寒い。

 そんな感じでわたしが自分の腕を抱きしめながら震えていると、


「はい、アヤ君」


 ふわっとわたしの両肩に何かがかけられた。見れば、わたしのコートが肩に乗っかっていた。リンが得意げに胸を張る。


「転移魔法でここまで持ってきたんだ。それで暖かくなるんじゃないかな」

「ありがとー! やっぱリンって頼りになるわー」


 感謝しながらコートに腕を通すと、格段に寒さが和らいだ。ナオもリンも防寒具を身に着けたところで、わたし達は歩き出す。


「ここから遠いの?」

「ううん、小さかった私とセイでも歩いて行けた距離だから、ここからそう遠くないはず。本当に久しぶりよ。ここを歩くのって」


 先頭を歩くナオの姿が、どこか寂し気に見える。わたしはリンと顔を見合わせると、駆け足でナオの隣に並んだ。


「なんで突然オーガはツキシズクの花が欲しいなんて言い出したんだろうね。あれかな、ルーナにプレゼントするつもりなのかな」

「それだったらおかしくないかい? ルーナさんがボクたちにツキシズクの花を摘んでくる旨の命令を伝えに来たんだろう? もうルーナさんにバレてるじゃないか」

「確かに。オーガがルーナのことを好きなのは確かみたいだし、ルーナへのプレゼントは何としてでも自分で用意しそうなものよね」

「えー、じゃあどうしてなんだろう」


 わたし達への試練のつもりなのかな? どこに生えてるのかもわからないって言ってたし、やっぱりその線が強いのかもしれない。ナオのおかげで超絶イージーだけども。


 それからも、ぽつぽつと雑談をしながら歩いていく。いつも一緒にいるわりには、意外とネタが尽きたりしない。


 そういえば、わたし、みんなのことあんまり知らないんだよなあ。


 隣のナオの横顔を見ながら、そんなことをぼんやりと考えた時、


「うわっ!?」


 ガッ、と何かにつまずいた。危うく転びそうになり、ギリギリのところで木の幹を掴んで何とか踏みとどまる。

 半ギレで足元を確認すると、どうやら木の根っこに躓いたようだった。


「危ないじゃない。ちゃんと足元を見て歩きなさいよ。ただでさえアンタは転びやすいんだから」

「余計なお世話ですー」

「でも、確かにこの辺りは木の根が多いね。蔦も多いし、ボクはこっちに引っかかりそうだよ」

 

 空を飛んでいるリンは、すぐ頭上の蔦をぐいと引っ張る。すると、ナオがぴたりと足を止めた。


「ナオ?」

「そうだ。ここは入り口で、私達はいつもここを喜んで潜り抜けてたの。まだ体が小さかった私達には、ここがまるで遊具みたいな感じで……」

 

 そう呟くナオは微笑んでいた。


「この先に、ツキシズクの花が咲いてるはず!」


 そう言って、ナオはわたしの隣をタタッと駆け抜けていった。持ち前の運動神経で障害物を難なくくぐっていくその姿は、いつものナオとは違い、小さな子供がはしゃいでいるようだ。


「ちょっ、ナオ待ってよ!」


 わたしは慌てて遠ざかっていくナオに呼びかけ、追いかけた。



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