第三章 18 マツさんからの情報
翌日早朝、わたしとセイは二人で城下町に来ていた。マツさんに頭痛解消の結晶を届けようと思ってのことだ。
セイがあまりにもきょろきょろと落ち着きがないので、わたしはその手を引っ張りながら道を歩いていく。なんか、昔おばあちゃん家で飼ってた犬を散歩したときのことを思い出したよ。この好奇心旺盛で脇道に逸れまくる感じ。
「セイ、はしゃぎすぎ! 二人分の幻惑とか、短時間じゃないと無理だからね? わたしの能力は二時間持つか持たないかなんだから、こんなところで寄り道してる場合じゃないの!」
「あうう、わかってます。わかってますけど……」
未練がましく商店街の方を見つめた後、セイは諦めたのか、とぼとぼとわたしの少し後ろをついてくるようになった。その姿はなんだかかわいそうだ。でもセイ、朝の六時前なんて、どこの店も開いてないと思うよ。
「セイは城下町初めて?」
「初めてではないですね。昔知り合いに連れてきてもらったことがあります。でも、そのときとは全然景色が違っていて……。ここまで技術って進歩するんだーって感じです。感動、なんですかね」
見るものすべて新鮮ですよ、とセイがまぶしいほどの笑顔を浮かべる。そういえば、魔法界に行った時もセイが一番テンション上がってたし、感受性が豊かな子なのかもしれないな。お姉ちゃんとは対照的に。
そんなことを考えていると、目的のアパートに着いた。古い階段を慎重に上って、マツさんの家のドアをノックする。
「こんなに朝早いですけど、大丈夫ですかね?」
「多分。朝の七時には仕事だって言ってたし、もうすぐ六時になるから起きてるとは思うんだけど……」
そんな話をしていると、ドアがガチャリと開いてマツさんが顔を出した。マツさんはわたし達を見て、「待っていましたよ」と笑う。
「おはようございます。仕事が始まるまでになりますが、研究所のことをお話ししましょう」
「おはようございます、ありがとうございます。あ、こっちはセイです」
「セイです!」
「ああ、セイさんでしたか。狭いですが、どうぞ中に」
マツさんに案内されるまま、わたし達はマツさんの家の中に入った。クッションをそれぞれ渡され、わたし達はその上に座る。
「研究所のことですが、私は記録係を勤めているので、あまり直接的な情報は入ってきません。ただ、昔よりも人が増えていることは確かです。能力者が倍以上に増えているので、得られるエネルギー量はかなりのものでしょう」
「倍以上、ですか」
わたしはマツさんの言葉を反復する。本当に見境なく能力者をかき集めては研究所に捕らえているのだろう。その中にルーナの友達もいて、わたしも少し間違えればそこにいたってことか。
「能力者たちは無事なんですか?」
「直接的に関わっているわけではないので、詳しい状況はわかりませんが、命を落とすようなことはないと思います。研究所としても得られるエネルギーの量を減らすことはしたくないと思うので」
「そうですか……でも、急いだ方がいいのは確かでしょうね」
セイが悔しそうな顔をして呟く。そこで、マツさんが「少し待っていてください」と立ち上がった。近くに置いてあった写真立てを手に取り、その枠を外す。
すると、その中から折りたたまれた紙がぽろっと落ちてきた。
マツさんはその紙を持ってわたし達のところまで戻ってくると、それを広げた。
「これは研究所の地図です。極秘で入手してきたものなので、万が一何かあっても見つからないようにと隠していました」
紙には、研究所の間取りと思わしきものが詳しく描かれていた。わたしとセイは地図を食い入るようにみつめる。マツさんは「説明しますね」と少し笑った。
「一階は、私が勤めている場所です。能力者の名簿や生産したエネルギーの量の記録、各階の監視などを行っています。地下一階はエネルギーを抽出する機械があるそうです。しかし、先ほど伝えたように、各階を見張る役割の人がいて、他の階には簡単には侵入できません。地下二階には能力者たちが集められています。下の階に行くほど、警備が厳重になっていきます。そして地下三階」
マツさんが一番右側の図を指さした。そこには「保管室」と書かれている。
「ここが研究所の最深部、保管室です。抽出されたエネルギーが保存されているのですが……ここが最大の問題だとも言っていいでしょう。蓄えられたエネルギーがすべて生活のために使われているわけではないのです」
マツさんが硬い声で言う。エネルギーがすべて生活のために使われているわけではない。その言葉をもう一度反芻したわたしは、訳がわからずマツさんを見る。
「それ、どういうことですか」
「現在、生活のために使われているエネルギーは、一日で生産されるエネルギーの約三分の一ほどです。残りの三分の二は、クロスのために保管してあります。竜が城下町を訪れるのは、蓄えられているエネルギーの一部を取りに来るためだそうで……」
マツさんは指をスライドさせ、一番左側の小さな図を指さす。
「これは二階です。研究所の上の乗っかっているような形の、小さな部屋のことなのですが。保管室に蓄えられたエネルギーがパイプでこの二階まで送られ、ここで竜にエネルギーを受け渡すようです」
……なんか、頭が痛くなってきた。わたしは額を押さえて、「えーと」と今までの内容を振り返る。
「それって、直接的なクロスの力になっているってことですよね」
「そういうことですね」
「じゃあ絶対止めないとな……。クロスに渡す分のエネルギーは、まだ大量に残っているんですか?」
「はい。こういう数字に関しては、記録係の仕事中に入ってくるので、間違いないと思われます」
マツさんはそう答えて、広げていた地図をまた小さく折りたたんだ。
「彩さん、セイさん、地図をどうぞ。私も研究所のすべてを知っているわけではないので、あまり詳しくは説明できなかったのですが」
「いえ、すごく助かりました!」
「ありがとうございます。多分、近々研究所に乗り込むことになると思うので……」
いろいろと考えることはあるけど、とりあえずそれは図書館に帰ってからみんなと一緒に考えればいいだろう。わたしはリュックを漁って結晶の欠片を手にとる。
「マツさん、これを」
わたしはマツさんに結晶の欠片を渡した。不思議そうな表情のマツさんに、セイが得意げに説明する。
「それは、クロスの洗脳を解く力が込められた結晶なんです。それを持っていけば、研究所でも頭痛から解放されること間違いなしですよ!」
「それは頼もしいですね。彩さん、セイさん、ありがとうございます」
マツさんに頭を下げられ、わたしは「いやいや」と首を振る。
「お礼を言うのはわたし達の方です。危険を冒してまで地図を貰ってきてくれたりして……。本当にありがとうございました。マツさん……えっと、どうか気をつけて。無事でいてくださいね」
わたしの言葉に、マツさんが楽しそうに笑う。あまり聞いたことのない、マツさんの笑い声だった。
「こんなにすごいものを貰ったんですから、大丈夫ですよ。またいつでも来てください。私に出来ることがあれば、なんでも協力しますから」
「はい。ありがとうございます!」
何度もお礼を言いながら、わたし達はマツさんの部屋を出た。階段を降りながら、わたしとセイは唸る。
「どうしたらいいんだろうね。なんか、どうにかしないといけないことが多くて訳がわかんなくなってきた」
「そうですね――っ!!」
階段を下り終わったところで、わたしはセイにぐいっと腕を引かれた。そのまま無言で物置の陰まで引っ張られる。
「彩先輩、見て下さい、あれ」
物置の陰からセイが指さしたのは、空に浮かぶ黒い影だった。間違いない、竜だ。
降下したかと思えば急に上昇したり、城下町上空を飛び回っているその様子に、わたしは呟いた。
「何か捜してる……?」
「もしかしたら、あたしたちが何かしていることに勘づいたのかもしれません。彩先輩、もう時間はあまり残されていないですよ」
「うん」
わたしの手を握るセイの手が、僅かに震えていた。わたしはその手を強く握り返してから、セイに言う。
「帰るよ。このこと、みんなに早く伝えなきゃ」
そして、わたし達はその場で妖精図書館へと転移した。




