第三章 16 喫茶店で作戦会議
なんとか二人分の幻惑を使ったわたしは、姿を変えたナオと二人で、この前の喫茶店に来ていた。ナオもネコの少女の姿をしている。
ナオはぐぐーっとのびをして、嬉しそうに笑った。
「なんだか久しぶりに外に出るわね。やっぱり外の空気っていいわ」
「そう? わたしはずっと外に出っぱなしだから、一日図書館に引きこもって本でも読みたい気分だけど」
「申し訳ないけど、それはまだお預けね」
そんな話をしながら、飲み物を頼む。ナオは案の定紅茶だった。それからも雑談をしてルーナを待つも、なかなかルーナは来なかった。
「来ないじゃない。すっぽかされたとかはないの?」
「ないない。ないと信じたい。ルーナはそんな子じゃないと思う」
わたしはそう答えた時、ドアのベルがカランと鳴った。バタバタとあわただしい足音を響かせて、ルーナがわたしのいる席にやってくる。
「はあ、はあ、ごめんね、遅れちゃったー……って、そちらは?」
息を整えながら、ルーナはナオを見て首を傾げる。ナオはルーナに向かって微笑みかけた。
「はじめまして。彩の友人でナオっていいます。彩から話は聞いていて、協力するために来たの」
「そうなんだー! 私はルーナだよ、よろしくねナオちゃん!」
「こちらこそよろしく、ルーナ」
とりあえず二人の顔合わせが済んだところで、わたしは咳ばらいをした。二人の視線がこちらを剥く。
「それで、ルーナ。城の様子はどうだった?」
「うーん……私から見ればいつも通りなんだけどね。王様にはとてもじゃないけど会えないし……あ、でも」
ルーナは思い出したようにぴんっと耳を立てた。耳いいなあ、わたしも欲しい。
「あの、言い訳するわけじゃないんだけどねー? 私が今日来るのが遅れたのは、その、オーガ様に……えーっと、なんていうのかなー……」
「言い寄られてた?」
「あ、うーん……言葉を選ばなければ、そういうことになるかなー……?」
ズバッと切り込んだナオに、ルーナは言いづらそうに歯切れ悪く答える。なんでわかったんだ、という思いを込めてナオを見ると、ナオはわたしの視線に気づいて片目を瞑った。ウィンクが様になるのが腹立たしいところだ。
「なるほど、大変だったのはわかった……けど、オーガ様って誰?」
「え、アヤちゃんオーガ様知らないの!?」
わたしの質問に、ルーナが目をまんまるにする。でもすぐに、「それもそうだねー」と苦笑いした。
「オーガ様は、この国の王子だよー」
それからのルーナの説明からオブラートを剥ぎ取ってまとめると、オーガはこんな感じだった。
オーガは、ライオネル王とその奥様の一人息子。しかし、頭がよろしくなく、武術もからっきしだった。その上惚れっぽい性格で、王も含め城の人たち全員が頭を悩ませている。そんな王子に悪い印象がつかないように、王子の情報はかなり統制され、民衆にはあまり流れてこないんだとか。
「ルーナは惚れっぽい王子様に惚れられてしまい、毎日のように言い寄られている、と」
「そういうことだねー。相手が相手だから、私もどうすればいいのかわからなくって……」
はあ、とお疲れ気味のため息をつくルーナ。わたしは何度か頷いてから顔を上げた。
「ルーナ、お願いがあるんだけど」
「ん、なーに?」
「明日の夜、王子を城下町に呼び出してほしい」
「んぐ!?」
お菓子をつまんだルーナが、わたしの言葉を聞いた瞬間に喉に何かを詰まらせた。ナオがすっとジュースを差し出し、それを受け取ったルーナがジュースを飲み干す。
「ぷはっ! え、アヤちゃん? 何を言ってるの!?」
「言ったままだよ。ルーナには、王子に城下町に来るように頼んでほしい。話したいことがあるとかなんとかでさ。惚れた女の誘いなんて断れるわけないじゃん?」
「もちろん、その呼び出した場所で私達が待ってるから、二人きりじゃないわよ。そういうことよね、彩?」
「そうそう、さっすがナオわかってるー。もし嫌だったら、わたしがルーナになりきって頼みに行くから。そこはハッキリ断ってもらってもいいよ」
「え、私話の流れが読めないんだけどー……?」
ルーナが困惑した表情で、またお菓子を食べる。わたしは人差し指を立てた。
「この前、クロスが獣人界を洗脳してるって話はしたよね。それを解く方法を見つけたんだよ」
「……どうやって、って聞きたいけど、やめておくね。それからー?」
「獣人界の絶対的な権力者を敵に回すのって怖いじゃん。だから、まずは王子をこっちの味方につけるんだよ。王子を味方につけて、王様の洗脳を解いて、協力してもらえるように説得する。それがわたしが考えてる計画」
「さっきの王子様を呼び出す話は、その第一歩って感じね。今のところそれが一番うまく行くような気がするし」
わたしの説明にナオが補足する。ルーナは悩ましげに唸っている。その心配そうな様子を見て、わたしは慌てて言った。
「さっきも言った通り、嫌だったらわたしが代わりにやるから。怖かったら今すぐ降りてくれていい。強制するつもりじゃ――」
「もう、アヤちゃん。私をなめてるんじゃない?」
と、わたしの話を黙って聞いていたルーナが、むっと口を尖らせた。
「私だってそこまで弱虫じゃないよー。この前協力しようって約束したでしょ。オーガ様の扱いはもう心得てるから」
「うわ、悪い女……」
「提案してきたのアヤちゃんじゃない!」
ルーナが文句を言いたげにこっちを見てきたので、ごめんと謝ってみる。ルーナはふっと表情をやわらげ、「任せて」と言った。
「私頑張る。明日の午後十時くらいでいいかなー? お城の近くの公園の前で集合にしよう。普段から人を見かけない静かな所だから安心して。それに、あんまり遠いところにすると、オーガ様来られるかわからないから……」
「わかった。ありがとう、ルーナ。あなたが協力してくれて助かるわ」
「ううん、それほどでもないよー」
ルーナはパタパタと手を振って、照れくさそうにはにかんだ。わたしは内心でガッツポーズする。
思いがけず王族に接触する機会を掴めた。この機会を逃してたまるか……! 帰ったらリンたちとも相談して、どう出るか決めないと……。
わたしは隣に座っているナオをちらりと見る。わたしの視線に気づいたのか、ナオがわたしを横目で見て、ふっと目を細めた。
「それじゃルーナ、よろしくね。明日午後十時、城近くの公園で」
会計を済ませて喫茶店を出たわたしは、別れ際にそう言った。ルーナは頷いてきりっとした顔を作る。
「うん! 絶対に呼び出してみせるよ!」
「ありがと。そこからは私達に任せて」
「うん」
ルーナはまた頷いた。頷いた後に、言い出しにくそうに俯く。
「アヤちゃん、ナオちゃん。こんなこと聞くのって野暮かもしれないけど……二人って、何者なの?」
ナオがわたしの袖を少しだけ引っ張った。どうするの、とわたしに聞いてくるようだった。
それを受けて、わたしは笑って答える。
「能力者だよ」
それを聞いたルーナは、ほっとしたような顔をした。どうしてそんな顔をしたのかはわからないけど、何故か安心したような顔だった。
そのまま、わたし達は別れた。
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「アヤ君たちが出かけている間に、本で調べ物をしていたんだ。そうしたら、こんな本が出てきた」
図書館に帰ったわたし達に、リンがそう一冊の本を差し出してきた。わたしはそれを受け取って表紙を見る。
「『獣人界の成り立ち』……。リン、これ読んだ方が良いかな」
「読んでもいいけど、時間がないならボクが簡略して伝えるよ。どっちがいい?」
「じゃあリンが教えて。わたしが読むだけじゃ多分理解できないし」
わたしはソファに座って、リンを見上げる。リンは「わかった」と頷いて、ふわりと舞い上がる。
「獣人界は、人間界に居場所がなくなった獣人たちが作り上げた世界なんだ。人間たちに良く思われなかったんだろうね。だから、同じような境遇にあった魔法使いや能力者たちと協力して、自分たちだけの世界を作った」
「……なるほど」
「彩先輩」
テーブルに突っ伏していたセイが、顔を上げてわたしを見る。大きな目が、不安そうに潤んでいた。
「こんなこと言いたくないですけど……厳しいんじゃないですか?」
「まあ、そうだね。厳しいかもしれない。でも」
わたしは不敵に見えるように笑って見せた。基本的に、みんな心配性すぎるんだよね。そんな時はわたしが能天気に突っ込んでいかないと。
「厳しい状況なんて、いつものことじゃない?」
さて、どう出るべきか考えないとな。




