第三章 15 力の結晶
わたし達は祠の入り口に降り、絨毯をくるくると畳んだ。祠の奥には重そうな石の扉があり、恐らくあの向こうにわたし達の求めるものがあるんだと思う。
「よし、ようやくここまで来たな」
「だね。あとはここの扉を開けるだけー……っと」
わたしとユーリは扉の前に立つ。今更だけど、千年以上前からあると思われるのにも関わらず、古びた様子なんて一切感じないからすごい。千年も経ったら風化してボロボロになってそうだけど、そんなことはなく、汚れも壊れた部分もない真っ白な祠だ。逆に恐怖を感じるほど綺麗な場所。
「じゃあ開けるよ」
わたしは扉を開けようと手を触れる。すると、
バチン!
音を立てて扉に魔法陣のようなものが現れた。扉に触れた指先が熱くなり、わたしはよろよろと後ずさる。
「あっつぅ……」
「弾かれた……。空の守護者以外は受け付けないってことか?」
「たぶんそうだと思うけど、少しは守護者の力を持ってるわたしを弾くんだよね。本物の空の守護者しか受け付けないのかなー……」
ヒリヒリする手を振りながら、わたしは扉を睨む。わたしには無理みたいだ。ダメージがそこまで大きくないとはいえ、何度も挑戦する勇気はない。
ユーリが顎に手を当てて考え込む。
「いや、その理屈だと……まあいいか。彩、もう一回試してもらえるか」
「うぇえ……?」
「もちろん、何も対策せずに行かせるわけじゃない。手だして」
わたしは口を尖らせながら、痛くない方の手をユーリに差し出した。ユーリはペンダントを外すと、小さな声で何かを言った。
「…………な」
そしてわたしの手にペンダントを乗せ、その上に自分の手を重ねる。それから何やら聞き取れない呪文をぼそぼそと唱えると、パキンと小さな音が聞こえた。
「はい、終わり。これでどうだ?」
ユーリがそう言って手を放す。わたしの手のひらに、もうペンダントはなかった。ユーリの手の中にもペンダントはない。
「あれに込められてた空の守護者の力を彩に渡したんだ。失敗するかもしれないが、とりあえず頼む」
「ん、わかった。ユーリの方はよかったの? あのペンダント、大切なものじゃなかったの?」
「そんなことは気にするな。もう十分付き合ってもらったし、もうそろそろ解放してやるときだっただろ」
ユーリは片手を腰に当て、もう片方の手をひらひらと振った。わたしはこくりと頷いて、手を胸に当てる。もう痛みはない。
「じゃあもう一回試してみる。見ててね」
わたしはくるりと扉の方に向き直ると、両手でそっと扉に触れた。
――さっきの、ユーリの呟き。わたしの聞き間違いじゃなければ、「ごめんな」って言ってた……?
その瞬間、扉の魔法陣が光を放って砕け散った。あまりの眩さに思わず目を瞑って顔を背ける。光が収まった頃、わたしはゆっくりと目を開いた。
開け放たれた扉の向こうに、澄み渡る青空が広がっていた。祠の中に入ったら空が見えるとはどういう構造になっているのか。
わたしは少し疑問に思いながらも、ユーリを振り返った。
「開いたよ! 早く入ろう」
「もう空の守護者の力は持ってないんだが、入っても大丈夫そうか?」
「大丈夫じゃないかな? んー……ユーリ、死なないんでしょ?」
「やられること前提かよ。まあ死なないな。空の守護者の力で消滅させられない限りは大丈夫だとは思う」
「そんなに恐ろしいの!?」
冗談で言ったつもりだったんだけど!
震えあがるわたしを見て、ユーリが少し笑う。
「冗談。流石に消滅は守護者たちの能力には含まれなかったはずだよ。でも、もし何かあったら困るから、ここで待ってる」
「からかわれた……。わかったー、一人で行ってくる」
完全におちょくられている。
わたしはギリギリと歯を噛みながら、一人で扉の向こうへと足を踏み入れた。
壁はなく、あるのは扉と同じ素材で出来た白い床のみ。視界いっぱいに広がる青空をバックに、奥に大きな結晶が浮かんでいた。
「あれが空の守護者の力……?」
透き通った青色の石。ユーリが持っていた石に似ているけど、それよりももっと透明度が高くて綺麗だ。思わず息を呑んでしまうほどに。
わたしはゆっくりとその結晶に歩み寄った。結晶に近づくにつれて、どこか懐かしいような感覚が強まっていく。不思議な感覚だった。
結晶のすぐ傍まで来たわたしは、結晶に向かって祈った。
「空の守護者様。どうかわたし達に力を貸してください」
それから、ゆっくりと結晶へと手を伸ばす。結晶に触れた手が温かかい。
ユーリのペンダントに触れた時と同じように、結晶が水色の光を放ち始めた。水色の光に包まれた結晶は、だんだんと大きさが小さくなっていく。やがて結晶はわたしの手に収まるサイズになって、ゆっくりと舞い降りてきた。
「うわわ……っと」
わたしは慌てて両手を差し出し、小さくなった結晶を受け止めた。ぎゅっと凝縮したのか、さっきよりも色が濃く、深くなっている。宝石とかには詳しくないし、実際に見たことも少ないんだけど、それでもこれに勝る美しさの宝石なんてないと確信を持てるほどの美しさだ。
わたしは結晶を握りしめて胸に当てた後、ユーリに向かって叫んだ。
「ユーリ、手に入れたよー!!」
ユーリの方へ向かってぱたぱたと駆け出して、扉を閉める前に顔を上げた。見渡す限りの青空に、「またね」と心の中で呟いて。わたしは静かに扉を閉めた。
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「それで、これに空の守護者の力が詰まっているということなんだね?」
結晶を光に透かして見つめながら、リンがそう聞いてきた。わたしは「その通り」と答える。
「間違いないと思うよ。すごい神秘的な場所だったし。なんかこの世とは思えないくらい綺麗だった」
「へえ、いいわね。私も行ってみたい」
「この件が一段落したら、みんなで空の旅に出かけるのもいいかもね。息抜きは大事だし」
羨ましそうにナオが言ったので、わたしはそう提案してみた。最近あまりにも立て続けに事件が起こってるから、一日くらい羽を伸ばす日があってもいいと思うんだよね。
「とりあえず空の守護者の力は手元にあるわけだから、これからの方針を決めないか」
わたしが空の旅に思いを馳せていると、ユーリがそう切り出した。リンも頷いて眼鏡の位置を直し、姿勢を正す。
「ボクたちが確実にどうにかしなければならないのは、研究所だけど……。王様もこのままにしておくわけにはいかないと思うんだよね」
「確かに。研究所に忍び込んだところで、兵士たちに邪魔されちゃったら面倒なことになりますし。そうなることは避けたいです」
「って言っても……王の洗脳を解くためにはどうすればいいのか、って話よね」
ナオが眉間に皺を寄せる。わたしはリンに結晶を返してもらい、手の上で転がしてみた。ちなみに、この結晶はわたしの意思で砕いたり元に戻したりできる。便利。
「この結晶から、強い力がビシビシ伝わってくるんだよね。だから、城の中央とかに置けば効果が発揮されるような気がして」
イメージ的には魔除けみたいな感じになるのかな。城のどこかに設置して、洗脳を解いて……ということは。
「もう城に殴り込みに行くしかない。ここまで来たらライオネル王とも話して協力してもらいたいし。城に石を設置して、洗脳を解いたところで説得開始だよ」
「大きく出たねアヤ君……」
わたしのあまりにも大雑把な結論に、リンが苦笑する。今まで黙って話を聞いていたユーリがわたしを見た。
「その方法は?」
「これから考える! わたし、今からルーナって子に会いに行かないといけないから、とりあえず抜けるよ。城下町行ってくる」
わたしは石を握ると、少しだけ力を分けて欲しい、と念じた。小さく欠けた石をポケットに入れて『幻惑』を使う。と、
「ちょっと待って。私も行く」
ガタンと椅子を鳴らして、ナオが立ち上がった。ナオはわたしを見て肩をすくめる。
「ずっと一人で行かせるのは心配だったのよ。その結晶を持っていれば洗脳を受けないんでしょ? 今日は絶対についていくから」
ナオってこういうところ頑固なんだよな……と呆れつつ、ちょっと安心してしまうところもあり。
わたしはポケットから石を出すと、ナオの手に落とした。
「じゃ、ついてきて。邪魔しないでよ?」
「そんなことしないわよ。そっちこそヘマしないでね」
「誰がすーるーかー」
久しぶりにナオと出掛けることに少しだけ心を躍らせつつ、わたしはそう口を尖らせた。




