第三章 14 空の守護者の祠へ
「よし、じゃあ行くよー」
図書館の中心、天井ギリギリまで上昇したリンが、わたしに向かって手を大きく振った。元々小さいリンの身体は、そこまで高いところまで離れてしまってもう豆粒みたいな大きさだ。わたしは「はーい!」とリンに向かって叫ぶ。
と、その直後、わたしの目の前にガラス細工の置物が落ちてきた。リンが落としたものだ。あの高さから落下しているから、かなりの速度がある。
「『念動力』っ!」
わたしは咄嗟にそう唱え、ガラスの置物を下から持ち上げるような意識を持ってそれを見つめる。ピタリ、と置物がわたしの眼前で静止した。
「よし、これを更に――返すよ、リン!」
静止した置物を、さっきよりも大きな力で持ち上げる。置物を追うようにリンへと視線を向ける。置物は勢いをつけてぐんぐんと急上昇し、やがてリンの声が聞こえた。
「アヤ君、ちゃんと受け取ったよ!」
「ナイス! うまく行ってるね」
わたしはパチンと指を鳴らした。続けざまに、リンは肩にかけていたカバンをひっくり返す。
「次はこれだ! 全部拾ってね!」
リンがひっくり返したカバンに入っていたのは、ガラス玉だった。二十個はあるだろうか。ガラス玉がわたしに雨のように降り注ぐ。
「ざーんねん、わたしがどれだけ頑張って練習したと思ってるんだ!」
わたしはそう啖呵を切り、両手をガラス玉に向かって突き出す。
「『念動力』!!」
そしてその瞬間、わたしをめがけて落下していたガラス玉が一斉に空中で止まった。一つも取り落とすことなく、すべてのガラス玉が宙に浮かんでいるのは、なかなかに幻想的な景色ともいえた……かもしれないけど。
「はい、お疲れさま」
ナオのその一言が聞こえて、わたしは「ぶはっ」と後ろに倒れ込んだ。わたしの後ろにはソファがある。わたしはソファにぐでんと横になり、「疲れた!」と叫んだ。
「でも、これでどう? だいぶ安定して扱えるようになって来たよね!?」
わたしは手を突き上げ、手のひらをぐーぱーと動かす。と、ガラス玉を回収してきてくれたらしいリンとユーリが、わたしを覗き込んだ。
「うん。一昨日の時点では全部落としてたのに、すごい進歩だよ」
「及第点ってところか。こんな短期間でよく頑張ったな、彩」
「うわあ、褒められたぁ……。鬼教官たちに褒められてるぅ……」
ユーリに能力をコピーさせてもらってから三日目、ようやく認められるレベルまで達することが出来ました。まあ、今は急を要する事態ってことで、これは本当に最低ラインなんだけど。
「じゃあ、これで空の守護者の祠に向かうってことですね?」
わたしは上体を起こす。すると、セイが向こうから絨毯を抱えて歩いてくるところだった。
「これでいいですか? 絨毯に乗って行くんですよね?」
「おー、ありがとう! やっぱり絨毯だよね。乗れるし」
「他のものにも乗れるとは思うけどな」
絨毯を一度広げながら、ユーリがぼそりと呟く。わたしは華麗にそれを聞き流した。だって、空を飛ぶんだったら……ね? 本当は箒でもいいんだけど、二人では辛いような気がするし。
絨毯と言うよりはカーペットみたいな感じで、薄くて畳みやすい。わたしはそれをくるくると畳んだのち、立ちあがった。
「よし、もう行こうか。こんなところでうだうだしている暇なんてないし」
「そうだな。じゃあリン、行ってくるよ」
ユーリも立ち上がり、わたしの隣に並ぶ。わたしの正面に立っているナオが、控えめに微笑んだ。
「いつも、任せてばかりでごめんなさい。頑張ってね」
「いーよいーよ。その代わり、空の守護者の力持ち帰ってきたら、洗脳解いてめちゃくちゃこき使ってやるからね!」
わたしはそう笑って、ユーリと一緒に祠の場所へと転移した。
*******************
「さて、ここからが本番だね」
わたしは地面に絨毯を敷き、その上に乗った。そして隣をバシバシと叩く。
「ユーリもここに座って」
「はいはい……。で、持ち上げればいいんだよな?」
ユーリはわたしの隣に腰を下ろすと、絨毯に片手を当てた。なんか様になっててカッコいい。
「うん。よろしく」
「しんどくなったら言うから、その時は代わってくれよ。よいしょ……っと」
そうユーリが言い終えると同時に、絨毯がふわりと浮かび上がった。一瞬風にあおられるも、すぐに立て直してゆっくりと上昇していく。
ぐんぐん離れていく地面を見て、わたしは歓声を上げた。
「わぁっ! 浮いてる、わたし空飛んでる!!」
「落ち着け落ち着け。あんま暴れると落ちるぞ。あー馬鹿、身を乗り出すな!」
ユーリに襟首を掴んで戻され、わたしは「いてっ」とユーリにぶつかった。
「でも、わたしとしては空を飛ぶのなんて初めてだし……。興奮しちゃうのも無理はなくない? あー、いいねえ空の旅」
「こんなにはしゃぐなら、命綱でも用意しておけばよかったな。もうそろそろ落下したら死ぬ高さだろ」
ユーリが下の様子を窺ってぶるぶると首を振る。わたしも下を覗くと、確かにもうだいぶ上まで来ていた。三階建ての校舎より高いし……これ、何メートルくらいなんだろう。
「彩は高いところ平気なのか」
「そうだね。別に苦手じゃないし、むしろ爽快な気分?」
「はー、この高さで爽快とかおかしいだろ」
対するユーリは高所が苦手なようで、出来るだけ下を見ないようにしながら能力を使い続けている。なんか申し訳ないことをしちゃったような気がして、わたしは「大丈夫?」と聞いてみた。
「えっと、怖い?」
「……昔、お前みたいに高いところが好きな奴らに連れ回されたことがあるんだ。それに比べたら穏やかで楽しい旅だよ」
はは、と乾いた笑い声を上げるユーリ。確かにだいぶ穏やかかもしれないけど、それでも何をしたんだろうとは思うよね。バンジージャンプとか、スカイダイビングとか?
軽い会話をしながら、わたし達は絨毯に乗って空を飛ぶ。時々役割を交代しながらの空の旅だ。今日は風もなくて、穏やかで快適に空を飛ぶ。
わたしがユーリに何回目かの交代をしたとき、ユーリが「彩」と名前を呼んできた。
「ん?」
「お前は人間なんだよな? どうしてここにいるんだ?」
「あー……そういえば話してなかったね」
いろいろ話すことが多かったから、自分たちの話は後回しになっていることが多かった。わたしは苦笑する。
「人間界がクロスに奪われたというか、クロスのものになったんだよ。地球上の生物が全部いなくなって、クロスの異空間の中に仕舞われてる。わたしは妖精図書館に居たからそれを免れることが出来て、クロスから人間界を取り戻すためにこうして動き回ってるわけですよ」
「妖精図書館に出会ったのはいつだ?」
「えーっと……人間界が奪われる四日とか五日前くらいかな。あんまりハッキリとは覚えてないんだけど。本を開いたら突然妖精図書館に行っちゃって、それでリンに言われたんだよ。『君の物語を書きたいんだ』って」
そういえば、今でもその物語って書かれてるんだろうか。たぶんリンが想像してたのよりハードな感じになっちゃってるけど。
「それはつまり、彩が能力とか魔法とかに関わりだしたのはリンがきっかけってことか?」
ユーリにそう聞かれ、わたしは頷いた。
「まあ、そういうことになるかな」
「ふーん……なるほどな。ごめん、急にこんなこと聞いて」
「いいよいいよ。いずれは話しておきたい話だしね」
わたしは手をひらひらと振る。これからもできれば協力してほしいし、それなら事情は話しておかないといけないからね。
ユーリはどこか遠くを見つめて呟いた。
「リン、か」
その横顔を見ながら、ユーリもまあ謎が多い奴だよなと思う。そりゃ千年も生きてたら何か思うことはあるのだろう。よくわかんないけど。
と、途端にユーリがぐったりと頭を前に落とした。
「彩、なんか空気薄くね……?」
「えっ、そう? ユーリがそういうの敏感なだけじゃないかな。わたし何ともないし」
でも、確かにこの高度まで来れば空気も薄くなるかもしれない。結構高いところまで来たからなあ。
そう考えながら上を見上げて、わたしは歓声を上げた。
「ユーリ、あれ、見て!」
わたしは上に見える石造りの建物を指さす。
「あれが、空の守護者の祠じゃない!?」
わたしの声に顔を上げたユーリが、ハッとしたような顔をする。
「……ああ、間違いないだろうな」
真っ青な空に浮かぶ白い祠。それは、とても神秘的なオーラを纏っていた。




