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第三章 13 協力関係

 ウサギの女の子に案内されて入った喫茶店で、わたし達は席について向かい合った。

 わたしの周りには誰もいない。しっかりしなきゃ、と自分に喝を入れる。


「じゃあ、まずは自己紹介かなー?」


 女の子はメニューをテーブルの上に置いて、にっこり笑う。


「私はルーナ。もう知ってるかもしれないけど、お城で働いてるんだー」

「わたしの名前は……アヤ。それで、ルーナは何をしたいの?」


 わたしがそう聞くと、ルーナは「せっかちさんだねー」と苦笑いした。


「まずは飲み物頼もうよ。アヤちゃんは何飲むー?」

「あ、じゃあミックスフルーツジュースで」

「ふふ、かわいいねー」


 ルーナは何かの紅茶を頼んでいた。わたしは紅茶は飲めないからジュースだ。喫茶店なんて、獣人界ではもちろん人間界でもそんなに行ったことないから、安定っぽい飲み物が良い。


「じゃあ、私があなたを呼んだ理由を話すね」


 ルーナは何かを決意したようにきゅっと口を引き結んでから、わたしを見た。


「アヤちゃんは、研究所について知ってたよね。どうしてあんなこと知ってたの?」

「あんなこと……っていうのは、警備の話? 侵入の話?」

「うん」


 まあ、気になるとすればその話だよね。焦ってたとはいえ迂闊だったな……と自分の行いを後悔しながら答える。


「興味があって調べてたんだ。ほら、研究所ってガッチガチなセキュリティで有名じゃん? その穴を見つけたくて。無理そうだけど」

「せきゅ……? 確かに、研究所はすごく厳しい警備だよねー。とてもじゃないけど、私たちみたいな一般人じゃ抜けられないよー……」


 そう言ったルーナの表情が、曇ったような気がした。わたしは少し身を乗り出す。


「そのことが気になって、わたしを呼んだの?」

「……うん。私も研究所に興味があって、二回もあそこで会ったから、どうしてなのかなって気になったの。アヤちゃんとは気が合うんじゃないかなーって。他にも研究所について何か知ってることがあったら教えてほしいなー」

「えー、わたしも失敗ばっかりで特別何か知っているわけじゃないんだけどなあ……」


 とりあえず、わたしがずっと研究所の様子を窺っていた場所を教える。あそこはなかなか見つからないからおすすめだ。

 そんな話をしていると、テーブルに飲み物が運ばれてきた。紅茶のカップを両手で包み込むようにして、ルーナは俯いた。


「ねえ、本当に……アヤちゃんは興味だけなんだよね?」


 その寂しげな、不安げな口調に、わたしは賭けに出ることに決めた。


「わたしもルーナに頼みたいことがあるんだ。ちょっといいかな」

「え、そんなに大きなことじゃなければ……」


 ルーナがこくりと頷く。わたしは覚悟を固めて口を開いた。


「わたし、今度研究所に侵入しようと思ってるんだけど、協力してくれない?」

「!?」


 俯きがちだったルーナが、その途端にガバッと顔を上げた。急いで辺りを見回した後、わたしの方へ身を乗り出してくる。


「きゅ、急になんてこと言うの! もし誰かに聞かれてたらどうするの!?」

「ごめんごめん……。で、どう?」

「なんで、私なの?」

 

 不安げな瞳でわたしを見つめるルーナ。わたしは少し笑って首を傾げた。


「いるでしょ、能力者の知り合い。たぶんだけど研究所に」

「――!!」

「わたしも捕らわれてる能力者たちを助けたいと思っててさ。なんとなくだけど、ルーナはわたしと同じ目的で研究所を覗いてたんじゃないかって」

「…………その口ぶりだと確証はないのかな。賭けに出たねー、アヤちゃん……」


 そう言って、ルーナは紅茶を一口飲んだ。心を落ち着かせるように呼吸をして、それからわたしを見た。


「当たりだよー、アヤちゃん。私もまさか同じ目的の人に会えるなんて思ってなかった。もう乗るしかないよねー?」

「……え、いいの?」


 あまりにもアッサリ了承してもらえたので、わたしは拍子抜けで聞き返す。


「いや、誘っておいて言うのもなんだけどさ、ルーナってどうしてわたしのこと信じられるの?」

「どうしてって……ちょっと酷いこと言うかもしれないけど、ごめんね」


 そう前置きして、ルーナは話す。


「私、アヤちゃんの推測通り、研究所に能力者の友達がいるんだー。その子を助けるために、たとえ一人でも、研究所に乗り込もうと思ってた。きっとすぐ捕まっちゃうって覚悟したうえで、僅かな可能性に賭けて。もしその子が酷い目に遭っているのなら、私がどうにかしないといけないから。もしアヤちゃんが研究所の研究員で、わたしを裏切ったとしても、捕らえられるって結果はそう変わらないと思うんだよねー。だから、私はアヤちゃんを信じることに決めたんだよー」

「なるほど」


 捕まえられることを前提としたOKか……。なかなかネガティブな考えだ。まあ、信用してもらえて良かったんだけど。


「それで、私たちはこれからどうすればいいのー?」

「実は、研究所の方とは別件でどうにかしないといけないことがあって……。たぶん、まずはそっちをどうにかしないといけないんだよね」

「そっか。じゃあ、私は研究所の様子を窺っておくね。本当は今すぐにでも向かいたいところだけど……」

「それで失敗したら本末転倒だからね。気持ちはわかるけど、慎重に行こう。あ、それともう一つ頼みたいことがある」

 

 わたしは指を一本立てた。


「城で働いてるんだよね? それなら、城の様子も教えてくれると助かるな」

「お城の? わかった、いいよー」


 不思議そうな顔をしながらも、ルーナは頷いてくれる。とりあえず城の様子は知っておきたい。ライオネルは明らかに竜とかかわりがあるみたいだしなあ……。


「そうだ、竜ってどう? まだ城下町に来てるの?」


 思い出してそう聞くと、ルーナは目をぱちぱちさせた。


「え? アヤちゃん、知らないの?」

「実はわたしここに住んでないから」

「んー、なるほどー。毎週一回は来るよ。いつ来るかは不定期だけどねー」


 ルーナはそう答えてから、「アヤちゃん」と不安げにわたしの名前を呼んだ。


「こんなこと誰にも言えないんだけど、アヤちゃんならわかってくれるかなー……」

「どうしたの。王に逆らう仲間として、なんでも話してくれていいよ?」


 なんとなく次に来る話を予想しつつ、わたしはどんと胸を叩く。ルーナは小さく頷いて話しだした。


「私、竜が怖いんだ。みんなクロス様の使いだって崇めてるけど、私にはそうは思えなくって。んーと、なんて言ったらいいんだろう。私にもね、とっても尊いものだって感じる部分はあるの。というか、最初の方はそう信じてた。でも、それからだんだん、竜やクロスのこと、ライオネル様も信じられなくなってきて……。私、どうしちゃったんだろう……」


 不安そうなルーナとは反対に、わたしはその話を聞いて胸をなでおろしていた。良かった、ルーナにも効いてなかった……ってことは、やっぱり能力者と関わっていた人もある程度退けられるってことか。


「いや、わたしも同じだよ。わたしもクロスのことは信じられないし、むしろ敵だと思ってる。この状況はクロスのせいだよ」

「クロスのせい、って……」

「そう。それを何とかするために、わたし達は頑張ってるんだ」


 わたしはそう言ってジュースを飲む。結構喋りっぱなしだから、口が渇いてしまう。ミックスフルーツジュースはビックリするほど甘かった。


「ルーナの友達ってどんな人なの?」

「ふふ、すごく元気な子だよー。いつも明るくってね。最近能力に目覚めたばっかりなの。嘘がつけない性格だから、すぐにバレて、研究所に連れて行かれちゃった……」


 ルーナはそう話して寂しげに笑う。そんなルーナに、わたしは手を差し出した。


「じゃあ、絶対に連れ戻そう」

「……うん!」


 ルーナがわたしの手を握る。ほっとしたような、嬉しそうな笑顔。わたしも笑い返す。


 二日後またここで会おうと約束して、わたし達は手を振り合って別れた。

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