第三章 11 祠の場所は?
「だめだーー!!」
図書館に帰ったわたしとユーリは、ソファに倒れ込みながらそう叫んだ。
「なんにも見つからなかった! 祠の痕跡すらもない! 本当に城下町の周りにあるの?」
「あるわけないだろ。諦めろ。やっぱりもうクロスに殴り込みに行くしかないんだよ……」
「諦めるのが早すぎるんじゃないの?」
ぐでぐでになったわたし達を、ナオが腰に手を当てて見下ろす。
研究所の前でやらかした後、わたしはユーリとの集合場所へと急いだ。それから祠があると思われる場所を三カ所くらい回ったんだけど――成果はなし。ひたすら歩き回ったわたし達は、疲れ果てて帰って来たのだった。
「どうしてあそこにあるって踏んだんだ? 何もなかったが」
「古い地図の絵みたいなものがあったんです。古かったのであまりよくわからなくて、候補地がいっぱい出ちゃったんですよ」
「あー……それ見せて」
ユーリが死にそうになりながらもセイから古びた紙を受け取り、わたしにも見せてくれた。わたしはナオに向かって「新しい紙ちょうだい」と手を突き出す。
「自分で取りに行きなさいよ……はい」
「ありがと。で、『コピー』っと」
わたしはくしゃくしゃの地図と新しい紙のそれぞれの上に手を置き、コピーを使う。いくらかぼやけてはいるものの、滲んだり破れたりしていた古い方の地図に比べれば、だいぶ見やすくなった。
「わあ、彩先輩すごいです! これで丸がついている場所が絞れましたね!」
「インクが薄れたり滲んだりして他の場所に写ってたから、場所がハッキリしなかったのね。こんなに簡単にわかるなら、初めから彩を呼んで、コピーしてもらえば良かった……」
「それはわたしも思ってるから……」
わたし達の今の疲労は何だったんだって話だもんね。地図に残った一つの丸をじっと見つめながら、わたしはため息をつく。
「まあまあ、いいじゃないですか! これで明日には見つかるんですから! あたし、リンにちょっと報告してきますね! リンってば部屋に籠りっきりで出てこなくって」
びし、と敬礼をして、セイがリンの部屋へ駆けていく。去っていく足音を聞きながら、わたしはもう一度地図に目を落とした。
明日は空の守護者の力を手に入れるとして、そのあとはどうすればいいんだろう。どうしたら、獣人界全体の洗脳を解けるんだろう……。
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「おかしいなあ……?」
わたしは手に持っていた地図を上下逆さまににした。傘から落ちる雫が地図を濡らす。隣でユーリがため息をつきながら辺りを見回していた。
「何もないな」
「何もないね? おかしいよ、こんなの!『ちょっとナオ!』
『どうしたのよ。そんなに騒いで』
『何もないよ!? なーんにもない! この地図って本当に合ってるの!?』
『合っているはずなんだけどなあ……。ちょっと待っていて。もう少し資料を漁ってみるよ』
リンの悩まし気な声が聞こえてくる。ユーリを見ると、何もない、と言うように肩をすくめた。それもそのはず、この辺りはひたすら何もない平原が広がっているだけなのだから。向こうの方に城下町が見えるだけで、あとは何もない。
「ユーリ、なんか他に心当たりないの? 昔から生きてるんでしょ? その祠の話とかもっと知らない?」
「もともとは魔法界や人間界にもあったらしいけど、そこにあった力は回収されたから、残っているのは獣人界の分しかない、ってくらいしか」
「追い打ちをかけないでよ……」
他の手段はないってことじゃん……と肩を落とし、ユーリの隣に並ぶ。
「空の守護者ってどういう人たちだったの? ユーリは会ったことある?」
「……とりあえず強かったな。兎にも角にも実力主義の集団。竜に乗って空を飛んでいる姿を見るだけで、恐れ戦く人もいたとか……」
「ちょっと待って」
わたしはそこでユーリの話を止めた。あまりにも聞き逃せないことがあったからだ。不思議そうにこちらを見るユーリに、わたしは慎重に尋ねる。
「『竜に乗って』って、どういうこと?」
「え、知らなかったのか」
ユーリは至極当然と言うように、表情も変えずに答えた。
「竜は空の守護者の眷属なんだよ。空の守護者のために竜は存在していた。空の守護者の傍には、いつだって竜が寄り添っていたんだ。竜に乗って移動する姿は、空の守護者の象徴だったと言っても過言じゃない」
「え、でも、クロスは……」
「ああ。真相は誰にもわからないよ。奴があの時何を思って空の守護者たちを滅ぼしたのかなんてさ。考えるだけ無駄だ」
ユーリの話し方は、まるで吐き捨てるかのようだった。
クロスが、空の守護者の眷属。考えても無駄だと言われても、考えざるを得ない。
どうしてクロスは――。
『彩先輩、ユーリ、追加情報です! 喜んでください!!』
無駄な思考スパイラルに陥りかけた時、セイの元気な声が頭を貫く勢いで聞こえた。わたしは思わず顔を歪める。
『え、なに? なんて言った?』
『追加情報だよ。アヤ君たちはコピーした方の地図を持って行っただろう? こっちに置いてあった古い方の地図を見ていたら、裏側に何か走り書きされているのを見つけたんだ。昔の文字だし字も荒かったから解読に少し時間がかかったんだけど、ようやく今解読できた』
『何が書いてあったの!?』
わたしは食い気味に聞く。顔は見えないけど、リンが得意そうな顔をしたのが目に浮かぶようだ。
『「守護者の足でしか辿りつくことは出来ない」だよ』
『リンは昔の文字を解読できたことで喜んでるんだけど、肝心な内容はさっぱりわからないのよ。文章がわかっても、意味していることがわからなければどうしようもないのに』
ナオのため息を聞きながら、わたしはユーリにリンから聞いた言葉をそっくりそのまま伝えた。
「守護者の足か」
「守護者の足だって」
「…………………」
数秒間の沈黙。その後に、わたしとユーリは同時に顔を見合わせて叫んだ。
「「竜!!」」
空の守護者の移動手段だった竜。これしか当てはまるものはあるまい!
ということは、とわたしは上を向いた。視界を遮った傘を下ろして、雨模様の空を見上げる。
「空の守護者の祠は、空に浮いている? 天空の祠?」
「周りに高いものもないし、それで合ってるだろうな。彩、リンたちに連絡」
「了解!」
わたしはテレパシーで『わかったよ』と簡潔に連絡する。
『守護者の足が示しているのは竜。つまり、祠はこの場所の上、空中に浮いているんだよ、今は雨が降ってるからよく見えないけど、きっとここを上っていった先にある!』
『へえ、よくわかったわね。空の守護者なんだから空にあるかもしれないって、もっと早くに気付きたかったけど……』
『わかったならいいじゃないか。それで、どうやってその場所まで行くんだい? 空を飛ばないといけないんだろう?』
『それはユーリの能力で――』
「問題は、どうやって祠まで行くかだな」
わたしがリンの質問に答えようとしたその時、ユーリがそう呟いた。「え?」とわたしがユーリを見ると、ユーリも「え」とわたしを見つめ返した。
「何があった? この推理は間違ってたのか?」
「いや、それは合ってるはず。ユーリの能力って、空を飛ぶ能力だよね?」
「え、違うけど」
「違うの!?」
ナオたちとの会話がまだ途中なのにも関わらず、わたしはユーリに詰め寄る。
「え、でも、わたしを穴のところから運んでくれたよね!? あれは何だったの!?」
「あー、空を飛ぶっていうのはあながち間違っちゃいないけどな。正しくは『物を操る』能力。彩にナイフを飛ばしたときのことを思い出せばわかりやすいんじゃないか? 彩を地上まで運んだときは、彩を包んでた布団を能力使用の対象にして操ったんだよ。物を動かせるだけで、生物には干渉できないからな」
「そういうことか……」
わたし、てっきりユーリの能力は「空を飛ぶ」っていう能力だと思ってたからなあ。ナイフのこととか忘れてた。今まで話すことが色々ありすぎて、能力の話もゆっくり出来てなかったし。
種明かしに唸っていると、ふと、わたしは一つの可能性に思い当たった。
「ってことは、わたしを運んでくれたときみたいにすればいいんじゃない? 二人で何かに乗って、それを能力で動かすんだよ。例えば絨毯とかさ!」
「いや、無理無理。人が乗っかるだけでだいぶ負荷が大きくなるんだよ。彩を運んだ時、あの高さでもかなり疲れたからな?」
「一人でやれとは言ってないよ。二人でやるなら、どう? いける?」
わたしがそう聞くと、ユーリは不思議そうな顔をした。ポタリと傘の端から水が落ちる。
「二人なら試してみる価値はあるかもしれないけど、他に誰を呼ぶんだよ。同じような能力者に心当たりがあるのか?」
「わたしがやる」
「は?」
ユーリが眉を顰める。わたしはにやりと笑って、ユーリに向かって手のひらを差し出した。
「実はわたし、人の能力をそっくりそのまま写して使える、コピー能力者なんだよね」
「…………はは、なるほどな」
ユーリは一瞬呆気にとられたような表情をして、すぐに仕方なさそうに、呆れたように笑った。
「わかった。乗ってみるか、その提案」
そして、わたしが差し出した手を、少し荒っぽく掴んだのだった。




