第三章 10 空の守護者の力
ユーリの言葉に、みんなの視線が一斉に集まった。わたしはゆっくりと息を吸う。
「わたしに、空の守護者の力が?」
「うん」
「いやいやいや、ないないないないない!!」
わたしは光の速さで首を横に振った。頭を振りすぎたせいでグラッとめまいがする。ふらつきそうになりながらも、ユーリに詰め寄った。
「んなわけないじゃん! わたしが? 空の? そんなの無理だよ! 空の守護者の力って、人間界で手に入るような安物なの!?」
「いや、そんなわけないだろ」
「だよね!? それならおかしくない!? わたし、そんな心当たりなんてないけど!」
ひたすら叫び散らかすわたしに、ナオが耳を押さえて「彩、うるさい」と言ってきた。そのあまりにも嫌そうな表情に、何とか理性を取り戻すわたし。飛び出そうとしていた言葉を飲みこんで、息を吐き出す。
「ごめん。でも、本当に心当たりないんだよね。どういうことなの」
「ボクたちにもわからないけど、空の守護者の力さえあれば、この問題は何とか解決できそうだよね。それを手に入れるためにどうすれば良いのかがわからないんだけど」
「そうね。とりあえず、彩が本当に空の守護者の力、または加護を受けているか分かればいいんでしょ? ユーリ、何かいい方法はないの?」
ナオに無茶ぶりをされたユーリは、少しの間考え込む。その間にもわたしの心臓はバクバクだ。
本当にわたしに空の守護者の力が? 本当に? いや、そう簡単に信じられる話じゃないよねこれ。
「じゃあ、これを握ってみるとか」
わたしが混乱していると、ユーリがわたしにあの石を差し出してきた。セイが石を覗き込みながら首を傾げる。
「握ったら何かわかるんですか?」
「そんなこと聞かれてもわかんねぇよ。とりあえず試しにやってみるだけ。ほら彩、早く受け取れ」
「うわぁ脅迫。拒否権ないじゃん」
ユーリって目が鋭いんだよね。怖い。常に睨まれてるみたい。
わたしは首をすくめながらその石を受け取った。
と、その時。
わたしの手の中の石が、淡く光り始めた。深い青色の中に、明るい水色の光が弾ける。それを見てセイが「決まりですね!」と歓声を上げた。
「ユーリが持っていた時は何も起きなかったですし、これで彩先輩が空の守護者の力を持っていることは確定です! やりましたね!」
「んー……。とりあえず返すよ。はいユーリ……って、みんなどうした」
ユーリに返そうと手を突き出したところで、わたしはナオ、リン、ユーリの三人が黙り込んで真剣な顔をしていることに気付いた。リンは顔を上げて、わたしとセイに向けて微笑む。
「なんでもないよ。これからどうするかを考えていただけ」
「そっか?」
「とりあえず空の守護者の力が対抗できる力だとして、ユーリと彩だけで獣人界全域の洗脳を打ち払えるの?」
「いや、無理だろうな」
わたしから石を受け取りながら、ユーリがきっぱりとそう言う。
「この石はあくまでお守り程度であって、そこまでの力はない。たぶん彩も、空の守護者一人分の力は持ってないしな」
「ええっ。じゃあ、どうすればいいんですかー」
「記憶が確かなら、獣人界に何かあったはず……リン、空の守護者の伝承みたいな本ってあるか?」
「あるよ。ちょっと待って」
リンは目を閉じて、それから手を叩く。山積みにされていた本の一部が片付けられ、代わりに新しい本が現れる。
ユーリがその中の一冊を手に取り、ぱらぱらとページを捲り始めた。
「うろ覚えなんだが、空の守護者の力が保存してある祠みたいなものがあった気がするんだよな……」
「祠?」
わたし達も同じように本を開いてその祠とやらを探してみる。それから少し経ったとき、べしんと何かを叩く音がした。
「痛っ」
「何寝てるのよ。自分から探し始めておいて、寝るの早すぎじゃない?」
「あー、眠い……」
ユーリが目を擦る横でナオがシラッとした目を向けている。なんかよくわからないけど、とりあえずユーリが居眠りしたらしい。
「まあ、調べ物はボクたちがするから、アヤ君たちには外で行動してほしいな。せっかく外でも動ける二人なんだから時間を無駄にしてほしくない」
リンにそう言われ、わたしは立ち上がった。のびをしながらユーリの方を振り返る。
「ん、そう? じゃあマツさんに地図受け取りに行こうかな。ユーリも来る?」
「行く」
「よし、じゃあ決まりだね」
というわけで、わたしはまた姿を変えて、ユーリと二人でタケの家へ向かった。
マツさんは丁寧な地図を既に用意してくれていて、「支度もできているし明日には出発しようと思う」と話してくれた。だいぶ急な話だけど、状況が状況だし、わたし達のことも考えてくれているのだろう。ありがたかった。
お礼を言って村を出たところで、リンの声が頭の中に響く。
『空の守護者の祠? の場所について、いくつか候補が上がったよ。城下町の周辺にあるみたいだ。ただ、周辺と言っても正確な位置がわからないから、候補地に行って調べてきてほしい』
『おっけー、城下町ね』
わたしはそう頷いて、ユーリにリンから聞いた話と場所を伝えた。
「城下町の周りに散らばってるな。住んでた森の方にはないみたいだけど。彩は城下町も見たいんだろ?」
「まあ、出来ればだけど。魔女の騒ぎがどうなってるかとかも知りたいし、マツさんから貰った地図を見ながら実際に歩いてみたいし」
ちなみに、ユーリは魔力を奪われているので魔法が使えません。つまり、単独行動をさせると連絡手段も帰る手段もなくなります。
わたしとユーリはしばらく考え込んだ。
「んー、じゃあ彩は城下町行って来いよ。候補はこっちが回る。今から一つ目の場所行ってくるから、二つ目の場所で合流しよう。二つ目の場所なら城下町からも近いだろ」
「わたしはいいけど、ユーリは大丈夫なの? やられたりしない?」
「ばーか。この程度の騒ぎでやられるんだったら、千年も生きられねーよ」
べし、と頭にチョップを食らった。頭を押さえるわたしを見て、ユーリはどこか満足げだ。
「いてて……じゃあ、ユーリが居た森の近くで下ろしてもいい?」
「いいよ。えーっと、ここで集合な」
わたし達は持っていた地図で場所を確認し、それぞれに分かれた。わたしはユーリを森の近くまで送っていった後、城下町に飛ぶ。
「なるべく早く下見は済ませて、ユーリとの集合場所に行かないとなー」
何しろ連絡手段がないから、今わたし達はかなり大胆なことをしていることになる。わたしはマツさんから貰った地図を手に、城下町を駆け抜ける。
まだ町の至る所に、魔女の使命手配書みたいなものが貼りつけられていた。騒動は収まるどころかより大きなものになっているらしい。魔女はこれから異空間で保護するから、そう簡単には見つからないと思うけど。
幸いなことに、マツさんの居候先は研究所の近くの通り沿いにあったから、あまり迷わずに辿りつくことが出来た。
古めの小さなアパートみたいな感じで、ここの二階の部屋を貸してもらうらしい。わたしはここを訪問すればいいってわけだ。
「よし、覚えた覚えた。これでオッケーっと」
地図を折りたたんでポケットに入れ、何気なく研究所の方を見やる。別に他意はなくて、ふと視界に入ったって感じだ。
すると、研究所の近くの建物の陰から飛び出しているウサギの耳が見えた。わたしが見える位置からは耳しか見えないけど、たぶん……ってか当然、ウサギがいるのだろう。
あんなところにいるってことは、何か研究所に用がある?
すぐに目的は果たせたから、まだ時間はある。わたしはそのウサギ耳の方へと近寄っていった。
近づいていくと、建物の後ろに隠れるようにして、研究所の入り口を覗いているウサギの女の子がいた。女の子って言っても、わたしより年上かな。緊迫した表情で、息を殺して研究所の方をじっと見つめている。少し後ろにいるわたしには気づいていないようだ。
なんだか見るからにワケあり感あふれる光景だ。いつぞやの自分を思い出すよ。何日張り込んでも何の成果も得られなかったあの頃の自分を……。
「…………っ!」
何やら意を決したように、ウサギの女の子は建物の裏から一歩を踏み出した。門への道を歩いていこうとする。まさかの正面突破だ。
確か、この時間は意外と警備が厳しかったはず……! この人が何をしようとしているかはわからないけど、たぶん実行すべき時は今ではない!
わたしは慌てて走って、女の子の腕を掴む。と、
「きゃああああ!?」
「しっ、静かに! 気づかれる! 待って待って落ち着いて!!」
あまりにも綺麗な悲鳴を上げたウサギの女の子を、焦りながらも建物の裏に引きずり込む。
「危ないって! この時間はあんまり巡回がいないように見えるけど結構いるから! 研究所に忍び込むことすらリスキーなんだけど、その中でも狙い目は午後三時過ぎくらいだよ」
「…………えっと?」
わけがわからない、といったようなポカンとした表情を浮かべるウサギの女の子。それと同時に、研究所の方から「どうしたんだ!?」と叫ぶ声と足音が聞こえ、隠れる間もなく、警備の人がわたし達を見つけてしまった。
「あー……」
これは怪しまれること間違いなしだ、ブラックリストに入れられて今後警戒されてしまう……と覚悟したとき、ウサギの女の子が一歩前に進み出た。深々と頭を下げる。
「お騒がせしてしまって申し訳ありません。角を曲がったところで急に友人が現れたので、驚いてしまって……。城からの伝達のために参りました。これを」
「ああ、なるほど。受け取りました。ありがとう」
女の子が警備の人に紙を一枚渡すと、警備の人は納得したようにそれを受け取り、研究所へと帰っていった。女の子はほっとしたように息を吐き、わたしを振り返る。
「情報をありがとう。あなたも気をつけるんだよー?」
よしよしとわたしの頭を撫でた後、ウサギの女の子は歩き出して行ってしまう。
あの子は、お城かどこかで働いていて、今の紙を届けるためにここまで来ていた……ということは。
「わたしの勘違いってこと?」
遠ざかる背中を見つめながら、わたしはため息を吐いた。




