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第三章 9 ようやく見つけた手掛かり

 洗脳のことについて、わたし達が知っている限りのこと――といっても、わたし達もわからないことだらけなんだけど――を話し終えると、マツさんは「そうですか」と大きく息を吐いた。


「城下町まで……。どうして私達は洗脳に抗うことが出来ているのでしょうか」

「その理由を探しているんです! 何か心当たりはありませんか? いつから頭痛が始まったのか……とか」


 わたしがそう聞くと、マツさんは考え込み、それからタケの方を見た。


「そういえば、初めに違和感を訴えたのは子供たちだったんです。タケ、頭が痛くなり始めたのはいつ頃のことだった?」

「うーん、いつだったかなあ。結構前だったと思う。前に彩たちが来た次の日くらいかな」

「わたしが来たときから?」

「うん、たぶんそうだと思うぜー」


 それって、魔法界に行く前のことだから……え、二週間くらい前になるのか? わたしも最近日付が把握できてなくて確証はないんだけど。


「タケたちが『勘違いしてた!』と、家に駆けこんできたんです。タケを攫ったのは鳥じゃなくて、竜だったと。クロスはヒーローなんかじゃないと、そう訴えられました。そうだったよね?」

「うん。オレ、彩に教えてもらった遊びをしていた時に思い出したんだ。なんであんな勘違いしてたのかわかんねーけど、すげー大事なことだと思って、父ちゃんに知らせた」

「それを聞いた私達も、それから違和感や頭痛の症状が現れ始めたんです。それから、日を重ねるごとに頭痛がひどくなっていくような気がしますね」


 今に至るまでの経緯を聞き、少し考える。頭痛がひどくなる、ということは、洗脳に抵抗する力が強くなっているという風に捉えてもいいだろう。となれば……。


「鍵は能力者か、それとも彩ってことか?」


 ユーリがそう呟いた。わたしは「わたしはないでしょ」と手をひらひら振る。


「でも、彩は現に洗脳を受けてないだろ。それに、タケたちに異変が起き始めたことに、彩が関わっていることは間違いないことだし」

「それはそうだけど、洗脳にかかってないのはユーリも同じでしょ。ナオたちはかかってるし、一体何が共通点で、何が違うのか……」


 それぞれが考え込んで、しばらく沈黙が続いた。タケがコップを指先で弾く音が聞こえるのみだ。

 今こうして考えていても仕方がない、ということで、わたしは口を開いた。


「ところでマツさん。研究所で働いていた時に、能力を無効化する方法について聞きませんでしたか? 知っていたら是非教えてほしいです」


 マツさんは顔を上げ、少し眉根を寄せながら話す。


「前にもお話したように、私は直接能力者と関わる仕事はしていなかったので、それは今の私にはわかりません。研究所は、研究員から見てもわからないことだらけなんです。ただ」

「ただ?」


 わたしが繰り返すと、マツさんは立ち上がった。近くの棚から一通の封筒を出し、わたし達の前に置く。


「実は、研究所から便りが来たんです。最近人手が足りない。給料も前より良くするから、もう一度研究所で働かないか、という話でした。私は、この話を受けようと思っています」


 マツさんは真剣な表情で、ぐっとこぶしを握った。その真剣さの中に、恐怖が滲んでいるような気がする。

 

「でも、マツさん……大丈夫なんですか? 明らかに怪しいじゃないですか。こんな状況ですし、研究所で何が起きてるかわからないですよ?」

「それでも、私は行くべきだと思うんです」


 マツさんはきっぱりとそう言いきった。わたしは思わず口をつぐむ。


「研究所の件、彩さんたちに頼って、自分では何もしませんでした。どうせ何もできやしないと思っていました。そのことを、ずっと後悔していました。でも、こうして挽回する機会が与えられた。これは、天啓だと思うんです。私には何もできないかもしれませんが、それでも、何かをするべきなんです。だから、私は研究所に行きます。彩さんたちには伝えておこうと思いまして」

 

 そう穏やかに笑ったマツさんに、わたしも笑って「わかりました」と答えた。


「本当に気をつけてくださいね。わたし達もいずれは研究所にお邪魔するつもりなので、正門開けておいてもらえると助かります」

「正門かあ……頑張ってみますね。友人の家に居候することはもう決まっているので、明日にでも出発しようと思います。友人の家の地図を用意しておくので、また後ほど取りに来ていただけますか? 研究所の情報を共有できるように」

「わかりました。ありがとうございます!」


 わたしはぺこりと頭を下げる。研究所はわからないことが多いから、マツさんに情報を共有してもらえるとかなり助かる。事の次第では、無理に乗り込む必要もなさそうだし。


「彩、もうそろそろ」

「そうだね。急に押しかけてしまってごめんなさい。お邪魔しました」

「いいえ、大切な話を聞くことが出来て良かったです」

 

 わたし達が立ち上がると、タケも「オレが見送る!」と立ち上がった。だいぶ体調が回復したのか、わたし達の前を歩く足取りは軽やかだ。


 わたし達が家の外に出ると、タケは腰に手を当ててふんぞり返った。


「さっきはちょっと調子が悪かったけど、普段のオレはこんな感じだからな! オレはこの村を守ってるから、彩たちはさっさとクロスをぶっとばしてこいよ!」

「もっちろん。ぶっとばしてくるよ」

「誰か知らないけど、お前も頑張るんだぞ」

「え? ああ、わかった」


 突然上から目線で言われたユーリが、困惑しながらも頷いている。タケは、こいつが世間を騒がせている魔女だなんて少しも気づいていないのだろう。なんか面白いな。


 わたしはぺちんと頬を叩くと、タケにもう一度向き直った。


「よし、じゃあわたし達行ってくるよ。この村はタケに任せた。また後で来るね」

「おう! 頑張れよー」


 タケの声援を受けながら、わたし達は妖精図書館へと転移した。



*******************



 図書館に着いて、わたしはふうっと一息ついた。この魔法、あんまり得意じゃないから緊張したよ。前も知らない異空間に飛んだりしたしなあ……。


 しみじみと思い出していると、ユーリに「彩」と呼ばれた。


「どーした?」

「お前らがあそこの村で何をしたのかは知らないけど、相当信頼されてるんだな」

「え……そうかな」


 確かにタケたち家族には信頼してもらってるような気がするけど、それ以外の人はわたしのこと良く思ってないはずだからなあ。

 ぼやけた返事のわたしを見て、ユーリはふっと笑った。


「タケが言ってただろ? 『この村のみんな、頭痛くて……』って。自信持てよ」


 そうとだけ言って、ユーリはリンたちを呼びに行ってしまう。一人残されたわたしは、棒立ちのままユーリの今の言葉の意味を考えていた。


 頭が痛いってことは、洗脳に抵抗してるってことだよね。そっか、ってことは――。

 

 わたしは俯いて、頬を両手でサンドイッチした。口角が上がるのがわかる。


「みんな、わたし達のことを信じてくれてるんだ……!」


 それが嬉しくて、にやにやしてしまって。わたしは顔を上げると、「待ってよ!」とユーリを追いかけた。


 

 ナオたちは、床に本を大量に積み上げ、その周りに座っていた。

 「ただいま」と声をかけると、三人はそれぞれ顔を上げた。


「おかえりなさい。どうだった……って、アヤ君の反応を見ればすぐわかるね。どんな良いことがあったんだい?」

「ふへへ、わかっちゃう? いろいろあるんだけど、一番はあの村に洗脳が効いていないってことかな。みんな抵抗してくれてる。普通に会話が出来たよ。それと、マツさんが研究所に潜入して情報をくれるって」

「彩の笑い方は気持ち悪いけど、かなりの収穫があったわね。そこまでわかったら、どうしたら洗脳を解けるのかわかってくるんじゃない?」


 ナオが、顎に指を添えて首を傾げながらそう言う。気持ち悪いなんて言われたら流石のわたしでも傷つくぞ、と反論しようとしたところで、ユーリが「それなんだけど」と口を開いた。


「この現象とクロスの能力に立ち向かえるのは、空の守護者の力だと思う。逆に言えばそれくらいしか思い浮かばない」


 空の守護者。千年も昔に滅びた、この世界を統べる種族。クロスに対抗する力と言ったら空の守護者だって、前にも言ってたもんね。

 

 ユーリがポケットから何かを取り出して、わたし達に見せる。

 それは、深い青色の石だった。小さい穴が空いていて、ひもが通っている。ネックレスみたいなものだろうか。


「これは、昔友達から貰った空の守護者の加護がある石なんだよ。これがあったからクロスの力を退けることが出来たんだと思う」

「はああ……。そんな超プレミア品を持ってるなんて、流石長生きしてるだけあるね。すごいよ」

「あたしも欲しいです!」


 わたしはセイと「ねー」と顔を見合わせた後、ユーリの持っている青色の石をじっと見つめた。ユーリは狙われていると感じたのか、石を持っている手を背中の後ろに隠した。

 

「…………待って。そんな呑気な話じゃない」


 セイがユーリの背後に回り込もうと立ち上がった時、ナオが鋭くそう言った。セイがびくりと姉の方を振り返る。


「ど、どうしたの」

「ユーリの場合はその石が守ってくれたってことでしょ? じゃあ、他は?」

「ボクたちのことかい? 能力は、その強さや効果は違えど、空の守護者の力と同系列のものだと本で読んだ覚えがあるよ。ボクたちがある程度洗脳に抵抗できることはそれで説明がつくんじゃないかな」

「あとは、能力者とかかわりのある者もある程度軽減される、みたいな感じですかね。じゃないと、あたしとかタケ君が説明つきません」

「それもそうだけど、違う。私が言いたいのは」


 リンやセイの推測に、ナオが大きく首を振った。それから、ナオはわたしを見る。


「どうして彩が、完全に洗脳を退けられるのかってこと!」


 わたしは息を呑んだ。みんなリンもセイも、ハッとしたように目を見開く。


「普通に考えておかしいでしょ? 空の守護者の加護を持ってるユーリは別として、彩は人間な上に能力耐性も致命的にないのよ!? それなのに、どうしてユーリと同じように洗脳を受けないの!?」

「その通りだよ。だから、こいつは、彩は――」


 ユーリがわたしをちらりと見た。



「空の守護者の力を持っている」




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