第三章 7 穴の中で
わたしは目を覚ました。
周りは薄暗い。暗い場所で、明かりが点けてあるのだろう。確実に知らない場所だ。ただ、あの果物の甘い匂いがする。
ここどこだろう、と働かない頭なりに考えながら横を見ると、そこに誰かがいた。
「…………え」
黒い髪をポニーテールにした少女が、わたしの横に座って、こっくりこっくり船を漕いでいた。完全に寝ている。より今の状況がわからなくなってきた。え、なんだ訳がわかんない。
とりあえず逃げよう、と体を起こそうとするも、まったくもって体が動かない。そこでわたしは、魔女とわちゃわちゃしている途中で、自分がぶっ倒れたことを思い出した。
待て待て、っていうことは、この人が――!
「……あ、起きた」
声が聞こえて、そろりとその人の方を見ると、青い目がじっとわたしを見つめていた。
黒い髪、青い目。完全に獣人界の魔女の特徴だ。でも、顔立ちからしても魔法界の魔女とは似ても似つかない。
未だ状況が理解できずにポカンとしているわたしに、魔女はあの果物が載ったお皿を突き出してきた。
「お前、ずっと寝てたからな。エネルギー補充しといた方がいいだろ」
「……ごめん、体動かないんだよね。食べられない」
「あー、反動モロに食らってるのか」
魔女がそう呟いて、切り分けた果物を串に刺して食べさせてくれた。介護されてる気分だ。それも敵に。
果物は甘くてさっぱりとしている。じっくりその味を味わってから、わたしはハタと気づいた。
「これ毒とかないよね? わたし、もしかしてここに生き埋めにされる……!?」
しまった、何も考えずに食べてしまった!!
真っ青になるわたしのおでこを、魔女がべちんと叩く。
「ここまで運んでくるの大変だったんだからな。殺すんだったらとっくに向こうで殺してるよ」
「それもそっか。えーっと……じゃあ、信じていいってこと?」
「自分を殺そうとしてた相手をそんなに簡単に信じられるのか……」
呆れ気味に呟く魔女に、わたしはにやりと笑う。
「いや、でも初めの方は殺す気なかったでしょ。わたしが軽々避けれたもん」
「……そんなことはどうでもいいだろ。で、魔法界の魔女を知ってるって? どういうことだ?」
そう聞かれたので、わたしはへらりと笑った。
「そのままの意味だよ。それ以上の情報を求めるなら、その果物をわたしにください」
「はあ……わかった。はい」
心底めんどうくさそうながらも、魔女はわたしの口に果物を切ったやつを放り込んでくれる。もぐもぐと口を動かしながら、コイツ意外と面倒見いいなと思った。
「この前魔法界に行ったときに、魔女が人々の魔力を盗んで回ってて大騒ぎになってたんだよ。それでいろいろあって魔女と戦って……。まあ逃げられたんだけど、その去り際に『もう一人の魔女に会ったら、元気にやってるか聞いてくれない?』って言われたって話。知り合いなんだよね?」
「あー……。知り合いと言えば知り合いだけど、仲間じゃない。敵みたいなもんだよ。今こうして賞金首になってるのもほとんどアイツのせいだからな」
はあ、と深いため息を吐く獣人界の魔女。なんかいろいろあったみたいだ。気になるけど、この話は長くなりそうだから、わたしは本題に入ることにした。
「ところで、今の獣人界の状況って知ってる? わりと危機的状況にあるんだけど」
「状況は知らないけど、何か狂ってるのはわかるな。何かおかしい。それが気になって外に出たら見つかって、今に至るんだけどさ」
なるほど、そんな経緯があったのか。人里から離れて暮らしているなら、わからないのも当然だ。異変を感じてくれているなら話が早いだろう。
わたしは満を持して口を開く。
「今、獣人界はクロスに洗脳されているんだよ。人間界は完全にクロスのものになった。このままじゃ、獣人界も人間界の二の舞になっちゃう。わたし達はそれを何としてでも止めたいんだ。そのためにも、洗脳されていない人の力をかりたい」
「……洗脳」
魔女は顎に手を当ててそう呟いた。眉間に皺を寄せて、何やら難しそうな顔をしている。
その横顔をじっと見ていたら、食べ物をねだられていると思ったのか、わたしの口にまた果物を放り込んでくれた。完全に子ども扱いされている。悔しいけどおいしい。
「お前は洗脳されてないんだよな?」
「されてたらこんなこと話さないって。理由はわからないけど、洗脳の効果を受けないんだよ。そっちは?」
「されてないはず。っていうか、ちょっと待て。詳しい内容に入る前に、一つ聞かせてくれ」
魔女はこちらを振り返って、わたしをまっすぐに見た。訝し気な表情のまま、僅かに首を傾げる。
「お前は何者なんだ? 人間なのに、どうして界を行き来できる? どうしてクロスと対立してるんだ?」
とうとう聞かれてしまった。どこからどこまで話して良いのか考えあぐねながら、とりあえずにぱっと笑って見せる。
「それを聞きたいなら、果物を――もがっ」
「いくらでもくれてやるよ。今から新しいやつも剥いてやる。存分に話せ?」
口いっぱいに果物を詰め込まれて「んー!!」と窒息しかけるわたし、果物を切るためにナイフを持つ魔女。なかなかカオスな状況だ。
そして、
「そこまでよ、魔女!!」
聞き覚えのある声とともに、上から日の光が降り注いだ。眩しくて、思わず目を細める。逆光の中でも、ナオたちのシルエットが見えた。
「彩先輩を、返しなさい……っ! 今すぐ、その手にあるナイフを捨てて! じゃないとあたしが……お前を撃つ!」
ふらふらしながら、セイがあの魔法銃を構える。その肩に手を置いて、そっとナオがセイを支える。そのナオも額に汗を浮かべ、大きな呼吸を繰り返していた。リンが額に手を当てたのを見て、わたしはようやく気づく。
洗脳。あれを受けながら、ここまで来てくれたんだ……!
厳しい中で駆けつけてくれたみんなを見て、申し訳なさでいっぱいになる。ごめん、わたし何ともないんだよ……。
対して魔女の方は、ひどい勘違いをされて焦っていた。
「は? いや違う違う、そうじゃない! このナイフは果物を剥くためのやつなの! わかったから、捨てるからその銃下ろせ! くそ、タイミングが悪い!」
今まで淡々と喋っていた魔女が叫んでいる。そして、ナオ、リン、セイと魔女の目線が一斉にわたしに向けられた。
「今まで普通に情報交換してただけだよな?」
「本当なのかい、アヤ君? ボクたちがついてるから、正直に答えていいからね」
「もが、もごごごご……!」
やべえ、まだ口の中がいっぱいで喋れねえ!!
それでも必死で「うん、本当だよ!」と答えようとするも、勘違いは加速するばかり。セイが「ほら!」とまた銃を構えた。
「彩先輩が、窒息しそうになっているじゃないですか! これで言い逃れは出来ませんよ!」
「もうちょっと待て! 頼むからもう少しだけ待ってくれ! そうしたらコイツもしゃべれるようになるから!」
「セイ、一発撃ってみたら? どうせ不死身だし死なないわよ……」
「へえ、言ったな? そこまで言うんだったら受けてやってもいいぜ。見たところお前ら全員万全の状態じゃなさそうだが、本当にいいんだな?」
「ストーーーーーップ!!!」
一触即発の雰囲気になりかけたところで、わたしは果物を飲みこんで叫んだ。
「本当に魔女とは話してただけだよ! みんな血の気が多すぎじゃない? こんなところで戦われたらわたしも被害を受けるし」
「彩は無事なの?」
「体は動かないけど大丈夫。能力と魔法が切れてぶっ倒れただけだから」
そう、とナオが安心したように息を吐く。セイも「よかったぁ」と言って魔法銃を下ろした。めちゃくちゃ心配をかけちゃって、本当に申し訳ない。
「じゃあ上まで送ってやるよ。しっかり掴まれ……って、無理か。いくぞ」
魔女がそう言った直後、ふわりと体が持ち上がった。わたしは何もしていないのに、布団に包まった状態でぐんぐん上昇していく。
「なに!? なんか浮いてる! 浮いてる!? 飛んでる!!」
「はいはい、落ち着け落ち着け。怖くないぞー」
かなりテキトーになだめられながら、わたしはとうとう穴の中から出て、ナオとセイに受け止められた。
「あやせんぱーい! 無事で良かったです! 先輩が死んじゃってたら、あたしはもう……」
「死んでない死んでない。大丈夫」
セイに首を絞められる勢いで抱きつかれながらも、わたしは穴の中の魔女を見る。
「上からになっちゃうけど、ありがとう! 本当に助かったよ」
「別にいいよ。仲間が迎えに来てくれてよかったな」
あまりよく見えないけど、魔女が笑ってくれたような気がする。笑うんだ……と驚いていると、リンが穴の中に向かって呼びかけた。
「君も出てきてくれないかい? アヤ君から話は聞いたんだろう? 続きは洗脳の効果を受けない場所でゆっくり話そう。こんなところでグダグダしている時間はあまりないんだ」
リンの声が穴の中に反響する。その反響が終わっても、返事はなかった。
こっちを振り返ったリンが、眉を下げて肩をすくめる。
「仕方ない。まずは図書館に帰る方が先だ――」
「リン、後ろ」
「え?」
わたしがにやりと笑って背後を指さすと、リンは目を丸くして後ろを向いた。
そこでは、ちょうど穴から出てきた魔女が立ち上がるところだった。
魔女は「別に行かないとは言ってないだろ」と答え、わたし達を見回す。
「こっちとしても、クロスを好きにさせるわけにはいかない。ある程度、出来る範囲なら協力するよ」
魔女、こいつ……!
わたしは嬉しくなって満面の笑みを浮かべる。体が動いたら手を突き出して握手でも求めたいところだけど、残念ながらそれは出来ないので、そのままの体勢で言った。
「よかった! じゃあ、今すぐにわたし達のアジトへと案内しよう!」




