第三章 6 「獣人界の魔女」
向こうに立つ人影は、マントを羽織ってフードを被っていた。
フードで顔も何もうかがえないけど、わざわざそんな恰好をしているってことは、何かを確実に隠してるってことなんだよ。わたしもフードをずっと被ってたからわかる。何もやましいことがなかったら、普通フードを被ったまま行動したりしないはずだ。
「っ、あの!!」
わたしはなけなしの勇気を振り絞って叫んだ。向こうの人影は、わたしの声にびくりとこっちを見る。
「わたし、えっと……そう、道に迷っちゃって!!」
何を言うのか決めていなかったから、しどろもどろになりつつも、そう言い訳をでっちあげる。その言い訳を言っている間にも、人影に向かって全力ダッシュだ。ここで逃げられたらシャレにならない。
幸いにもその人は逃げることなく、わたしがズザザザッとスライディングして止まるのを、ノーリアクションで見ていた。
「城下町まで案内してくれませんか? ここがどこかもまったくわからないんです!! ね、お願いします!」
勢いよく頭を下げたわたしに、ずっと沈黙していたその人はようやく口を開いた。
「ここからずっと向こうにまっすぐ行けばいいだけだよ。案内するほど難しくないし、申し訳ないけどこっちも暇じゃない」
確かになー、ここまでずっとまっすぐ来ただけだったなー、難しいことなかったなー、と心の中で思いつつ、わたしは最後の一押しをする。
「もうすぐ暗くなるじゃないですか。あなたも帰らないといけないですよね? 同じ魔女捜索隊の一員のよしみで、どうか案内してくれませんか?」
バチン!と音がなるほど強く手を合わせても、フードの人はため息を吐くだけだ。
「こっちも急いでるんだよ。どれだけ頼まれても無理なものは無理だ。それに、魔女が出たのはここから真反対だから、明日は気をつけろよ」
「う、はあい……」
そう返事をしながら、ちらりと窺う。どっからどう見ても、耳があるようには見えない。声も女の人だし、この人が魔女……なのかな? だめだ、断定できる証拠がない!!
返事をするだけで動く気配のないわたしに呆れたのか、魔女(暫定)は、わたしの横をすっと歩いて行ってしまう。
すれ違った拍子に、さっき見つけたあの果物と同じ甘い匂いがした。
間違いない。あの人だ――!
『見つけた、今からそっちに行く!!』
リンたちはここがわからないから、わたしが図書館まで迎えに行かないといけない。わたしは傍にあった木の陰に身を隠しつつ、転移の呪文を唱えるために口を開く。
「『此の術は過去と未来をも――っ!?」
ヒュン、と風を切る音がした直後、わたしの頬を何かが掠めた。間髪入れずに、顔の真横すれすれに何かが勢いよく突き刺さる。
思わず詠唱を止め、わたしはその刺さったものの正体に息を呑んだ。
「ナイフ……?」
「本当は、こっちだってこんな手荒な真似はしたくないんだけどさ」
背後から声が聞こえる。反射的に振り返ると、そこには魔女が立っていた。魔女は小さなナイフを手で弄びながら、ちらりとこっちを見る。
「ごめんな。まだ捕まるわけにはいかないんだよ」
ぶわっ、と全身から冷汗が噴き出す。違う違う違う、まずいまずいまずい、これじゃ話す間もなくわたしがやられる!!
「違うって! わたしは魔女を捕まえに来たんじゃなくて――うわっ!?」
そう言っている間にも、魔女は無言でナイフを投げつけてくる。二本目、三本目、と、飛んでくるナイフを躱しながら、わたしは心の中で首を傾げる。
この人、本当にナイフを当てる気があるのかな。今日は別に身体強化の魔法とか使ってないんだけど、結構普通に避けられる。別に、わたしの身体能力が高くなったわけじゃないだろうし……。
「わたしは、あなたを捕まえに来たんじゃなくて、話しに来たんだよ! ちょっと話聞いてもらえませんか!?」
我ながら、自分の言葉にアホかとツッコみたくなるほどの呑気さだ。相手から軽く殺されかかってるのに、話聞いてもらえませんかとはこれ如何に。
「……次で最後な」
魔女が静かにそう言うと、何本ものナイフが宙に浮かび上がった。その刃先はきっちりとわたしの方を向いている。まともに食らったら見事な串刺しだ。
「うぇ、何本あるんだよっ」
思わず呟いたと同時に、ナイフがわたしめがけて飛ばされた。十本あるかないかの本数。流石によけきれるわけないだろ、と心の中で抗議してから、叫んだ。
「『風魔』っっ!!!」
フルパワー解放! じゃなきゃやられる!!
自己評価でも、追いつめられると上手く行くタイプだと思っている。
ゴウッと音がして、強風が、木の葉と一緒にナイフを吹き飛ばす。木々が風でしなる音が重なる。
「……っ、能力者か」
風が収まった頃、魔女がフードを押さえていた手を下ろして、わたしを見た。
「それはお互い様だよね? 話は戻るけど、わたしには争う気なんてさらさらないんです。ただ一つだけ、話がしたくて」
一体どこから始めるべきか。そう迷って、わたしは仲間に聞いてみることにした。
『ねえ、みんな――』
その瞬間、頭を強く殴られたかのような衝撃がわたしを襲った。キーンと耳鳴りがして、周囲の音がシャットアウトされる。
さらに追い打ちをかけるように全身が痺れ始め、わたしは悟った。
あ、魔法と能力が切れたのか。
自分の手に、自分の足。あー、完全に人間に戻っちゃった。まずいな、ここで倒れたら、もう殺されるのを待つしかないじゃん……。
「お前、その姿……」
少しずつ収まって来た耳鳴りの合間に、そんな魔女の声が聞こえた。わたしはすぐ後ろにあった木の幹に寄り掛かりながら、無理矢理に笑う。
「わたしのこと、知ってる?」
「噂なら聞いてたよ。城下町に人間が現れたって」
「はは、そっか……」
ホントにヤバくなってきた。視界が霞む。少しでも気を抜いたら気絶するような気がして、わたしは強く唇を噛んだ。
まだ、伝えないといけないことがある……!
「二つ、言っておきたいことがある。一つ目。この前、魔法界の魔女と会った。元気にしてるかって言ってたけど、どういう関係なのかな。二つ目。わたし達は、今、クロスと対立してる。そっちも、仲間ってわけじゃないよね? 力を貸してほしいんだ。お願い……手遅れに、なる前に」
なんとかそこまで言い終えて、気が抜けたのだろうか。すぐに視界が真っ黒に塗りつぶされて、何も見えなくなった。
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「やっぱり、一人で行かせるべきじゃなかったのよ!!」
私の声が、妖精図書館に響き渡る。セイは眉を下げながら私の前に立っていた。
彩との伝達魔法が途切れ、今、私達はちょっとしたパニックに陥っている。彩からの『見つけた、今からそっちに行く!!』という連絡が来てから、もうかなりの時間が経っていた。
「魔女と何かあったんでしょうか……? 魔女、やっぱり悪い奴だったのかな……」
「こうなっている以上、協力関係なんて考えてる場合じゃないでしょ。第一に考えるべきは彩の安全よ。本当に、あいつは一人でやろうとする……」
やっぱりついて行けばよかった。呑気に夕食の準備なんてしてる場合じゃなかった!
頭を抱える私に、リンがなだめるように声をかけてくる。
「ナオ君、落ち着いて。幸いなことにアヤ君がいる場所は教えてもらっているんだよ。今すぐ迎えに行こう。こうしている時間がもったいないよ」
その言葉に、私はハッとする。そうだ、まだ手掛かりはある。足取りを追える。セイも希望を見出したのか、ぱちんと両手を合わせた。
「リンの言う通りです! お姉ちゃん、ほら、早く準備しよ!」
「……そうね」
私は姿勢を正すと、気合を入れなおすために頬を叩いた。
「彩を迎えに行って、魔女のところへ乗り込むわよ!」
洗脳だろうが頭痛だろうが関係ない。甘えていたことを謝るためにも、まずは彩を捜しに行かなくちゃ。




