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第三章 5 一人きりの魔女捜索

 獣人界の魔女は、魔法界の魔女とは違うかもしれない。大それた悪事はしていないみたいだし、クロスと対立している。おまけに洗脳を受けていない。


『ということで、魔女と対話をするのが彩先輩の今回のミッションです!』


「簡単に言うけどさあ……」


 陽気に響くテレパシーに、わたしは独りごちる。

 昨日は森に差し掛かったところで図書館に帰ったから、今日は森の探索からスタートだ。森を一人で歩くのは初めてで不安しかない。さっきから雨もちらついている。


『無理そうだったらすぐに逃げるんだよ。逃げるか戦うかして、君の身の安全を第一にね。何かあったらボクたちを呼んでくれていいから。というか、必ず呼んで』

『うん……あー……うん。とりあえず魔女っぽい人見つけたらそっちまで迎えに行くから、手伝いに来て』

『もちろん。無理だけはしないでね』

『先輩、魔女捕獲大作戦ですよ!!』

『はいはい……』


 そう返事をして、わたしはただ歩く。心配性なリンとクールなナオ、やたらと元気なセイで温度差が激しい。今もリンとセイの愉快な掛け合いが頭の中に響いているけど、ちょっとそれに反応する余裕がないくらい、内心では緊張している。


 この森のどこかに、魔女が居る。


 一人ってやっぱり心細いなあ、としみじみ思う。本当に、一人で行くのって不安だ。自分一人でどうにかしないといけない。いや、もちろん助けは呼ぶつもりだけど、そこまでの道のりはわたし一人なわけで……。


「おい、そこのお嬢ちゃん」

「うわっ!?」


 突然声をかけられ、わたしは飛び上がった。いつの間にいたのか、わたしの前に男女四人組が立ちはだかっている。なんかちょっとガラが悪い感じだ。


 どうせ子供だからってナメてるんだろーな、と思いながら、上着の裾を握る。


「えっと、なんですか」

「アンタも魔女を捜しに来たんだよな?」

「そうですけど……」

「まだ子供なのに感心感心! そんな君に、お姉さんが良いことを教えてあげようか」


 キツネの女の人は、わたしから見て左の方角を指さした。


「ここからずーっと向こうに行った方で、魔女が発見されたんだよ。行ってみた方がいいんじゃない?」

「はあ、ここから先ですか」


 特に行く当てもなかったし行ってみよう。実は、どこへ行けばいいのかもわかんなくて不安だったんだよね。

 

 内心ほっとしながら、わたしは軽く頭を下げる。


「わかりました、ありがとうございます。お互い頑張りましょう」

「おう。じゃ、頑張れよー」


 軽い声援を受けて、わたしは教えてもらった方角へと歩き出した。


 


 歩き出すわたしの背中を見ながら、四人組はニヤニヤと笑っていた。


「まさか、あそこまで簡単に釣られるとは思いませんでしたね」

「ああ。目撃情報が出たのは反対方向なんだけどな」

「あの子には悪いけど、私達が魔女を見つけるまでは、嘘の情報に踊らされてもらおう」

「魔女を見つけて賞金を手に入れるのは俺たちだ。他の奴に奪われるわけにはいかねえ!!」


 オー、とこぶしが突き上げられる。

 そんなことはまったく知らずに、わたし吉田彩は、てくてくと言われた方向へと歩いていくのだった。



*******************



「騙された」


 日が傾き始めた頃、わたしは目の前の光景にそう呟いた。


 あの四人組の言う通りに進んできた結果、なんか川に出てしまった。小川とかじゃなくて、川。とても泳いで渡れるような幅じゃない。水自体は、山の方だからか綺麗なんだけどね。

 

 あーあ、なんであの時馬鹿正直に信じちゃったんだろ……。一隻眼使えばよかった。

 

 あまりの自分の愚かさに、わたしは額を押さえながら報告する。


『えー、皆さん。非常に言いづらいことではあるのですが』

『どうしたの?』

『騙されました。今日一日無駄にしました』

『えええええ!?』


 セイの大絶叫が頭をかち割る勢いで聞こえてくる。わたしは思わず耳を塞ぎながら『ごめん』と謝る。

 経緯を説明すると、リンは納得したようだった。


『魔女を捕まえると報酬が貰えるんだろう? 早い者勝ちの世界だ。嘘の情報で相手の時間稼ぎをさせることは、確かに有効な手段といえるね』

『納得しなくていいから……。それで、どう? 他に人はいないの?』

『いない。道中もあんまりいなかったから、本当にデマなんだろうね。あーあ、やっちゃったよ……』


 頭を抱えると同時に、お腹がぎゅるる、と虚しく鳴った。もうそろそろ帰ってもいい時間だけど、こんな状態で帰るのもなんだか申し訳ない。ライバルが大量にいるってことを身をもって実感させられた今、もう少し粘って情報を手に入れたい。


 ということで、何か食べれるものを探しながら人を捜そう。


 そう思い立ち、わたしは川沿いを歩き始めた。


『アヤ君、現在地がどの辺りかわかるかい?』

『んー……方位磁針によると、ちょっと南寄りの東。東南東とも言えないくらいちょっとだけ南寄り』

『逆方向には川はないわね。となると……可能性は出てきた?』

 

 生物は、水なしには生きられない。だから、わたしがこの森に住むとしたら、水場があるこういうところに住む。ナオが言っている可能性とは、たぶんこういうことだと思う。


 確かに、わたしが今まで歩いてきたところも、なんとなく歩きやすかったんだよなあ。草がめちゃくちゃに生い茂ってるわけじゃなくて、なんかポイントがあるんだよ。ここだけあんまり草が伸びてない、みたいな。途中までは「この先に魔女が居る」ってガッツリ信じてたから、人が足を踏み入れた形跡に驚かなかったんだけど……今だと状況が違うな。


「もしかしたら、何か手がかりが見つかるかも……」

 

 そう期待しながら歩いていると、ふと甘い匂いが漂ってきた。おいしそうな匂いだ。空腹状態なのもあり、どこからこの匂いは来ているのだろう、と足がその方へ向いてしまった。


 別に鼻が利くわけでもないので、ぐるぐると同じような場所を行ったり来たりしながらも、とうとうわたしはその場所へと辿りついた。


 わたしの背丈の二倍以上はありそうな高さの草をかき分けていくと、それはあった。


 果物が実った木が、たくさん植わっていた。道中で見たことのない木だ。ここでだけ育ってるのかはわからないけど、とにかく甘くていい匂いがする。


 その木の傍まで駆け寄ってみると、わたしでも手が届くくらい背が低い木だということがわかった。この桃色の実をもぎ取ることも余裕だろう。あーおいしそう。食べちゃおうかな。いや……流石に危ないか。見たことない果物だし、むやみに食べるのは良くないよね。


 ということで、空腹感を抱えながらも知能を取り戻したわたしは、前方に藁のような草が積み重なっているのを見つけた。


「なんで、こんなところに藁が?」


 ここ一部だけ藁が敷かれている。これは不自然だ。ということで、わたしはその藁の束を持ち上げてどかしてみた。

 そして、その下に見えたものに、わたしは思わず「おお……」と声を漏らした。


『みんな、すごいの見つけたかも』


 積み重ねられた藁の下にあったのは、真っ暗な穴だった。かなり深いみたいで底はあまり見えないけど……何か物が置かれている。そして、穴の縁にはご丁寧にも梯子がかけてある。


 そういったことをリンたちに伝えると、セイが『それって!』とハイテンションで反応した。


『そこに誰か住んでるってことじゃないですか!?』

『うん、たぶん……』


 わたしは穴に落ちてしまわないように気をつけながら、持ってきたライトで穴を照らす。やっぱり人が住んでいそうだ。今はいないみたいだけど。


 ここに魔女が居なかったことに、内心安堵してしまう。そんな自分を情けなく思いながらも、わたしはライトをしまって立ち上がった。


『じゃあ、もうそろそろ帰るよ。最後に向こうの様子を確認してから帰ろっかな』

『わかった。美味しいご飯用意して待ってるから』

『やった、お腹空いた』


 ぎゅるるる、と一人むなしくお腹を鳴らしながら、わたしはまた草むらをかき分けて、さっきわたしが居た場所へと戻って来た。


 ここからだと、向こうの様子は背の高い草のおかげで見えない。川のほとりで、果物がいっぱいあって、人が隠れ住めるような穴があって、その周りは見えないように囲まれている。ちょっと出来すぎな環境だ。


「さーて、何か変わった様子はないかな……って」


 腰に手を当てて辺りを見回していたわたしは、くるりと反対側を向いたところで静止した。それはもう、きっとピタッと音が鳴るくらいに。


 ――百メートルほど離れたところに、人が一人立っている。


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