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第三章 4 敵の敵は味方理論

 翌朝、わたしは早速身支度を整えて出発しようとしていた。

 昨日たっぷり寝たおかげで、体力はだいぶ回復している。さっきストレッチをしてみたけど、ちゃんと体がついてきていた。全快まで二日かかると思ってたから、想定より早い回復だよ。


「彩先輩、昨日の今日で大丈夫なんですか? 途中で倒れたりしませんよね?」

「大丈夫大丈夫。なるべく人のいる場所を避けて行動するつもりだし。まあ、何かあったら迎えに来てよ」

「それはもちろんだけど……」


 わたしの超楽観的思考に、リンはまだ不安そうだ。しかし、突然パシンと自分の頬を両手で叩いた。頬を少し赤くしながら、リンは笑いかけてくる。


「心配ばっかりしててもね。じゃあ、いってらっしゃい」

「そうだよ。ここはわたしを信じて、どーんと落ち着いていてもらっていいから」


 わたしはそう返して、幻惑とコピーを使う。さらにセイにも魔法をかけてもらって、完全にまた姿を変えた。伝達魔法まで繋いで準備はバッチリだ。

 

「よし、じゃあいってきます」

「何かあったらすぐ教えるのよ。特に、魔女が出たら私もすぐに助けに行くから」

「わかってるわかってる。大丈夫だから」


 わたしはナオの念押しに軽く頷くと、呪文を唱えた。


「『此の術は過去と未来をも繋ぎ、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ、転移』!」


 視界が白く染まった。



 城下町に着いたはいいものの、きっと兵士詰所なんてすぐには見つからない。地図を探したり聞いたりしないといけないんだろうな、と少し胃をキリキリさせていたわたしにとって、今の城下町はとてつもなく優しい場所だった。


「うっわ、至る所に矢印が出てるなー……」


 昨日はなぜ気づかなかったのか、と自問したくなるほど、町中に詰所までの案内の看板や張り紙があった。思わず引き気味の声を出してしまう。


 この徹底ぶりは、国側も相当苦労しているってことだろう。こんな状況なら、わたしみたいな子供でも喜んで受け入れてもらえるかもしれない。


 そんなことを考えながら矢印の通りに歩いていくと、すぐに兵士詰所らしき場所に着いた。


『今から詰所入りまーす』


 みんなに報告をすることで、ドクドクとせわしなく鳴っている心臓を落ち着かせる。だいじょうぶ、だいじょうぶ……。


「すみません」


 わたしは意を決して、詰所の入り口の前に立っている兵士に声をかけた。

 せっかくこんな頼りになる感じの見た目なので、話し方もハキハキと心がける。


「わたし、魔女をどうにかしたくてここに来たんですが、どうすればいいですか?」

「……おお、お前もか。中は混み合っているし、俺がここで説明しよう」


 キツネの兵士は咳ばらいをしてから話し始めた。特にわたしみたいな子供が挑戦することに関しては無関心らしい。そっちの方が助かるんだけどね。


「魔女は、ここからすぐ東の森で目撃情報が出た。今も多くの者が魔女を捜しているが、未だ発見・捕獲には至っていない。お前にもその手伝いをしてもらう」

「はい」

「くれぐれも殺すんじゃないぞ? 殺したら賞金なんて貰えないからな。ちゃんと捕まえること。それが我が国の発展につながるかもしれないんだ。わかったか?」

「はい」


 わたしが力強く頷くと、向こうも頷いてくれた。とりあえず話は以上っぽいので、早々に立ち去ることにする。


 わたしはキツネの兵士から一歩下がると、ぺこりと礼をした。


「では、いってきま……」

「そこを退け」


 そのとき、やけに威圧的な声が、わたしの頭上から降って来た。その瞬間に背筋を這い上がる恐怖。


 この声、聞いたことがある。


 そう、出来ることならば絶対に、もう二度と聞きたくないと思っていた声……。


 そろそろと後ろを振り返ると、そこにはあの、トラの兵士が立っていた。


「ヒッ! へ、兵士長、失礼しました!!」


 ものすごい力で襟首を掴まれ、わたしはその場から強制的に動かされる。わたしの襟首を掴んだまま、わたしの応対をしてくれた兵士は顔を引き攣らせてトラの兵士を見ていた。


「きょっ、今日も決まっていらっしゃる……」

「……その小娘はなんだ?」

「ヒィッ!! ま、魔女、魔女の捕獲のために、名乗りを上げた者ですっ!」

「ほう……」


 ほとんど声が裏返っているキツネの兵士の話を聞いて、トラの兵士――兵士長はわたしを見る。その目はまるで全てを見透かしているかのようで、わたしは良い挨拶も思い浮かばないまま、ひたすら固まっていた。


 そして、


「魔女だけじゃない」


 トラの兵士長は、低い声で唸るように言った。


「へっ……?」

「もし、道中で人間の子供を見たら、そいつも捕まえろ。ちょうどお前と同じくらいの背丈だ。どうも似ているから、思い出した」


 本当に、肝の冷える思いだった。わたしは「はい、失礼します……」と震え声で返事をすると、震える足で駆け出した。全身がガッタガタだ。ヒイイ、と心の中で悲鳴を上げながらひたすら走る。


 死ぬかと思った死ぬかと思った死ぬかと思った!!!


 まさかあんなところで会うとは思ってないじゃん! マジで殺されるかと思った。死を覚悟した。ばれたかと思った。


「マジで、バレてなかったのが奇跡ってレベルか……?」


 怖かった、ホント怖かった。獣人界のトラウマと言っても過言ではないあのトラの登場で、もう完全に心が折れかかっている。怖かったあ……。


「…………ひとまず、心を落ち着かせよう」


 わたしはそう呟き、近くにある喫茶店で何か飲み物を買うことに決めた。



*******************



 ちょっと休憩して恐怖を落ちつけたところで、わたしはすぐに出発した。

 城下町からすぐ東って言ってたし、そう遠くないだろう。能力の併用さえしていなければ、身体強化して走るところなんだけどなあ……まあ、ゆっくり歩いていくしかない。


 わたしは用意してきた方位磁針を手のひらに乗せながら、マイペースに歩いていく。そう、今のわたしは一人ではない。頼れる仲間と話すことが出来るのだ!!


『もしもーし』

『はい? なに、その変な挨拶は』

『わたしが住んでた日本で、電話をするときに使われる言葉だよ』

『デンワってなんですか?』

『んー、大体こんな感じ。遠くにいる相手とも話すことができる』

『へえ、面白いね』


 獣人界もこれだけ技術が進んでるし、似たようなものがあると思うけど。事が落ち着いたら、ゆっくり観光でもしたいものだ。


 そんな雑談をしながらひたすら真東へ歩いていくと、木が増え、あまり人が立ち入っていなさそうな雰囲気が出てきた。


『――アヤ君、今ボクたちで魔女について過去の文献を漁っていたんだけどね、確かに昔からいるみたいだよ。この文献が確かなら、千年前くらいから』

『ほお。そこまで有名ではない?』

『そうね。言ってしまえば怪奇現象扱いよ。あんまりハッキリとした記述はないし、こんな風に国を挙げて騒ぎ立てられたのだって初めてなんじゃない?』


 怪奇現象ねえ……。魔女さんもこんな大事になって、さぞかし焦っていることだろう。


『で、その魔女はどういう悪事を働いたの?』

『それが、何をしたかについては書いてないんですよね。不老不死で姿が変わらないまま、獣人界に住み続けていることくらいしか……。ねえお姉ちゃん、そっちはどう?』

『こっちも何もなし。何をやらかして追いかけられてるのか、まったく見当もつかないわよ』


 姉妹の返事を聞きながら、わたしは一人で首を傾げていた。

 

 そういえば、あの張り紙にも何をしたかは何も書かれていなかった。不老不死であることと、目撃されたという情報だけ。

 魔女は子供を攫っていく――とか、そういう常識的なものが浸透しているのだったら書いていないのも納得がいくけど、リンたちからの報告から、そうは考えづらい。

 

『千年間もあんまり見つからずに生き延びていたのに、どうして今になってこんな大事になったんだろう?』


 魔女も泣いてるだろうなあ、と考えて、ふと、今の獣人界の状態を思い出した。


『獣人界って、今、クロスのものみたいな感じだよね』


 獣人界を統べる王までもが、クロスに操られている状態。この国の動向がクロスの動向と言っても過言ではない。ということは――。


『クロスと魔女は敵対関係ってこと?』

『……面倒なことになってきましたねー』


 セイが他人事のように言う。まあ、その気持ちもよくわかる。正直わたしも何も考えたくない。

 思考を放棄しかけたわたしの頭に、ナオの声が響く。


『もしかしたら、クロスは不老不死の能力を手にしようとしているのかもしれないわね。アイツは、昔から生きてはいるけど、最近はだいぶ年老いてきたみたいだから』


 確かに、不老不死の能力をクロスが欲しがらないわけがない。もしも、わたし達の予想が当たって、クロスが不老不死の力を狙っているのだとしたら……。


 クロスってわたしの仇だから、そんなことは絶対に避けたいところなんだよなあ。


『アヤ君。魔女が完全な悪なのかは、まだわからないんだ』


 含みのあるリンの言葉に、わたしは頷いた。今のわたしの顔には、引き攣ったような笑みが浮かんでいることだろう。


『こうなったら、馬鹿正直に魔女を研究所に突きだすのは危ないよね。魔女への対応を考え直そうか』


 ここに来て、突然の大幅な計画の変更。

 あーあ、単独行動が不安になってきた……。


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