第三章 2 姿を変えて
「ってことで、いざ実践してみようと思います!」
テーブルにコピーした写真を置き、わたしは両手を腰に当てて胸を張る。ぱちぱちー、とセイが賑やかし、ナオがわたしの方へと身を乗り出す。
「まずは、コピーだけで変身することはできないのか試してみてくれる? 今の計画だと彩は二つの能力を常に使わないといけないってことになるでしょ? それって厳しくないかなって思って」
「あー、確かに。一回やってみるか」
二能力同時使用は経験したことがないから、確かに難しいかもしれない。コピーだけで変身できるなら楽に越したことはないね。
ということで、わたしはまず写真を握りしめてコピーを使ってみることにした。
わたしが用意した写真を覗き込んで、ナオがぽつりと呟く。
「へえ、そういう子になりたいんだ。憧れてるの?」
「だって強そうじゃん。そういう観点で選んだよ。ナメられたくないし」
「ふーん」
ふーんってなんだふーんって。ニヤニヤするな!
咳ばらいをしてから、わたしは「『コピー』!」と叫んでみる。自分で感じられるような変化はないので、わたしはくるりとターンしてみる。
「どう? 猫耳少女になってる?」
「ううん、全然変わっていないね。やっぱりコピーだけだと無理なのかな」
「なるほどー……」
そっか、それは残念。肩を落とすと、リンが「そう落ち込まないで」と少し笑った。
「コピーだと、体格まで変えられるわけじゃないだろうからね。そもそも難しいことだったんだろうと思うよ」
「そうだね! よし、次!」
確かに言われてみれば、コピーして姿を変えるのはモンスターに多かったような気がする! わたしに出来なくてもしょうがないよね!
ということで、気を取り直して。
「『幻惑』」
わたしは幻惑を使用し、片手で写真に触れる。これを、姿をもっていない幻に貼りつける……!
「『コピー』!」
声高に叫ぶと、さっきとは違い、明らかな変化が二つあった。
一つは、目の前のナオたちの表情。みんな揃って目を見開き、驚いたような表情になる。
そして、もう一つは――。
「……っ」
体から力がぬけるような感覚。わたしは咄嗟にテーブルに手をつき、なんとか倒れないように足に力を入れた。絞り出すようにして声を出す。
「どう、みんな……? 成功してる?」
「成功してるけど、え、彩は大丈夫なの? 見たところ辛そうだけど」
「……成功してるなら、いっか。解除する」
能力の使用をやめると同時に、体の重さのようなものが一気に消えうせる。なるほど、ここまで変化が顕著だと逆にショックだなー……。
わたしは頭を軽く振って、自分の椅子に座る。
「アヤ君、どうだった?」
「計画自体は成功したっぽい。でも、わたしの身体が負荷に耐えきれない。ナオの言う通りだよ。確かに厳しいな、これ……」
こんなんじゃまともに歩けるかどうかさえ怪しいじゃん……。
頭を抱えるわたしに、セイが「ドンマイです」と励ますように肩を叩いてくれる。わたしはその手をガシッと掴んだ。
「うわっ」
「ここで諦めるわけにはいかないよね。セイ、協力して。あと気持ち悪そうな顔をするのをやめて」
「だってビックリしたんですもん……」
わたしがセイの手をパッと放すと、セイは心臓辺りに手を当てて呼吸を繰り返す。それから小首を傾げて「何をすればいいんですか?」と尋ねてきた。
「それはもちろん、能力向上の魔法だよ。体力とかそんな感じ? よくわかんないけど、とりあえず強くなる系の魔法をかけてほしい」
流石に、今から修行を積んで能力のパワーアップを目指すなんて時間はない。外部からの力に頼るしかないんだよ。
「わかりましたけど、彩先輩が自分でかけたらいけないんですか?」
「わかってないなあ、セイ。能力二つ使って魔法まで併用した日には、わたしは道半ばにして果てるよ」
「ああ……」
セイが妙に納得したような顔で頷く。それを聞いていたナオが「ちょっと待ってよ」とさえぎって来た。
「能力使ってそんなにヘロヘロになるんでしょ? そんな状態でさらに魔法なんて上乗せされたら、魔法の効果が切れた時どうなるの?」
「ボクが思うに、二日は寝込むね」
「燃費悪すぎるじゃない!」
「それでも、だよ」
わたしはなるべくカッコいい声で言う。こういうのは雰囲気が大事だ。雰囲気で押し切れ吉田彩。
「さっきも言ったよね。ここで諦めるわけにはいかないって。せっかく現状を切り抜ける糸口が見つかったのに、それを手放すことなんてしたくないよ。ってことでセイ、わたしに魔法をかけてくれ!!」
プリーズ、と両腕を広げてセイと向かい合う。セイは一つ息を吐くと、真剣な瞳でわたしを見据えた。
「彩先輩の決意、しっかりと受け止めましたよ。ここまで言ったからには倒れないでくださいね」
「頑張る」
「じゃ、いきます」
静かにセイが呪文を唱える。わたしが覚えていない呪文だ。どんな魔法なのか知らないけど、不思議と力が湧いてくるような……気がする。
ここぞとばかりに、わたしは叫んだ。
「『幻惑』、そして、『コピー』!!」
能力を使い、幻を纏う。さっきよりも全然負荷のかかり方が違う。やっぱり、魔法をかけてもらいながらやったらうまく行くのかもしれない。
心配そうにわたしを見ているナオに、わたしは笑いかける。
「これでだいぶ楽になった。やっぱ、獣人界出るならこのスタイルで行くしかないね。安全性が高い」
「あたしもついて行きたいです!」
「いやいや、これにセイの分の幻までかけることになったら、わたし過労死するって。勘弁して」
「むぅ……」
不満げに口をとがらせるセイ。リンもナオもセイも口をそろえてさあ……わたしって、そんなに信用ないかな?
そう思いながら頬をかいていると、顔に出ていたのだろうか、リンが顔の前で手をひらひらと振った。
「別に、アヤ君を信用していないわけじゃないよ。そうだなあ……じゃあ、こうしないかい? 伝達魔法で繋いでおくんだよ。もしも何かあったらすぐわかるように」
「ああ、それくらいだったら別にいいけど……」
わたしはそこで、ちらりとナオを見る。
ナオはまだ不満げながらも、宿主であるリンの決定には逆らえないと言いたげな目でこくりと頷いた。なんだか、ナオのそういう表情は珍しい。隣のセイは仕方なさげに肩をすくめていた。
「よし、じゃあそういうことで決定だね。満場一致!」
テーブルを叩いてそう言ったリンに、わたしは「はいっ」と手を挙げる。
「なんだい、アヤ君?」
「たぶん、能力と魔法がとけたらダウンするじゃん? だから、せっかくだし下見というかリハーサルというか、そういうので獣人界行きたいなって。ダメかな」
「そういうことかー……」
リンは少しの間思案していたけれど、やがて「わかった」と頷いた。
「じゃあ、ひとまず十五分間行ってみよう。もちろん次はもっと長い時間だけど、今日は下見だからね。それでいいかい?」
「うん、お願い」
わたしはリンに伝達魔法をかけてもらい、ついでにセイももう一回魔法をかけなおしてもらう。念には念を、だ。
「彩、気をつけてね」
いざ出発、としようとしたところで、ナオにそう声をかけられた。
ナオは、胸の前で手を組んでわたしを見ている。その姿がいつもより素直で、わたしは思わず目を細める。
かわいいところあるなあ、ナオ。まだ下見だから、そんなに大袈裟にされても困るんだけど。
ナオに向かって笑いかけた。
「わかってるよ。えーっと……『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移』!」
転移魔法を唱え、幻の姿で、わたしはまた獣人界へと向かったのだった。




