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第三章 1 新しい朝

 ぱっと目を覚ました。珍しく目覚めがいい。人間界で暮らしていた頃ではあり得なかった現象だ。体を起こしてぐーんと伸びる。それから、床にぺたりと足をついて立ち上がった。床の冷たさが足の裏に伝わる。思わず「うひゃ」と声を上げた。


 ガシガシとくしで適当に髪を梳いて、リボンできゅっと結ぶ。よし、いつもの吉田彩スタイルだ。

 鏡の中の自分を見て呟く。


「おはよう吉田彩。今日も元気に頑張れ」


 喝を入れて、わたしは部屋を出た。


 図書館の方へ出ていくと、もう朝食の準備が始まっていた。食器を並べていたセイが、わたしを見てにこっと笑う。


「おはようございます、彩先輩。今日は早いですね。まだお姉ちゃん起こしに行ってないのに」

「わたしだって、毎朝ナオに起こされてるわけじゃないからね? 三日に一回のペース。そんなに頻繁じゃないよ」

「毎日も三日も同じですよ。先輩は、向こうでお姉ちゃんを手伝ってあげてください」

「はいよー」


 後輩に正論を突きつけられ、わたしは大人しくキッチンの方へ向かう。いや、ナオに起こされてるって言っても、ドアのノックまでで起きてるから。わざわざ布団引っぺがしてもらってるとか、そんな親子じみたことはされてないから。そこは大丈夫。


 誰に言うでもない言い訳を繰り広げながら、わたしはキッチンに顔を出す。すると、ちょうどナオが両手にお皿を持って出てくるところだった。


「おはよ。他に何か運ぶもの残ってる?」

「おはよう。今日は早いのね? まだキッチンに鍋が残ってるわよ」

「うーわ、重いやつが残ってるじゃないですかー」


 わたしは思わず顔を歪め、キッチンの中に入った。確かに、少し小ぶりの鍋が置いてある。わたしは腕まくりをすると、呪文を唱えた。


「『我の肉体に一時の神の力を授けたまえ。フォルターグ!』」


 唱え終えると同時に体がじんわりと熱くなった。まあ、わたしの素の筋力じゃ鍋なんて運べないからね。重いものだとフライパンを運ぶことだけで精いっぱいです。


 わたしは強化された腕で鍋を持つと、そのままみんなが待つテーブルの方へ運んでいく。

 

 鍋敷きの上にドン、と鍋を置いたところで、リンが慌てて飛んできた。


「ごめんね、みんな! 今日は寝坊しちゃったよ」


 そう話すリンの髪は、後ろの方がはねている。相当急いで支度をしてきたのであろうことは、誰が見ても明らかだ。


「大丈夫ですよ。リンは毎日ちゃんと起きて朝ご飯の準備してくれているんですから! 一日くらいゆっくり寝ちゃっても気にすることないです」

「セイの言う通り。ほらほら、早く食べようよ」

「あんたはもっと早く起きる努力をしなさい」

「はい」


 ナオに正論を突かれ、わたしは肩をすぼませながら席に着く。リンもセイもナオも定位置に着いたところで、わたしは「いただきまーす」と手を合わせた。


「そういえば、これからどうするんですか? 決めてるんですか?」


 トーストにかじりつく直前に、ふとセイが思い出したようにわたし達を見回した。そういえば、で済ませることが出来ないほど重要な問題だ。わたしは左右に体を揺らしながら思案する。


「んー、まあ、一回獣人界に行ってみないことには始まらないよね」

「それはわかってるけど、頭痛がひどくて行けない上に、あんたは顔が思いっきり割れてるでしょ? そんな状態で行っても事態が好転するとは思えないけど」

「そう、そこなんだよね」


 わたしは腕を組んで大きく頷いた。

 

 昨日、あの後考えなかったわけじゃない。でも、ついあの本の方が気になってしまって、こっちに集中することが出来なかったのだ。ベッドに座って考えていたら、いつの間にか寝てしまっていたのも関係している。


「獣人界に行くとしたら、わたし一人で行動することになるのは間違いないんだけどさ。そこをどうやって上手くやっていくかにかかってるよね」

「え、アヤ君一人に行かせるつもりはないよ!?」


 ここまでわたし達の会話を聞きながら口をもぐもぐさせていたリンが、突然声を上げた。


「なんで?」

「なんでって、心配だからに決まってるじゃないか。アヤ君一人で今の獣人界をうろつかせるなんて、ボクの胃に穴が空いちゃうよ」

「それに、彩はなんだか危なっかしいのよ。もし獣人界に行くんだったら、私も絶対ついて行くから」

「危なっかしい……」


 わりと昔からよく言われる言葉だけど、こうやって真面目な場面で言われると心に来るなあ。わたしはトーストにかじりついてからセイの方を見た。


「過保護すぎない? セイ、助けて」

「あたしも同意見ですから。彩先輩一人に任せるわけにはいきません」

「いやいや、君たち頭痛どうすんの。わたし一人じゃん? 頭痛に立ち向かえるの」


 頭痛薬でも飲むかー? そんな簡単にことが収まるとは思えないんだけど。他に何か解決策を見出さないとなあ……。


「何か、わたしが魔法界で学んだこと……」


 思い出す。魔女、氷穴、エドワルドさん、アラスター、ルダーラさん…………あ。


「いや、思い出したよ。わたし、めっちゃ良い能力コピーさせてもらってたじゃん!」


 なんで気づかなかった、わたし! わたしは指を鳴らして立ち上がる。ガタンと椅子の音がして、三人の視線が立ち上がったわたしに向けられた。


「『幻惑』! ルダーラさんの能力だよ! これ使えば、うまいこと獣人に成りすませるんじゃない!?」


 ぱっと三人が顔を見合わせた。セイが目をキラキラさせて「いけるかもですね!」と言った。ナオは顎に手を当てながら何度か頷く。


「確かに、それならいい感じに出来るかもね。でも、どんな姿になるか決まってるの? そこを詰めていかないとまずい気がするけど」

「んー……じゃあ、コピー使って上手いこと出来ないかな」

「コピー?」


 リンが首を傾げるので、わたしは頷いて説明する。


「どこからか獣人の誰かの写真を用意する。わたしは『幻惑』を使用した状態でさらに『コピー』を使い、その獣人の姿を幻惑の能力の上にペーストする。どう?」

「……そんなことが出来るのかい?」

「やってみないとわからない! でも、一回やってみる価値はあると思うよ」

 

 鼻息荒くそう言うと、リンは「そうだね」と微笑んでくれた。と、そこで、パンパンと誰かが手を叩く音がわたし達の会話を遮った。


 手を叩いたナオは、わたし達をぐるりと見回す。


「ひとまず方針が固まったみたいだし、朝ご飯食べましょ。温かいうちに食べた方が美味しいから」


 そうだった、今って朝ご飯中だった。朝ご飯が目の前に並んでいるっていうのに、考えるのに必死で視界に入ってなかったよ。危ない危ない、せっかくナオが時間をかけて作ってくれたものなのにね。


「ごめん、その通りだね。ってことで、いただきます!」


 わたしは姿勢を正して、今度こそトーストにかじりついた。



*******************



「強そうな子がいい」


 わたしの要望に、リンは「難しいな」と顔をしかめた。

 

 わたし達が今いるのは、とある本棚。そこには、写真集の類のようなものが集められていた。本当に何でもあるんだよね、ここ。


 そして、今の要望は、リンの「どんなタイプの子がいいかい?」という質問に対してのものだった。


「え、だってさ、わたしって基本的にソロ行動じゃん? そしたら強そうな外見してた方が得じゃない? 一人で行動してても特に何も言われなさそう」

「なるほどねー……。いや、タヌキとかイヌとか、そういうタイプの回答を求めてたんだけど」

「とりあえず強そうならなんでもいいよ。屈強な男とかは流石に声でバレるから無理だけど」

 

 『幻惑』でわたしがなりすませるのは外見だけ。声とかはそこまでごまかせないはずだから、自分と同い年くらいの強そうな女の子がいいなあ。ちょっと要望が多いかな。


 リンはしばらくいろんな本を出したり仕舞ったりしていたけど、やがて「あ」と呟いた。


「アヤ君、この子とかどうだい? 過去の剣術大会で優勝したって」

「そんな有名な人に化けたらバレるじゃん! 実績とか関係なしに、外見が強そうだったらそれでいいから!」

「まったく、要望が多いなあ……」


 リンは口を尖らせながらページを捲る。わたしも手近な本を漁りながら、ふと気になったことを聞いてみる。


「こっちにも写真ってあるんだね。魔法界のに至っては動いたりするし」

「そりゃあるよ。こっちの世界を舐めないでもらえるかい?」

「そうだね、ごめん。写真があって助かったよ」


 まだうまく行くかはわからないけど、計画の時点で破綻することがなくて良かった。

 

 それから雑談をしながら、ちょうどいい人物を探していると、だいぶ経ってからリンが声を上げた。


「アヤ君、この子とかはどうだい? 少し前の時代の子だから、本人に遭遇することもないはずだよ」


 リンが指さした先には、ネコの女の子が写っていた。ショートカットで活発そうな、つり目の子だ。

 わたしは大きく頷いてグッドサインを出す。


「バッチリ! じゃあ、お姿お借りします。コピー!」


 わたしは用意していた紙にその姿を写し取ると、それを片手に、ナオとセイが待っている場所へと歩き出した。


 よし、次は早速実践だ!!


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