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第二章 32 冒険の終わり

 ずっとこのまま、魔法界にいるわけにもいかない。


 リンをリュックに押し込んだ後、わたしはそう考える。


 そもそも、ここには獣人界をどうにかするためにやってきたんだ。どうにかするための方法を見つけるために、魔法の力を借りに来た。

 

 ということで、今こそ質問の時、だ。


「あの、先生!」


 わたしはビシッと手を挙げて、戻って来たエドワルドさんを呼ぶ。エドワルドさんはくるりとこっちを向いて、「何かね」と聞いてきた。


「はいっ。能力を無効化する魔法ってありますか!」

「うーむ……儂が知っている限りでは、ないな」


 顎鬚を撫でながら、エドワルドさんは眉をひそめた。しばらく考え込んではいたものの、やっぱり首を横に振られてしまう。


「やっぱり知らんな。それに、もしもその魔法を知っていたら、魔女に後れを取ることはなかっただろう」

「確かに……」


 まあ、そう言われてはその通りだと唸るしかない。魔法と言っても、万能なわけじゃないんだよなあ。うーん、やっぱり難しい。「残念でしたね」とセイも声をかけてきた。


 エドワルドさんは、「そうだ」と手を打ってわたし達を見る。


「今、ベルラーナでは『魔女討伐隊』が結成されておってな。もちろん儂も入っておるのだが……。何か魔女に対して有効な手立てはないか? どんな小さなことでも構わない」

「有効な手立て、ですか」


 こういう時、サクッとわかりやすくまとめてくれるのはナオだ。そう思ってナオを見るも、ナオは「私は知らないわよ」と困った風に言った。


「え、なんで?」

「そもそも私、こっちにいたでしょ。ジェニから教えてもらった特徴しか知らないわよ。彩やセイの方が適任じゃない?」


 そうだった。ナオは本当に最後の方になって来たんだった。完全に忘れてた。同じような理由で、リンも頼れない。となると……。


「あたし、必死過ぎてあんまり覚えてないです……彩先輩は?」

「わたしも同じようなもん」


 記憶に不安しかないわたし達二人で説明しないといけないってことになる。もし不確実なことを教えたらいけないし、難しいなあ……。

 

 わたしは頭をひねりながら、とりあえずジェニから聞いたことを伝える。


「魔女とは目を合わせたらいけません。合ったら能力を使われます。いくら美人だからって、見とれちゃだめだってことを覚えておいてください」

「……わかった」


 返事までに微妙な間があったのは、心当たりがあったからだろうか。そこは深く考えないでおこう。

 あと……何か、伝えておかないといけないこと。


 わたしは魔女と戦った時のことを思い出す。と、同時にセイがぱちんと両手を合わせた。


「魔女は、呪文を唱えるのが速いんですよ。何を言っているのかわからないんです」

「あ、そうだった。何を唱えているのかわからないから、対策も出来ないし……。そういう技に心当たりはありますか?」


 わたしがそう聞くと、エドワルドさんが「なるほど……」と唸る。


「それは、『沈黙』と呼ばれる技だな。呪文を高速で唱えることで、発動時間の短縮と自分に有利な状況を作り出すことが出来る。有名な魔法使いでも、なかなかできないほどの秘技だ」


 それを聞いて、思わずうえっと声が出てしまう。

 まあ、千年以上生きているんだから、それくらいの秘技を覚えていても不思議ではない、か? 能力も魔法もトップレベルの実力っていうのは、なかなか厳しい相手だけど……。


 そんなことを考えていると、エドワルドさんは辺りを見回して「腹が減ったな」と呟いた。


「何か食べるものを……ああ、あのクッキーは食べきってしまったか。今取ってくる」


 魔法で呼び出そうとするも、上手くいかなかったらしく、エドワルドさんは立ち上がった。わたし達に背を向けて、部屋を出て行ってしまう。


「ねえ、アヤ君、セイ君。君たちが知っている情報はそれだけかい?」


 リンがリュックから顔を出して、小さく首を傾げる。仕草はおちゃめだけど、眼鏡の奥の目は、わたしの考えていることをすべて見通しているような聡明さをたたえていた。

 少し笑って首を振る。


「ううん。もう一つある」

「それは何なの?」

「魔女は、能力だけは奪えないんじゃないかって仮説だけど」


 ああ、とナオが息を吐き出す。


「そういうこと? 別に好きにすればいいと思うわよ。私は彩の決断を尊重するから」

「そんなあっさりと……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 セイが慌てた様子で、わたしとナオの間に割り込んできた。わたしとナオを交互に見てから、両手をぎゅっと握って叫ぶ。


「二人とも何の話をしてるんですかっ。あたし置いてけぼりじゃないですかっ。説明してくださいよー!」

「セイ君、多分だけど、二人は能力のことをエドワルドさんに打ち明けるかどうかを話しているんだと思うよ」


 わたしが答える前に、リンが苦笑しながら言った。セイが「はぇ?」と口を半開きにしたままわたしを見る。


「リンの言う通りだよ。この話を伝えるのなら、不確実なところもあるし、体験談としてエドワルドさんに伝えたい。もちろん、人伝に聞いた話だって誤魔化すこともできるけどさ」


 でもやっぱり、このまま騙し続けるのは居心地が悪い。すぐにボロも出そうだし、向こうが気づいてばれるくらいならこっちから明かしていった方がいいんじゃないかって考えもある。

 

 わたしの話を聞いたセイは、顎に手を当ててふむふむと頷く。


「そういうことでしたか。あたしも、お姉ちゃんの意見に賛成ですよ。彩先輩に任せます!」

「ボクもアヤ君に任せるよ。何て言ったってアヤ君は主人公だからね」

「それって結局丸投げじゃんかー……」


 責任重大。なんとなく結果は目に見えてるし、少し責任を分け合いたかったんだけどなあ……。

 がしがしと頭をかくわたしに、ナオが「違うわよ」と小さく笑う。


「丸投げじゃない。信頼してるのよ。主人公彩の決断ってやつを」

「さらにプレッシャーを!」


 大袈裟にリアクションして、わたしも笑う。リンもセイも笑っていた。

 うん、そっか。プレッシャー感じるし恥ずかしいけど、そう言われてみるとなんだか悪い気はしない。

 

 一度ゆっくり呼吸をして、それから三人を見た。


「わたしは、今から能力者だってことを打ち明けます。きっとうまくはいかないだろうけど……。でも、昨日アラスターと話して思ったんだよ。能力者と普通の人が共存できる世界になってほしいって。その理想のためには、この目の前の問題から目を逸らして逃げ回ってちゃいけないと思うから」


 うん、とリンが頷いた。


 そこで扉が開き、エドワルドさんが戻って来た。焼き菓子を持って、わたし達の前に置く。


「どうぞ、食べなさい」

「ありがとうございます」


 わたしはそう小さく頭を下げる。でも、手は伸ばさなかった。代わりにエドワルドさんをまっすぐに見つめる。


「もう一つ、確証はないんですけど、推測があるんです。いいですか?」

「もちろんだ」


 ごくり、と息を呑む。口がからからに渇いていた。緊張する。口を開く。


「魔女は、恐らく、能力だけは奪うことが出来ません。わたしが『反射』を使った時も、『治癒』を使ったときも、能力を奪うことはしませんでした。能力に対する反抗はしませんでした」


 エドワルドさんの表情が、穏やかな表情のまま固まった。


「だから、もし魔女と戦うとするなら、それに対抗する能力が必要になると思います。魔女は魔法を無力化することもできますし、自らも秘技を体得しているほどの魔法の使い手ですから」


 ただ話しているだけなのに、息が切れそうになる。息を吸ったはずだけど、思ったより上手く吸えなかった。


「能力の存在を認めないまま能力に立ち向かうことは、難しいでしょう。わたしは、能力者の協力が必要不可欠だと思います」

「……その、口ぶりからすると」


 お菓子へ伸ばしかけたエドワルドさんの手が震えていた。掠れた声でそう問われ、思わずナオたちを見てしまう。

 わたしを見つめ返すナオの目は静かで、それに引き込まれるようにして、心が落ち着いていく。迷いが晴れていく。


 大丈夫だ、さっき決断したじゃないか。今更後戻りはできない。


 はい、と頷いた。立ち上がって、頭を下げた。


「わたし達は、能力者です。今まで黙っていて、本当に、ごめんなさい」


 喉の奥で声が詰まる。エドワルドさんがどんな表情をしているのかわからない。ゆっくりと顔を上げて、そこでナオの声が聞こえた。


「ごめんなさい。エドワルドさんが、能力者を良く思っていないことはわかっています。でも、能力者だって魔女のような狂人ばかりじゃない。厚かましいこともわかっています。でも、どうかそれだけわかっていただきたいんです」

「………………」


 エドワルドさんはしばらく黙っていた。それから、細く息を吐き出す。


「……そのことは、わかっているよ。君たちには、本当に助けられた。わかっている。だが、」


 エドワルドさんは俯いて頭を抱え、絞り出すような声で叫んだ。



「お願いだ。ここから、出て行ってくれないか……!」


 

 こうなることは、最初からわかっていた。


 はい、と返事をして、もう一度頭を下げて、「ありがとうございました」とお礼を伝えて、わたし達は部屋を出た。


 玄関から門への、芝生を突っ切る道を歩いていると、魔法で花に水をやっていた奥さんに会った。


「あら、もう帰られるの?」

「はい。今まで、ありがとうございました」

 

 また頭を下げて、門の外へ出た。独りでにゆっくりと閉まる門を見ていると、本当に自分達はここから追い出されてしまったんだな、なんて感じてしまう。


「なんとなく、こうなることはわかっていましたけどね」


 同じように門を見つめていたセイが、眉を下げて寂しそうに笑う。わたしはセイの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「うん。やっぱ、さみしいね」

 

 こうして、魔女を巡るわたし達の魔法界での冒険は幕を閉じたのだった。

 

 

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