第二章 31 魔法と棒で殴りあってみた
わたし達は、またエドワルドさんのところに来ていた。今日は朝からそれぞれに練習をしている。エドワルドさんは、わたし達の間をぐるぐる回りながら、ふと思い出したように言った。
「そういえば、また講座を開こうと思っているんだ。君たちより小さな子供たちを相手にね。もちろん、君たちも来ていいよ」
「あはは、ありがとうございます」
「うん。儂も、君たちのおかげで教えることの楽しさを思い出すことが出来た。礼を言わなければならないのはこちらだ」
そう笑うエドワルドさんを見て、わたしも笑う。つい流れで参加しただけだったけど、何とかなって良かったよ。本当に半強制だったんだけどね。
それからも練習を続けていると、エドワルドさんがわたしの隣で立ち止まった。練習の様子を見て、ふむと頷く。
「だいぶ基礎も固まってきた。そろそろ良かろう」
「え? ……ああ、わかりました」
一瞬わけがわからなかったものの、すぐになるほどと理解した。
今までわたしは火の魔法しか練習していなかったけど、そういえば、わたしの適正魔法は強化魔法だった。だいぶ安定して使えるようになってきたし、もうそろそろ挑戦してもいいってことだろう。
「よっし、じゃあやってみますか!」
腕まくりするわたしに、ナオが「ようやくね」と腰に手を当てた。
「たぶん今なら大丈夫よ。ほら、頑張って」
「言われなくてもっ」
わたしはナオに噛みついてから、身体強化の呪文を思い出した。確か……そう、あれだ。
息を吸って声高に唱える。
「『我の肉体に一時の神の力を授けたまえ。フォルターグ』!」
その瞬間、体がカッと熱くなった。やる気に満ちたというか、闘志に満ちたというか……。とりあえず、なんか調子が良くなった。恐らく成功だ。
「ナオ、セイ、やったよ! わたしちょっと強くなった!」
「やりましたね! これで彩先輩も超人です!」
「おめでとう。でも、私達には何もわからないのよね……」
ナオはんーと唸った後、ぱちんと手を叩く。
「そうだ、棒。棒と魔法で殴り合ってみるわよ」
「発想が暴力的」
とは言いつつも、ナオとはちょっと殴り合ってみたい。わたしはエドワルドさんを振り返る。
「先生、棒ありませんか。鉄パイプみたいなやつ」
「てつぱいぷ……? それは知らんが、棒ならあるぞ。ほら、あそこに」
エドワルドさんが指さす先には、壁際に追いやられた金属製の棒があった。バットくらいの長さ。振り回すにはちょうどいいだろう。
「じゃあ、これ借ります!」
棒に駆け寄って持ち上げてみる。うん、走った時も持ち上げた時も、いつもより楽だ。やっぱり魔法の効果はあるらしい。
わたしは棒を持ち上げて肩の上に乗せ、はっはっはと笑う。
「魔法を覚えたわたしに挑むとは愚か者よ。日頃の恨み、ここで晴らしてやる!」
「逆恨みじゃない」
ナオはそうため息をついた後、ふっと不敵に笑う。
「ま、いいわ。実力の差ってものを教えてあげるから」
「わあ、お姉ちゃん怖い! カッコいい」
「怖い」
マジで殺される。ぞくっと寒気を覚えるわたしに、先生が助け舟を出してくれた。
「せっかく火の魔法も使えるのだし、そのただの棒に付加してみたらどうだ?」
「付加……纏わせるってことですか」
炎の剣、的な? 確かに強そう。ナオでも余裕でやれそう。
わたしは頷き、さらに呪文を唱える。
「『炎火よすべてを焼き尽くせ。インモルター・イグニート』! 棒に付加? せよ!」
わたしに従うかのように、炎が棒を伝って燃え上がる。ただの金属の棒が、この時ばかりはまるで伝説の剣かのように頼もしく感じられ……
「あっづ!!」
そして、わたしはあまりの熱さに手を離した。さっきまで燃え盛っていた炎は、棒がゴトンと床に落ちると同時に消えてしまう。
わたしは落とした棒をみつめ、驚愕に目を見開く。
「熱伝導……!」
常識だろ、なんで忘れてたんだわたし……! 軽く火傷を負ったよ。しかし、エドワルドさんが居る手前『治癒』が使えない。
仕方ない。わたしは何とか持てる温度になった棒を握りなおし、ナオに突きつける。
「仕切り直しだナオ! 今のはただの準備運動! 今のがわたしの本気だと侮るなよ!」
「そう。それはそれとして耳が真っ赤よ?」
「うるさい!!」
わたしはそう叫んで、床を蹴った。視線は十数メートル先のナオにロックオン。
いつもより体が軽く、スピードが乗る。ナオは何か呪文を唱えているようだった。なら、そのうちに殴りかかるのみ!
ダンッと床を蹴りつけて宙に飛び上がる。棒を振り上げて、勢いよく叩きつける!
わたしはナオめがけて一振りした。絶対やった、という確信をもって。棒はナオの肩(頭は流石になあ……と思ったから)にクリーンヒットする、はずだったのに。
スカッ、とわたしの腕は空を切った。は、と目を見開くわたし。ナオは、いつの間にかわたしのすぐ隣に移動していた。
「なんっ……でっ!?」
そこで、わたしは床に思いっきり落下した。棒の重さと混乱に引きずられて、だ。ナオは、わたしを真上から見下ろして笑う。
「勝負あり、です!」
セイがビシッと手を挙げ、わたしは頭を振りながら立ち上がる。
「っあー、なんだよもう。結構動けたと思ったのに……」
「動けてたわよ? 引っかかっただけで。私の居場所、勘違いしてたでしょ」
「え? あれ、超高速移動したんじゃないの?」
わたしが立ち上がりながら聞くと、セイが「違いますよ」と顔を出した。
「お姉ちゃん、結構最初からあの位置にいましたもん。彩先輩が真横に向かっていったときは、この人目までおかしくなったのかと」
「おい」
「セイ当たり。彩の目はおかしくなっていたのよ」
は? と眉をひそめるわたし。ナオは意地悪く笑いながら、自分の目を指で示した。
「ちょっと視覚をいじらせてもらったのよ。ほら、私の専門分野って状態異常じゃない?」
「あー、なるほど……」
すると、そんな会話を聞いていたエドワルドさんが、パンパンと手を叩いた。
「まあ、切もいいしここでいったん休憩としようか。儂は少し散歩してくるから、適当にくつろいでいてくれ」
「はーい」
わたし達は床に円になって座る。エドワルドさんがドアを開けて出ていくのを見送ってから、わたしは「いいよ」とリュックに向かって声をかけた。リンがポケットからぷはっと顔を出す。
「もう、ハラハラしたよ。もしアヤ君の棒が命中していたらどうするつもりだったんだい!? 治癒は使えないんだよ!?」
「心配いらないわ。当たらないから」
「悔しいけど、たぶん当たらないんだよなー……」
あと十回試したとしても、たぶん躱されるんだろう。悔しいけど。
「そういえば、エドワルドさんはあたし達が魔法使いじゃないことに気づきませんよね」
ふと思い出したようにセイが言った。ほら、と上半身を揺らしながら、視線を斜め上に持っていく。
「ジェニは気づいたじゃないですか? あたしたちが純粋な魔法使いじゃないってことや、彩先輩が人間だってこと」
「ああ、確かにそうだね」
ジェニは、わたし達の正体をなんてことなさそうに見抜いてみせた。なんか幽霊なのに伝達魔法も通じたし、相当な実力者なんだろうか。
あの半透明の少女を思い出していると、リンが「そのことなんだけど」と口を開いた。
「ジェニって名前に、聞き覚えがあったんだよ。だから、つい昨日、魔法界の歴史について調べてみたんだけど」
リンはそこで言葉を切り、わたしのリュックの中を漁りだした。その中から、一冊の図鑑くらいの本を引っ張り出す。なるほど、今日はやたらとリュックが重いと思っていたら、勝手に本を入れられていたのか。
リンはその分厚い本を開く。そして、そのページにあった写真の一つに、見覚えがあった。
魔法界の本だから、魔法が使われているのだろうか。写真が短いシーンを繰り返している。写真に写っている人が、呼びかけられたのか振り返る。そして、こっちを向いて楽しそうに笑った。その顔を見てはっとする。
「ジェニだ!」
「そうね。それに……これは驚きだわ」
ナオが苦笑しながら写真の下の文を指さす。
『ジェニ・ファヴォール
虚空直後の時代を駆け抜けた魔法界の姫。その優れた魔法の力から、「千年に一度の天才」と呼ばれていた。上は、16歳頃のジェニ姫の姿』
「……え、ジェニって姫だったの? 王族だったの?」
「みたいですね。びっくりしました」
セイが隣でこくこくと頷く。いや、本当にビックリっていうか……タメ口で良かったのかな。いや、向こうからタメ口で良いって言われたんだっけ。
リンは本を閉じてリュックに戻しながら話す。
「ジェニ姫は、相当な才能を持っていたみたいだよ。魔法界の最終兵器とも呼ばれていたらしい。ボクたちの正体を見抜いたのも納得だろう?」
「うん。城の城門付近にある隠し財宝について知っていた理由も、これでわかったね」
答えながらも、考えていたのはジェニのあの反応のことだ。わたしが人間だと分かった瞬間に見せたあの表情が、頭から離れない。それに、人間は1人だけなのか、というあの質問の意図もわからない。
ジェニは、何を知っている?
そう考えた時、扉が開いてエドワルドさんが戻って来たので、わたしは思考を放棄してリンを隠さなければならなくなったんだけども。




