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第二章 29 ウェスコイド家にて

 無様に眠りこけた翌日、わたし達は王都に来ていた。奥さんに貸してもらったそりは返してしまったので、得た報酬で王都行きの馬車のような乗り物に乗って。

 もちろんわたし達のそりほどのスピードが出るはずもないので、わたし達はほぼ一日かけて王都に行った。


「うわあ、すごっ」


 王都に着き、わたしは思わず呟く。王都と言うだけあって、人口も多いし、街も整備されている。青色の屋根に白煉瓦の壁の建物が多く、統一感もある。


「流石王都って感じですねー。転移では来れないのがちょっと残念です。あ、彩先輩、あっちに変な食べ物がありますよ!」

「え、なんだあれ……浮いてる? よっしゃセイ、いくぞ!」

「いくぞ、じゃない」


 ナオが、走り出そうとしたわたしの襟首を掴む。


「これからラスティンさんのところに行くんでしょ。それはまた後ででいいじゃない。本当に子どもね」

「子供じゃないです」

「はいはい。えっと、ここからまずは噴水まで行かないといけないみたいね」


 ナオは片手でわたしの襟首を掴んだまま、もう片方の手に握った地図に目を落とす。いつの間に地図を買ってくれていたのか。なんか、ナオって抜け目がないよね。

リンがナオの手元を覗き込む。


「噴水?」

「そう。えーっと、これってひとまずは直進で良いの?」

「良いよ。それで、この雑貨屋のある通りに出て」

「あ、なるほど」


 なんかよくわからないけど、とりあえず向こうはわかったらしい。それなら大丈夫だ。頭脳派二人が理解しているのなら、わたし達の出番はない。


「じゃあ、西区画だったっけ? そこに向けて出発!」


 わたしはそう叫んで、腕を突き上げた。



 王都は、噴水を中心に円状に広がっている。噴水に近いほど店が多く、縁に行くほど民家が多くなる。だから、噴水の周りを歩くのは想像以上に楽しかった。


 セイはさっき見たわたあめのようなお菓子をちぎり、口に運ぶ。それからほわわっと幸せそうな顔をした。


「おいしい……」

「もう、今日だけだからね」

「はーいっ」


 大通りを歩く途中、あまりにもセイがねだるものだからナオが買ってあげたのだ。ちなみに、ナオももう一回り小さいサイズの物を買ってリンと分け合っている。


「ナオはセイに甘いなあ」


 わたしがやれやれと肩をすくめてみせると、ナオはじろっとこっちを睨んだ。


「別にいいでしょ。彩も食べたいなら食べれば良かったのに」

「いや、わたし甘いものそんなに得意じゃなくて。一つは食べれないんだよね。おいしいとは思うけどさ」

「へえ」


 リンはふわりと宙に浮かびかけたわたあめを掴み、口に押し込みながら呟く。


「損してるね、アヤ君。ボクなんて、この調子だとナオ君が持ってる分全部食べられるよ」

「やめてよ。自分より大きいお菓子食べたらお腹壊すんじゃない?」

「本当にお姉ちゃんってお母さんみたい」


 セイがおかしそうにくすくすと笑う。わたしが同じことを言ったら怒るくせに、妹には甘いのか何も言わないナオだ。理不尽。


「はいはい、みんなウェスコイド家に着くまでに食べきりなよー」


 わたしはそう声をかけながら、一口もらおうかなと考えた。


*************


 西区画は、貴族やお金持ちの家が立ち並んでいた。その中でウェスコイド家は、追いやられるようにふちっこで佇んでいる。ラスティンさん達も言ってたけど、確かに他の人の家に比べたら少し見劣りしてしまうかもしれない。


わたし達が門の前に立つと、何かの魔法がかけられているのか、すぐにリザベティさんが出てきてくれた。わたし達を見て、優しく微笑む。


「わざわざありがとう。あなたたちを待っていたの。さあ、話は中でしましょう」

「はい。失礼します」


 リザベティさんは楽し気な足取りで歩いていき、わたし達はその後についていった。玄関から入ってすぐの応接間に通される。それから、リザベティさんは「主人を呼んでくるわね」とすぐにどこかへ行ってしまった。


 ソファに座ると、目の前のテーブルにフラワーアレンジメントのようなものが置いてあった。いい香りがするし、なんかシャボン玉みたいなものがポコポコと周りを飛んでいる。ここまででも似たようなものが何個か置かれていたけど、リザベティさんの趣味だろうか。


 同じくそれを見つけたナオが、「綺麗ね、これ」と呟く。


「あー、確かにナオこういうの好きそう」

「いいですね。作ってほしいなあ」


 そんな話をしていたら、扉が開いてラスティンさんが入って来た。わたし達の正面のソファに座って頭を下げる。


「今回は本当にありがとう。君たちのおかげで助かったよ。いくら礼を言っても足りないね」

「いえ。お役に立てたのなら何よりです」


 魔力が戻ったおかげで、エドワルドさんから直々に教えてもらえているわけだしね。アラスターも助けることが出来たし、本当にこっちとしては役に立てて嬉しいというかなんというか。


「ベルラーナの魔法使い達は元気?」

「元気だと思います。前より活気にあふれていますし」

「そうか、良かった良かった」


 しばらくそんな談笑をしていたけど、やがてナオが「あの」と切り出した。その声の堅さになんだか緊迫感を感じて、わたしは思わず姿勢を正した。

 ナオはラスティンさんを見つめて口を開いた。


「竜の件ですが……あれから、どうでしたか?」

 

 途端に、ラスティンさんの眉間に皺が寄った。ああ、と小さく頷いてから眉間の皺を指でほぐす。


「少し経ったら忽然と姿を消してしまったよ。何も被害はなかったけど、あれは不気味だ。ベルラーナの方はどうだったの?」

「森にいたので実際に見てはいないのですが、聞いたところによると同じだと思います。何も被害はありませんでした」

「そうか……。被害がないのはいいことだけどね、王都は混乱状態だよ」


 ラスティンさんは、大きくため息をついてから近況を教えてくれた。

 王都では調査隊が動き、竜がどこから現れたのかについて調べていること。夜だったため目撃者は少なかったものの、噂が広まり騒動になりかけていること。正直、魔法界の人たちにはあれが本当に竜なのかどうかもわからないので、正体も目的も何もわからないまま、噂だけが大きくなっていっているという。


「君たちは、あれが竜だと思っているんだよね?」

「はい。あれは間違いなく竜です」


 断言する。何度かお世話になってるんだ、見間違えるはずがない。


 ラスティンさんはわたしの断言に何かを思ったようだったけど、すぐに頷いた。それからまた眉間をほぐして笑う。


「こんな話ばかりしていても仕方がないね。今日は報酬を渡すために来てもらったんだから。本題に移ろうか」


 そう言われ、わたしはまたも姿勢を正した。

 

***************


 エドワルドさんとウェスコイドさんから貰った報酬で、結構潤ったと思う。獣人界と魔法界でお金が違うのが難点だけど、魔法界で買い物をする分にはこれから困ることはなさそうだ。獣人界は……まあ、なんとも言えない。


 報酬を受け取った後、わたしはセイとリンと屋敷の外で喋っていた。ナオは、リザベティさんと意気投合して、今フラワーアレンジメントを教えてもらっている。

 わたしは庭の花を眺めているセイの背中に声をかけた。


「セイも教えてもらえば良かったのに。絶対、手先器用でしょ」


 わたしが参加しなかったのは、自分の手先に自信がなくて迷惑をかける予感しかしなかったからで……。別に、セイも参加すれば良かったと思うんだけど。


 そう思っていると、セイはくるりと振り返って笑う。


「だって、彩先輩を一人にするの心配だったんですもん。絶対またトラブル引き起こすでしょう?」

「そんな、人をトラブルメーカーみたいに……」

「一応ボクもついているんだけど?」

「リンは人前には出れないじゃないですか」


 口をとがらせるリンに、セイはやだなあと手を振りながら答える。いや、それよりもセイにまでトラブルメーカー認定されてたのがショックなんだけど。マジでか。


 どうしたらトラブルを起こさないで済むのか考えてみるけど、わたしだって好きで起こしてるわけじゃないし、どちらかというと巻き込まれている側だからどうしようもない。ため息を吐いたところで、ふと聞き覚えのある声がわたし達を呼んだ。


「いたいた。おーい!」


 向こうから手を振って走って来たのは、アラスターだ。その後ろをゆっくりとルダーラさんが歩いてついてくる。

 アラスターはわたし達の前まで来ると、ふう、と大きく息を吐き出した。


「良かった。母さんから来てるって聞いてさ、捜してたんだよ。あれ、ナオは?」

「オシャレな花のやつ教えてもらってる」

「あー、母さんが好きなやつだ」


 アラスターがポンと手を打つ。それから、わたし達に向き直ってぺこりと頭を下げた。


「今回はありがとう。俺、彩たちに助けられちゃったらしいな」

「いいんですよっ。あたしたちも、そもそも魔女に会うことが目的だったわけですし」

「そう? いや、でも俺情けないよね。女の子たちに助けられるなんてさ。鍛え直さないと」


 そう頭を掻いたアラスターに、リンが首を傾げる。


「君は肉体派なのかい?」

「いや、違う。魔法を教わりたいんだけど、ばあちゃんが教えてくれないんだよ」


 アラスターは「ここだけの話」と言わんばかりに声を潜める。


「ばあちゃんは、昔すごい魔法使いだったらしいんだ。だけど、能力さえ持っていれば魔法なんていらないだろって……。俺は、魔女が狙っていたのはばあちゃんの魔力だったんじゃないかって睨んでる」

「何の話をしているんだい?」

「うわっ!?」


 ずいっと顔を突き出して割り込んできたルダーラさんに、わたし達は揃って飛びのいた。ルダーラさんは意地悪い笑みを浮かべる。


「なに、年寄りはお断りだって? そうかい、能力を譲り渡してあげたのは忘れたのかねぇ」

「いやいやいやっ、違いますから! まったく忘れていないです!」


 ルダーラさんのことを忘れるはずなんてないじゃないですか。今のは少しタイミングが悪かっただけで……。


 高速で首を振って否定していると、「そうだ」とアラスターが呟いた。


「能力で思い出した。こっちに来てから、俺、久しぶりに王都を歩いてみたんだ。ちょっとびっくりしたよ。能力者ってこんなに嫌われてるのかって」


 宙を見つめて、アラスターがそう話す。わたしは何と言って返せばいいのかわからないまま、黙りこむ。


 アラスターはモノクルを付けた目でわたし達を見まわした。


「俺には、彩たちが悪い奴だとは思えないよ。でも、他の人たちは俺たち能力者のことを敵だと思っているらしい。俺が、一隻眼が、彩たちのことを無害だって認識するのは、俺が能力者だからなのかな」

「そんなことない、と願いたいですけどね」


 セイが苦笑いで答える。わたしも頷いた。

 能力者と普通の人が共存できる世界が理想だ。能力はきっと誰かを救える力だから。それが簡単じゃないこともわかっているけど、それでもこの理想だけは捨てたくない。


 ルダーラさんが口を開く。


「別にいいじゃないか。能力者でも、本当に気が合って信頼できる人は、そんなこと関係ないと思ってくれるものさ。人の心なんて、お前の眼なんて使わなくたって能力で見分けられるんだよ」

「……あ、それじいちゃんの話?」

「黙りな!」


 アラスターが怒鳴られているのを見ながら、わたしはタケたちのことを思い出していた。わたし達を能力者だと知っても、味方で、友達であろうとしてくれた小さなヒーローのことを。確かに……まあ、ルダーラさんの言う通りかもしれないけど。


 そこへ、


「お待たせ。出来たわよ」


 フラワーアレンジメントを抱えたナオが、玄関からリザベティさんと一緒に出てきた。流石、綺麗にできている。わたしは「じゃあ」とアラスターを見た。


「あんまり長居しても申し訳ないから、もう帰るね。ありがとう」

「お礼はこっちが言わないと。もうすぐ森に戻るから、また来なよ。もう魔女も来ないと思うし」

「どうかしら。もしかしたら、また来るかもしれないわ……」


 顔を青くするリザベティさんに、ナオは少し笑って答える。教わる間にだいぶ仲良くなったようだ。


「その時は、また私達を呼んでください」


 そうして、わたし達はウェスコイド家を後にしたのだった。


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